番外編:とある週末の戦英プロ〜ヒトミの場合〜
side ヒトミ・フュネリア
私には『魔眼姫』という二つ名があるけれど、私にはソニアみたいに王族だったりとか、大領主の血縁だったりとかって背景はない。
一応、生まれで言えば貴族にはなるんだろうけど、それも姫なんて呼ばれるような格のところじゃなかったし、その家も今はもうない。
そんな私に『姫』なんて二つ名があるのは、単純にそれが右眼の魔眼の元の持ち主である『魔眼女王』という転生者の後継みたいな意味でつけられたものだから。
それも、本家本元の『女王』の力には遠く及ばない劣化版としての『姫』。
実際、私は自分の眼窩に埋め込まれたこの『他人の瞳』を自分自身のものとして使いこなせたと思えた瞬間はない。
「うーん、そうねぇ……うん、まだ大丈夫そうね。でも、一応お薬は出しておくから魔眼を使った日はちゃんと飲んでおいてね。飲み忘れたからって翌日に二日分飲むとかはダメよ?」
「はい、サロさん。いつもありがとうございます」
ここは、ピークドットの診療所。
研究所の治験場も兼ねているシィさんの所とは別の、普通の町医者という感じの匂いが強い小さな医療施設。
ここの主であるサロさん……黒豹の因子を持ち、黒肌の男性のような容姿を持つ『彼女』は、いつも通りに私の定期検診を終えて診断書にペンをサラサラと走らせる。
そうしながら、ペンを動かす手を止めず、世間話のように私に問いかける。
「そういえば、最近また『透視』の発動頻度増えてるみたいね。夕子ちゃんのことかしら?」
「……ごめんなさい。サロさん、ちょっと見ただけでそこまでわかっちゃうんだね」
「ふふっ、怒ってるわけじゃないわ。けど、不安になったら眼を使うよりも先に私たちに相談してくれてもいいのよ?」
私の右眼は『魔眼』。
壁の向こうや服の中を見通したり、目を合わせるだけで人を魅了したり、視線で鋼鉄を焼き切ったりできる。
そうできてしまうから……日常の中でも、つい使ってしまう。
さすがに攻撃的な使い方はそんな頻繁にしないし眼帯で封じているけれど、軽い透視くらいはちょっと目を凝らすくらいの癖で使ってしまう。
そうした方が、安心できるから。
武器や罠が隠されてないか、自分の知らない所で誰かの悪意が現実化の兆しを見せていないか。
『戦英プロ』に、『Cクラス』に入って強い大人たちに保護されているのはわかっているのに、不安が湧き上がるとつい使ってしまう。
けれど……
「前にも言ったけど、魔眼の使い過ぎは禁物よ。あなただって、最近は強い能力を使うと疲れやすくなるのは感じてるでしょう? それは気のせいじゃないはずよ」
……元々、魔眼は私の眼球じゃない。
これは、大姉様が戦乱の時代の最終盤に『魔眼女王』から抉り取ったもの。
本来は使えば使うほど成長していくタイプの生体神器が、戦乱でもトップクラスの転生者によって鍛えられ続けた結果生まれた強力な戦術兵器……使い方によっては戦略兵器にもなる代物だ。
強力で、便利で、とても頼りになるものだけど、戦乱は遠い昔の話で、これはその遺物。
保存状態はいいけど、さすがに百四十年以上も前のものだ。
そもそも『一生もの』ではあっても『永久保存』を前提にした神器じゃない。
さすがに劣化しているし、元の持ち主がその一生を終えた後も他人の肉体に移植されて使い回されることは仕様として想定されていない。
おそらく出力は両眼が魔眼だった『魔眼女王』の片目の、さらに半分以下。
伝説の転生者が鍛え上げた魔眼だけあってそれでも強力だけど、私の場合はその劣化した強力さですら長時間維持できない。
平たく言って本物の転生者よりも持久力がないのだ。
「昔はもっと連射しても平気だったのに……威力はそんなに落ちてないのに、昔みたいにやろうとすると頭がズキズキする」
「しょうがないわよ。魔眼そのものというよりも、それを制御するヒトミちゃんの脳に負荷がかかっちゃってるんだから。むしろ、これまで専門医についてもらうこともなく、よく頑張ってたと思うわ。医術者としてはあんまり褒められたことじゃないけど」
そう……あまり褒められたことじゃない。
そもそも、戦乱の時代の価値観ならともかく今の価値観だとこの魔眼の移植自体が外法の類。
それも、兵員を強化して即戦力を得られるという意味では有効でも、強化された人間の未来を明るくするわけじゃない、歪なやり方だ。
そもそも、転生特典というのはその転生者の脳で操作すること前提で創られている。
トマルみたいに転生者の脳をまるごと体内に移植してるなら話は別だけど、そもそも転生者のパーツを『細胞を生かしたまま』別の生き物に移植して転生特典を現世に残すというのはかなりの裏技にして荒業だし、別の脳で代用すれば無理が出る。
経年劣化の対策だって森の民が神器作りに使っているのと同じ技術の応用だけど、森の民の神器みたいに何千年も永続するものはそうそう作れない。
社長サマの使う特殊な『石化』だって百年前後が保存の限界らしいし、私の魔眼が限界に近いのも本体が死んでから百年は経っていることを考えれば妥当らしい。
私の魔眼はオリジナルに遠く及ばない上、これから弱体化していくことがわかっている。
けれど、これでも私は並外れた適性があった方なのだ。
私の前の世代でも教団でこの魔眼を受け継いだ敵性者はいたけど、私と同じ出力で使えた人はいなかった。
だからこそ、私は前線に立って『魔眼姫』という二つ名を手にした。
並外れた適性があったからこそ血生臭い仕事もすることになったけど、あの時はそれが必要だったのだと今も信じているからそこまで深い後悔とかどうしようもない罪悪感はない。
そういうのは、教団にいた時には割り切っていたつもりだ。
けれど、今は……
「本当はもうそろそろ普通の目を入れた方がいいんだけどね。シィさんならそう時間もかからずに培養できるそうだし、脳への負担が蓄積しない内に移植できるならそれが一番よ」
「……ごめんなさい」
「ええ……まだ不安なのね。謝らなくてもいいわ。けど、なるべく魔眼は使わない生活を心がけた方が後々のヒトミちゃんにとっては良いだろうっていうのは心の隅に置いておいてね」
「……はい」
『魔眼』は、私にとって唯一で最強の武器だ。
頻度は減ってるけど、不安になると頼ってしまう。軽い透視でもまだ使えることを実感できると、安心できるし、夜も眠れる。
私はたぶん、まだ『丸腰』だと眠れないのだろうと思う。
『邪神崇拝者』……私たちの教団は一般人からはそう呼ばれていた。
私は、その重大戦力として、中央政府の人間や教団を斃そうとする人間たちから『テロリスト』と呼ばれていた。
私は、教団の……血族の番人をしていたから。
『獣の部位』を持ち、定期的に人の血を摂取しないと人間性と知性を保てない私たちの血族……そんな性質のせいで受けた迫害から保護した子供たちや、戦乱末期に人間たちから何の予兆もなくいきなり裏切られた先祖たちが遺した報復の意志を受け継いだ教団の大人たちを人間という『脅威』から護って戦っていた。
血族の由来を知らない人々の多くは、獣の部位を持つ血族やその先祖返りである私たちを病気や呪いに侵されて歪んだ存在だと思い込んでいた。
そんなふうに社会から排斥された血族が集まって『邪神様』を復活させることを目的とした教団として活躍している……その事実が広まるだけでも致命的だった。
実際、教団が生まれてからの百年で何度もそういうことはあって、何の罪もなくただ『生まれ持った容姿が違った』というだけで迫害されて死んでいった同胞がたくさんいたらしい。
だから、私はこの魔眼を使って戦った。
私のいる世代でだけはそんな残酷なことを一度だって許さないと誓って……世界を覆う人間の大多数である『普通の人間』全てを相手に徹底抗戦しているつもりで生きていた。
日本には『人を見れば泥棒と思え』なんて言葉があるらしいけど、私にとっては『ヒトを見れば迫害者だと思え』だった。
人間というものは自分の正体が露見すれば誰もが私を殺そうとしてくるだろうと当たり前に思っていて、道行く人でも凶器を隠し持ってないか不安にならざるを得なかった。
今は上手く正体を隠せているから微笑んだり挨拶をしたりしてくれるけど、私が一瞬でも油断して本当の耳でも見せればその瞬間に襲いかかってくるかもしれないと、その場でならまだしも後から寝込みを襲って来たりする可能性もあると当たり前に警戒していた。
今でも、街ですれ違う人には反射的に透視を使って武器になるようなものを隠し持っていないかを確認してしまう……その癖がついている。
けれど……私は、最近『知見』の授業であることを知った。
この世界から見た『異世界』にある国は、『日本』だけじゃないらしい。
なんでも、誰でも銃を買えるアメリカという国には、枕元に銃がないと眠れないという人もいるらしい。
獣の部位の有無が違うわけでもない同じ『人間』に囲まれて生きていてそんなふうになるというのは私には共感できなかったけど、不安が尽きないからいつも武器を手放せないという部分には共感できた。
きっと、私が魔眼に依存してしまっているのもその感覚に近いのだろう。
いつでも身を護る武器が手元にあると意識しないと、不安で夜も眠れない。
私が血族じゃない人間たちに囲まれていても平静にしていられるのは、その気になればいつでもどこでも『撃てる』という確信があるから。
きっと、そうじゃなかったら私はまだこんなふうに外を出歩くことなんてできていないと思う。
「そういえば、学校はどう? 最近また大仕事があったって話だけど、『初期対応部』の妖怪退治?」
『あまり魔眼を使わない方がいい』という医術者としての注意を終えて、縮こまった私の心をほぐすように話題を変えてくれるサロさん。
私もそれに乗って、つい最近の出来事を話す。
「うん、この間……物産展の翌日ね。みんなですごい巨人みたいなやつを倒したんだ。私は弱点を隠してた背中の裂け目を攻撃してね、トマルにサポートしてもらって……」
「そう……そうなの? それは大活躍だったわね」
適度に相槌を打ちながら話をさせてくれる聞き上手なサロさん。
それに安心して初期対応部での仕事の話から話題を深める内に、私はいつもクラスメイトことを話している。
初期対応部……『Cクラス』には、私よりも人外な感じのクラスメイトが何人かいる。
特にトマルやニドラはほとんど常に角や尻尾、獣耳を隠さず生活していて、蓬は人間だけど頻繁に火花を散らしたり炎を漏らしたりしているから本人は一番しっかり者のつもりだけど見ていて一番危なっかしい。
リーナも時々力加減を間違えて壁にヒビを入れたりしちゃうし、ダミーなんて唐突に変なマジックアイテムを発明して珍事件を起こしたとかで千里先生に怒られてる……ていうか、私自身もダミーのやらかしに巻き込まれていきなり幼児化したり逆に肉体だけ大人になったりって珍妙な被害を受けたことだってある。
みんな、本当に個性的で刺激的。
気を抜いても猫耳くらいしか出てこない私じゃ個性としては大分おとなしいと思えてしまうくらいだ。
しかも、そのニドラやトマルも、蓬も、リーナもダミーも、ごく自然にクラスメイトとして受け入れる他のクラスメイトが十人近くもいる。
だからこそ、私はあそこでの生活を普通に受け入れられたのかもしれない。
けど……やっぱり、きっかけがなかったら、みんなの生活を見ていても輪に入るのはきっともっと怖かったと思う。
そんな私が彼女たちに馴染めるようになった最初のきっかけを作ってくれたのは……
『私の周りには、蜘蛛になれる人とか、虫になれる人とか、ドラゴンになれる子とかいますわ。そんな可愛らしい耳くらいで化け物扱いなんてしませんわよ』
一年くらい前に出会った転生者の少女『夜神夕子』だった。
偶然の遭遇みたいなものだった。
けれど、最初に、他の誰よりも先に、そういう『私の特徴なんてみんなに比べれば気にするほどの物じゃない』って視点があることを教えてくれたのは彼女だった。
それでも……最初は少し怖かったけど、夕子が本気で私を『化け物扱いなんてしない』と言ってくれたからこそ、もしかしたら他のみんなも同じような変わり者なのかもしれないと信じて踏み出せた。
そうやって踏み出せたからこそ、今の私がいる。
そういう意味では、夕子は私の大恩人だ。
しかも、それだけでなく、彼女は私と教団の子供たちの命の恩人でもある。
私たちを当たり前に同じ生き物として扱って、私たちをレジスタンスのメンバーと同じように護ろうとして命懸けで戦って、間一髪で助けてくれた。
私が彼女と話せたのは……一緒に戦えたのは、旧都神殿の近くでニドラが撃墜されてから儀式の直前まで、時間としてはピークドットレジスタンスに所属していたみんなよりもかなり短いけれど、赤の他人なんて言えない。
だからこそ……
「あのさ……サロさん。実は、夕子の身体のことなんだけど……魔眼で『透視』した時に、見えちゃったんだけどさ。今の夕子の『心臓』って……ううん、それどこか『他の内臓』も全部……」
言葉を続ける前に、唇に指を当てられる。
サロさんの優しく、申し訳なさそうな微笑みと共に。
「大丈夫、わかってるわ。でも、それは夕子ちゃん自身には……ううん、みんなにも、秘密にしてあげてくれないかしら」
「でも……」
「気になっちゃうのはわかるわ。でも、彼女はまだ不安なことが多いと思うから……今の自分がみんなと少し違うって思うだけでも、あの子は不安定になっちゃうかもしれないから。すぐに問題が起こることはないはずだし、まだしばらくはそっとしておいてあげて。でも……もしも、彼女が怪我をしたりして、その時に身体がみんなと少し違うせいで困っちゃうような場面があったら……その時は助けてあげてね」
「うん、わかった。でも……サロさん。あれは、本当に『夕子』……なんだ、よね?」
「ええ、間違いなく。それとも、今の夕子ちゃんは友達じゃないって思う?」
「ううん、そうじゃないけど……私の知ってる夕子と違うから、あれは本当に夕子なのかって時々思っちゃう」
私が俯きながらそう言うと、サロさんは少しだけ沈黙してから、口元に手を寄せて小さく笑って言った。
「そうね……確かに、あの頃の夕子ちゃんと……戦場での彼女と今の彼女は全然違うと思うわ。でも、それでいいんじゃないかしら?」
「それでいい……?」
「戦場での強くてカッコいい夕子ちゃんだけじゃなくて、戦いから離れた夕子ちゃんの新しい顔も知ることができるって、お得だと思わない? 怖がらずに知ってみることでお友達のことが前よりももっと好きになれるかもしれない……そう考えたら、まだわからないっていうのもまた素敵なことじゃないかしら?」
それから、数分後。
診察室を出た待合室では、付き添いのねねが新聞を読んで時間を潰していた。
『孤島の軍事訓練場にて、闇市の秘密施設を新たに発見』……そんな見出しが目に入る。
けど、戦英プロの前身が敵対していた組織の関連記事だから気になっているというわけじゃなく暇つぶしが目的ということなのか、ねねの視線は新聞の端の四コママンガに向けられていた。
「ねね、お待たせ」
「あ、おかえりなさいっす。ん、どうしたんすか? モヤモヤしてるっぽい顔っすね」
「ちょっとね……」
ねねと一緒に診療所を出て本社区画へ向かう。
ねねは一応『大人組』ではあるけど、他の大人組と違って弱いから、ねねを同伴者にした時には私たちの方が護衛役になるというのがCクラスの暗黙の了解になっている。
だから、軽い透視で武器を隠している襲撃者なんかがいないかどうかは確認しながら移動しつつ、サロさんとの話を考える。
私は……『今の夕子』を疑っている。
彼女が本当に私の知っている『夜神夕子』なのか、そうじゃないのかをずっと考え続けている。
この魔眼でも心の奥底は見えないから。
そんな気配はないはずなのに、彼女が夕子のふりしている別の誰かなんじゃないかとどうしても思ってしまう。
私は、ほとんど戦場での彼女しか知らないから。
イメージと合わないのが私が彼女を知らないせいってだけなのか、そうじゃないのかわからない。
それもあってクラスでも挨拶くらいしかできてなくて、ちゃんと向き合って話せていない……そうやってちゃんと向き合っていないから、わからないまま不安だけを溜め続けているというのがサロさんの言っていたことの真意なのだろうけど。
せめて、なにかきっかけがあれば……
「あ、小野倉さん。それにメメちゃんも、本社への帰り道?」
「うえっ!? ね、メ、ねメさん!?」
「いや、驚きすぎて混ざっちゃってるっすよ夕子ちゃん……確かに呼び方も発音も大分近いっすけど」
考え事をしながら歩いていた帰り道に遭遇したのは……春子さんと、今まさに私の考え事の対象になっていた夕子。
裏組織とかレジスタンスと関係なく『テロリスト』として知れてしまったヒトミという名前の代わりに『メメ』というあだ名で私を呼んでいるのも、私が前の夕子との違いを感じる部分の一つではあるけど……『ねメさん』て。
何をそんなに慌てるようなことが……?
「ん? その紙袋、外の店のやつ? それのために春子さんに『連れ出し』してもらったの?」
「あ、はい、いえ、その……ちょっと、欲しい本があって……」
「端末の使い方はもう知ってるんだし、ペリカンコインで他の注文品と一緒にまとめて買ってもらってもよかったんじゃ……」
そう言いながら、悪い癖だと思いつつも『不審な手荷物』として認識してしまった瞬間から発動し始めている透視能力で紙袋の中を検めてしまう。
袋が透けて見えてきたその中身は……
「ん? ていうかそれ、ベルミュジが出てる雑誌じゃ……バニー特集?」
「…………」
顔を赤くしてちょっと涙目になりながら目を逸らす夕子。
その様子から見て取れるのはそれが夕子にとって『恥ずかしい買い物』だったということで……
「もしかして、ペリカンコインで注文すると記録が残っちゃうから、だったり……」
「ち、違いますの! 夢の中での『仔兎作り』の参考に……じゃなくて!」
パニックになり始める夕子を前に私が反応と対応に困っていると……背後から軽快な声と軽い衝撃が頭を叩いた。
「乱数調整アターック!」
「春子さん!?」
いつの間に後ろへ?
ていうか、頭になんかつけられた?
「いきなりなんなの? これ、カチューシャ……? いや、なんか上にグラグラするものがって……ウサギの耳?」
「そうだよー? はーい、夕子ちゃーん。どう? 可愛いウサギさんですよー?」
「はうっ!?」
私を見た脈拍が強くなってる……私を見て、興奮してる?
赤外線で見てみても体温が明らかに急上昇してるし……まさか……
「夕子、私の耳のこと気にしないって言ってたの、もしかして……」
「ち、ちがいまっ……というか言った憶えがそもそもないのでその時の私の気持ちには確証は持てませんけど! たぶん違いますわ!」
「じゃあ、なんで今は私を見てそんな心拍数上がっちゃってるの……猫耳は趣味じゃないけどウサ耳はストライクゾーンとか?」
「わ、わかりませんわ! でも、なんだか不意打ちでその耳を付けたメメさんを見せられて、身体の奥から熱いものが込み上げてきて……こ、これもきっと呪いの後遺症ですわ!」
苦しい言い訳らしき言葉。
相変わらず私を見る度に脈拍は強くなってて、明らかに何かを強く感じているみたいで……
「ヘンタイ……」
「あうっ!?!? ち、ちがいますのぉ……」
真っ赤にした顔を両手で隠そうとする夕子だけど、透視ができてしまう私にはまるで意味がないのはわかっているのだろうか。
他の人には見ることのできない、本人は手で隠せていると思っている……私の知らない顔をした夕子。
それが面白くて、つい小声で囁くように言ってしまう。
「『ヘンタイ』、『ヘンタイ夕子』」
「あぅぅ……」
心拍数、体温も上昇。
本当に自分自身でも初めての未知の感覚なのか戸惑うように瞳を震わせながら、顔から手に移る体温と手から骨を伝わって鼓膜に響く自分の心音に感覚を埋め尽くされて余計に脈拍を狂わせる夕子の姿を見て、私自身変な感覚が芽生えたのを自覚する。
あの戦場での強くてかっこいい夕子と目の前で真っ赤になっている夕子とのギャップが大きすぎて脳がバグってるのかわからないけど、それが私自身の胸にも変な形で突き刺さった気がする。
ほんのちょっと、半分以上冗談のつもりで言った一言でこの反応。
それで、なんだか……押すと音が出る単純な玩具で遊んで喜んでいた本当に幼い頃の自分に戻ったみたいに、あるいは猫がネズミをいたぶって遊ぶみたいに。
ちょっとからかうだけでこんな大きな反応をする夕子で遊ぶのを面白いと思ってしまった。
「ふふっ……ほら、夕子。うずくまってないで帰ろ? みんなには内緒にしてあげるからさ……戦う時には強くてかっこいい夕子が、こんな趣味持ってるなんてね。続きはまた今度、二人きりでやろ?」
「は、はぃ……」
とりあえず、サロさんの言っていた通りに今の夕子を知ってみよう……そう決めて。
夕子の手を引いて、私たちを見守ってくれているねねと春子さんとも連れ添って、私は帰路につくのだった。




