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覚醒と新たな力〜『空葬武人』へと至り、盟約を結ぶ



神殿前の広場は、赤黒く染まった砂埃が風に舞い、異常な静寂に包まれていた。


三千の軍勢と人類最強の一角を、文字通り「存在ごと消去」した俺は、その惨劇の中心で立ち尽くし、己の魂がこれまでにない熱量で激しく震動するのを感じていた。


これまでは、どこか他者から与えられた『職業ロール』の枠組みの中で、万物を素材として加工するだけの力を振るってきた。現代日本で培われた道徳観念が、俺の心の底に「人間を大量に殺戮すれば、自分もまたバケモノに堕ちてしまう」というブレーキをかけていたのだ。


だが、大切な仲間であるリリアが血を流して倒れたあの瞬間。そして、自ら悪魔の快楽に溺れた人間たちの醜悪な本性を見た瞬間、俺の中でその脆弱なストッパーは決定的に瓦解した。


(……そうか。俺は道具を作って世界を最適化しようとしていたが、そんなまどろっこしい真似は、最初からいらなかったんだ)


俺が小さく呟いた瞬間、世界から一切の環境音が消え失せた。


ドクンッ、と心臓が大きく跳ねる。


俺の周囲の空間が、黄金色に輝く圧倒的な闘気によって、文字通り『再構築』されていく。


これまで培ってきた『分解』と『創成』のことわりが、俺の肉体そのものと完全に融合し、より直接的、かつ絶対的な破壊と創造の概念へと昇華されていくのが分かった。


自らの肉体を究極の武具へと鍛え上げ、万物を拳一つで解体し、世界の理を書き換える至高の領域。


空葬武人くうそうぶじん】。


くうに葬る。俺の拳が触れるものは、この世界の物理法則や魔術の概念すらも置き去りにし、存在そのものを『無』へと還す。


俺は一歩を踏み出した。ただの歩行。それだけで、俺の前に立ち塞がっていた神殿の巨大な大理石の門が、放たれた闘気の余波を受けて音もなく塵へと変わった。


◆ ◆ ◆


神殿の最深部、祭壇の間。


そこには、銀髪を揺らす第五の魔王——【幻月の魔王】ファントムが、気を失った聖女クレアを宙に浮かせながら待ち構えていた。


「……恐ろしいな。まさか、ザイードを屠ったその一瞬の間に、自らの器の限界を破壊して『真の領域』へと至るとは。結城湊、君は私の計算を優に超えたよ」


ファントムは瞳に紫色の魔力を宿し、俺を真っ向から見据えた。


以前のような余裕の笑みではない。彼もまた、己の底に隠していた真の力を解放し、覚醒した俺と真っ向からぶつかり合うだけの莫大な魔力を練り上げていた。


「セレスティア、フレア。ここは俺がやる。下がっていろ」


俺は黄金の闘気を纏い、静かに一歩前に出る。


ファントムが指を鳴らした瞬間、神殿の空間が歪み、現実ではあり得ない『無限の鏡の世界』が俺を取り囲んだ。上下左右が反転し、狂気を孕んだ紫色の波紋が脳髄に直接干渉してくる。


「私の真の力、【夢幻の終焉むげんのしゅうえん】の領域へようこそ。ここでは精神も肉体も、私の描く幻影によって塗り替えられる。さあ、君の武を試させてもらおうか!」


迫り来る致死の精神干渉の波。それは物理的な防壁を全て透過し、魂を直接破壊する不可避の凶悪な一撃。


だが、俺は歩みを止めず、ただ正面の空間に向かって右拳を振り抜いた。


ドォォォォォォンッ!!!


空間そのものが、物理的なガラスのように砕け散った。


俺の拳に宿る『空葬』の理が、ファントムが構築した「幻惑という事象」そのものを物理的に粉砕したのだ。


そのまま音を置き去りにした速度で肉薄し、ファントムの顔面へ右ストレートを放つ。


ガギィィィィンッ!!!


俺の拳は、ファントムが咄嗟に腕に集中させた超高密度の紫色の魔力障壁と激突し、凄まじい衝撃波を撒き散らした。


神殿の分厚い天井が完全に吹き飛び、星々が瞬く夜空が剥き出しになる。


「ぐっ……! なんという重く、理不尽な一撃だ……!」


「お前も、ただ後方で幻術を操るだけのひ弱な魔王というわけじゃないらしいな」


俺の拳は障壁を完全に砕き切るには至らず、ファントムは僅かに口の端から血を流しながらも、俺の連撃を完璧な体術と魔力の盾で捌き切ってみせた。


互いの規格外の力が拮抗し、大気が悲鳴を上げる。


純粋な力と理の破壊においては俺が上回っているが、彼をここで完全に殺し切るには、この大陸の半分を巻き込むほどの長期戦と周囲への甚大な破壊を覚悟しなければならないだろう。


互いに距離を取り、静かに睨み合う。


「……どうやら、これ以上の戦いはお互いにとって『致命的な損失』になるようだな」


ファントムが血を拭い、フッと息を吐いて手を上げ、明確に敵意を収めた。


「湊、そしてそこの星の意志を継ぐ者。……我ら魔王が目覚めたのは、単に王国の結界が解けたからだけではない。我々は、この世界に忍び寄る『真の脅威』を迎え撃つために、力を蓄え、来るべき時に備えていただけなのだ」


「真の脅威だと?」


俺が闘気を燻らせながら問うと、ファントムは剥き出しになった夜空を見上げた。


「第一の魔王にして、星の未来を見通す『預言の魔王』が視たのだ。……我々の住むこの世界と対をなす、【並行世界パラレルワールド】からの侵略軍の到来を」


「並行世界……別の次元の人間たちが攻めてくるというのか?」


「そうだ。彼らの世界は、過酷な魔導技術の乱用によって星の生命力マナが完全に枯渇している。自らの星を食い潰し、滅びを待つのみとなった彼らは、生き残るために次元の壁を穿ち、この豊かな星の資源——すなわち我々の世界そのものを喰らい尽くそうとしているのだ」


ファントムのその言葉が響いた瞬間だった。


背後で、ガラスが割れるような、悲痛で鋭い悲鳴が上がった。


「あ……ああ、あああああッ!!」


セレスティアだった。


彼女は白銀の杖を取り落とし、両手で頭を抱え込んで、膝から崩れ落ちていた。


「セレスティア!?」


俺が駆け寄ろうとしたが、彼女の身体から凄まじい密度の『純白の光』が溢れ出し、周囲の空間を物理的に圧迫し始めたのだ。


それは、これまで彼女が見せていた回復や支援の魔力とは全く違う。星の根源そのものに触れるような、圧倒的で神々しいエネルギーの奔流。


「思い、出した……。違う、私自身の記憶じゃない……私の中に眠っていた、お父様やお母様、そのずっと前の先祖たちの……次元の壁が軋む音。絶望の、悲鳴……っ!」


セレスティアの青い瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。


その涙は空中で光の結晶となり、夜空へと昇っていく。


「私の一族は……この星のことわりを守護してきた一族……。本当の役目は神話の時代から、その『並行世界』からの侵略を防ぐため、次元の境界に【絶対防壁】を構築した人間たち……その末裔…」


セレスティアの周囲を舞う純白の光が、幻影のようにかつての光景を映し出す。


何も見えない、音もない、絶対的な次元の狭間。


そこで、彼女の血を分けた先祖たちが、次々と自らの魂と魔力を極限まで引き伸ばし、すり減らしながら、並行世界から押し寄せる無数の『亀裂』を己の命を代償にして縫い合わせ続けていく姿。


数百年、あるいは数千年。


来る日も来る日も、彼女の血族は自らの存在を削って『人柱』となり、星を守り続けていた。


だが、その尊い血脈も次第に途絶え、最後に残されたのは彼女一人。


一族が背負ってきた莫大な星の魔力と、並行世界を防ぐという呪いのような使命を受け継いだ彼女は、その力に目をつけた王国の勇者たちによって奈落へ突き落とされ、王国のための魔力を搾取され続けていたのだ。


「先祖たちの苦しみが、私の魂に流れ込んできて……! でも、私が耐えなければ、この星の生命は全て並行世界の軍勢に奪われてしまうから……!」


震える手で顔を覆い、慟哭するセレスティア。


一族が背負ってきた記憶の重圧と、長きにわたる孤独な絶望が、彼女の心を再び押し潰そうとしていた。


ファントムが深く頷き、静かに言葉を紡ぐ。


「その通りだ、星の守護者よ。貴女の一族が全ての力を使い果たして防壁を張り、星を延命させてきたことは我らも知っていた。……だが、守護者が不在となった数百年の間に防壁は劣化し、並行世界の侵略者たちは今まさに、壁を完全に破ろうとしている」


ファントムは俺に向き直り、真剣な眼差しを向けた。


「あの軍勢は、我々の常識が通じる相手ではない。星一つを枯渇させるほどの異常な魔導兵器と、生き残るための狂気に満ちている。……結城湊。君の力は、もはや我々魔王と並び、あるいは凌駕している。我ら魔王の会合に加わり、共にあの【並行世界】の侵略者を迎え撃たないか?」


「……」


「互いの不可侵と、真の脅威への共闘。条件はそれだけだ。君の愛する『万象工房』の平穏を守りたいのなら、悪い提案ではないはずだ」


俺はファントムの言葉を背中で聞きながら、光の中で震えるセレスティアの元へゆっくりと歩み寄った。


圧倒的な神威と、悲壮な運命を背負う星の守護者の末裔。誰もが畏れ敬うであろうその姿の中心で、彼女はただの少女のように怯え、泣いていた。


俺は黄金の闘気を完全に解き、無防備な両手で、眩い光ごと彼女を強く抱きしめた。

「み、なと……?」


「もう、先祖の使命だの、星の運命だの……そんな呪いに一人で怯える必要はない。次元の壁だろうが並行世界だろうが、俺が全部まとめて殴り飛ばしてやる」


俺の胸に押し付けられたセレスティアの瞳が見開かれる。


「でも、相手は一つの世界そのものよ……!? これまでの魔王や勇者とは規模が違う! 私の一族が、何千年も命を懸けてようやく防いできた脅威なのよ!? 湊が傷つくかもしれない……私、もう二度と大切なものを失いたくない……っ」


俺は彼女の涙を親指で優しく拭い、真っ直ぐにその瞳を見つめ返した。


「それに、お前はもう『世界を守る孤独な人柱』じゃない。俺の創った飯を美味そうに食って、俺のベッドで安心して眠る、俺の正妻だ。……自分の帰る場所(日常)を、どこの馬の骨とも分からない次元の侵略者に奪われるなんて、絶対に許すつもりはない」


俺の言葉に、セレスティアの瞳から再び涙が溢れ出した。


だが、それは絶望や恐怖の涙ではなかった。


彼女は俺の背中に腕を回し、顔を深く埋めて、これまでの重圧を全て吐き出すように、子供のように声を上げて泣きじゃくった。


何千年も一族が背負ってきた重い鎖が、俺の温もりと覚悟によって音を立てて砕け散っていく。


やがて、彼女の周囲を包んでいた純白の光が静かに収まり、星々の瞬きを宿した美しい銀髪だけが残った。


彼女は俺の腕の中で顔を上げ、涙に濡れながらも、花が咲くような満面の笑みを浮かべた。


「……うん。私、湊の正妻だもの。一族の使命なんかより、湊の隣で笑っている今の方がずっと大切よ」


俺は彼女の頭を優しく撫でてから、立ち上がり、ファントムへと向き直った。


「……待たせたな、ファントム。その盟約、受けてやる。だが、一つでも裏切りがあれば、並行世界の連中を片付ける前にお前たち魔王をまとめて『空葬』にするぞ」


「ククッ……頼もしい限りだ。君という規格外の武人がいれば、我々の勝機も跳ね上がる。契約は成立だ」


ファントムは満足げに頷くと、指を鳴らして聖女クレアの拘束を完全に解き、静かに床へと下ろした。


神国にかけられていた狂気の幻惑が、まるで悪い夢が覚めるように、潮が引くように消えていく。


「会合の場所と日時は、追って私の使い魔に知らせさせよう。……期待しているよ、新しき『武人』どの」


ファントムは銀髪を翻し、夜空へと溶けるように姿を消した。


◆ ◆ ◆


静寂が戻った神殿の跡地。


俺は大きく息を吐き出し、夜空を見上げた。


「コ、コホンッ! 旦那様! 私も、真の覚醒を遂げた旦那様の強さとその器の大きさに、さらに魂が痺れたぞ! 並行世界だろうが何だろうが、私はどこまでも貴様についていくからなァッ!!」


ずっと空気を読んで黙っていたフレアが、ここぞとばかりに猛烈な勢いで俺の腕に抱きついてくる。


その豊満な感触が腕に押し当てられる。


「こらトカゲ! 今は私と湊の良い雰囲気だったのに! それに、湊の胸の中は私の指定席よ!」


「ふん! 記憶が戻って悲劇のヒロインぶったところで、旦那様への愛の深さと肉体的な魅力ではこの私には勝てんぞ!」


「……お前ら、少しは静かにしろ」


俺は苦笑しながら、次元の向こう側に潜むという並行世界の侵略軍を想った。


相手がどれほどの軍勢であろうと、星を食い潰す絶望の化身であろうと関係ない。


かつての甘さを捨て、真の理を殴り壊す力を手に入れた俺は、この騒がしくも愛おしい日常を、俺の持てる全ての力で『守り抜く』と決めている。


神国の狂気は解体され、星の真実が明かされた。


俺たちの反逆の物語は、復讐劇から一転し、星の存亡を懸けた次元を超えた決戦へと、その重厚な舞台を移そうとしてい

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