万象工房の規格外な生産力〜王国の経済と元クラスメイトのプライドを『解体』する
カーンッ、カーンッ!!
万象工房の区画の一つに設けられた鍛冶場に、心地よい槌音が響き渡っていた。
赤々と燃える炉の前で、筋骨隆々のドワーフの男たちが、汗だくになりながら鉄を打っている。彼らの顔はどれも、歓喜と興奮で紅潮していた。
「すげえ……すげえぞ!! なんだこの極上の金属は! 一切の不純物がねえ、神話の時代にしか存在しないと言われる純度百パーセントの『星鋼』じゃねえか!!」
ドワーフたちの長である屈強な老人——ゴルダンが、打ち上がったばかりの剣を高く掲げて叫んだ。
その刀身は、まるで星空を切り取ったかのように深く、美しい煌めきを放っている。
「湊様、信じられませんぞ! その辺の岩山から適当に拾ってきた石ころが、湊様が一度触れただけで、こんな神の如き素材に生まれ変わるなどと……!」
「ただの『分別作業』の賜物だよ」
鍛冶場を視察に訪れていた俺は、驚愕するゴルダンたちを見て軽く肩をすくめた。
【万象の造物主】の力を使えば、どんな粗悪な鉱石であっても、内包されているごく微量の希少金属だけを『分解・抽出』し、それらを『再構築』することで、この世界に存在し得ない純度の超金属を生み出すことができる。
俺は完成した剣を手に取り、軽く指ではじいた。
キィィィン……と、澄んだ音が響く。
「腕は確かだな、ゴルダン。俺が素材を作っても、それを加工するお前たちの技術がなければ、これほどの武具にはならない」
「もったいなきお言葉! こんな至高の素材を打てるなら、ドワーフとしてこれ以上の本望はありませんわい!」
ゴルダンたちは感涙に咽びながら、俺に向かって深く頭を下げた。
武器だけではない。
居住区の裏手に広がる農地では、セレスティアの助言と獣人たちの知識を借り、俺が『創成』したチート農具で耕された畑から、わずか数日で黄金色に輝く麦や、魔力を豊富に含んだ巨大な野菜が次々と収穫されていた。
工房の地下には、赤星の領地から奪い取った星の地脈が直結している。
その莫大な魔力と、俺の【労働】の力が合わさることで、この万象工房は、聖王国の国力を優に凌駕する『規格外の生産拠点』へと変貌を遂げつつあった。
「湊、みんな本当に楽しそうね。こんなに活気のある場所、私、生まれて初めて見たわ」
隣を歩くセレスティアが、ふわりと微笑む。
彼女自身も、この数日で本来の明るさを取り戻し、工房に咲く花のように皆から愛されていた。
「ああ。だが、ここはただの避難所じゃない。王国を引きずり下ろすための『前線基地』だ」
俺は表情を引き締め、工房の会議室へと場所を移した。
そこには、獣人のリリアと、ドワーフの長であるゴルダンが待機していた。
「湊様。ご指示の通り、森の動物たちや、王都に潜伏している同胞のネットワークを使い、王国の現在の『物流』と『魔力供給』の要を調べ上げてまいりました」
リリアが、羊皮紙に描かれた大陸の地図をテーブルに広げる。
俺の狙いは単純な武力による制圧ではない。王国の力を支えている根幹——「経済」と「武力」の供給源を徹底的に『解体』し、奴らを内部から崩壊させることだ。
「現在、聖王国の莫大な富と、騎士団の強力な魔法武具を生産しているのは、北の雪山を支配する領主です」
「北の領主……どんな奴だ?」
「『奇跡の錬金術師』と名乗る、異世界から来た勇者の一人です。名を、緑川と言いましたか……」
その名前を聞いた瞬間、俺の脳裏に、眼鏡をかけた小太りの男の顔が浮かんだ。
緑川。
高校時代、堂島の腰巾着として俺をパシリにし、自分の宿題や面倒な掃除を全て俺に押し付けていた男だ。俺が徹夜で仕上げた課題を、さも自分がやったかのように教師に提出し、優等生ぶっていた卑劣なクズ。
「……あいつか。錬金術師ね。他人の成果を自分のものにするあいつには、お似合いの職業だな」
俺の冷たい声に、ゴルダンがギリッと歯を食いしばって唸った。
「その緑川という外道……北の鉱山で、我らドワーフの同胞を数百人も奴隷として酷使しておるのです。致死量の瘴気が吹き出す穴倉で魔石を掘らせ、死ねばそのまま見捨てられる生き地獄……」
ゴルダンの手が、怒りでブルブルと震えている。
「奴は、ドワーフたちが命と引き換えに掘り出した魔石に、王国の魔法陣から吸い上げた魔力を流し込み、大量の『魔導兵器』や『霊薬』をでっち上げているのです。それを諸外国に高値で売りつけ、自分は天才錬金術師として、黄金の宮殿で酒池肉林の贅沢を貪っております」
「他人の血と汗を啜って、自分が天才だとふんぞり返っているわけか」
俺は地図上の『北の領地』を、ドンッと指で叩いた。
赤星への復讐は、物理的な暴力への意趣返しだった。
だが、緑川のような「自分の才能と財産」に酔いしれているクズには、ただ殴り飛ばすだけでは生温い。
「ゴルダン。お前たちがさっき打った星鋼の剣や、俺が創った純度百パーセントの霊薬。……あれを、王国や周辺諸国の闇市場に、緑川の商品の『十分の一の価格』で大量にばら撒いたら、どうなると思う?」
俺の提案に、ゴルダンとリリアが息を呑んだ。
「そ、そんなことをすれば……緑川の作る武具など、誰も見向きもしなくなります! あ奴の商会は一瞬で倒産し、王国軍の装備の価値も紙屑同然に暴落するでしょう!」
「その通りだ。あいつが命より大事にしている『天才としてのプライド』と『莫大な財産』を、完全にゼロにしてやる。……その上で、奴が依存している星の魔力を切断し、ただの無能な詐欺師に引きずり下ろす」
圧倒的な品質と価格による、経済の『解体』と『再構築』。
それが、底辺の労働者として使い潰されてきた俺なりの、極上の復讐劇だ。
「リリア、すぐに王都の闇商人たちに接触しろ。万象工房の品を卸すルートを構築するんだ」
「はいっ! すぐ手配いたします!」
「ゴルダンは、引き続き仲間たちと武具の生産を頼む。……それと、北の鉱山に囚われているお前たちの同胞は、俺が必ず生きて連れ帰る。約束しよう」
「おおぉ……湊様……ッ! このゴルダン、一生涯、貴方様の剣となり盾となりましょうぞ!」
◆ ◆ ◆
時を同じくして。
雪に覆われた北の領地、その頂にそびえ立つ黄金の宮殿。
「ふははははっ! 素晴らしい、今日も我が商会の利益は最高額を更新したぞ!」
分厚い毛皮のコートを羽織った小太りの男——緑川は、山のように積まれた金貨の山を前に、下品な笑い声を上げていた。
傍らには、露出の多い服を着せられたエルフや獣人の美女たちが、怯えた顔で彼に酒を注いでいる。
「俺は天才だ! この世界は、俺の頭脳のために用意された最高の舞台! 堂島君のような脳筋には、この経済を支配する快感は分かるまい!」
緑川はワイングラスを揺らしながら、窓の外を見下ろした。
宮殿の下には、猛吹雪の中でドワーフの奴隷たちが、血を吐きながら魔石を掘り出している姿が見える。
「ほらほら、休むなゴミども! お前らの命なんて、この魔石一個より安いんだからな! 俺の『錬金術』の素材になることを光栄に思え!」
彼が王国の魔法陣から不当に魔力を吸い上げ、それをただ石に込めているだけのイカサマ。
だが、この世界の人間はその仕組みを理解できず、彼を「神の如き錬金術師」として崇め奉っていた。
「赤星の奴が何者かにやられたらしいが、馬鹿な奴だ。どうせ亜人の反乱軍にでも足元をすくわれたのだろう。この俺の居城は、雇い入れた高位の傭兵団と魔導ゴーレムで完璧に守られている。誰にも手出しはできんさ」
緑川は、自分が絶対の安全圏にいると信じて疑っていなかった。
自分が築き上げた黄金の帝国が、間もなく、かつて自分がパシリにしていた「最弱の男」の手によって、基礎から丸ごと『解体』されることなど、想像すらしていなかった。
◆ ◆ ◆
一方、聖王国の王都。
堂島翔は、苛立ちを隠せないまま、王城の中庭で騎士団の精鋭たちを前に立っていた。
「聞け、白銀騎士団の諸君! 東の領地を破壊し、赤星をあのような姿にした賊は、大森林の奥に潜伏している可能性が高い!」
整列する数百人の重武装の騎士たちが、一斉に槍を地に叩きつけて呼応する。
「相手が魔王軍の残党だろうが、亜人の群れだろうが関係ない。光の勇者たるこの俺の顔に泥を塗った罪は、万死に値する!」
堂島は、忌々しき『結城湊』という名前を思い出し、ギリッと歯を鳴らした。
(あんなゴミが生きてるはずがねえ……。だが、もし万が一あいつなら、二度と俺の視界に入らないように、今度こそ肉片一つ残さず消し飛ばしてやる!)
「進軍開始だ! 大森林を焼き払い、賊の首を俺の前に持ってこい!!」
王国最強と謳われる討伐軍が、万象工房のある大森林へと向けて出撃を開始した。
だが彼らは知らない。
彼らがこれから足を踏み入れる森が、もはや人間の軍隊がどうにかできるような次元を超えた、絶対神の箱庭(万象工房)と化していることを。
王国の無謀な進軍と、俺の容赦のない経済破壊工作。
破滅への歯車が、一気に加速し始めていた。




