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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく
第二章:『社会経験(キャラビルド)編』

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番外編:とある週末の戦英プロ〜タカラとベルシィの場合③〜

side イラズ・クロミネ


 世の中には『ダブルスタンダード』という言葉がある。

 やれと言われたことをやったらそれを理由に罰を受けた、そんな理不尽なパワー・ハラスメントなんてまさにそれの典型だ。

 それを念頭に置いて考えてみる。


 『裏切りの嫌疑のかかった部下を内偵に捕縛させて尋問してみたけれど、疑った部下が裏切り者じゃなかったからその部下を捕縛した内偵を罰に処す』。


 ……いや、それは本当に駄目なタイプのダブルスタンダードだろ。

 理不尽過ぎて典型事例にすら使えない、どう言い繕っても正義サイドのボスがやっちゃいけないムーブだろ。


 物語の中の悪の組織のボスなら一周回ってあまりの理不尽さが恐怖支配系のカリスマ的なキャラ付けになって人気に繋がるかもしれないが、この世界は絵物語の中の世界でも小説の世界でもない。

 現実にいたらかなりヤバいタイプのクソ上司扱いされても文句は言えないというか、むしろそういう通報とか密告くらいはされないと駄目なやつだろうそれは。


「……あ、今の言い方だとちょっと勘違いされちゃうかもしれませんね。ベルシィさんの『素行不良』というのは春子さんの事とは別件です。私はそんなヤバい上司じゃないですからねー? だからそんな目で見ないでー?」


「ガ、ガキ扱いするんじゃねえっての……わかってたよ、アンタがそこまで『不合理なこと』はしないってことくらい。スケジュールについての話の流れからするとあれか? 春子の『占い』では、今日のベルシィが『狂信者の血』の治験を受けるのが後々のなんかのために必要な可能性が高いとか、そんな話か?」


「まあ、何がどう因果的に繋がるかは私も知らないので確実なことは言えませんが、ベルシィさんは昨日の私から今朝の仕事を受けなかった場合、深夜の寮での振る舞いでお仕置きとして『治験』を受けることになっていたそうなので、どちらにせよという感じですね」


「深夜の寮で? Cクラスの誰かとケンカでもやらかすはずだったのか?」


「いえ、なんかトイレでちょっと『年頃の女の子としてよくない遊び』をしてたのが見回りをしていた千里さんに見つかっちゃった……いえ、見つかるはずだったそうで。その『遊び』も前から度々繰り返して注意されていたものらしいので」


「トイレでやる遊びってなんだよ……水遊びでもやってんのか? だが、まあそれなら話はわかった。その『よくない遊び』が前から常習犯だったってことなら、今回の治験はその罰って……」


「あー、いえ、それもまたある意味では別件でして。昨夜のベルシィさん、本社区画からの特別外出の事前申請をせずに置き手紙での事後報告だけでこっちに来ちゃったみたいなので、今やってるのはそのお仕置きです。私からの極秘任務だと言えば普通に特別外出の申請も通ったのに、わざわざ申請不備になるように無断外出しちゃって……私が『罰として治験を手伝ってもらいます』って言った時の反応的にこうなるようにわざとやったみたいですけど」


「…………春子が何かやらかしてるにしろ、やらかしてないにしろ、最終的には『ご褒美』をもらえるようにってわけだ。いや、『お前やっぱ馬鹿じゃねえの?』って感想しかねえけど」


 社長が理不尽なダブスタをかますヤバい上司だったって話かと思ったら、部下の方が極秘任務のご褒美にドギツい拷問みたいなお仕置きをねだるヤバいやつだった系の話だったらしい。


 というか、ベルシィを丸呑みにしている髪の赤蛇をモニュモニュと蠢かせている社長も律儀に自分の手でそんな責め役なんてやらずに適当な研磨機でも付けて放置しておけばいいのに……彼女の性癖でクズ男ムーブを求められてそれに応える男みたいな構図になってんぞ。

 ベルシィの自罰癖は我慢しろと言われれば我慢できないってわけじゃないし、社長が『ベルシィさんは喜んじゃって罰にならないからそういうことはやりません』って言えば罰を受けるために敢えてそういう違反行為をやるのだってやめさせられるんじゃないかと思うが……


「社長、アンタは……」


 おそらく、ベルシィを愛している。

 内偵として扱いながら、こうやって罰を与えながら、それを愛情表現としている。

 これまでの人生経験から普通に愛されることを受け入れられないであろうベルシィが、自分で望んだ形を察して自分の愛情をその穴の形に合わせて整形して渡している。


 ベルシィだけじゃなく……戦英プロの社員全員を、そうやって愛している。

 だからこそ、この社長は夢を見つけた社員がいれば躊躇わず夢の手伝いを始めるし……歪な方法であれなんであれ、心を保つのに精一杯でまだ夢なんて見られない社員にはお望み通りの罰までそのまま与える。


 あまりにも甘くて、お優しい話だ。

 Cクラスのメンバーがやりたい仕事を見つければBクラスとしてそのための経験を積ませてやるし、ベルシィが自罰的な気分になって『治験』を望めばその通りにする。

 治験の過酷さに見合った社内通貨(ペリカンコイン)も与えはするが、それはあくまで会社と社員の仕事という形の建前みたいなものだろう。


 だが、そんな奇特な『社長サマ』も、社員の中に『我が子として扱う者』と『我が子としては扱わない者』という線引きを設けている。

 ベルシィに『(治験)』という名の『ご褒美』を与えている社長を見て疑問が湧いた。


「社長。そういえばアンタ、ベルシィは『自分の娘』にしてやらないのか? そのままひと呑みにしちまえばねーちゃんやニドラの時みたいにすぐだろ?」


 俺にとっての『ねーちゃん』こと、『理想の勇者(ノン・ブレイブ)』。

 元は他人の転生特典である『愛竜』ことニドラに、ヒトミやイカロみたいな血族ですら同族と呼べない孤独な半獣ハーフ『ムジルシトマル』。


 戦英プロでは『社長サマの娘』として扱われている三人娘は、単に戦後身寄りがなかったのを社長が引き取って戸籍上の養子にしたというだけの形式的な関係じゃない。


 シィシィシィの生体改造を受けて『団員(フリークス)』としての性質を獲得して、あの短い決戦までの準備期間でその潜在能力の覚醒まで成し遂げた社長が発現させた、俺たちの特殊技能にも近いレベルの特殊な魔法技。

 ルビア博士の能力を解析した『ゼット・ネイバー』を肉体の一部として扱うからこそ可能になった、潜在的な記憶への干渉を伴う簡易的な生体改造手術。


 後天的な『刷り込み(インプリンティング)』。

 ゼット・ネイバーを含んだ血液ゼリーで造られた擬似的な『臓器』で丸呑みした相手が無意識レベルで社長を『母親』と認めるようになる……身も蓋もない言い方をすれば『相手を丸呑みにして、胎内で「お前は自分の子供だ」と洗脳して、もう一度世界に産み直す』、そんな技を使って『娘』にしたのがあの三人だ。


 強引だとは思うが、必要なことだったという理屈もわかる。

 ねーちゃんも、ニドラも、トマルも、野放しにするにはあまりに強力すぎるし、絶対に裏切らないと言える保証がなければもっと自由や能力を制限しなければいけなくなる。

 あくまで潜在的な認識に『母親』という情報が追加されるだけ、絶対服従ではないが決定的な裏切り行為には走らないと言える保証……あるいは、『親子関係』というある種の契約。


 あの『三人娘』にそれを結んでいるのはいい。

 それが『契約』であるからこそ、社長の側にもあの三人娘に対して『自分の娘』という認識が生じている……ある意味では相互に洗脳が発生しているようなものではあるらしいが、それも社長が娘たちに対しても贔屓せず仕事を与えられる『上司』としての振る舞いができるタイプだから、今のところ問題だと感じたことはない。


 だからこそ、だからこそだ。

 あの三人娘で問題が起きていないからこそ……疑問に思うことがある。


「ベルシィの過去は知ってんだろ? ベルシィにとって、家族のことは思い出したくもない記憶だ。なら、社長サマ……あんたがそれを上書きしようとは思わないのか? 全部は無理でも、せめて『母親』の分だけでも楽にしてやろうとか……いや、楽にしてやるべきだとは思ったりしないのか?」


 ベルシィは、『悪徳権(パージ)』という極限の理不尽イベントに襲われて、家族を失った。

 それも、全員自分の手でその生命を奪って、今でもその罪悪感で常に罰を求め続けている。


 社長は今のところ、ベルシィが『娘』じゃないからこそ、三人娘にはやらせたくないような汚れ混じりの仕事を割り振っている節がある。

 だが、社長は別にそのためにベルシィを『娘』にせず『忠実な他人』としてキープしているというわけでもないだろう。


 ベルシィがそういった『関係の進展』を望めばきっと社長は応えるだろうし、ベルシィも遠からずそれを自分から求めるのだろう。

 一年前の俺はそう思っていて、だが結局は『三人娘』は『三人娘』のまま、ベルシィと社長は他人のまま、こうしてどこか歪な忠誠と不健全な愛情を交換し続けている。


 どちらも馬鹿じゃない。

 この一年間、俺が思い描いている『関係の進展』を一度も思い浮かべなかったなんてことはありえないだろう。

 だというのに、なんで……


 その疑問をさらに問い詰めるにはどんな論法が適切かと頭の中で計算する俺の前で、子育ての参考書を手にしたまま、社長は押し黙ることもごまかすこともなく、アッサリと答えを出した。


「私、ノンさんたちみたいに『我が子』にするのは『母親との思い出が全くない人だけ』と決めてるので」


 そこには、今この場で思いついた答えというわけではない、いつかどこかのタイミングで考えて考えて、もしかしたら悩み抜いて決めたのかもしれない『結論』だけに乗る確信の声音があった。


「ベルシィさんは辛い思い出が一番上に乗ってしまっているとしても、お母さんとの思い出そのものがないわけじゃありませんから、産み直してあげるわけにはいきません……そうすれば、私の存在が本来の『母親』のポジション上書きしてしまうから」


「だ、だけどさ……ベルシィの場合は、その方がきっと……」


「ええ、タカラさんの言いたいことはわかっているつもりです。しかし、私は別の誰かの偽物になることで母親として認識されたいわけでも、誰かのポジションを横取りしたいわけでもないから……上書きしていいのは『他のみんなには当たり前にいるのに、自分にだけはそんな人は最初からいなかった』という虚無と孤独だけ、そういう線引きをすることに決めましたから」


「…………」


「まあ、本当は社員の皆さんは全員パクッとして『我が子』にしちゃいたいくらいなんですけど……鬼子母神的な欲望のままにそれをやっちゃうとたぶん際限ないですし。あ、もちろん、上書きなしの養子ポジションでよければタカラさんも大歓迎なので、いつでもこの胸に飛び込んでくれていいんですよ? というかノンさんの弟ポジションなら実質既に我が子のようなものですし、なんならCクラスも大人組もみんなとっくに私の子供みたいなものかなー、なんて」


「…………どうしてだよ」


「どうして……というのは?」


「ベルシィを見りゃわかんだろ? 悪い思い出のせいで今も苦しんでるやつが目の前にいたら、考えが変わるのが……自分の主義なんて放り出してでも助けるのが『善人』ってやつじゃないのか?」


「善人……ですか。まあ、確かにこれでも……今の姿だと鬼子母神様にも寄っているので少し微妙ではありますが、善意の女神たるディーレ様の信徒であるのは確かです。けれど……ええ、なんと言ったらいいんでしょうね。私、別にそういう『善人ならそういうことをするはずだから自分もそう動かなきゃいけない』みたいに思ったこと、あんまりないんですよね……たぶん、ですけど」


 最後につけ足された『たぶん』という曖昧な言葉。

 それは、『善人ムーブをするべき』だと思わなかったことが少ないという意味じゃなく……むしろ、『もしかしたら、そんなことを考えたこと自体が一度もなかったかもしれない』というのを思って、自分がそうやって動いた記憶がすぐには見つからなくて、もしそうでも自分の言葉が嘘にならないように付け加えた曖昧さに思えた。


「『善く生きたい』、『善いことをしたい』という気持ちは常に持っているつもりではありますが……それは、『こうした方が善さそうだな』も思った時にそうするだけの話で、どちらも善かったりどちらも悪い部分があったりで選択に悩むこともありますけど、『ここではこうしなきゃ善人じゃない』……みたいなことは、あんまり思わないんですよね。誰にだって、『そうしなきゃいけない時』や『そうできない時』はいくらでもありますから……善くも悪くも」


「……わかんねえよ、そんな理屈。じゃあ、アンタはベルシィの現状は、そいつの今の苦しみは『その方が善い』だなんて思ってるってのか? それが家族を殺したそいつへの罰にふさわしいってか?」


「…………少なくとも、ベルシィさん自身はそう思ってるようですね。エイスさんの過去の『仕事』に関して行った記憶を曇らせる処置も拒否し続けていますし。本人が強く拒絶している状態での精神治療は危険なので手が出せませんが、できれば緩和処置くらいはさせてほしいとは思っているのですけどねぇ……」


「……それでも、無理やりどうこうできないってわけじゃないだろ。アンタなら、大人組なら、なんとでもできるはずだろ」


「…………」


「アンタも、ベルシィも、なに考えてんのかわかんねえよ……クソみたいな過去なんて、忘れられるなら忘れた方がいいに決まってんだろうが。全部は無理でも、強引なやり方しかなくても、ほんの少し楽になるだけだとしても……ない方がずっとマシな人生だって言えるような過去は、たくさんあるだろ」


 きっと、俺の過去のクソみたいな思い出なんて、ベルシィのそれに比べれば大したことはない。

 だが、それでも、不意に記憶の底から浮かび上がってきたそれに胸を掻き乱されて、吐き気に襲われる日もある。


 『あれさえなければ俺の人生はもっと、きっと……』。

 そんな思いが噴き上がって、川底の泥を舞い上げるように心を真っ黒にして、楽しかったことも嬉しかったことも何も思い出せなくなる時間がある。


 電子画面の向こう側のプログラムの文字列みたいに自分の頭の中の記憶を消してしまえたらと思ったことも……やろうと思えばそれができるはずなのに、頑なに『それは駄目』と言って能力で忘れさせてくれないルビア博士とケンカしたこともある。


 『大人組』は……大人たちの考えは、俺にわからない。

 倫理的な問題で、ちゃんとした大人なら……世間一般で言うような『善人』ならそうしないという理由でそうしないってわけでもないっていうなら、それはもう単なる意地悪じゃないかとしか思えない。


 いっそ、そんな考えを全部ここで吐き散らしてしまおうかなんて衝動が溢れてきて、さすがに今後の人間関係によくない傷を残すんじゃないかなんて計算をしてしまって心にブレーキをかけている自分の小賢しさに、ベルシィの苦しみよりも自分の保身を考えてしまっている自分への嫌悪感に腹が立ってきて。


 そんな俺を見て……社長は、小さく笑った。


「クックッ……そうですね。そういえば、タカラさんはまだ十一歳……でしたっけね。いやはや、お若い……というよりも、まだ幼いと言ってもいい年頃ですか。少なくとも、一応これでも倍は生きている私からすれば、という話ではありますが」


「…………なんだよ、ガキ扱いするんじゃねえよ」


「そんなに目を赤くしないでも……いいえ、逆ですね。我慢せず泣いたって、文句を言ったって、それで黒歴史が残ったっていいんですよ? 十一歳なんて、日本の子供ならまだ小学生……年に一回くらい教室の机をひっくり返すくらい思いっきり怒り散らしたって『健康的で可愛らしい』で済む年頃です」


「…………やっぱり、馬鹿にしてるだろ」


「クックッ。まあ、否定はできませんね。小学生の子に自分よりもお馬鹿さんなところの一つ二つ見つけられない大人なんて、それこそ小学校を出てから何も成長できていないということになってしまいますし。その上で、大人パワー的なズルを許してもらえるなら……タカラさんは、まだまだ人生の深さと面白さを味わえていない、お子様だと断言しちゃいましょうかね」


「…………わかんねえよ、深さとか、面白さとか。人生なんて、本の中の物語じゃねえんだから。約束されたハッピーエンドもありえねえし、運命だなんて都合のいいもんもねえ。なのに、深さやら面白さやら、そんなもん誰が仕込んでくれてるってんだよ?」


「クックッ、紙面の上の物語ではないからこそ……作者に決めつけられた地の文もない、感情の解釈すら固定されない曖昧な想いの積み重ねが、独り手に湧き(いで)るような対流が『思い出(想い出)』と呼ばれるようなものであるからこそ、ですよ」


「……ますますわけわかんねえって」


「そうですね……年齢不相応に大人びて賢しいタカラさんに合う表現を選ぶとすれば、『過去の再解釈』ですかね。タカラさんの言ったような『クソみたいな過去』も、そこから湧き上がった『想い出』の対流に苦しんだ時間も、後から別の意味を持つことが……本当に、今はそんな気持ちなんて想像すらできなくても、『あれがあったから今の自分は此処に立ってる』と思える瞬間が、生き続けていればどこかで訪れる。そうなる前に人生が終わってしまう可能性もありますが……生き続けていれば、きっと、そういう日が来ます。だからこそ、ベルシィさんのような場合でも、死なない範囲での苦しみなら……本人が自分の力でその苦しみと戦いたいと思っている限りは、それを見守ろうと思ってるんです」


「……『過去の再解釈』か。そんなの、水に流せる程度の過去しかないやつの言葉じゃないかとしか思えないけどな」


「クックッ、私は自分自身の過去に対する想いは『水に流す』というよりは『深く埋めてしまう』という方が正しいと思いますが……まあ、そうですね。『過去の再解釈』というのは、なにも特別な話ではないのですよ。あの『聖典』を用いた『歴史の解釈』の操作もそうでしたが、それがなくとも歴史とは過去の再解釈の繰り返しのようなもの。『勝てば官軍、負ければ賊軍』なんて言葉もありますが、それだって勝った側の行為を最初から『正義の行いだった』と定義してしまう過去の再解釈の賜物ですし……個人の記憶でだって、タカラさんの十一年の人生の思い出にだって、きっと『過去の再解釈』はありますよ」


「……『勝てば官軍、負ければ賊軍』か。なら、逆に聞くが……この先、俺たちが誰かに負けて『あいつらはやっぱり世界の敵で悪の組織だった』『戦英プロの社長をやってた狂信者ってやつはイカれた最悪の転生者で、その持論も理屈も全部間違いだらけだった』って言われる可能性もあるってことか?」


 『クソみたいな過去』ですら肯定するべきだ、みたいな論調で人生を語ってくる社長を困らせてやろうと露骨に逆へ振り切った理屈を突きつけてやった。

 どうせ、また『クックッ』とかって思わせぶりな笑いでごまかしでも返されるんだろうなと思いながらの言葉だったが……


「ええ、まあ、はい。その可能性は大いにあるかと……特に、これからしばらくは」


「……は?」


「……クックッ、いえ、ごめんなさい。春子さんからの影響での発言と考えると、タカラさんには聞かなかったことにしてもらった方がいいですね、今のは。えっと、なんでしたっけ……そうそう、私が『馬鹿で間抜けでイカれた最悪の転生者』だって話でしたっけ? いやはや……なんというか、タカラさんも私相手に面と向かって言うようになりましたね。最初の頃は私が同じ部屋にいるというだけで、まるで猛獣の檻に放り込まれた仔豚さんみたいに美味しそうに震えてたのに」


「微妙に話が変わってるし俺はそこまで悪口言ってねえよ!? あと、俺は仔豚じゃねえがあんたが『猛獣(ケダモノ)』なのは比喩じゃねえし怯えるのはむしろ正常だ! ていうか今は『過去の再解釈』って話題だったろ!? だからー、あー……あれだ、俺は今……まあ、一定ラインはって話だが、アンタの言葉はまあ正しいんだろうなって思ってる。『大人になったらわかる』的な話でごまかされてる感もなくはないが、アンタなりに確信を持って俺が納得できるような言葉を選んでくれてんだろうなって……だが、たとえば後世のやつが、あるいは大人になった俺が、アンタの言葉を否定するかもしれないって言ってんだよ。アンタの言葉は、なんていうか……アンタの独特の感性が滲み出てて、共感できないやつもいるだろうしな」


「うーん……まあ、それはそうでしょうね。今の話だって、タカラさんに向けて選んだ言葉であって、他の人ならまた別に最適な表現があったり、タカラさん向けの理屈じゃどうしても適用できないような経歴の持ち主だっているでしょうし。そういう人が詰め寄って来たら、あるいはタカラさんが大人になってみてもやっぱり私のかけた言葉がどうしても信じられないと思った時はどうするのか……と?」


「…………そうなる可能性もあるのかって、それだけだよ」


 正直、困らせるための質問でしかなかったから。

 『それはそうでしょうね』なんて軽く答えられた時点で、俺の負けなのは確定していた。

 いや、そもそも勝ち負けじゃない……諭す大人と、大人の理屈を受け入れられない子供の屁理屈返し。そんなのは勝負にもならない。


 その上で、社長は俺の疑問に……未来のへ不安に、こう応える。


「私の言葉が間違いだったという人が現れたのなら……それはまあ、その時にまた新しい表現を選び直して、それ以前にもっとその時のお悩みに最適な答えを探して、新たな言葉を贈り直すだけでは?」


「…………それ、ありなのか? ていうか、単なるその場しのぎの前言撤回と何が違うんだよ」


「だってー、『言語(ラングエイジ)』なんてそもそもまだまだ未完成で不完全な魔法ですし、常に的を射続けたければ、的が動いたと感じる度に狙いをつけ直すしかないでしょう?」


「……あんたにとっちゃ、単なる『言語』も『魔法』の一種なんだな。まあ、その感性にはもう驚かねえけど」


 仮に、それがプログラム言語の話ならともかくとして。

 こうやって人間と人間が日常での意思疎通に使う言語なんて、言葉なんて、世界にあって当たり前で、生まれる前から完成しきったものだと思って生きてきた俺には『言語は未完成な魔法だ』なんていきなり言われても同意は難しいが。


 まあ、確かに『思ったことがもっと思った通りに伝わればいいのに』と思うことはなくはないし、逆に他人同士のローカル・ルールみたいなやり取りを見てて『そういう魔法でもないのによくそんなんで伝わるもんだ』とか思うこともあるにはあるが……


「私としては、感性(センス)というよりも哲学(アプローチ)技術(テクノロジー)の話のつもりなのですが。そうですねえ、どう言ったらわかりやすいのやら……たとえば、タカラさんの言う『クソみたいな過去』についてだって、もう起こってしまったものは未来の糧にするしかないとしても、だからといってこれからの体験として起こるかもしれないというのならそれは防ぐべきものでしょう?」


 簡単に発されたこの言葉だって、独特で、この人らしい……過去の話をしているはずなのに『未来』しか見ていないようにしか聞こえない。

 きっと、百人に聞かせれば何十人かはついていけないと理解を放棄するだろうと思うが、社長は俺が十一歳のガキにしては賢しいってだけの俺が『ついていける側』だと当たり前に信じて、変に子供扱いすることはなく話を続ける。


「『クソみたいな過去』は誰にでもできる可能性があるし、後から回顧してそう認識してしまうような大失敗は、十年も生きていればない方がおかしい、どうやっても完全に確実に避けられるなどとは思わない方がいい……けれど、それは純粋に教訓や予防論として考えるべきものであって、そういう体験を好ましく思うようになれとは言っていません。そういう感性(センス)を、人生の困難に対するマゾヒズムを獲得しろと言っているわけではなく、単純に『次は気をつけよう』と考えられるようになる。場合によっては人類全体でその教訓を共有することで、そこから先の類似事故率を数パーセン……歴史的に見ればおそらく数億人の未来を好転させられる可能性もある。タカラさんが自分の体験についての自伝でも執筆してくださったらわりと高確率で来月にでも実現できる可能性のある未来ですよ?」


「それは俺を買いかぶりすぎだろ……俺の書いた本なんて誰も読まないし、俺がそんな本を書くこと自体……ありえないだろ」


「ええ、その可能性が高いでしょうね。けれど、タカラさんがわりと真っ当に歴史に名を残す可能性が高い天才技術者であることは事実ですし、誰かが半端にでもタカラさんを調べてその『クソみたいな過去』が天才の誕生に必要だったという理屈を前提にした本を書く可能性もある……実際、それは全くの間違いでもないでしょう。少なくとも、普通の人生ではなかったからこそ、普通ではない才能を手にしたという点に関しては。そうならなければ生き残れない環境がタカラさんを強くしたわけですし」


「…………」


「けれど、だからといって、さらなる未来の糧にするために、次代にタカラさんと同等の天才を再生産するためだけに敢えてそんな『過去』をこれからも計画的に生み出せとか、思い出したくもなくなるような労苦を他人に押し付けろとか、そういう『戦争をすれば技術が発展するからもっともっと戦争をするべきだー』みたいな使い方をされていたら、それはいろんな意味で間違いでしょう? その流れの前提が、私が口にした『クソみたいな過去も大事な経験』みたいな言葉が伝言ゲームで変に伝わった結果だったりしたら尚更に」


「…………」


「そんな曲解が世間に悪影響を与えていたら、事態を収めるためにも、最初に紛らわしいことを言った者として訂正すべきとなるかもしれない……その時に、曲解された言葉と一文一句同じ言葉を繰り返しても仕方がないでしょうし。勘違いしてしまった人たちにもちゃんと本意が伝わるように、その場で言葉を選び直さないといけないでしょうね……たとえ、それで前と言ってる言葉(こと)が違うと言われたとしても、言いたい意味(こと)は同じなんですから。『言語(ラングエイジ)』なんて、表現や伝達の手段であって本質や実態そのものではないんですよ」


 『言語』は本質や実態そのものじゃない……だから、それこそ空気を震わせたりインクを軽く走らせたりするだけのエネルギーで簡単に動いて、変わってしまう。


 『大きな岩』という記録も、少しインクの位置を動かせてしまえば一瞬で『小石』に書き換えてしまえるように。

 そんなことをしても、記録された鉱石の大きさそのものは全く変わらないのに、印象だけが変わって、それを取りに行った人間が『話が違う』と喚き立てることがあるみたいに。

 もしそういうことがあったら、最初にその記録を付けた人間が自分が見たときの正確な数値でも追記しないと実際にそれを見たやつと見てないやつで話が食い違って争いが起きてしまう。


 だが……あれは確か、異世界の言葉で、『天は人の上に人を作らず』とかだったか。

 実際は、それに続く言葉で『それでも努力や勉学での差は人生を分ける』みたいな意味が入るのに、その前の平等主義みたいな一節だけがその偉いやつの言葉として認知されてるとかなんとかって話は。

 サクッと当面のノルマを終わらせた基礎教養のゲームで知った話だが、それになぞらえるなら……


「じゃあ、アンタがその時にそうできない状態なら……アンタが死んだ後に出てくるそういう声はどうするんだよ?」


 偉人だろうと権力者だろうと、人間は必ずいつか死ぬ。

 そして、その言葉が大きく広まる道程は、そいつが実際に『偉大な人』であったケースこそ、生きてる間よりも死んだ後の時期の方が圧倒的に長い。

 だからこそ、何も言い返せないからこそ、後の人間ってやつは好き放題に過去の人間の言葉や行動を自分に都合のいい解釈で利用する。

 ……ああ、それも『過去の再解釈』ってやつなんだろう。


「社長サマ。アンタは、自分が生きてる間に面と向かって文句を言いに来たやつになら、本当にいつでも最適な言葉を贈り直せる自信があるのかもしれないが……ずっと後からアンタが間違ってたって言われたら、その時に死んでたら、何も言い返せないだろ?」


 本当に歴史に残るかはわからないが、社長は『偉大な人』の側だろうと思う。

 少なくとも、俺にとっては、俺やCクラスのやつらみたいな脛に傷持つ少数派にとっては、こんな俺たちにしっかり向き合って、人生を諦めないでいいと思える未来を作ろうとしてくれる立派な人間なのは誰にも否定させるつもりはない。


 だが、『その他大勢』から見れば、社長は少数派を囲って救い手ごっこをしている変人でしかない。

 歴史を語る力が強いのが数の多い側だとすれば、後世に残るのは社長を否定したい側のやつらの言葉だ。


 そして、そういうやつらは……否定したい相手の生き方も、言葉も、端から端まで否定したがるだろう。

 社長が大事にしようとした俺たちの人生の価値という石の大きさも……戦争でめちゃくちゃになって俺たち本人ですらも『とっくに終わってる』と思って諦めていた人生をやり直させるというプロジェクトの意義も、『取るに足らない小石を拾って宝石かのように磨くだけのつまらない仕事だった』だったと語ろうとするだろう。


 そうなった時……俺は、社長の生き様を守りきれる自信はない。

 俺は、世界と戦って勝てる自分をイメージできない。


 だが……そんな俺の想いを知ってから知らずか、社長は首を傾げながらあっけらかんとして言った。


「それこそ別に……まあ、いいんじゃないですか? その時は私、死んじゃってるんでしょう? 私が死んでから私の言葉が否定されたとしても、私は何も困らなくないですか?」


「……は? いや、アンタ、自分が正しいと思ってやったことが否定されるのをなんとも思わないのか?」


「……ああ、なるほど、なるほど? そういうお話ですか。クックッ、タカラさんは大人びてはいますが、やっぱりまだまだお若いですねえ。神様から怒られるならともかく、(ヒト)の群れが何を鳴かれたところで世界そのものの真理は変わりませんし、それで世界の色が変わるほど環境が様変わりしたのなら、やはり私の古びた言葉なんかに拘泥せず、新しい最適解を探すべき頃合いですよ?」


 まるで大人が子供を見守るような微笑ましい目。

 いや、まるでじゃなく……年相応、年齢差相応に適切な、世代の違う視点の差が映り込んでいるような目が、俺を優しく見下ろしていた。


「私は正しくなくていいんですよ、私が正しくないと取り返しがつかないようなことなんて、そうそうやるつもりなんてありませんし。タカラさんだって、私のやり方が間違ってると思ったらいつでも言ってくれていいんですし、何も言わずとも、何も言えずとも、自分でもっといいやり方を見つけられたのならそれは素晴らしいこと……そして、私にとっても喜ばしいことなんですよ?」


「…………もしかしたら、俺はあんたを売って生き延びるためだけにそういうことをやるかもしれねえぞ。それで、勝手にそれを正当化して、アンタがクソだったんだって思い込もうとして、アンタとのこういう時間も『クソみたいな過去』だと思うかもしれねえぞ」


「ええ、そういうこともあるかもしれませんね。でも、私としては、否定されて嫌われて恨まれたとしても……まあ、できればそうでない方がいいとは思いますけど、そうであったとしても、そうすることであなたたちがいい感じに充実した人生を送ってくれたら、私のした仕事にしては上出来だと思ってますから。強いて言えば、私の人生を売って食いつないだ分くらいはちゃんと幸せになる努力はしてくださいね?」


 まだまだガキのはずの、自分とは世代違いの子供の俺が、自分の『後世』の人間が自分を越えていくのを……踏み躙られ、踏み越えられていくのを肯定する言葉。

 否定されたら何か言い返さないことなんて我慢ならない子供でしかない俺には一生そうなれないとしか思えない視点で、社長は肯定の言葉を続ける。


「クックッ……価値観の変遷、技術の進歩、環境の変容。何が『正しい』とされるか、何が『最善』かは変わるものです。悪手とされたこと、当時は悪事や悪手とされたことが後世で再評価されることだってありますし……当然、逆もまた然り。錬金術から生まれた四大元素という理論も後世から見れば間違いではありましたが、後の原子論の土台としては必須の発明だったように、間違っていたとしても感謝すべき行動というのもありますから。私の言葉や私の作り出した何か、あるいは私の生き様が『間違っていた』とされたとしても……そう確信することで、より善い答えを見つけられる人が一人でもいたなら上々、もしも二人以上もいたなら世界にとってはプラスです。そして、そのプラスを掴んだのがあなたたちであったなら、私はその奇跡だけで十二分に感無量です」


 ……こういう時、この人との間には本当に深い溝があるのを思い知る。

 いや、視点の差が隠せない高低差を感じると言ったほうが正しいのだろう。


 同じことについて話しているつもりでも、この人が見ているのは、世界で、マクロの問題。

 それに対して俺がこだわってるのはいつも、ミクロでちっぽけな自分の胸の中の感覚だけだ。


「アンタは楽観的すぎるよ。そんな、人生の解釈なんていつでも、いくらでもやり直せるのが前提みたいにさ……現実にやっちまった時点でもう永遠に『再解釈』の余地なんてないような行為だって……『正しくなかった』だけじゃ済まない間違いだって……ずっと、永遠に恨まれるべきことだって、いつまでだって赦されないことだって、世の中にはあるだろ」


「永遠に、ですか? えっと……たとえば?」


「…………友達を裏切ったこと、とか」


 無意識に、不自然なまでに小さくなってしまった声。

 つい、部屋の奥のソファーから逸らしてしまった視線と表情で察せられたのか、社長はますます俺へ向ける『子供を見る目』を優しく、愛おしさを溢れさせるように輝かせて、問答無用で俺を胸元へ抱き寄せた。


「むぐっ……」


「これは、答えなくてもいいのですけれど……その時は『正しい』と思ってやったんですか? 『正しくない』と思っていてやってしまったんですか?」


「…………」


 胸で口を塞がれて、言葉での返答はできなかった。

 だが……心の中で、その言葉は確かに俺自身の中に響いた。


 『正しさなんて、なにもわからなかった』

 『あの場所が怖かったから、一人で逃げた。振り返るのも怖かったから、振り返れなかった』。


 ……『過去の再解釈』。

 その言葉が、改めて心の底から浮上する。


 ああ、そういえば……あの施設から抜けられるって言われた時の俺は、心底から『驚いていた』っていうのを何故だか今になって思い出して。

 施設から抜けるために計画的に研究特化のスキルを集めて思い通りになったのなら、驚いていたのはおかしな話で。


「…………」


 だが……『裏切った』のは、事実だった。

 『組んでる友達も一緒に外に行けるなら』……そんな甘えたことを言って俺の脱出(卒業)すらもなかったことにされてしまったらと思うと、何も言えなくて、何も言わないまま……


「…………」


「……ええ、そうかもしれませんね。その若さで大変な思いをして……よく頑張ってきましたね」


 きっとそれは、インチキ占い師が使うのと同じような、俺の思い浮かべた情景がどんなものでも当てはまるような曖昧な肯定の言葉。

 だが、それでも、社長は言葉にはしなかった想いが聞こえたかのように、俺の頭を優しく撫で続けた。




 それから、数時間後。

 休み時間に妙な気疲れをしてしまったせいで午後に予定していた作業も進まず、部屋を暗くしてベッドに入って仮眠を取っていた俺。

 その身体の上にいつの間にか覆い被さっていた誰かの重みで、目を覚ます。


「……ベルシィ」


 『治験』を終えてシャワーを浴びてきたのか、まだほんのり濡れた髪と上がった体温を肌で感じる。

 さすがに下着ではないみたいだが、シャツに短パンなんて薄着で武器らしい武器も身につけていない……いや、ここはあの施設じゃないし、武器なんてなくて当然か。

 しかし、身体はいきなりデカくなったこいつだが、計画で一緒に寝てた時と変わらず不用心だな。


 違うな……今なら、不用心なのは俺の方か。

 今のこいつなら、俺なんか武器なんてなくても素手で普通に絞め殺せるだけの体格差と筋力差がある。


 もしも……ベルシィが何かのきっかけで俺への恨みを思い出して、それを晴らそうとしてきたとしても俺は受け入れるしかない。

 そう思って、いつものように静かに小さな覚悟を決めて瞼を上げた俺の前には……どこか、何かを決心したような表情のベルシィが俺を見下ろしていた。


「タカラ、今朝さ……わたしのこと、『捨てた』って言ってたよね?」


「……ああ、言ったよ。それがどうした?」


「それでさ、ずっと言い忘れてたことがあったのを思い出した。社長サマには今朝のことはなかったように行動してほしいって言われたけど……どうしても、言いたいんだ。あれって、『計画』の時のことだよね?」


「…………それ以外にねえだろ」


「あの頃は……わたしは、キミのことを双子の弟みたいに思ってた」


「……そうかよ。そんな気はしてたが」


 ベルシィは……こいつは、そういう自己暗示みたいなことが得意だった。

 スキル因子を集めるようになってからは自分の肉体のリミッターを自分で外せるようにビルドを組んでそれを強化したが、それ以前から『思い込む力』は強かったように思う。

 あの環境で心を守るために、俺を肉親のように、家族のように……自分と一緒に計画に参加した『家族の生き残り』のように意図的に錯覚を起こしていたというのは、その表情や反応を分析(プロファイリング)している内になんとなくわかっていた。


 だが……その先は、知らなかった。

 出ていく俺の背中をどんな目で見ているのかと思うと怖くて、振り返れなかったから。


「だから……弟みたいに、思ってたからさ。キミが計画から飛び級みたいな形で卒業した時、わたしは『送り出せた』って思ったよ。お兄ちゃんは助けられなかったけど、『弟』はなんとか殺し合いから逃がせたって」


「…………馬鹿じゃねえの……俺たちは、姉弟でもなんでもないっての」


「うん……それは、わかってる。けどね……だからこそ、言い忘れちゃってたこと、やっぱり言いたいって思ってさ」


 額に触れる柔らかな感触。

 ほんの一瞬の接触から、まるで天に舞い上がる天使みたいに重さを感じさせずベッドの上から離れる温かさと部屋の出口へ吸い込まれるように消える白いシャツの残影。


 全てがちゃんと『なかったこと』になるように、俺の夢だったのかと思ってしまうように、消えた侵入者。

 だが、その言葉だけは額へのキスと共に、俺の頭の中へ確かに響いていた。



『大好きだったよ、相棒』



 まるで、仮眠中に見た夢のような時間。

 きっと、俺がベルシィに今の言葉について後で改めて話そうとしたって、ベルシィは俺が変な夢でも見たみたいに、知らないふりを貫き通す。


 だから、これは返事でもなんでもない、俺の独り言……いや、寝言みたいなもんだ。


「俺だってそうだよ……そうだったよ、馬鹿やろう」


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