絶対防衛の大森林〜王国精鋭部隊の絶望と、王都で静かに始まる『経済崩壊』
聖王国が誇る最強の武力、『白銀騎士団』。
勇者・堂島翔の命を受けた五百名の重武装騎士たちが、大森林の入り口に陣を敷いていた。
「聞け! 堂島様からの厳命である! この森に潜む亜人の反乱分子どもを、一人残らず根絶やしにしろ!」
先頭に立つ騎士団長が、馬上から大声を張り上げる。
彼らは赤星の領地が更地になったことを知らされているが、それが「一人の人間の仕業」だとは微塵も信じていなかった。どうせ亜人どもが卑劣な罠を張り巡らせたか、未知の魔物の群れを利用したのだと高を括っている。
「森の中は視界が悪い。一匹残らず炙り出すため、まずは森そのものを焼き払え!!」
団長の無慈悲な命令により、数十人の魔導士たちが一斉に杖を構え、森の木々に向けて大規模な炎魔法を放った。
ゴォォォォォォッ!!
業火が木々に燃え移り、大森林が一瞬にして火の海に包まれる——はずだった。
だが。
「……な、なんだと!?」
騎士団長は目を疑った。
魔導士たちの放った極大の炎は、森の入り口の木々に触れた瞬間、まるで水に落ちたマッチのように「ジュッ」と音を立てて掻き消えてしまったのだ。
焦げ跡一つ、煙すら上がっていない。
「ど、どういうことだ!? もう一度放て! 風の魔法も混ぜて威力を上げろ!」
再度放たれる魔法。しかし結果は同じだった。
彼らは気づいていない。この大森林そのものが、すでに結城湊の【万象の造物主】の力によって、根底から『再構築』されているということに。
木々の繊維には、炎の熱を即座に「光の粒子」へと分解・変換する術理が組み込まれている。どれほど強大な魔法を撃ち込もうと、この森の木一本すら傷つけることはできない。
「ええい、忌々しい! ならば物理的に切り拓くのみ! 突撃しろ!!」
業を煮やした団長の号令で、五百の騎士が地響きを立てて森の中へと雪崩れ込んだ。
だが、彼らが森に足を踏み入れた瞬間、真の地獄が口を開けた。
ズズズズズッ……!!
「うおっ!?」
「な、なんだ!? 地面が……動いている!?」
騎士たちが踏みしめていたはずの腐葉土と岩盤が、まるで生き物のようにうねり始めた。
空間が歪み、木々の配置が瞬時に切り替わる。一直線だったはずの道は複雑な迷路へと変貌し、騎士たちはあっという間に部隊ごとに分断されてしまった。
「ひぃぃっ! 木が、木が襲ってくるぞ!!」
悲鳴が上がる。
ただの樹木だと思っていた大木が、突如として強靭な木の根を鞭のように振るい、騎士たちを次々と空中に吊り上げ始めたのだ。
「斬れ! こんな木の枝くらい——ガキィッ!!」
騎士が自慢の鋼の剣を振り下ろすが、木の根は傷つくどころか、逆に剣の方が粉々に砕け散った。
それもそのはず。この森の木々は、湊の『創成』によって、見た目は木材でありながら、その硬度は城壁の石を遥かに凌駕する特殊な密度に書き換えられているのだ。
「化け物森だぁっ! 逃げろ、退却ぅぅっ!!」
「だ、駄目です団長! 入り口が消えています! 俺たちは、完全に森に閉じ込められました!!」
パニックに陥り、泣き叫ぶ五百の精鋭たち。
湊が直接手を下すまでもない。彼が構築した『絶対防衛の箱庭』に足を踏み入れた時点で、王国最強の騎士団はただの無力な獲物に成り下がっていた。
◆ ◆ ◆
「……ずいぶんと騒がしいですね」
万象工房のテラスで、セレスティアが森の遠くから響く悲鳴を聞きながら、温かい紅茶を口に運んだ。
俺はテラスの椅子に深く腰掛け、空中に創り出した『水鏡』に映る騎士団の無様な姿を冷ややかに見下ろしていた。
「自ら檻の中に入ってきてくれたんだ。少しの間、森の木々の肥料として逆さ吊りになってもらおう。……殺しはしないさ。恐怖を骨の髄まで刻み込んでから、王都に送り返してやる。堂島への宣戦布告のメッセージとしてな」
俺は水鏡を指先で弾いて消すと、傍らに控えていた獣人のリリアへ視線を向けた。
「それより、リリア。王都への『仕込み』はどうなっている?」
「はい、湊様! 滞りなく進行しております」
リリアは深く頭を下げ、報告を始めた。
「昨日、変装した我々の仲間が、王都最大の闇市を牛耳る大商人・ギルド長の元へ接触しました。湊様が創り出された『星鋼の剣』と、『純度百パーセントの霊薬』を持参して……」
◆ ◆ ◆
時間を少し遡る。王都の地下深く、限られた者しか入れない豪華な隠し部屋。
「……ほう。亜人の小娘が、この私に直接取引を持ちかけるとは。よほどの自信があるようだな」
巨大な商会を束ねる大商人・バルドは、葉巻を燻らせながら、目の前に立つローブ姿のリリア(変装中)を見定めていた。
彼の商会は、北の領主・緑川が作る武具やポーションを独占的に扱い、莫大な利益を上げている。
「言葉よりも、現物を見ていただいた方が早いかと」
リリアは静かに、一本の剣と、小瓶に入った澄み切った液体をテーブルに置いた。
バルドは鼻で笑いながら剣を手に取り、鞘から抜いた。
その瞬間。
部屋の空気が、一変した。
「なっ……!? こ、これは……!!」
バルドの葉巻がポロリと床に落ちる。
剣から放たれる星のような煌めき。そして、鍛え上げられた一流の商人だからこそ分かる、その物質の異常なまでの密度と純度。
「こ、これは………、、お、オリハルコン……!!? 馬鹿な、神話の金属だぞ! しかも、なんという美しさだ。一切の不純物がなく、魔力の通りが恐ろしいほどに滑らかだ。……北の『天才錬金術師』緑川の作るミスリル剣など、これに比べればただのナマクラにすぎん……!」
震える手で剣を置いたバルドは、次に霊薬の小瓶を手に取った。
少しだけ蓋を開け、匂いを嗅いだだけで、彼の長年の持病であった腰の痛みがフッと消え去った。
「ヒッ……!? なんという効果だ! 緑川の作るポーションは、確かに傷は治るが副作用の頭痛が酷かった。だがこれは、完全に純化された生命力そのものではないか!」
バルドは血走った目でリリアに身を乗り出した。
「こ、これを一体どこで手に入れた!? いくらだ、いくらで売る!!」
「価格は……現在、貴方の商会が緑川から買い取っている値段の『十分の一』で結構です」
「じゅ、十分の一だとぉぉぉっ!?」
バルドは椅子から転げ落ちそうになった。
そんな価格で市場に流せば、緑川の商品の価値は一瞬で暴落し、ただのゴミと化す。
だが、商人としてのバルドの計算は一瞬で弾き出された。緑川への義理など知ったことではない。この圧倒的な品質の品を独占すれば、自分は王国の経済を完全に支配できる。
「か、買う! 言い値で全て買い取ろう! 数はどれくらい用意できる!?」
リリアは、フードの奥で不敵に微笑んだ。
「貴方が望むだけ、いくらでも」
◆ ◆ ◆
そして現在。
北の雪山にそびえる、緑川の黄金の宮殿。
「な、なんだとぉぉぉっ!?」
緑川のヒステリックな叫び声が、宮殿の広間に響き渡っていた。
彼は、手にした羊皮紙の報告書をビリビリに破り捨て、床に叩きつけた。
「王都の大商会が、俺の商品の買い取りを全面停止しただと!? 契約違反だぞ! 俺の作る錬金術の品は、王国軍の必須装備のはずだ!」
報告に来た部下は、顔を真っ青にして震えている。
「そ、それが……王都の市場に、正体不明のルートから、緑川様の品を遥かに凌駕する武具と霊薬が大量に流れ込んできたのです! しかも、価格は我々の十分の一以下……! もはや、誰も我々の商品など見向きもしません!」
「ふざけるなぁっ!!」
緑川は近くにあった高価な壺を蹴り飛ばして粉砕した。
「俺は天才錬金術師だぞ! 俺の頭脳から生み出される品が、得体の知れないゴミに負けるわけがないだろうが! そ、そうだ、そのふざけた武器をすぐに俺の元へ持ってこい! 俺の『錬金術』で構造を暴いて、パクリだと証明してやる!」
「は、はい! すでに入手しております!」
部下が恐る恐る差し出したのは、リリアが市場に流した『星鋼の剣』だった。
緑川はそれをひったくり、ギロリと睨みつける。
だが、彼にはその剣の凄さが全く理解できなかった。なぜなら、彼の錬金術は『王国の魔法陣から借りた魔力を、ドワーフの掘った魔石に無理やり詰めているだけ』のイカサマだからだ。
「なんだこのただの鉄剣は! 魔石も埋め込まれていないじゃないか! こんなもの、俺の魔力で一瞬でへし折って——」
緑川が剣に己の魔力を流し込もうとした、その時だった。
キィィィンッ!という甲高い音と共に、星鋼の剣が緑川の不純な魔力を弾き返し、強烈な衝撃波を放った。
「ぎゃあああっ!?」
緑川は後ろに吹き飛ばされ、無様に床を転がった。
「み、緑川様!?」
「くそっ、なんだこの剣は! 俺の魔力を拒絶しただと!?」
鼻血を流しながら立ち上がった緑川の顔に、初めて明確な『焦り』と『恐怖』が浮かんだ。
自分の理解の範疇を超えた、圧倒的な技術の差。
嘘で固めた天才のメッキが、音を立てて剥がれ始めている。
「だ、駄目だ、このままでは俺の利益が……俺の財産が失われてしまう! クソッ、もっとだ! 地下のドワーフどもをもっと働かせろ! 魔石を今の十倍掘り出させろ!!」
「し、しかし、これ以上の労働は奴隷たちの命が持ちません! すでに何十人も倒れており……」
「ゴミの命なんか知るかぁっ!! 俺の富のために死ぬんだから本望だろうが! 逆らう奴は容赦なく殺せ! 早く魔石を持ってこい!!」
狂ったように喚き散らす緑川。
自らの足元が完全に崩れ落ちていることにも気づかず、彼はさらなる悪手へと手を伸ばした。
遠く離れた万象工房で、その様子を魔力の波動を通じて感知していた俺は、冷たく笑い捨てた。
「焦ってるな、緑川。他人の血で築いた黄金の城が崩れる気分はどうだ?」
経済の崩壊はすでに完了した。
奴の財産は紙屑となり、天才としてのプライドもズタズタに引き裂かれた。
残るは、あの中身のない小太りのクズを、玉座から直接引きずり下ろすことだけだ。
「ゴルダン。準備をしろ」
俺は、工房で剣を打っていたドワーフの長を呼び寄せた。
「いよいよ、北の鉱山に囚われているお前たちの同胞を助けに行く。——緑川の黄金の宮殿ごと、『解体』してな」




