白銀騎士団の無惨な帰還〜勇者・堂島への宣戦布告
北の雪山から救出した数百名のドワーフたちを引き連れ、俺は『万象工房』へと帰還した。
「おおおっ……! ここは、なんと豊かな魔力に満ちた土地だ……!」
「それにこの巨大な城壁に、見たこともないほど立派な鍛冶場まであるぞ!」
不可視の結界を抜けて工房の全貌を目の当たりにしたドワーフたちは、感嘆の声を上げて周囲を見渡している。
そこへ、先に工房へ戻っていた長老ゴルダンや、獣人のリリアたちが駆け寄ってきた。
「みんな! よくぞ生きて戻ってきてくれた!」
「ゴルダン長……っ! ううっ、もう二度と生きて会えないかと……!」
涙を流して抱き合う亜人とドワーフたち。
緑川の鉱山で死にかけていた彼らは、俺が与えた『純度百パーセントの霊薬』によって完全に体力を回復しており、その顔には生きる希望が満ち溢れていた。
「湊、お帰りなさい。……また、大勢の仲間が増えたわね」
エプロン姿のセレスティアが、温かいスープの入った木桶を運びながら微笑みかけてくる。
「ああ。これだけのドワーフの職人が揃えば、この工房の生産力はさらに跳ね上がる。……リリア、王都の闇市での『経済破壊』の進捗はどうだ?」
「完璧でございます、湊様!」
リリアが誇らしげに胸を張る。
「我々が卸した『星鋼の剣』と『霊薬』は、王都中の商人たちの間で凄まじい争奪戦になっています。緑川が失脚したという噂も瞬く間に広がり、王国軍が使っていた旧来の武具の価値は完全に暴落。王国の経済は今、大混乱に陥っております!」
「上出来だ。これで、奴らは資金も物資も調達できなくなる」
俺は満足げに頷き、視線を工房の外——鬱蒼と茂る大森林の方角へと向けた。
「さて、あとは俺の留守中に『お客様』としてやってきた連中の対応だな」
◆ ◆ ◆
大森林の入り口付近。
そこには、この世の終わりを具現化したような地獄絵図が広がっていた。
「ひぃぃっ……! 許して、許してくれぇっ……!」
「降ろしてくれ! 血が頭に上って、もう……っ!」
数日前、森を焼き払おうと意気揚々と進軍してきた聖王国の誇る『白銀騎士団』五百名。
彼らは今、一人残らず森の巨大な樹木の根に足首を縛られ、地上数メートルの高さで逆さ吊りにされていた。
俺が『創成』した絶対防衛の森は、悪意を持って侵入した者を決して逃がさない。
飲まず食わずで数日間、動く樹木に嬲られ続けた彼らのプライドは完全にへし折られ、屈強な騎士たちは皆、子供のように泣き喚いていた。
「……ずいぶんと無様な姿だな、王国最強の騎士団さんよ」
俺が森の奥からゆっくりと姿を現すと、逆さ吊りにされていた騎士団長が、充血した目で俺を睨みつけた。
「き、貴様が……この悪魔の森の主か……! 我らを誰だと思っている! 勇者・堂島様が率いる……ごふっ!?」
俺は指先を軽く動かした。
それだけで、団長を吊るしていた木の根が激しく揺さぶられ、彼の言葉を強制的に遮る。
「立場が分かってないようだな。お前らの命は、俺が指を鳴らすだけでいつでも終わるんだ」
俺の冷酷な声と、底知れぬ魔力の重圧に、騎士五百名が一斉に静まり返った。
カチカチと歯の鳴る音だけが森に響く。
「殺しはしないと言いたいところだが……お前ら、リリアの同胞の集落を焼いたり、ドワーフを奴隷狩りしたりして、随分と楽しんでいたそうだな?」
俺はゆっくりと右手を掲げた。
「その罪の対価、お前らの『全て』で払ってもらうぞ。——『分解』」
パァァァァァァンッ!!!!
森中に、ガラスが砕けるような甲高い音が連鎖して響き渡った。
直後、五百名の騎士たちが身につけていた白銀の全身鎧、兜、盾、そして彼らが誇りとしていた剣の全てが、一瞬にして金属のパーツへと解体され、雨のように地上へと降り注いだ。
「な……っ!?」
「お、俺たちの鎧が……一瞬で……!」
金属の山が地面に築かれる。
それは、聖王国が莫大な予算を投じて揃えた、国の軍事力の象徴だった。それが今、ただの鉄屑の山として俺の足元に転がっている。
逆さ吊りのまま、下着一枚の姿にされた五百名の騎士たち。
極度の恐怖と屈辱で、彼らは完全に言葉を失っていた。
「この鉄屑は、うちの工房で有効活用させてもらう」
俺は騎士たちを縛っていた木の根を解き、彼らをドサドサと地面に落とした。
全身を打ち付け、呻き声を上げる彼らを冷ややかに見下ろす。
「王都へ帰れ。そして、玉座でふんぞり返っている堂島と王族のクズどもに、こう伝えろ」
俺は騎士団長の髪を掴み上げ、その耳元で地獄の底から這い上がってきた怨念の声を囁いた。
「『奈落に捨てたゴミが、お前らの全てを解体しに行く。首を洗って待っていろ』……とな」
「ヒィィィッ……!!」
騎士団長は泡を吹いて気絶しかけたが、俺が手を離すと、他の兵士たちと共に悲鳴を上げながら、這うようにして森の外へと逃げ出していった。
振り返る者は一人もいない。完全に戦意を喪失した敗残兵の群れだった。
◆ ◆ ◆
数日後。聖王国の王都、王城の玉座の間。
「な、なんだと……!? 白銀騎士団が、全滅しただと!?」
玉座から身を乗り出した国王が、信じられないものを見るように目を剥いた。
報告に駆けつけたのは、下着一枚のボロボロの姿で、泥にまみれた騎士団長だった。その後ろには、同じく装備を全て失い、虚ろな目をした五百の兵士たちが力なく崩れ落ちている。
「森が……森の木々が生きているのです……っ。どんな魔法も通じず、我々の装備は、黒いコートの男の魔法で一瞬にして塵にされました……っ」
ガタガタと震えながら報告する団長。
その信じ難い敗北の報に、王族も、重鎮たちも、そして玉座の傍らに立っていた勇者・堂島翔も、言葉を失っていた。
さらに、文官の一人が青ざめた顔で国王の元へ駆け寄ってくる。
「へ、陛下! 大問題です! 王都の市場に正体不明の超高品質な武具が大量に出回り、緑川様の商会が完全に倒産! さらに、緑川様ご本人との音信も途絶え、北の領地からの魔石の供給がストップしました!」
「なんだと!? 東の赤星に続き、北の緑川までやられたというのか!?」
「そ、それだけではありません! 我が国の誇る白銀騎士団の装備を全て失ったことで、軍の戦力は半減。さらに経済も崩壊寸前で、国庫はすでに底を尽きかけております!!」
国王が白目を剥いて玉座に崩れ落ちる。
わずか数週間の間に、強大だったはずの聖王国は、手足をもがれ、血を流し、崩壊の危機に瀕していた。
「……あり得ねえ」
静寂の中、堂島がギリッと歯を食いしばり、血が滲むほど拳を握りしめた。
「あんな……まさかあのハズレ職のゴミが、俺の……この光の勇者の国を、ここまでコケにするだと……ッ!」
「ど、堂島様……っ。あの男が、堂島様に伝言を……」
騎士団長が、怯えきった目で堂島を見上げる。
「『奈落に捨てたゴミが、お前らの全てを解体しに行く。首を洗って待っていろ』……と」
「くそが!ふざけるなァァァァァァッ!!!」
堂島の怒号が玉座の間に響き渡り、彼から溢れ出した『光の魔力』が、周囲の大理石の柱をヒビ割れさせた。
恐怖で震え上がる文官と騎士たち。
「いいだろう、結城湊! そこまで死にたいなら、俺が直々に相手をしてやる! お前ごときの小細工、俺の圧倒的な『光』の前では塵に等しいと教えてやる!!」
堂島の目は、怒りと屈辱で真っ赤に血走っていた。
かつて自分が見下していた底辺のハズレ職が、自分の築き上げた全てを破壊し、自分を追い詰めようとしている。その事実が、傲慢な勇者のプライドを修復不可能なまでに切り裂いていた。
「陛下! 王国の地下に封印されている『神滅の兵器』の起動許可を出せ! 俺の全魔力を注ぎ込み、あの大森林ごとあのゴミを消し飛ばす!!」
王国の崩壊と、勇者の暴走。
俺が仕掛けた反逆のドミノは、いよいよ最後の一枚——堂島との直接対決へと向けて、止められない勢いで倒れ始めていた。




