番外編:とある週末の戦英プロ〜リーナの場合②〜
side リーナ・タングルス
『槙島誠実』。
冒険者としてもそれなり以上に活躍し、冒険者を引退した後も最期の瞬間まで強きを挫き弱きを助けるために戦い、その道半ばで敗れ散った死後も伝説となった男。
彼を知る人々は、揃って彼を『ヒーロー気質の転生者だった』と形容する。
独善や功名心のための活動への皮肉……ではなくて。
ただ能力の派手さや自称するスタイルへの揶揄でもなく。
本当にただ純粋に尊敬と感心から『ヒーローのような人だった』と形容される、転生者としては稀有な部類の人格者にして正義漢。
東に落石で道を塞がれ困っている商人がいると聞けばその岩を道から除け、西に盗賊に襲われる村があると聞けば文字通り飛んで行って人々を護る。
それを心構えだけでなく、物理的な行動として実現でき、実現してきた男。
そうして、彼についた異名の『騎乗戦士』というのは、その活動スタイルを可能にしてきた能力そのものを端的に説明するものであり、彼が人を助ける姿そのものの表現でもあった。
『観測した動くものを再現して、それに乗って移動できる』。
言葉にしてしまえばたったそれだけの、単発型発動系能力。
同じ『転生特典』でも私が見慣れている蓬の『守護者』や、ヒトミの『魔眼』と大きく違う……あの二人の能力は転生特典の中でも特に適性が高いか鍛えられているものだから基準として見ちゃいけないのかもしれないけれど、それにしたって扱いの難しい能力だ。
なにせ、瞬間的な破壊力や移動力はあったとしても、防御性能や自動発動みたいな概念は一切ない、言ってしまえば『強力な必殺技を発動する』というだけの転生特典。
その必殺技の手札を何十種類と持てるとしても、それをいつどこで発動するかは使い手の判断次第。
自己強化系以外の転生者なら普通のことではあるとしても、人間として当たり前のことだとしても、不意打ちでナイフの一つでも急所に刺されれば普通に死ぬのに。
『守護者』や『絶対防御』みたいに常に無意識の防衛機能が常に護ってくれているわけでもなければ、私やニドラみたいに生半可なナイフなんてどう油断してても刺さらないくらいの自己強化をかけてるわけでもないのに。
たとえ、一発で怪獣も倒せてしまうような強い必殺技を持っているとしても、それ以外はほとんどただの人間でしかないことは自分でわかっていたはずなのに、彼は戦場で前線を張り、最期はピークドット・レジスタンスが総力で挑んでも危うく負けるところだったという相手と……白兵戦では世界最強クラスだったであろうグラム将軍とも、たった一人で戦い、その首元まで迫った。
無謀ではなくて、本当の意味で勇敢な人間。
転生者であるからとか、強い能力があるからとか、そういう根拠に任せて自分は死なないと決めつけて危険地帯へ飛び込む無謀じゃなく、判断を間違えれば死ぬかもしれない一瞬の判断を間違えずに死線を潜り抜けることができる……そして、そうしなければ助けられない誰かを助けて死線の先から連れ帰って来ること幾度も繰り返した人間。
緊急脱出みたいな使い方ができる能力だとしても、それを自分が死なない保険として安心を求めるんじゃなくて要救助者を確保して救出するための手段として活用する……近いようで遠い、心構えの違い。
槙島誠実は、確かに強い能力の持ち主だった。
見栄えもよくて、一人で百人力以上の大きな仕事をするのに向いた能力で、物語の主人公に据えればかっこいい必殺技まである。
だけど、それだけなら『ヒーローごっこ』でしかなくて、『ヒーロー気質』なんて形容されるわけもない。
他でもない本人の人格がヒーロー気質だったからこそ活躍して有名になったし、その生き様が完結した後に再評価されて伝説にまでなった。
おまけに、フィースさんからの話までそこに加わる。
一部の人間しか知らなかった、槙島誠実の最後の戦いの裏側……彼の戦いがなければ、あのシックスさんが軍から抜け出すことなく殺処分されていて、ピークドット・レジスタンスも戦英プロも存在しなかったという事実。
……あまりにも、出来すぎなくらい完璧だと思う。
強くて、活躍して、でも最後には結局もっともっと強い転生者の理不尽な力に負けて呆気なく散ったという絵にならないはずの終幕にすら箔が付いてしまった。
『最期はまだ未熟な勇者を逃がすために魔王と一騎打ちして、力及ばずながらも勇者を確かに生き延びさせて……成長した勇者がその魔王を討ち取る未来の栄光を勝ち取った』。
……勇者と魔王の物語の外伝として、出来すぎなくらいお手本みたいな英雄伝説。
決して無駄死にだったなんて誰にも言えない偉業が、口裏合わせで創作するまでもなく事実を共有するだけで完成してしまった。
「……すごいなぁ」
槙島誠実に助けられたことのあるフィースさんに、彼の後輩転生者として世話になったことがある美森さん、そして自分の父親の英雄的側面を当事者たちから聞かされて目を丸くするマキシマ青年。
その話に一切関係のない傍観者として、単なる観客として英雄譚が語られる場面を横から見ていて。
心底から『そうはなれないな』と、思ってしまった。
私だって、何か『偉業』を達成しなければいけないとは言われているのに。
私なら同じ事ができるかどうかと言われたら、間違いなくできないという答えが出てしまった。
私は、冒険者だった頃から鎧がないと戦えないタイプの人間だった。
今だって自分がそうそう傷なんてつかない身体になった自覚があるから妖怪退治だったり悪党退治だったりもできるけど、槙島誠実みたいに強い必殺技があったとしても判断ミス一つで死ぬかもしれないと思ったら動けないし挑めない。
それくらいなら……赤の他人なんて助けに行かなくてもいいとすら思ってしまう。
槙島誠実には軍都で守り手をしている時にも火事の家へ飛び込んで中の人を助けたみたいなエピソードもあるけれど、私なら……そうやって助けられたとしても、家財を失ったその人はこれから生活が大変だろうなとか、いっそ家事でそのまま死んでた方がよかったとか後から言われるんじゃないかとか。
それなら、こっちの命をかけてまで助けに行く必要なんかないんじゃないかとか、そういうふうに冷ややかに見てしまう。
そうやって、いくらでも動かないための言い訳が脳裏から湧いて出てしまう。
私は彼みたいに、ヒーローみたいな仕事そのものに必死になれない。
命を賭してまで巨悪と戦えないし、確実に勝てる相手としか戦う気になれない。
もしも……そんな英雄譚じみた偉業で神格化されてしまっても、それは本当の私じゃなくて嘘の私だと思う。
「やっぱり、私は……」
大層な偉業が先か、その器を持つのが先かなんて話が『卵と親鳥のどちらが先か』なんて謎かけにもならないみたいに。
同じ『ある時、急にすごい力を与えられてしまった人間』であったとしてもヒーローになる人となれない、ならない人がいるように。
怪獣の力を手に入れたとしても、私はもともとつまらない人間でしかなかった……槙島誠実の息子がマキシマ青年であるように、蛙の子は蛙だとしても、私は人の子であって怪鳥の卵でも神鳥の卵でもなかったのだから。
『その鳥は親鳥になんてなれず、たまごなんてそもそも産まない』。
そんなつまらない結論を受け入れる方が一番正しいんじゃないか。
そんなふうに思ってしまった。
槙島誠実についての話が弾む三人を傍観しながら時間は過ぎて、マキシマ青年の帰りの時間。
名残惜しくも会話を切り上げ、また機会があればこういう話をさせてほしいというフィースさんと約束を交わして病室を出て、病院の玄関口。
帰りの恐竜馬車が待つ場所で、彼は礼儀正しく深々と頭を下げて礼を言う。
「今日はとてもためになる話を聞かせてもらえました。全てをそのまま事実だけ語るわけには行かないだろうけれど……マキシマ派の皆を護る父さんの逸話が、本当の活躍の上に語られているものだと確信を持てるようになったことは、きっと自分にとって大きな力になります。だから、本当にありがとうございました!」
「本当に、逸話自慢なんてしなくても立派な人の子はその背中を見て立派になるものというか……槙島さんも喜んでると思うよ。私個人としても戦英プロとしても、マキシマ派とは仲良くしていきたいし、何かあったら連絡してね」
「はい!」
美森さんとマキシマ青年の間でもしっかりと挨拶が交わされ、もう後は街の外まで送り届けるだけ。
そう思った、その時だった。
『ブーッ! ブーッ! ブーッ!』
病院の中から響いた異音。
本来入ってはいけない場所に入ってはいけない人間が入った時だけに鳴るべき警報音。
怪獣人間たる私の聴覚は、それがフィースさんの病室から響いていることを告げていた。
「ッ! フィースさんの部屋! 美森さん! 先に行く!」
「えっ、ちょっと!」
気にかかったのは、警報のタイミング。
私たちが出てきてすぐ……警備厳重なフィースさんの病室の結界が、予約されていた面会時間の間は緩んでいたからこそ、それが元に戻った直後に警報が鳴ったとすれば。
あの病室かそのすぐ近くに、息を潜めていた侵入者がいた……その可能性が高い。
私たちに見つからずにそんな近くに隠れられるような侵入者が、フィースさんのすぐ近くにいるのなら、神性を失った彼女は危険だ。
怪獣人間のパワーを利用して、軽くて小回りの聞く少女体の利点を生かして通路の壁を蹴り砕かないギリギリの力で跳ねるように移動して、さっき出たばかりの病室に舞い戻る。
そこには案の定、フィースさんの他に人がいた。
人数は一人……いや、二人。
水着みたいな薄着の女の人と、その腕に抱かれた赤ん坊。
暗殺者や何かには見えないけれど、様々な能力の転生者がいるこの世界の冒険者の間では『戦場で異様な物を持っていたり戦場に似つかわしくない服装をしていたりする人間には油断するな』という常識がある。
単なる赤ん坊かそれにそっくりな人形だって、蓬の『魔人』や夕子の『黒い恋人』に相当する破壊力を持つ使役獣や神器だったりって可能性もないわけじゃない。
「フィースさんに何するつもり!?」
「あっ! ストップ、リーナ! 殺気解いて!」
フィースさんが私を見て声を上げる。
その反応に困惑する私の目の前で……女は腕の中の赤ん坊が暴れ出すのを止めようとするようにしながら叫んだ。
「ナナちゃんダメ!」
けれど、赤ん坊は止まらない。
たぶん、まだ生まれて数ヶ月の小さな命はそうとは思えないような力でもがいて、抱かれていた腕から自ら床に落ちた……と思った瞬間、私がこの部屋に来る時にそうしたのと同じように、床に跳ねるようにして、それも私が発揮するのを控えた『床を踏み砕くような力』で躊躇いなく床をひび割れさせて、こっちに跳んでくる。
困惑から驚きへ、理解不能の事態への混乱へと変わる。
タックル? 赤ん坊の? そんなの、怪我させずに受け止めてやる方が大変な……
「だあっ!!」
「うぐっ!?」
鳩尾に食い込んだ衝撃によろめきながら後ずさる。
その反応が錯覚による反射的なものじゃないかと自分で疑ってみてから、紛れもなく物理的な衝撃に襲われた結果であることを確信する。
……ありえない。
私の防御力は怪獣形態の時と大して変わらないはずなのに。
こんな小さくて柔らかそうな赤ん坊なんかに、仮に使役獣の類いだとしても異常なパワーが乗っている。
私だから大したダメージもなくよろめくだけで済んだけど、常人なら今の一撃で致命傷になりかねないくらいの、下手をすれば胴体に穴が空きかねないくらいの威力があった。
そして、それをやった赤ん坊は私のお腹を蹴って反対側の壁へ飛び移ると、もう一度、さっきよりも強く力を溜めて……
「くっ!」
二度目は正面から受けない。
それほど大きなダメージこそないけれど、物理的な衝撃そのものよりも衝撃的だった未知のパワーに動揺して、回避行動を取ろうとした。
そこで……
「ダメ! 落ちちゃう!」
……赤ん坊を抱いていた人物から発されたのが、聞き覚えのある声だったことに気付く。
戦英プロの社員として、何度か交友があって……けれど、ここ半年以上は会っていなかったから気付くのが遅れてしまったけれど。
「トーリーさん……?」
顔をよく見て、やっぱり彼女がトーリーさんだと確信した。
けれど、その視線は彼女を見つめる私じゃなくて、私の背後に向いていて……
「あっ、窓!」
部屋に入ったばかりだった私の背後は、廊下の窓。
私はもう回避動作を取り始めていて、このままだと赤ん坊が窓ガラスを突き破って外に落ちる。
ここは……三階だ、あの赤ん坊が尋常ならざるものであったとしても、無傷で着地できる保証はない。
それは、まずい。
けれど、もう間に合わな……
「【変身願望】!」
私が避けた軌道の先に、反射的に逃げてしまった私の代わりに入る人影。
赤ん坊のタックルを自ら受け止めに入る、甲虫鎧の戦士。
その腕の中へ、赤ん坊は猛烈な勢いで飛び込んだ。
「だううっ!!」
「うっ! はぁああっ!!」
気合の声と、衝撃が拡散する音。
通路の床から聞こえた『ギチッ』という繊維が軋む音。
蜘蛛の糸のネットが、赤ん坊のタックルを受け止めた。
自分自身の足も蜘蛛糸の粘着で床に貼り付けて踏ん張った甲虫鎧の戦士……ユーキ・マキシマは、腕の中に受け止めた赤ん坊を壊れ物を扱うように優しく抱きとめながら、一つ息をつく。
そして……
「痛たた……この子は敵意に反応しただけみたいだ。本当にただ強くて勘も鋭いだけで……母親を守ろうとしただけの、ただの赤ん坊、みたいだけ、けど……この力は……いや、この気配はまるで……」
改めて、信じられないものを見るように赤ん坊を見下ろす。
けれど、それは怪物を恐れるような眼差しじゃなかった。
「まさか……セブンス?」




