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氷解の海と新たな火種〜生存者たちとの別れ、そして東の大国に蔓延る『幻惑』の狂気〜



絶対零度の元凶であった第六の魔王【絶氷の海王】グラキエスが消滅したことで、南の海は急速に元の姿を取り戻しつつあった。


厚さ数十メートルにも及んでいた氷の平原は凄まじい音を立てて砕け散り、俺たちが滞在していた地下都市の地上——港町『アクアレル』も、分厚い霜から解放されて本来の石造りの街並みを覗かせている。


「おおお……! 海だ、海が溶けていくぞ!」


「太陽が温かい……っ。俺たち、本当に助かったんだ……!」


地下都市から地上へ這い出してきた生存者たちが、眩しい太陽の光を浴びて歓喜の涙を流している。


その中には、俺が『分解』の力を使って解凍・蘇生(氷像にされた直後で細胞が完全に死滅していなかった一部の者)させた人々の姿もあった。


「湊様、セレスティア様、フレア様! この御恩、一生忘れません! 我らアクアレルの民は、いついかなる時も万象工房の味方です!」


ドワーフの商人・ガングが、生存者たちを代表して俺たちに深く頭を下げた。


「復興は大変だろうが、この地下都市の設備と農園は残しておく。当分の食糧と安全は保証できるはずだ」


俺はガングの肩を叩き、彼らに向かって力強く頷いた。


海王を倒したことで、この周辺の気候は数日で完全に元に戻る。彼らなら、この港町を再び活気ある交易の拠点として蘇らせてくれるだろう。


「湊、そろそろ帰りましょう? みんなが心配してるわ」


「ああ、そうだな」


俺はセレスティアとフレアと共に『魔導浮遊車』に乗り込み、アクアレルの民たちの歓声に見送られながら、大森林の万象工房へと帰還の途についた。


◆ ◆ ◆


万象工房では、俺たちの帰還を祝して三日三晩の盛大な宴が開かれた。


獣人、ドワーフ、そして竜族。増え続ける住人たちは、俺が二体の魔王を打ち倒したという事実に熱狂し、俺への忠誠をより強固なものとしていた。


宴の熱気が落ち着き、日常の平和な空気が工房に戻ってきた数日後。


俺は会議室に幹部たちを集め、新たな『情報』の共有を行っていた。


「……現在、聖王国が完全に崩壊したことで、人間の国家勢力は大きく二つに分かれています」


巨大なホログラム地図を前に、情報収集を担うリリアが真剣な顔で報告する。


「一つは、大陸の西側を支配する『鉄機帝国てっきていこく』。魔法よりも機械技術を重んじる軍事国家で、我ら獣人やドワーフを『労働力』として見下す排他的な国です。……おそらく、第七の魔王【機巧の機神王】の領土に近いことから、何らかの影響を受けていると考えられます」


「そしてもう一つが……大陸の東側、豊かな穀倉地帯を擁する『神聖ルシフェリア神国』」


リリアが地図の東側を指差す。そこは、かつて俺が赤星を「解体」した領地のさらに東に位置する大国だ。


「この国は、聖王国よりも古くから『星の女神』を信仰する宗教国家なのですが……ここ数日、潜入させていた密偵からの報告がプツリと途絶えました。最後に届いた報告によれば、国全体が異様な熱気に包まれ、民衆が昼夜を問わず踊り狂っている、と……」


「踊り狂っている……? なんだそれは」


フレアが怪訝そうに首を傾げる。


俺は腕を組み、静かに思考を巡らせた。


「魔王の仕業だな。……第五の魔王【幻月げんげつ魔王】。精神と魂を支配する厄災」


「はい。その可能性が極めて高いかと」


リリアが頷く。

幻月げんげつの魔王ファントム……。厄介な相手ね。獣王や海王のような物理的な破壊力はないけれど、人々の心に直接干渉し、欲望を暴走させて自滅に導く精神の寄生虫よ」


セレスティアが眉をひそめて補足した。


「なるほど。力押しが通用しない絡め手タイプか。……だが、俺の【万象の造物主】の力は、物質だけじゃなく『事象』や『魔力回路』そのものも解体できる。精神干渉のルートを断ち切れば、物理的に引きずり出せるはずだ」


俺の言葉に、幹部たちが力強く頷いた。


「よし。次の標的は東のルシフェリア神国。夢魔王の幻惑を解体しに行くぞ」


◆ ◆ ◆


数日後。


俺たちは再び浮遊車に乗り込み、東のルシフェリア神国へと向かっていた。


今回の同行者は、セレスティアとフレア、そして現地での情報収集と案内役として獣人のリリアだ。


「旦那様、見えてきたぞ! あれがルシフェリアの王都か!」


フレアが身を乗り出して指差す。


緑豊かな平原の中央にそびえ立つ、白亜の巨大な城壁に囲まれた美しい都市。


だが、その上空には、どんよりとした紫色の怪しい雲が渦巻いている。


浮遊車を街外れの森に隠し、俺たちは目立たない外套を羽織って街の門を潜った。


「……これは、酷いわね」


街に足を踏み入れたセレスティアが、息を呑んで立ち止まった。


大通りには、無数の人々が溢れ返っている。

だが、彼らは正気ではなかった。


目を血走らせ、口元に狂気じみた笑みを浮かべ、誰もが自分の欲望の赴くままに狂態を晒していたのだ。


ある者は道端で金貨を貪り食い、ある者は全裸になって奇声を上げながら踊り狂い、ある者は幻覚を相手に剣を振り回している。


「『夢魔王』の精神汚染……。街全体が、巨大な幻覚の檻に閉じ込められているんだ」


俺が眉をひそめた、その時。


「ひぃぃぃっ! 助けて、誰か助けてえぇぇっ!!」


悲鳴と共に、路地裏から一人の少女が飛び出してきた。


彼女を追って、目を血走らせた数人の騎士たちが現れる。彼らの鎧には、ルシフェリア神国の紋章が刻まれている。


「逃げるなァ! 女神様の生贄に選ばれたことを光栄に思えェェッ!!」


「俺たちが『楽園』に行くための切符なんだ! 大人しく死ねェッ!!」


完全に正気を失った騎士たちが、少女に剣を振り下ろそうとした。


「リリア!」

「はいっ!」


俺の合図で、リリアが瞬動した。


獣人の超人的な速度で騎士たちの懐に潜り込み、手刀で彼らの首筋を打ち据える。


「ぐはっ!?」


狂乱状態の騎士たちは、あっけなく白目を剥いてその場に倒れ伏した。


「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

リリアが少女を抱き起こす。


「あ、ありがとうございます……っ。私、神殿から逃げてきて……」


少女はガタガタと震えながら、涙目で俺たちを見上げた。


「私の名前は、エルナ。ルシフェリア神殿の見習い神官です。……どうか、お願いです! 聖女様を……私たちの国の聖女様を、あの悪魔から助けてください!!」


エルナの口から語られたのは、この国を覆う恐るべき狂気の全貌だった。


数日前、神国の王と高位の神官たちが突如として狂気に取り憑かれ、『幻月げんげつの魔王』を新たな神として崇拝し始めたのだという。


彼らは街中に幻覚の香炉を焚き、民衆の理性を破壊して欲望の奴隷に変えた。


「そして……彼らは、私たちの精神的な支柱であった『聖女クレア』様を、魔王の肉の器(依代)にするために、神殿の地下に幽閉したのです!」


「聖女の身体を乗っ取って、国ごと支配する腹か。悪趣味な寄生虫め」


俺は舌打ちし、ルシフェリア神殿の巨大な尖塔を見上げた。


「……セレスティア。魔王の精神干渉、お前の魔力で防げるか?」


「ええ、任せて。私の星の結界なら、あんな低俗な幻惑なんて完全にシャットアウトできるわ」


「よし。俺たちはこれより神殿に突入し、その聖女とやらを救出する。……邪魔する奴は、狂っていようが関係ない。全て叩き潰す」


俺は星鋼の剣を抜き放ち、冷徹な殺意を瞳に宿した。


これまでの魔物や勇者とは違う。今回は、狂わされた人間そのものが敵となる。


(……甘さは不要だ。立ちはだかるなら、数千だろうと数万だろうと、全て俺の『労働』の対象として処理する)


最弱の労働者から至高の造物主へと至り、真の冷徹さを手に入れた俺の、狂気に染まった大国に対する無慈悲な『解体』作戦が、今、神殿の門を叩こうとしていた。

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