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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく
第二章:『社会経験(キャラビルド)編』

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番外編:とある週末の戦英プロ〜リーナの場合③〜

side リーナ・タングルス


 『セブンス・ブレイブ』。

 それは、今でこそ戦英プロの所属ではあってもこの街で繰り広げられた戦争時点では完全に無関係だった『部外者』である私の知る限り、ピークドット戦役で一番嫌われた人間の名前だ。


 本当に、諸悪の根源とも言える『グラム将軍』を差し置いての断トツ一位の悪名の持ち主。

 闇市の件が暴露されて信用も尊敬も社会的地位も軒並み大暴落したガロム正規軍の中でも特に株を下げて個人として恨みを買ったガロム軍人。


 ピークドットでの戦いにおいての彼のポジションは、前線の兵士を『戦わせる』ための督戦隊長だった。


 『督戦』というのは、簡単に言ってしまえば味方の軍に後ろから刃を突きつけて足を進めさせる仕事だ。

 戦場から逃げようとする者や戦いに疑問を呈する者を後ろから斬って見せしめに戦線を前進させる監視役。

 本来なら、前線が捕虜兵だったりその戦線配置そのものが時間稼ぎの捨て駒で脱走兵が多発する可能性が高いというような場合じゃなければよっぽどのことじゃないと戦記ものとかでも名前が出てこない……戦争を『綺麗事』として語りたいなら誰もが暗黙の内になかったことにして物語を進める部分。


 よりにもよって、セブンス・ブレイブはそのポジションで『大活躍』してしまったことで歴史に名を残してしまった……それまでの正規勇者としての活躍も人助けも全て四捨五入されて消え去ってしまうくらいに晩節を汚してそのまま死んだ、今後の名誉回復の余地も汚名返上の余地も一切ない人間だ。



 なにせ、ピークドットの戦場での死者のほとんどがセブンス・ブレイブの手によるもの。

 それも、その100%が彼にとって味方側であったはずのガロム軍人なのだから。



 それを『一つの戦場での死者全てが一人の兵士によるものだった』とだけ言えば、まだ様になるのだろう。

 けれど、よりにもよってそれが全て『味方殺し』によるものだったと言われれば、それはとても様にならない悪逆な殺戮行為としか聞こえない。


 ……たとえ、それが本人にとっては大真面目に『正義のための行い』だと思ってやったことだとしても。


 その『戦争』が、結果として『殺し合い』じゃなかったという評価になってしまったのも大きいとは思う。

 だけど、『狂信者の血(ルールマン・ブラッド)』のプロトタイプでレジスタンス側が敵軍の死傷者数を大きく抑えたのもあるけれど、セブンスはあまりに督戦隊長として勤勉すぎた。

 勤勉すぎて、強すぎて、融通が利かなさすぎた。


 彼にとって、その戦争は世界の間違いを(ただ)すための『聖戦』だったのだろうと思う。

 だけど、一応は下級でも『貴族』としての教養をちゃんと受けてきた私に言わせれば戦争というのは『お金』のためにすること、大義とか教義とか正義だとかはその理屈で動かせない平民を動かすための建前だ。


 『戦争』というのは、戦力をちらつかせて、見せびらかして、証明して、『命を取られるよりはマシ』と資産や権益を差し出させるための行為。

 賠償金を相手に払わせることや、将来的な利益を生み出す土地を占領して実効支配できる状態で居座ってしまうことが最終的な目的。

 もっと平たく言ってしまえば、『消費したコスト以上の利益を得る』というのが理想の、平民(たにん)の命を使ったギャンブルだ。


 当然、コストは抑えられるだけ抑えたほうがいい。

 まともに使える兵力を育てるにはお金がかかるから、負け戦だとしても兵士の命は可能な限り残さなきゃいけない。


 それは貴族にとっては当たり前の話であって、貴族同士で改めて語り合うこともなければ平民に話しても士気が下がるだけ……大義や正義を信じて戦場にいって、敵と対面して、思っていたのと違う血生臭さにドン引きして、そこからは強く当たって後は流れで、『とにかく帰りたい』と生存本能を発揮して死ぬ気で戦いながらも生き残ってくれるのが一番いい。


 ……けれど、セブンス・ブレイブにはそういう視点はなかったらしい。



『命令と大義を疑わず剣を手に取り、「絶対的な悪」を滅ぼすため最後の一兵になろうとも退かず死ぬまで果敢に戦い続けるべし』。



 そんな、『望まざるまま戦わされる側の前線の人間』に刷り込まれるべき心構え。

 本来ならば戦場で実際に殺気をぶつけられれば『死んでしまったら大義も正義もない』と思い出して消えてしまうはずの教義が、なまじ個人戦力として強すぎたせいで消えずに貫かれてしまった末の『誰だってそうしなければいけない』という信念の頑なさ。

 『強く当たって後は流れで』なんて姿勢を許さない、空気が読めないくらいのガチガチに命を投げ捨てるような死合いしか認めない督戦隊長(審判)。その判定基準に叶わなかった兵士(選手)へのペナルティは問答無用での背中からの撫で斬り。


 『セブンス・ブレイブ』は、敵を全滅させた後に最後の一兵でも味方が残っていればそれが戦争での勝利なのだと、さながらそんな盤上のゲームと同じように戦争のルールを考えていたのだろう。

 そして、他人の肉体を奪って生き続けてきたというグラム将軍もまた、それを否定しなかったのだろう。


 むしろ、グラム将軍としては敵側が勝者となればその総大将たるシックスさんの肉体を奪えばいいとすら考えていたというのだから、否定するわけもない。

 ガロム正規軍が『悪名』を最大限に高めて被害を出してでもシックスさんの肉体を奪うか、悪名がいくら高まっても儀式さえ成功すればそのまま世界の覇権を手にして『あがり』という勝利条件そのものだったジャネットさんを確保するかの二択だったのだから、『戦後』の名誉や信用の回復なんて考える必要がなかったのだろう。


 手を下す督戦隊長は『戦後』のことを考えられるだけの知見や教養がなく、それを制御すべき将軍は『戦後』への責任を負うつもりが欠片もなかった。


 その不幸が噛み合った結果、割りを食ったのは何も知らないガロム兵たち。


 督戦隊長セブンスは、人間兵器たる正規勇者としての自分が受けてきた教育の思想をそのまま味方の全兵に強要した。

 戦場に立つ者ならそれが適用されるのが当たり前だと信じきって、同じ心構えを求めて、当たり前に戦いを怖がって退こうとする味方を正規勇者の圧倒的な力で片っ端から惨死させた。


 私はその戦いを直接見てはいないけれど、本当に悲惨な光景だったらしい。

 敵前逃亡しようとしたガロム兵を見れば、正規勇者として仕込まれた秘奥義レベルの強力な魔法でその身を前線から引き離そうと動く脚を下半身ごと消し飛ばした。

 後方から迫る督戦隊の刃から逃れようと自らレジスタンスに懇願して石化されたガロム兵を見れば、逃げることも言い訳することもできない彼らを石化した部隊丸ごと見せしめとして斬首した。

 それほどまでに、本当になりふり構わないやり方だったらしい。


 ……そして、セブンスはその『戦争』の最後の一瞬で死に、訪れた『戦後』が今だ。


 シックスさんたちの話では最後には改心してグラム将軍を倒すために共闘してくれたらしいけど、最終的に首級を獲ったのはノンだし、そのすぐ後に起きた『恐怖の大王』の奇襲でセブンスは死んでいる。


 セブンスが『改心』してからそれを行動に反映できた時間は……もしも誰かが客観的な現実時間として計測していたのなら、長く見積もっても五分とか十分とかそこらの短い時間。

 これが何かの物語なら過去回想や心情描写で読者がセブンスの境遇や気持ちに共感できるような流れと尺が挟まれるんだろうけど、現実で見ればほとんど悪者のまま死んだようなものだ。


 ……というか、ほとんどの人間からは『散々逃げずに戦えと言って他の兵士たちを背中から斬っておいて、自分はガロム軍の敗戦が濃厚になった途端に身を翻して育ての親のグラム将軍に剣を向けた上、そのままほとんど相討ちみたいに死んだ』っていう、良いところのない突き抜けた小物外道みたいに認識されてると思う。


 ぶっちゃけ、権力欲とか軍部の暴走って形で悪行が政治犯罪に近い扱いをされてるグラム将軍よりも明確な残虐行為をやらかした個人として嫌われているし恨まれているし憎まれている。

 ついでに言えば、死後は文句を言えないことをいいことにガロム正規軍の悪面の象徴みたいに扱われている。


 なんなら、私たち戦英プロが捕まえてる裏組織の残党たちも……特に『闇市』に属していろいろと悪いことをしまくってたガロム軍人には、『全て、そうしなければ殺すとセブンス・ブレイブから直々に脅迫されてやったことだ』みたいな責任逃れをしようとするやつだって少なくはない。


 シックスさんは心を痛めていたけれど、さすがに冤罪でも濡れ衣でもない悪虐行為をやらかしてしまったセブンス・ブレイブの扱いとしては順当なのだろうと思う。


 特に、『闇市』の悪行を理由に仮にも『正規軍』との戦闘行為を正当化した立場の戦英プロ(レジスタンス)は、その悪事の一端であるセブンスを立場的に擁護できない。

 冒険者ギルドはできるだけ正しい情報を公開することで責任の所在をグラム将軍へ集めようとしているけれど、セブンスは実際やったことが正確に分析しても非人道的で言い訳が利かないのだから皮肉とか揶揄ではなく、普通に真面目な話として救いようがない。


 ……それが、今朝までの私の立場から語った場合の『セブンス・ブレイブ』の全て。

 身も蓋もない言い方をすれば、私にとってセブンス・ブレイブという人間は精々が知り合いの知り合い、つまりは『赤の他人』だ。

 シックスさんには悪いけど、どうせもう死人なんだしいくら名誉毀損されようと本人が傷付くわけもないんだから、戦英プロの地位確立のためにもセブンスの悪評をもっと強調していったほうがいいんじゃないかとすら思っていた。


 けれど……




 ピークドット市内。

 病院から場所は移って、転生者が生まれ育つ異世界にもないようなレベルの『最新設備』まであるらしいと噂される、シィさんの研究所。


 その中には、人の細胞の中にある肉体の設計図みたいなもの……いわゆる遺伝子と呼ばれる因子を調べられる設備がある。

 異世界では検査に何日かかかるものも、サンプルさえあれば一瞬で結果が出てしまうという優れものだ。


 そして、その精度もまた信頼できるものらしくて……


「トーリーさんも……保存してあった『彼』の遺伝子サンプルも、そちらの『ナナさん』の遺伝子情報と部分的に一致してますね。どちらもちょうど50%……つまりは、そういうこと、ですね」


 さすがに、予定外のことでピークドットへの滞在を延ばせないマキシマ青年には帰ってもらったけれど、美森さんと私でフィースさんの病室に忍び込んでいたトーリーさんと……その赤ん坊をこの研究所まで秘密裏に連れてきて、目の前のシィさんに調べてもらった結果がこれ。


 この赤ん坊がありえないような怪力を発揮していたことで、ただの子供じゃないことは確信していたけれど……


「興味深い事例ですね。本来の勇者因子は実子だろうとそのまま遺伝することはないし、後天的な鍛錬の成果なんてなおのこと受け継がれる可能性はないはずですが……遺伝する特殊な勇者因子、というよりも『スキル因子のコピー』のような機能を果たすようにできている。本当に、天然物の進化というのは時に遺伝子技師(ゲノミィ)でもなかなかできないことをやってのけるものです」


 戦後、セブンス・ブレイブの血液サンプルから長年不明だった彼の『勇者因子』がどういったものか……本来、特定の魔王への畏怖や恐怖へ対抗する信仰の結晶として生まれるはずの『勇者』でありながら対応する魔王が特定できなかった、それなのに飛び抜けた資質の持ち主だったセブンスがどんな魔王を討ち取る使命を持っていたのかを調べたシィさんは、その勇者因子の構造からセブンスを『グラム将軍を殺すための勇者だった』と結論付けた。


 人間としての最高性能を持つ勇者が必要な魔王が人知れず世界に生まれていて、セブンスはそれと戦うための重要戦力だったかもしれない……そんなヒロイックな筋書きの予想を裏切る結論。


 他人の肉体とスキルを奪って、戦火を撒き散らしながらそこで生まれる技術や権力を取り込んで生き続ける『戦渦の魔王』グラム将軍への罠。

 白兵戦では世界最強とも言える個人戦力を持つ将軍を個人の武力で倒すため……ではなく、常に『より強い肉体』を求め続ける魔王の魂への餌として『最高の資質を持つ肉体』を見せつけて、その体内へ取り込んだ直後に自決する呪い(プログラム)が先天的に刻み込まれた勇者因子。


 そして……そんな『目的』を思えば、『最強の肉体』を永遠に使い続けたいグラム将軍への餌として、『鍛えた強さがそのまま子孫にも引き継がれる』という体質はあまりに魅力的すぎる。

 仮にセブンスの誕生がグラム将軍に察知されなかったとしても、『代々強さが遺伝して磨かれ続ける家系』なんてものがあれば他人の肉体を奪って、自分の子孫の肉体を使って財力や権力まで保持し続けるグラム将軍が手を出さないわけがない。


 ただ、問題は……その『使命』の対象は、個の力ではどうしても倒せない強さを持った将軍はピークドット・レジスタンスの総力戦でどうにか倒せてしまったということで……


「トーリーさん……その、シアンさんたちからセブンスと一緒に軍の方へに行ったって聞いてたけどあの戦いにいなかった時は、なんでだろうって思ってたんだけどさ……その子の大きさ的に、『そういうこと』、ってことでいいの、かな?」


 そう問いかけたのは、シィさんの助手として研究所で働いている白衣のレイさん。

 シィさんが見終わった検査結果を何度も間違いがないかと読み直しながら、できるだけ冷静さを保とうとするような強張った微笑みからの問いに、トーリーさんは小さく頷いた。


「…………ごめんなさい、本当は私一人でどうにか育てようと思ってたから……せめて、ほとぼりが冷めるまでは、この子のことは誰にも知られない方がいいって、そう思ってて」


 ……まだ生まれて数ヶ月の子供。

 そして、セブンスが死んだ戦いから約一年。

 ここから、時期的に考えれば、可能性は一つしかない。


「あの戦いの直前に? だけど……ボクの記憶が正しければ、『亜竜の谷』の頃の二人って『恋人』って感じではなかった気がするんだけど、さ……むしろ、あの頃のセブンスの精神状態だと……」


「レイ……気持ちはわかるけど、落ち着いて。落ち着けないとしても、できるだけ」


「美森先生? ボクは別に……落ち着いてると思うよ? 落ち着いて、トーリーさんの話を聞こうとしてる……と、思うけど。もしかして、ちゃんとできてないかな?」


「……殺気、漏れてるから。赤ん坊が、ナナちゃんが真っ青になって震えてるから」


「あー、ごめーん。ちょっと待って、深呼吸する」


 美森さんに注意されて、両手で顔を覆って天を仰ぎながら深く息をするレイさん。

 それから、数十秒かけてゆっくり殺気を収めて……今度は心を無にしたように、手を仮面代わりにして安易な笑みを浮かべていないことだけがわかる目を覗かせてトーリーさんを見据える。


「うん……ごめん、待たせたね。聞かせて、何があったか」


 殺気はない。

 けれど、両手を仮面にしてその指の間から覗くその目は深い深い闇のように見えて、私にはそっちの方が怖く見えた。

 けれど……トーリーさんはその目で真っ直ぐに見据えられながら、腕の中の赤ん坊をいつでも守れるようにと意識するように強く抱きしめ、話し始める。


「あの時のセブンスは……錯乱してた、部分もあると思います。私は、それでもちゃんと話せば冷静になってくれると思ってたけど……うまくいかなくて」


「…………」


「ガロム兵の人たちからも、何かを言われてたみたいで……セブンスに、シックスさんのいるピークドットを攻め落とさせようとして、その気にさせるための『何か』を。それで……セブンスは、シックスさんが悪い男に、狂信者さんに騙されてるんだって考えようとしたみたいで、それなら、シックスさんが自分から離れていったのも軍の正義も矛盾しないって思おうとしたみたいで……」


「……『悪いことは全部狂信者(ルル)のせい』ね。そうやって、セブンスにとって敵意を向けやすい相手が全ての悪いことの原因だって吹き込んで、ピークドットに攻め込むのに利用したんだ。でも、シックスさんが軍を離れた時って、ルルはまだ転生してきてなかったはずだよね? それはどう解釈してたの?」


「……わかりません。もしかしたら、狂信者さんが転生してきた時期も嘘だったって言われたのかも。ただ、それでシックスさんに裏切られたのも狂信者さんのせいだって……女は、その、男の人に無理やり……ごにょ……股を……されたら、その男の言いなりになるんだろうとか……なんとかって……シックスさんがいなくなったのも、何もかも全部、狂信者さんがそうしたから、全部狂信者さんが悪いんだって……私が、そんなことないって言ったから……証明……って……服も、ビリビリって……その……」


 だんだんと声は小さくなっていき、最後には聞き取れないような音量になってしまうトーリーさんの言葉。

 けれど、どんな会話が繰り広げられてそこからどんな光景が繰り広げられたのか……そして、今ここに『ナナちゃん』と呼ばれる赤ん坊がいて、トーリーさんがいない戦場でセブンスが督戦隊長としてやったことから、大体の想像はつく。


 ……馬鹿みたい。

 『女を嘗めるな』、というお話だ。

 美森さんも大体の流れは察したのか、深く溜め息をついて頭を抱える。


「それで戦場でのセブンスは、社長サマがレイとの惚気話をしただけであんな絶望したような顔してたわけね……言い方はあれだけど、社長を『間男』だと思うことで、恨むことで辛うじて自分の中での正当性を保っていたのに、その相手があれじゃあね……『言葉』での矛盾ならいくらでも嘘だとかって否定できたとしても『生き様』はごまかしが利かないし」


 まさか、セブンスにあることないこと吹き込んだであろうグラム将軍や闇市の軍人たちも、ピークドットに乗り込んできて見せられた社長サマの様変わりした振る舞いは想定外だったと思う。


 どんな正論を説かれようが言い訳をされようがセブンスは社長サマを絶対悪として、諸悪の根源と決めつけて問答無用で斬る……そうなるように、どんな振る舞いをされてもそう解釈できるように嘘を吹き込んでいたって、完全にその嘘を吹き込む側の想定外の事態だ。

 『真実は小説よりも奇なり』とは言うけれども、アレは小説なんかに出したら作者は頭おかしいんじゃないかと思われるような人間性なせいで書ける作者がいないってやつだろうし。


 けど、そういう人間もいるのが現実というもの。

 小説の地の文が宣言してくれるような正義とか悪とかの舞台設定がない、創作的な善悪のすっきりした結論を演出する『公式設定』がないのが当たり前……それまであらゆるものを犠牲にして尽くしてきたはずの自軍の大義がボスの独善を叶えるための単なる建前だった、なんてことだってザラにあるのが現実だ。


 ただ……それが単なる物語の鑑賞の話だったなら、『ここまで真面目に読んできて時間を損した』と不貞腐れるだけで済む。

 けれど、現実の『軍事』のための物語(プロパガンダ)の場合は、時間の損だけでは済まない。


 しかも、セブンスがそれを知ったのは督戦隊長として剣を血で濡らしたあと……間違った理屈を『証明』しようとして、取り返しのつかないことを、セブンスにとっての『共犯化の儀式(パージ)』をやってしまった後だった。

 ……その瞬間の心情は想像してあまりある。


 けれど、やっぱり一人の女として同情はできないとは思う……トーリーさんの心情を考えれば……



「経緯はわかったよ。でもさ……トーリーさん、どうして堕ろさなかったの?」



 レイさんの口から発された言葉。

 そこには、当事者じゃない私ですら背筋に悪寒が走るような冷たい感情が込められていた。

 この人から初めて感じる、まるで魔王に睨まれているみたいなプレッシャー。


 それを向けられた当事者のトーリーさんは息を呑んで……けれど、目を逸らすことなく、真っ直ぐに答える。


「……セブンスとの行為は『合意』の上のことですから。この子がお腹の中にいるのがわかって、私自身が、あの日の出来事をそう定義しました。だから、その証としてこの子を愛すると決めました」


「…………」


 その答えに沈黙するレイさん。

 ただ、そのプレッシャーだけは倍増したように感じて、私が逃げ出したくなる。

 そんな中で……そのプレッシャーを真正面から受けているトーリーさんは、身体が震えそうになるのを堪えるように肩を強張らせながら、口を開く。


「正しくないってことはわかってます……それでも、彼を受け入れたのは私です。それが壊れかけた彼の癒しになるのなら、ずっと泣き出しそうなまま頑張ってきて限界を迎えていた彼を慰めることになるのならと、言葉の形はどうあれ、結果として逆効果であれ、あの瞬間は私が抵抗をやめて、そうすれば彼が落ち着くのならと思って受け入れて……『誘った』。私は彼を誘って、愛して、合意の上の行為の結果としてこの娘を授かったんです」


「…………」


「正気じゃないと言われても、否定はしません。けれど、恋愛感情ではなかったとしても、彼になにかできるはずだと思ってついて行ったのは私の選択です……彼が戦場で死んでしまって、ちゃんとした手順を踏めなかったとしても。彼が生きていれば、ちゃんとそうなっていた……それだけの話なのだと、あれはそういう出来事だったのだと、自分で決めました」


 息が苦しい。

 このプレッシャーの中で、こんな言葉を口にできるトーリーさんが信じられない。

 私なら絶対に、今のレイさんを前にこんなことは言えない。


「…………なんで?」


 たった一言の追及。

 それだけで、頭がクラクラして倒れそうになる。

 シィさんもいつしかレイさんから距離を取ってるし、美森さんでさえ冷や汗をかきながら密かに臨戦態勢を取っている。


 けれど、トーリーさんはそのプレッシャーを正面から受けながら、腕の中で目を見開いて震える赤ん坊の頭を撫でる。


「……ごめんなさい。でも、セブンスは……ああなるしかない、最初から最後まで不自由な子だったから。せめて、その一番弱かった瞬間を見た私だけは……彼が、『勇者』として力の振るい方や刃を振るう先は間違ってしまったとしても、『軍人』として永遠に歴史に残る汚名を残したとしても、ただの一人の『人間』として……ただの男の子としても『完全に間違ったこと』をしてしまったことにはしたくない。そう、思ってしまったから」


「…………」


「……だけど、一人で、黙って産んでしまって、ごめんなさい。それだけは謝ります……セブンスの悪評がどんどん膨れていって、この子は絶対に堕ろすように言われると思って、言えませんでした。けれど、もっと早くに、レイさんや、狂信者さんたちを頼りに来るべきだった……それだけは、本当にごめんなさい」


 目を瞑るレイさん。

 プレッシャーが一瞬だけ膨れ上がって、セブンスの勇者因子を持つ赤ん坊ですら死を覚悟するかのように目を固くつむって硬直する。

 ……その小さな小さな手で、トーリーさんの服の端をギュッと握りしめながら。わけもわからないままに降りかかる理不尽な敵意に怯えて母親に縋る赤ん坊の仕草そのままに。


「っ……女の子一人で、無責任な…………いや、ボクなら……絶対に言うよなぁ……それか、きっと、無理にでも…………クソっ……」


 プレッシャーが引いていく。

 レイさんは、その顔を隠していた手を拳にして……爪が食い込んだ手の平から血を垂らして、一度全身を強張らせるように縮ませてから弛緩させて、浅く、長く、静かに息を吐く。


「……ごめん、わかった。だけど、これ以上トーリーちゃんと話してるとキレちゃいそうだから、外で頭冷やしてくるね」


「……ごめんなさい」


「あと……次からは、ルルだけに相談して。ボクは……その子が何者とか、後付けの合意とかって屁理屈とか、そういうの知らないから。知らないけど……『子供に罪はない』っていうのは、ルルもボクも同意見だからさ。何も悪くないのに怒られたり恨まれたりとか、教育に悪いからね……トーリーちゃんも、さ。だから、『忘れる』ことにする。そういうの、得意だから。ボクはその子の父親なんて知らないし、遺伝子検査の結果なんて見てない。そういうことにしておいて、次に会う時には」


「……はい、本当に、ごめんなさい」


「謝らないで。どんな経緯でも、『お母さん』がお腹の中の小さな生命を護ろうとするのは、否定しちゃいけないことなんだから。それを選んだトーリーちゃんが悪いことしたみたいな顔してるのは、やっぱり耐えられないからさ。ボクからみたら、やっぱり歳下だし、今まで言ったことなかったけど……本当はうちの『子供組』に入って欲しかったくらいには『子供』かもしれないと思ってたから……それなのに、本当に困った時、気軽に相談できない大人でごめんね。トーリーちゃんは悪くないのに、怖がらせちゃってほんとにごめん」


「……ありがとう、ございます」


 振り向くと、今の表情を私たちに見せずに声だけをかけて研究所の外へ出ていくレイさん。

 彼からのプレッシャーが消えて、場が弛緩して、話題が自然と次のことへ移る。


「はぁぁ……あんな殺気立ったレイ、戦場でも見たことないわ。とにかく、この子が……ナナちゃん、見た感じ女の子よね? この娘が生まれた経緯はわかったとして、問題は『子育て』ね……いやほんと、まだ身体ができてなくて秘奥義とかは使えないにしても、セブンスの力を持った赤ん坊とかよくこれまで誰にもばれずに育てられたわね」


「この子、私の言うことはちゃんと聞いてくれるので……でも、それでも私一人だと子育ての経験もないから、この子も活発になってきてそろそろ限界が来ちゃって……」


 美森さんの言葉にすごく気まずそうにするトーリーさん。

 実際、『普通の赤ん坊』だったなら、大変ではあってもなんとか自分の立場とかそういうのを認識して素性を隠せるようになるまでは自分一人でなんとかするつもりだったのだろう。

 この数ヶ月も、この子が自分で力を抑えられるようになるくらいまではどうにかするつもりで頑張ってたはずだ。


 けれど、母親の言うことをちゃんと聞いてくれるとしても、やっぱり赤ん坊は思い通りになんてならないもの。

 ましてや、私ですら驚いたあのパワー……精神論云々ではなく物理的な問題として、一人で隠しきるのは限界だというのはわかる。


 けれど、下手にそれでこの怪力ベイビィの存在が有名になればトーリーさんとセブンスの関係性や時期的問題から確実に疑われる。

 そして……セブンスの子供が存在していると認知されると、この子は間違いなく世間の憎悪を一手に受けることになる。


 それは危険だ。

 下手をすれば本当に畏怖と恐怖の信仰を集めて『魔王』になりかねない。


 だからこそ、トーリーさんはこういう時に冒険者が頼るべきギルドには頼れなかったし、人前にも出せなかった。


「それでフィースさんに?」


「はい、さすがにセブンスの勇者因子が特殊だったことまでは知らなかったので……他の『勇者』も子供の頃からこうだったなら、フィースさんやシックスさんならどうやって面倒を見たらいいかわかるかもしれないと」


 実際には、特殊事例すぎて目論見は外れたわけだけど。

 普通の赤ん坊ならまだしも、正規勇者のパワーをそのまま受け継いだ赤ん坊なんて異例中の異例だ。


 赤ん坊はよく怪獣だなんて揶揄されるけど、それが全く洒落にならない。


 この怪力ベイビィの存在を世間に知られないようにしながら、自分で自分自身の力や素性の危険性を理解して生きられるまでに育てるというのは、相談されたところで社長サマだろうとどうすることも……


 私が、そう思った時。

 私のポケットの中の端末が震えた。


「え? あ、ごめんなさい! こんな時に誰よ……あ、社長サマから?」


 表示されている名前は、社長サマ。

 私的な通信で私にかけてくることなんて今まで一度もなかった。

 ということは十中八九、戦英プロの社員としての連絡で、この状況からすると……


「で……出てもいい、ですか?」


 無言で頷いて促してくるトーリーさんと美森さん、データ以外に興味はないとばかりに我関せずで検査結果からメモを取り始めているシィさん。

 それを確認して、通信を受けると……


『もしもし、リーナさんですか? たった今、レイさんからそちらで起きている事態について概ねの事情を聞きましたが……一応の確認です。本当ですか? レイさんの誤認とかドッキリとか冗談とか勘違いとか、そういう可能性はなさそうですか?』


「あ、はい。こちらリーナ・タングルスです、社長サマ。トーリーさんの赤ちゃんの件なら……マジなヤツです、はい」


『…………なるほど、そうですか。わかりました。ところで、トーリーさんはかなり困ってる感じですか? 誰でもいいから助けてほしいくらいに?』


「見た感じ……そうですね。ただ……誰でもいいから助けてほしいのは自分自身じゃなくて、腕の中の子の方って感じ……かも、です。レイさんがめっちゃ殺気放っても、子供は手放さないって感じでした」


『………………なるほど、了解です。では、お手数ですが端末をこのままトーリーさんへ渡してもらえますか? 直接お話がしたいので』


「はい、その……お手柔らかにお願いします」


 レイさんの雰囲気から社長サマからも何か思うところがあるんじゃないかと思って一応の一言を添えて、トーリーさんに端末を渡す。

 トーリーさんは端末を手に取って、慣れないながらも私の真似をして耳元に運んだそれと言葉を交わす。


「はい、トーリーです……お久しぶりです。その、レイさんからは…………はい、はい…………ごめんなさい…………はい。助けて、ほしいです」


 『助けて』。

 言葉にすることに意外と勇気がいるその言葉を覚悟と共に発したトーリーさん。

 すると、そこから数秒後に表情が一気に変わる。

 困惑と、混乱と、それから何故か私を見て目を回す。


「あ、えっ、あの、それって………………あっ、確かにそれなら……でも、勝手に…………それなら、お願いします。私は、この子さえ守れるならそれで構いません…………はい、はい、ではよろしくお願いします」


 何か、突飛な奇策でも授けられたのか。

 困惑の後に一定の納得を得たらしいトーリーさんは、私に端末を返して言った。


「その……狂信者さんが、『お仕事』の話があるからそのままと……それと、ご迷惑をかけてごめんなさい。これからよろしくお願いします」


「えっと、よくわからないけど、解決しそうならよかったね……社長サマ、代わりました。『お仕事』の話っていうのは……」


 端末から響いてくるのは、さっきと変わらず社長サマの声。

 本当に何も変わらず、平常な口調のまま、彼女はこう言った。


『リーナさん、こんな時ですがこの間の進路相談についてのことでお話が。エルノア様から、何か「偉業」を達成して伝説(レポート)を提出するようにという課題を出されていましたね? 確か、まだそのテーマも決めてなかったと思いますが、何か思い浮かびましたか?』


「い、いえ、全然……」


『では、ちょうど良かった。少し特例にはなりますが社長権限でリーナさんに「Bクラス社員」としての「お仕事」の依頼です。トーリーさんの専属ヘルパーとして定期的に派遣しますので、ナナさんのお世話を手伝ってあげてください』


「…………はい?」


 突飛すぎる話で思考が止まる。

 部外者だと思って結構呑気していた私には衝撃が大きすぎた。

 けれど、そんな私の間抜け顔も見えないように……実際端末越しで見えているわけもないんだけど、社長サマは言葉を続ける。


『金太郎さんを育てた山姥さん然り、斉天大聖様を育てた須菩提仙然り、魔王になり得る力を持った尋常ならざる怪童を立派な人格者に育て上げるというのはそれだけで神性に並び祀られるだけの……いえ、名のある神々ですらなかなかできない偉業です。まだハッキリと神様になる気はないにしても、なりたいと思った時のために達成しておくにはピッタリのお仕事では?』


「あの、マジで言ってます……? 私にベビーシッターをやれって? そんな経験ありませんよ!? ていうか、私の怪力知ってるでしょ!? 私が子守りなんてやったら……」


『それを言うなら、むしろリーナさんくらいしかできないでしょう? セブンスさんのパワーを持った赤ちゃんの世話なんて怪獣人間でもなければ身が持ちませんよ。子育ての資料については偶然にも手に入れたばかりのものが手元にあるので、次回までにこれで履修してください』


「いや、なんでさっきの今でそんなものまで用意してあるんですか……」


『……ただの偶然ですよ、おそらくは。それはともかく、パワーや耐久力という話でなら他の誰かに代わってもらうこともできなくはありませんが、やはりナナさんへの教育という視点から見れば、Cクラス随一の常識人を自負するリーナさんこそ適任かと思いまして。それから……あー、ちょっと、もう一度だけトーリーさんに代わってもらえます? 先程伝えた策の改良法を思いついたので』


 言われた通りに端末を渡すと、簡潔に何かの話をする二人。

 そして、赤面したトーリーさんは覚悟の表情で首肯しながら小さな声で返事をして端末を返してくる。


「あの、何を話したんですか? トーリーさん真っ赤ですけど、セクハラでもしました?」


『そんなつもりはありませんが、結果的にそうなってしまったなら謝っておいてください。ところで、リーナさんって直近で結婚のご予定は……誰か結婚したい人とか交際を申し込みたい人とかいたりします? ニドラさんとかニドラさんとか』


「な、なんでそこでニドラを出してくるんですか!? い、いませんからね! 結婚の予定もありませんし!」


『それならちょうど良かった……では、帰りにちょっと役所に寄ってトーリーさんとの結婚届を出して入籍の手続きをしておいていただけないかと。ピークドットの役所ならまだ開いてると思うので』


「…………はい?」


『あと、確かリーナさんって軍都でトーリーさんと面識ありましたよね? 美少女の能力を受けて人間体に戻ったばかりの時に。なら、その時に出会ってそこから関係が進展したという感じでトーリーさんとの口裏合わせをしておいてください』


「え、あの、何言ってるのかわかんない。結婚届? 入籍? それって……」


『その子の力を隠しきるのは難しいでしょう? なら、「セブンスさんの勇者因子由来の怪力」として認識されるよりも「人間化した怪獣さんからの遺伝での怪力」の方が納得しやすいし問題も起きにくい。同じパーティーだったシアンさんでも一応は話の筋は通らなくはありませんが、さすがに今から辻褄を合わせるには距離の割にそれらしい振る舞いがなさすぎて不自然ですし彼女の立場が複雑すぎる。彼女への秘密裏の連絡なども手間ですし、あまり現実的ではないでしょう』


「それは、まあ……」


『その点、当時は基本的にアリバイがないリーナさんの方がいくらでも隠れて関係を持っていたことにできます。秘奥レベルのスキルの方も、戦英プロが幼少期から養育に関わっていれば英才教育を受けていたということにできる。正規勇者教育で得られるスキルは持っていても不思議はないとごまかせます』


「いっ……いやいやいや! それ、つまり、ええっ!?」


『ピークドットなら同性だろうと子供を作ろうと思えば作れますし、魔法や転生者の助力など他の手段で外で作った子でも生きやすいようにこの街に移り住んできたとすればそれほど話題にもならないでしょう。もちろん、その「スキャンダル」の漏洩時期はこちらで調整したいのでしばらくは隠しておいてもらいたいと思いますが、辻褄合わせやそのための工作は早めの方がいい』


「いや、そりゃ、他にそういう予定なんてないけど!? だからって……」


『トーリーさんは風の女神様の狂信者、つまり敬虔な信仰心を持つ神官、巫女のようなものです。そして、その風の女神レーネ様は元々古くから豊穣神……つまり、先代豊穣神のエルノア様の従属神の一柱でもある。エルノア様から眷属に内定されている神鳥見習いと風の女神の巫女……そう解釈すれば、後世から見ても「神様への嫁入り譚」としてもそれほど不自然なことではないでしょう。リーナさんが神格化すればナナさんやその子孫が超常的な力を遺伝し続けても「そういうもの」として納得してもらえる。というか、神格化のための修行にも「体質変化」の熟達は含まれているはずですし、局所的な陰陽の反転術だけでも前倒しでこっそり修得しておけば辻褄は合います』


「その、『陰陽の反転術』というのは……」


『わかりませんか? ニドラさんの部分変身と同じですよ。人間体から怪獣体へ、怪獣体から人間体への変化の時に、その大きな変化のついでに体質や構造を多少都合良く調節する技術の応用です。どちらにせよずっと空山さんの能力に頼り切りというわけにもいきませんし。古今東西、半獣変化由来の神仙ともなればそれくらいの小技はできて当然になっていないと後で小回りが利かなくて困りますよ。エレノア様から誘われた神格化の予習としてなら修得にアンナさんやイカロさんの指導も得られるでしょう」


「いや、でもそんな簡単に……」


「リーナさん、今でも髪のケアを面倒臭がってたまに軽い変身で髪質とか長さをちょっと変えたりしてるでしょう? それの延長ですよ。この世界であれば「亜竜の谷」のような魔力の濃いスポットで集中的に鍛錬すればそう期間もかからないと思いますし。「努力の先行投資」というのはモチベーションの種火としてはなかなかに有用なものですから、達成感の遠い課題を前に二の足を踏んでいるリーナさんには悪くない中間目標(マイルストーン)では?』


 ……『神格化の予習』、『努力の先行投資』。

 さっきは私が卒業後は怪獣だろうと神獣だろうとどちらを選んでもいいみたいなことを言っていたのに、今の論調は私が人間性を放棄する道を捨てる前提のようにも聞こえた。

 まさか、トーリーさんを助けるのと一石二鳥を狙って……私の消極的な『怪獣化』の道を潰す、いや、『神様にならなきゃいけない理由』を作らせるために。


「あのですね! そういうのは、打算でやるものじゃないというか、そういう偉業を喜んでやるって人がやるべきじゃ……私はそんな大層なことなんて……」


『そうですか……それならそれで構いませんが、リーナさん以上の適任は今のところいませんし、秘密を知る人間は最小限であるに越したことはない。あなたが偶然にもトーリーさんの来訪に居合わせたというのは、後から物語としての辻褄を合わせるにもかなり幸運なことだと思います。リーナさんがどうしてもこの話を断るというのならそれでもいいですが、その分ナナさんがセブンスさんの忘れ形見として吊るし上げられる可能性が爆増してしまいますが……』


「うっ…………」


 私は、自分が神格化されるような大層なことができる人間だとは思っていない。

 良識的で常識的な、ごく普通の人間。

 状況に流されやすくていろんなものに翻弄されてきただけの人生だ。


 だからこそ……『神様になんてなれそうにないから怪獣にでもなるしかないか』というのは、強い意志を持って『怪獣になりたい』とは思っていないということ。

 目の前の赤ん坊の人生が私の『楽な方へ逃げるための選択』の結果としてメチャクチャになるかもしれないと言われて断れるだけの胆力なんてない。


「ず……ずるいです、社長サマ……」


『クックッ、あなたの悩みは年頃らしくて微笑ましいと思っていましたが、これを期に一つアドバイスしておきます。ローマには「偉大なことをしようと思うことが偉大である」という格言もありますが……実際のところ、偉業なんてものは「これから偉業を成そう」なんて思ってやるものではなく、仕方なく無理難題にぶつかって遮二無二やってみたら案外どうにかなってしまったという結果なのですよ、大抵は。まずは挑戦者(チャレンジャー)になってみないと制覇者(チャンピオン)になんてなれはしない、(つがい)の一つも作らずに卵が生まれぬと思い悩む親鳥は哲学の前に家庭科と保健体育からやり直すべきです』


「…………」


 『卵が先か、親鳥が先か』。

 そんな堂々巡りの円環を下世話なまでに現実的なそもそも論でバッサリと断ち切って、社長サマは改めて提案する。


『仮に後から路線を修整するとしても、目の前のナナさんの子育てとそのための環境を整える手続きは急務です。ピークドットはその手の援助は受けやすい都市ではありますが、トーリーさんは移住手続きから必要になりますし、片親不明のままではそれも叶わない。しかし、既に戸籍を持っているリーナさんが以前から関係を持っていた相手として籍を入れれば諸々の手続きも大幅に省略できます』


「それで、とにかくまずは入籍しろと……」


『はい、後々の外聞的にはナナさんを黙って産んでしまったトーリーさんが責任を迫ってリーナさんが遺伝子鑑定の結果で納得して即決で電撃入籍した、というのが一番誠実なシナリオになりますので、仮に漏洩後から各種記録のタイムラインを逆算されてもここで情報が止まります。見るからにラブラブの新婚さんになれとは言いませんしサポートは戦英プロ全体でしますが、そのためにもセブンスさん抜きで納得できる繋がりは必須です……ここは名義だけでも貸してくれませんか?』


 最後はとことん合理的で効率的な理詰めでの説得。

 やっぱりこの人には敵わない……そんな確信を改めて深めながら嘆息して、答えを出す。


「はぁ……わかりました。政略結婚だろうがなんだろうが、仰せのままに」


『クックッ、リーナさんのそういうところ……既に自分がうまく生きられる大人だと思ってるところ、私は好ましく思いますよ。こういうちょっと無茶な仕事も任せやすくて』


 通信が切れる。

 最後の最後で、私が本当は大人じゃないみたいな……大人だと思い込んでるだけみたいなことを言われたのはちょっと釈然としないけれど、社長サマみたいに飛び抜けて強い我と他人に流されない芯を持った人間から見れば、状況や命令に、そして常識や良識に流されるがまま人生を選択してしまう私たみたいな人間は大抵が『大人』とは呼べないのかもしれない。


 本当に、なんだかんだ言って従わされてしまうほど強い……怪獣の私よりも大きくて、振り回されてしまう、大きな人だ。


「話はまとまったよ。その……トーリーさん、あくまで仕事上の関係ではあるけれど……私と、結婚してみてくれる?」


「は、はい……不束者ですが、よろしくお願いいたします。それと、ナナちゃんも……この人が、あなたのパパですよー?」


「……だう?」


 今回の騒動の中心。

 幼い怪獣ちゃん……表向きの『私とトーリーさんの隠し子』となるナナちゃんは、わけもわからないまま私を見上げていた。


オマケ『通信直後』


(社長サマ)「あ、そういえば『既成事実の証拠と育児の環境を一通り作り終わったら頃合いを見て離婚すればいい』……と言い忘れたような気が。まあ、さすがにそれは言わなくてもわかりますかね、たぶん」


(リーナ)(勢いで承諾しちゃったけどよく考えたら私これでいわゆる『妻子持ち』になっちゃったんじゃない!? 誰かのお嫁さんになるとかは考えたことあるけど自分が嫁入りされる側になるのは考えたことなかったんだけど、これ実家とかにも一応報告しなきゃいけないやつじゃない!? 何年も連絡とかしてなかったしすごく気まずいんだけど、今更急に連絡して内容が同性結婚で既に子持ちとかどう説明したらいいのこれ!?)

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