西の荒野への出立と獣王との邂逅〜最強の『分解』を凌駕する強者
「リリア、ゴルダン。俺たちが留守の間、工房の防衛と発展は任せた」
「ははっ! 万象工房の留守は、我らにお任せくだされ!」
「湊様、セレスティア様、そしてフレア様も……どうかご無事で!」
万象工房の広場。頼もしい仲間たちの見送りを受けながら、俺たちは西の荒野へと出立する準備を整えていた。
移動手段として、俺は星鋼と魔石を素材にし、現代知識をファンタジーの理に落とし込んだ『魔導浮遊車』を創成した。
見た目は漆黒の流線型をしたオープンカーのようなものだが、周囲の空気抵抗を『分解』し、風の魔力で推進するため、地形を無視して空を滑るように爆速で移動できる代物だ。
俺が運転席に座ると、後部座席でさっそく熾烈な縄張り争いが始まった。
「さあ旦那様! 運転など自動化して、後部座席で私の膝枕で休むといい! 私のこの豊満な胸のクッションは、極上の安らぎを約束しよう!」
「ちょっと泥棒トカゲ! 湊の頭は私の太ももの上って決まってるのよ! それに胸ばっかり強調してはしたないわ! 湊はね、そういう肉付きの良さよりも心の繋がりを重んじるの!」
「ふん、負け惜しみを。生物としてより優れたメスに惹かれるのはオスの本能だ!」
バチバチと火花を散らしながら、俺の腕を左右から引っ張り合う二人。
腕に押し当てられるフレアの豊満な感触と、セレスティアの柔らかくも控えめな感触に、俺の理性が僅かに警鐘を鳴らす。
「……お前ら、これから魔王を駆除しに行くんだから、少しは緊張感を持て」
俺はため息をつきながら二人を引き剥がし、浮遊車の魔力機関を起動させた。
「飛ばすぞ。舌を噛むなよ」
ゴォォォォォォッ!!
浮遊車は周囲の景色を置き去りにし、弾丸のような速度で大森林を抜け、一路、西の竜王国へと向けて空を駆け抜けていった。
◆ ◆ ◆
数時間後。
豊かな緑に覆われていた大地は次第に赤茶けた荒野へと変わり、俺たちの視界に、凄惨な地獄絵図が飛び込んできた。
「ああっ……! 我が国の誇り高き竜騎士たちが……っ!」
後部座席で、フレアが悲痛な声を上げる。
眼下に広がる岩山の地帯。そこには、体長十メートルを超える巨大な飛竜たちが、無惨に翼をもがれ、地に墜ちて血の海を築いていた。
そして、その竜たちの骸を貪り食っているのは、見たこともないほど巨大で凶暴な魔獣の群れだ。
『ギャルルルルォォォォッ!!』
さらにその群れの中央、最も高い岩山の上に『それ』は立っていた。
身長は優に三メートルを超え、筋骨隆々の肉体に四本の太い腕。頭部は燃えるような鬣を持った獅子のようで、全身から陽炎のように赤黒い闘気が立ち上っている。
第四の魔王——【狂乱の獣王】。
「ガハハハハッ! どうした竜族とやら! 図体がデカいだけで脆い脆い! 俺の牙を折るような骨のある奴はいねえのかァッ!!」
獣王が咆哮すると、その音波だけで周囲の岩山が爆発したように吹き飛んだ。
圧倒的な暴力の化身。堂島のような『借り物の力』でイキっていた偽物とは、根本的な存在の格が違う。この星そのものが生み出した、純度百パーセントの厄災だ。
「おのれぇぇっ、よくも同胞たちを……ッ! 許さん、獣王ォォッ!!」
怒りで我を忘れたフレアが、浮遊車から飛び出し、全身に紅蓮の炎を纏って獣王へと突撃しようとした。
「待て、フレア」
俺は即座に彼女の腕を掴み、背後へ引き戻した。
今の彼女が行っても、返り討ちになるのは目に見えている。
「旦那様、離してくれ! あいつは私が——」
「俺がやると言ったはずだ。お前はセレスティアと一緒に、生き残っている竜族の救護に回れ」
俺は冷たく言い放ち、浮遊車から荒野へと一人で降り立った。
俺の接近に気づいた魔獣の群れが、一斉に牙を剥いて襲いかかってくる。
『グルルルルッ!』
『ガァァァァッ!』
四方八方からの魔獣の猛威。だが。
「——『分解』」
俺が指を鳴らした瞬間、俺の周囲数十メートルに展開された領域内の魔獣たちが、一瞬にして音もなく砂塵へと解体され、風に吹かれて消滅した。
「……ほう?」
その異様な光景に、岩山の上にいた獣王がピクッと反応し、俺を見下ろした。
「妙な術を使うちっぽけな猿がいるな。魔法か? だが、魔力の匂いがしねえな」
「ただの清掃作業だよ。……お前がこの荒野のゴミの元凶か」
「ガハハハッ! 威勢がいい猿だ! だが、俺の前に立ったからには、ミンチになる覚悟はできてるんだろうなァッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
獣王が岩山を蹴った。
その瞬間、俺の視界から獣王の巨体が『消えた』。
(速い……ッ!?)
俺の思考を凌駕するほどの規格外の速度。
次の瞬間、俺の目の前に獣王の巨大な拳が迫っていた。空気が圧縮され、回避不可能な衝撃波の壁が押し寄せる。
俺は咄嗟に右手を前に出し、迎撃の意思を込めた。
「『分解』ッ!!」
俺の掌が、獣王の右腕に触れる。
俺の【万象の造物主】の力は絶対だ。触れたものは神話の金属であろうと、極大魔法であろうと、等しく塵へと還る。
パァァァンッ!!
音と共に、獣王の太い右腕が肘から先まで砂となって崩れ落ちた。
(……よし、効い——)
そう確信しかけた、次の瞬間だった。
ボゴボゴォォォォッ!!!
「なっ……!?」
砂となって崩れ落ちたはずの獣王の右腕の断面から、赤黒い肉芽が爆発的な勢いで膨れ上がり、たったの一秒にも満たない間に、元の強靭な腕が『完全再生』したのだ。
俺の『分解』による破壊速度を、細胞の『増殖速度』が上回った。
魔王という星の規格外の存在が持つ、理不尽なまでの生命力。
「ん? なんか今、腕がチクッとしたぞ? ……まあいい、死ねェッ!!」
獣王は自身の腕が分解されたことすら気にした様子もなく、そのまま再生したばかりの右腕で、俺の身体を正面から殴り飛ばした。
「湊ッ!!」
背後でセレスティアの悲鳴が聞こえた。
俺は咄嗟に左手で『星鋼の盾』を何重にも創成し、衝撃に備えた。
だが。
ガシャァァァァァァンッ!!!
「がっ、はぁぁッ……!?」
何十重にも重ねた絶対防御の盾が、獣王のただの拳一発で紙屑のように粉砕され、俺の身体はそのまま遥か後方の岩山へと、砲弾のような速度で叩きつけられた。
ズゴォォォォォォンッ!!!
岩山が砕け散り、俺は瓦礫の山に埋もれた。
全身の骨が軋み、口からドッと鮮血を吐き出す。
俺の『創成』した最高硬度のコートを着ていなければ、今のただの一撃で間違いなく肉塊になっていた。
「湊ォォォッ!! 湊、湊ッ!!」
「だ、旦那様ァッ!?」
セレスティアとフレアが血相を変えて瓦礫の山へと駆け寄ってくる。
俺は痛む体を無理やり動かし、瓦礫を『分解』して立ち上がった。
「来、るな……下がっていろ……ッ」
口元の血を拭いながら、俺は前方を見据える。
土煙の向こうで、獣王が首をポキポキと鳴らしながら、凶悪な笑みを浮かべていた。
「ガハハハハッ! なんだ、今の攻撃で死なねえのか! こいつは驚いた、人間にしては随分と頑丈な玩具じゃねえか!!」
(……冗談じゃない。物理的な破壊力も、超再生の速度も、俺の想像を遥かに超えている)
これが、星を七分する本物の厄災。
王国の勇者などとは比較にならない、理不尽な暴力の結晶。
「面白ェ! 俺の暇つぶしになるか、猿ゥッ!!」
獣王の咆哮が、荒野を震わせる。
俺の【万象の造物主】としての絶対的な力が、初めて「通用しない」強敵との遭遇。
最強のハズレ職と狂乱の厄災との、生存を懸けた絶望的な死闘が、今ここに幕を開けた。




