鳥籠には入らない
フィリピン マニラ湾沖
イースパニア号
2021年 5月19日
武器商人が借り切ったコンテナ船が昼のマニラ湾沖に到着して2時間が経過した。
「では、頼んだぞ」
「躊躇ってる連中を脅すのは簡単です。それよりも買手の商品を確認したらすぐに連絡します」
元イースタシア軍人の護衛隊長がカリルト・リキシヤに手を振り、迎えの小型船でマニラへ向かった。
賄賂が効いているかどうかを確かめ、そして今回手に入れる商品のチェックのためだ。
商人は商品を顧客が何に使おうと構わないが、自分の命がなくては商売は続けられない。
カリルトにとって、1番の腕利きを使いに出すのは乗り気ではないが今回のブツはイースラシア製のため、適役が彼しかいなかった。
不便な気がするが、それは自分の根城を離れているのが故の不安だろうし、それを補い得る魅力のある取引なのである。
それに元が軍関係の船舶であるイースパニア号には念のための対空兵装が搭載され、なんならヘリでさえも内包している。
台湾人を送り出すと、彼は再び帳簿いじりに没頭した。
マニラ湾付近
「松島、あれが例の船だ。でも本人は乗ってないそうだ」
協力者であるマルスが望遠レンズでイースパニア号を見張っている男に、彼の偽名で呼びかけた。
偵察総局が男に与えた身分は台湾在住で日系三世の松島銀次郎なるものだった。
潜入から3日が過ぎ、大使館との暗号通信で獲得した情報を元に調査を続けている。
作戦対象から武器を買う者は旧沖縄出身の下里嵩義という、総督府へのサボタージュで兄を処刑された過去を持つ琉球人だった。
こちらは10日も前から現地入りしているらしく、探りを入れようとするとマルスに止められた。
「そいつは危険だ。その日本人? リュキュッ人? が隠れてる日本街は閉鎖的だ。あんたはすぐ余所者と見抜かれて当局かヤクザに密告されるよ。あんたの上はこの件で動いてるののがバレるの嫌なんだろ? だったら俺の仕事だ。ボーナスも出るし、ルーツが同じイースタシアってことで仲はいいんだ」
言葉通り華人の協力者は精力的に動き回り、役人にも探りを入れたようだ。
松島はそうした間に相手の会合場所の下見やマニラの地理探索、逃走経路の確認、作戦に使う武器庫のチェックと手入れに没頭出来た。
1度警官に職質を受けたが、下手くそな訛りの英語と高級タバコが役に立って疑われなかった。
また、繁華街や歓楽街へは付近を素通りするだけに留め、現地人との接触を敢えて控えた。
協力者との接触や無線通信は寝床がバレないよう、マニラ各地で行った。
「どうも、あんまり時間がないらしい。取引は20日だそうだぜ」
「どうして分かった?」
「港の知り合いに聞いたのさ。日本人の取引があるんじゃないかとね・・・ そしたら、地元の大物が出張って来る日だとさ」
買手の琉球人が頼っているのは台湾系の組織であり、華人マフィアへ対抗する為の銃火器を仕入れたくて、今回の話に噛むことになったのだそうだ。
「意外だ。日本街のヤクザじゃないのか?」
「日本街に残ってるのは懐古主義者だけだ。おたくの政府とフィリピンが国交を結んでから、まともな連中はビジネスで大成功してそれに取り残された連中なんだ。隠れるには便利だが、頼りにはならないね」
「品物の隠し場所や取引現場は分かるか?」
「それはお手上げだよ。ただ現物はオキナウから陸上げされて台湾系の息のかかった倉庫に保管されてるらしい。で、先に向こう側から品質を確認しに人が来るそうだ。それが完了したら船が入港して、港で荷替えして取引終了。だから先回りは難しい。それから、買手は4〜5人若い奴を集めて武装させてる」
マルスは松島へ買手が銃を持ったごろつきといる写真や武器商人のマニラでの事務所や台湾系の組織の人間の写真を無造作に手渡した。
「随分正確だ」
「ヤクザが情報を流してんだよ。統一戦争で今の政府に恩売る為にアカ狩りやったのに見返りもなくて無視されたからな」
「意趣返しか・・・ だが港では厳しいな」
「そんなに焦ることか? 必要なら当局にチクれば、あっ・・・」
そんな会話は松島とマルスが屋台で買った肉串を食べながら歩いている最中だったが、男の視線がゆっくりと協力者に向けられたため、彼は大急ぎで手を振って黙った。
協力者の疑問の通りだと男は思う。
大使館との暗号通信で判明したのだが、沖縄の取引相手が持ち込んでいるのが旧イースタシア軍の分解された装甲車とその改修部品、そしてガス地雷であるのが問題だった。
大陸のイースタシア総統政府が弱体化し、東議会の列島支配に陰りが出始めた時に日本中で決起が頻発した。
沖縄の駐留イースタシア軍は本国への帰還ルートの遮断と人質化を恐れて総督府の占領を企てたが、海軍の援護を受けた反撃によって武装解除され、その際に押収された兵装が闇ルートに流れている。
武器商人はその兵装をオーストラリアの軍閥に売りつけようとしていた。
南アフリカとオセアニア地域は第四世界からすると地政学的に最重要の位置であり、有数の核物質産出地でもあるので直接的な介入が現在も行われている。
そんな現地で日本から流出した兵器が使われ、兵隊や一般人を殺戮するとせっかく国交を結び出した国々との関係が破綻するため、男に今回の任務が舞い込んだのである。
「いい知らせかはあんた次第だが・・・ 奴の護衛隊長の台湾人? それが買手の兵器の品質チェックのために上陸するそうだ」
「カリルトはどうする?」
「奴さんが借り切ってる船、イースパニア号というんだけど、そこに籠城さ。不味くなったらそのまま海へ逃げ出せばいいからな。南部の分離勢力が奴のお得意さんだから匿ってもらえる」
直ちに大使館へ暗号通信を行い情報を精査すると、イースパニア号は第二連邦制フィリピンが誕生した頃にオセアニアからカリルトが買い上げたものだった。
1964年の消費保存条約によって世界の海上交易網が遮断されたかといえばそうではない。
核戦争で押し出された避難民が使った船舶が大量に第四世界にはストックされていたし、3大超大国(大列強)にしても永久戦争継続のためにはシーレーンが必須であるのは自明の理であった。
大列強はそのために浮動要塞を建造したのである。
第四世界から取得した富を各国民の目に触れさせることは許されず、必ず浮動要塞を通して本国に供給された。
また、第四世界の方が大列強に用向きがあった場合も浮動要塞までで止められていた。
これらの不憫な事情から、各船舶はより頑強でコンパクトで自衛手段の保持を求められた。
ただ勿論、大列強もこの傾向から逃れられず輸送船団や仮想軍艦を製造し市場に参入させていた。
そのうちの一隻であるイースパニア号を見学するために、松島はマルスの伝手を頼って港近隣の見晴らしが良いビルの一室へ潜入し望遠レンズで先程ようやく船を捉えたのだ。
「要塞だな。キッチリと兵隊を残してるし・・・ あれは銃座か? 大した鉄屑だな」
「なあ、援軍とか頼めねぇのか? 武器商人が船に居るのは確かなんだ。戦闘機とか軍艦とかで途中で沈められないのか」
「根城はミンダナオ島でフィリピン領内だからな・・・ それに商品は多分海上積替で別の船に渡されて行方不明だ。そうなるともう手遅れだ。奴の死で騒ぎをデカくするのが良策だ」
「時間は無いぜ。ブツの確認に来たってことは取引は今夜遅くか明日だろ? 準備が出来てない」
「そうでもない。買手に売りつける時には絶対に相手は船を降りる。その時に、要は船へ戻れなくすればいいんだ」
目を白黒させる協力者を横目に、男はじっくりとこれまで調べてきたマニラの地理を思い描き、作戦に当て嵌めている。




