番外編:とある週末の戦英プロ〜タカラとベルシィの場合①〜
side イラズ・クロミネ
『イラズ・タカラ・クロミネ』。
俺が『アウトゾーン・ティーンズ』のメンバーとして名乗っている芸名の『タカラ』の元は、そんな固有名詞。
……嘘か本当かは定かじゃないが、『鏡面の向こう側の世界』とやらを見たことがあるやつから聞いた名前だ。
そいつによれば、この世界じゃない、そして転生者が元いた異世界でもない『別の世界』に、俺の本名が『イラズ・クロミネ』じゃなく『イラズ・タカラ・クロミネ』になっている世界があるらしい。
『この子の他に財宝なんていらない』。
『我が子さえ元気なら、他には何も望まない』。
信じ難いことではあるが、『子供なんて本当は欲しくもない』なんて意味で付けられたはずの俺の名前が、そんなふうに正反対の意味を持った世界があるのだそうだ。
だからってわけじゃないが。
俺が成り行きでティーンズの追加メンバーとして活動を始める時に芸名を決めるにあたり、一番最初に思い浮かんだのがその『タカラ』という俺の名前にはない一節だった。
我ながら、未練なんてないと思ってたはずの両親のことを引きずってるみたいでなさけねえ。
……いや、ていうかなんで俺は女装してアイドルなんてやってんだ?
あれだ、確か旧都攻めの時に『理想の勇者』を止めるためにオペレーターを潰しに来たあの蜘蛛野郎にマリアと一緒にとっつかまった俺が、軍を離れて『魔王兵』やらの倫理的なヤバさを自覚して『もう一生外出られねえ』ってなった時にアトリ辺りが『じゃあ、変装の練習でもしてみるニャ?』とか言って。
それで、最初は『変装』の話だったはずなのに、なんかなし崩しに『仮装』やら『女装』やらまで話が発展して、ベルミュジを使ったプロパガンダの時になんか知らない内に敵役のエキストラとして写真使われてたのが後々なんか人気になっちまったとか、そんな流れだったか……
……もう人生終わったと思って捨鉢になってた俺が悪いって言えばそうかもしれないが、こっちがNOって言わないからって好き放題し過ぎだろあいつら。
あと、俺が女装した男ってわかっててキャーキャー言うんじゃねえ、ピークドットの変態紳士共。変な方法で自己肯定感上げられたせいで着実に癖歪んできてんだぞこっちは。
いつの間にか疲れた時に女装した自分の写真で精神力回復するのが習慣になってるって気付いた時はマジでヤベェってなったんだからな。
いやいい、それはともかくだ。
俺は一応、アイドルの方は副業みたいなもんで、本業は研究者。
ルビア博士の研究者で『ゼット・ネイバー』を土台とした技術の研究と開発をしてる。その関係もあって、本社区画の寮じゃなく研究者に自分の部屋を持っているわけなんだが……
「ルビアさん! 朝ですよ!」
研究所に響いたそんな声で目が覚めた。
てか……そうか、今日はニドラがルビア博士の世話を焼きに来る日だったか。
従者としての修行だかなんだか知らねえが、この朝早くからよくやるもんだと思う。
俺はまだもう一寝入りしようかと思って毛布を被り直そうとするが……それを妨げる重くて柔らかい物体が身体に絡みついている。
頭の上に顎を乗せられていて顔を上げることもできない。
俺よりもデカいが、社長ほどじゃない。
それに、あの下手するとガチで埋もれて窒息しかけるような乳袋もない。
俺に触れている部分の感触から『素晴らしき子供たち計画』で培った特殊技能で正確なボディラインを脳内で数値化して、その数値から導出した立体モデルに合致する人間を記憶の中から特定した。
「…………おい、ベルシィ」
「んっ……ん? なに?」
「お前、なんで俺の部屋にいる。しかも、なんで勝手に俺を抱き枕にしてやがるんだ。この朝っぱらから」
元『狂戦士』こと『ベルシィ』。
俺の一歳上で十二歳のはずなんだが、社長の【過剰回復】の副作用で五年分一気に成長した結果、完全に俺よりもデカくなったやつ。
そして……『素晴らしき子供たち計画』の同輩だ。
「なんで研究所にいる? お前は本社区画の寮住みだろ」
「社長サマからの指令。内通者がいる前提でのセキュリティ突破実験を兼ねて、夜の内に研究所のメンバーにバレずに侵入しろって。まあ、それは指令の半分なんだけど」
「もう半分は……『内偵』か。俺もまだまだ信用されてないってこった」
Cクラスの中じゃ暗黙の了解みたくなってはいるが、ベルシィはそういうポジションだ。
社長からの指令で内密に裏切りや脱走の予兆がないかを調査し、時には人間関係の調節を担い、時にはこうやってプライバシーを侵害してでも探偵じみた内偵や圧力をかけるエージェントになる。
これに関しては、戦英プロのメンバーのほとんどが元テロリストやら裏組織の幹部やらで構成されている以上、対外的にもいなきゃいけない役回りとして置かれているポジションだ。
実際に裏切り者や脱走者が処されたことはないが、『社長の懐刀』としてのこいつが研究所の警備をすり抜けてこうして寝床にまで潜り込めるとわかっていれば俺はプレッシャーでそう簡単に裏切れないわけだ。
最近、なにか裏切りの予兆と見られるようなことをやらかしていただろうかと頭の中で記憶を漁っていると……
「あ、違うよ? タカラの所に来たのはホントについで。ていうか、眠かったからベッド半分借りただけ。本命はあっち」
俺の予想を裏切って、壁際を親指で示すベルシィ。
そこには、俺の部屋にはなかったはずのデカい箱型鞄……タイヤ付きのトランクケースが立てかけられている。
ちょうど、少し無理をすれば大人一人くらいは収まりそうなサイズだ。
そして、よく見ればそれは『カタカタ』と小さな音を鳴らしながら重心を微動させ小さく揺れているようにも感じられた。
「……あれは?」
「見たい? ちょっと待ってね……ほいっと」
伸びをしながらベッドから起き上がったベルシィがトランクケースの上部に付いた鍵のナンバーロックを解除して、こちらから中身が見えるように蓋を開ける。
すると、そこには……寝間着のまま目隠しとボールギャグをされて手足を縛られた状態で緩衝材代わりの布の塊と一緒に胎児のような姿勢で押し込められた『石像』が収まっていた。
その石像の表面には細かいひび割れが走っていて、時折僅かに揺れているように見える。
俺の特殊技能は、その『石像』の輪郭が同じ研究所住みの同僚のボディラインと完全に一致することを一瞬で証明する。
「春子、お前なんかやらかしたのか? 『狂信者の血』まで使われて」
「〜〜〜〜〜!!」
音にならないうめき声のような訴えが聞こえたような気がするが、『夢占い』の能力のせいかいつもどこか余裕に見える春子がそんな反応をするというのはあまりイメージに合わない。
だから、おそらく気の所為なんだろうが、それにしても本当に何をやらかしたのやら。
『狂信者の血』。
春子を『石像』のように見せているそれは、この研究所ができる前、ピークドット・レジスタンスの頃に社長が『ゼット・ネイバー』と自分の血から作れる『石化の魔法薬』を組み合わせて造った『ナノマシン型石化薬』のようなもの。
ゼット・ネイバーそのもの開発経緯を除けば転生特典一切不使用の『発明品』ではあるが、一応は『第六位冒険者』でもある社長の固有能力みたいな扱いをされている発明品だ。
ゲームに例えて簡単に言ってしまえば、『レバーをガチャガチャすれば解けるタイプの石化』みたいな効用をプログラムされたナノマシン溶液。
対象にかければ全身を覆う『石化の呪い』となり、社長の魔法と同じように肉体そのものに『不壊』を付与するが、事前のプログラム次第で数十分から数時間抵抗すれば必ず解けるようにできている。
もっと早い話、これは『相手を即座に無傷で拘束でき、さらに数時間は無力化できる』という麻痺毒と『捕虜期間中の安全と生命が維持され、拘束期間を過ぎてからも周囲の安全が確保されるまでは本人の意思でその状態を持続できる』というシステムを複合した発明品だ。
俺は軍にいた頃、『戦争』の本質は『殺し合い』だと思っていた。
というよりも、そう信じて疑わなかった。
他の可能性なんて考えたこともなかったし、より効率的に相手を殺せる兵器を作ることが戦争に関わる技術者の究極命題だと考えていた。
だが、社長はそもそもの問題として『殺し合いは戦争の必須条件ではないのでは?』なんて考えたらしい。
戦争で人間を殺すのは、それが相手の『無力化』のために一番効率がいい、コストも手間もかからない方法だからだ。
仮に相手を全て捕虜にできるのなら、その方が身代金もせしめられるし禍根も残らない……だが、捕虜を取ればその脱走防止や生命維持のための糧食、収容場所なんかのコストが嵩んでしまい前線では現実的ではなくなる。
そして、監視がいらないほどに雁字搦めに拘束したとしてもそれで世話しなければ結局は餓死なり病気なりで死んでしまう。
必然的に、最初から最後まで面倒を見る人員や費用はどうしてもかかり、よっぽどの大物捕虜でもなければ生け捕りのコストは死体の処理よりもずっと大きくなる。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、戦争で人が人を殺すのは、そうしなかった場合が『面倒くさいことになる』というそれだけだった。
だから、その面倒くささを回避するために『戦争は殺し合うのが当然』という欺瞞がコスト問題の解法として普及してしまった……主義や思想の違い、怨恨の連鎖、そういったものは『殺し合い』に発展してからようやく『人を殺すに足る理由』になるはずなのに、それがいつしか前提化して根本的な問題の解決を考える上での思考順路が逆転して迷宮入りの袋小路になってしまった。
……少なくとも、社長はそんな持論を語ってくれたことがある。
俺も最初は受け入れられなかった理屈だ。
戦争は『誰かがどこかで面倒くさがった結果』として殺し合いになる、それだけのことだというのなら……『戦争だから仕方ない、殺し合うしかない』と思って必死に殺し合って死んでいった連中に救いがない。
だが……それでも、これから戦争で死んでいくかもしれない人間まで、犠牲を正当化するために常識化してきたルールのために命を捧げなきゃいけない通りはない。
『狂信者の血』は、そのため発明。
戦争において、『一番面倒くさい選択肢』であるを『殺さない』という方針を、『一番楽なやり方』にすり替えてしまう品として開発を進めているものだ。
きっと、反対運動も起こるだろう。
『敵を殺さない』という選択がどれだけ危険か、長期的に見てどれだけ非効率かと訴える連中も出てくるだろう。
だが、一見帳簿的な視点で一番効率的に見える『殺し合い前提の戦争』には『遺恨が残る』という即座に数値には現れないコストが、未来への負の投資が必ず発生する。
現状ではそれを『善悪論』や『責任問題』って哲学やら倫理やらの分野の品に似せた債権にすり替えて『戦争は利益になる』なんて理屈がまかり通ってはいるが、結局のところそれは粉飾決算になったとしても『利益が出たこと』にしなければ軍事費や損害、そして名誉の戦死という名の労災への採算が取れないからだ。
だが、そもそも戦争がなければ、それで人が死ななければ、遺恨が残らず良好な関係が続いていれば……そう考えた時に見込まれる数多の利益に対する『機会損失』は天文学的なものになる。
なにしろ、一人一人が歴史や常識を変える画期的な発明をする可能性だってあるんだ。
これは社長から聞いた異世界の歴史の話にはなるが、俺たちが便利に使っている『紙』だって元は戦争で大国の捕虜になった一人の技術が始まりで異世界全土に当たり前の技術として広まり、それが数多の技術者の手で改良されて量産されるようになった物らしい。
生きていればそうやって技術を伝え合うこともアイデアを混ぜ合うこともできるが、戦場に脳漿をぶちまければどんなアイデアの持ち主も等しくただの生ゴミになる。
そんな可能性が、今では『そんなことを言っていたら戦争に勝てないから、死人の可能性なんて最初からなかったものとして利益を計算する』という結論ありきの演算方式で、あり得た命の先の可能性の話を『遺族の涙』や『個人的な確執』なんかの人情噺や復讐劇の論調にすり替えられて、見込まれたはずの利益の可能性に関しては暗黙の内に帳簿の上から切り捨てられている。
そうしないと面倒くさいことになるから、そうしないと勝てないから、そうやって『戦争』は『殺し合い』という形式を最適解として採用しているのだ。
それが、そもそも戦争が『殺しても殺さなくてもどちらでも面倒くささも勝ちやすさも変わらないもの』になった場合、どうなるか?
必然、わざわざ殺し合いをする必要はなくなる。
なにせ、人は総体として『楽な方』へ流れるものだ。
わざわざ怖くて痛くて苦しい戦場に行ったり身内を行かせたりする必要がある方法とない方法、それがどちらでもいいようなものであれば、まあ多くは後者を選ぶだろうって話だ。
社長は、そういう選択肢を世界に突きつける発明をしている。
世界に突きつける選択肢を発明している。
『戦争』を子供の水鉄砲や雪合戦のような陳腐なものにしてしまう発明品。
奴隷を何十人も使って運んでいた荷物をたった一人で運べるようにすれば今まで仕方ないと思って費やしていた労力があまりに馬鹿馬鹿しくなってしまう、『昔は尊いものとされていた名誉の戦死なんて、所詮は未発達な時代に強いられてた無駄死にでしかなかった』と結論付けられてしまいかねない、車輪の再発明ならぬ車輪の新発明。
そして……これまで発明され賞賛されてきた『人を殺すための画期的な道具』が全て『非人道的な過去の遺物』として打ち捨てられてしまう価値観の逆転を起こす新兵器。
実際、マインの技術もあって偶発的に発明されたこれをピークドットでの開戦までにプロトタイプとはいえ『非殺傷兵器』として戦場に投入できる形にできたおかげでピークドット・レジスタンスは『戦争を起こしたこと』自体への非難はほとんど受けることなく、逆に従来通りの『戦争では人を殺すのが当たり前』という姿勢で出征してその上で負けたガロム正規軍は殺意のない相手を一方的に虐殺するつもりだったとして、その『非人道的行為』をほぼ全員が生き恥を晒したまま非難され続けている。
相手側が時代を変えるような『人道的兵器』を導入したことなんて知らずに戦争をしただけで大戦犯扱いされているガロム軍は気の毒だが、異世界で機関銃相手に突撃して玉砕していって後世でも馬鹿扱いされ続けているというフランス軍人たち然り、技術の革新とは、主力兵器の更新とはそういうものだ。
兵器としての戦力という意味でも、『味方として登録した人間には害を与えず、土壌や人々の財産も傷付けず、触れた敵だけを確実に無力化する毒液』として扱える『狂信者の血』を爆弾の材料として与えられたマインは真面目にリスキーな『殺し合い』をしてきたガロム軍人の誰もを超えるとんでもない戦果……いや、戦果を叩き出して自身の『爆弾魔』として積み上げてきた悪名を払拭して、『狂信者の血』の開発者である社長と並んでピークドット戦役を代表する『英雄』になった。
一人殺せば殺人犯、百万殺せば英雄なんて言葉もあるが、一万人を殺さず『無力化して半生全否定』できたのなら、それはもう単に百万人を殺しただけの英雄を越えて教祖にだってなれるという話だ。
ある意味、文字通り戦争に命を懸けてきた先人たちの価値観に唾を吐く行為とも言えるかもしれない。
『消毒』の概念を知らずに心から患者を治そうとして雑菌まみれの手で殺してきた古い時代の医者たちに『あと、ほんのひと手間かければ皆さんの患者さんたちは死ななかったのに』と手洗い酒を見せつけて、それまで仕方ないこととされてきた『高すぎる術後死亡率』の真実を突きつけるような残酷なものかもしれない。
だが、うちの社長はそっちの方が『より善い未来』だと思えば、そうするべきだと考えている。
過去に『永遠の価値を持つ栄誉の形』と語られたであろう死体の山を笑顔で骨董屋に送り出して、死の商人たちを押し退け、『命を懸けるような価値もない陳腐な戦争』のための遊び道具を売り始める。
『狂信者の血』は、そんな野望を密かに注がれながら研究が続けられている発明品の一つだ。
……まあ、とは言ってもまだ開発途中で要改良な欠陥はあるから今はまだ遠い話なんだが。
「春子、まあ、なんというか……これから大変だろうが、頑張れよ」
ピークドット戦役では仕方なく無視したが、現段階の『狂信者の血』には、戦争兵器としての本格的に実用できない大きな課題が残っている。
それが……石化中の触覚的異常。
仮に剣を突き立てられたりハンマーで殴られたり、なんなら爆発に巻き込まれたりしても『不壊』の石膜と化した石肌は傷付かないし、痛みもない。
だが、痛くも痒くもないが……『くすぐったさ』に近いもどかしさが発生し、身悶えすらできない身体の中に蓄積していく。
その感覚自体は不快ではなくどちらかと言えば快感寄りなんだが……これが、『石化を自発的に解こうと抵抗すること』でも発生するのだから堪らない。
何が堪らないかといえば、石化を解くためには必ず一定時間は抵抗する必要があり、その刺激で感覚が蓄積されるが、溜まったそれを発散するためには石化を解かなければいけない。
現状でのその刺激は無意識の煩悶での抵抗を抑えられないレベル……結果として、現状ではその感覚ループのせいで『石化対象が規定期間を越えれば自分のタイミングで石化を解ける』という部分が実質機能していない。
なんでそんな設計になってるかって?
『狂信者の血』がそもそも社長の『そういう趣味』のための試行錯誤の中で生まれた偶発的に物だからだよ。
感覚が鈍化して不感症みたいになっちまう自分の『石化』の魔法だと想い人との『そういう遊び』が上手く行かないからって、ゼット・ネイバー利用して感覚の調整とかを蓄積とかをどうにかできないかって試行錯誤してたらその蓄積が一定ライン超えると石化が崩れる欠陥術式ができたんだとか。
馬鹿と天才は紙一重とは言うが、にしたってなかなかに酷い実例だ。
だが、現状でもとりあえず『敵の即時無力化』と『捕虜としての維持に手間がかからない』という部分はちゃんと機能しているわけで。
まだ感覚異常の問題のせいでそのまま普及させるとマニアックな拷問器具みたいな扱われ方をするのは確実だから当面は世には出せないが、『第六位冒険者』でもあり『転生者』でもある社長の固有能力みたいな扱いで戦英プロ内では使用が……一応、建前的には改良段階での『治験』が許されている。
ある意味、あの決戦で直接戦闘力が大きく下がった社長がこの戦英プロのトップを張れている理由の一つは、『狂信者の血』が抑止力として認められているから。
今、春子がやられているのも形式的にはそれ。
例えるなら、凶悪犯の監獄の看守の銃か異世界の昔話で言えば妖怪猿の頭の輪っかみたいな扱いで、社長は個人的な裁量で戦英プロメンバーを『治験』の対象にできる。
外から見ればちょっとファンタジックな恐怖政治。
元テロリストやら重罪人やらを戦後の英雄としてプロデュースすることを快く思わないような貴族様方には、そうやって『変態転生者の社長サマ』が、(本当はそういう転生特典ってわけじゃないんだが)『転生者としての能力で創った神器の薬』みたいなものを使って、俺たちを『調教』して人材派遣業ごっこをしているってポーズを取ることもある。
内側から見れば見当違い……じゃない部分もなくはないかもしれないが、『人を調教するのにうってつけの能力を授かった変態転生者が自分好みの見た目をした元犯罪者の少年少女を「更生」という建前で手籠めにしてハーレム化している』と言えば、性格がアレな転生者が一応はそいつなりに社会貢献しているようにも見える。
……まあ、前にそのポーズのためにって実際俺たちに『狂信者の血』を使ってる場面の証拠写真を要求された時はなんか社長がせっかくだからってノリノリで服装やら撮影場所やらを凝ったせいで大変な思いをしたんだが。
しかも、『報告書出せって言ったんであって特殊性癖の写真集を出せとは言ってねえ!』って、すっかりお目付け役ポジションになっちまってるドレイクにキレられてたな、あの時の社長。
まあ、おかげで戦英プロが新しいテロ組織予備軍なんじゃないかって疑ってたお貴族様方には『この転生者はガチでそういうタイプの転生者なんだな』って評価されて社長の名誉と引き換えに戦英プロの今のポジションが確立されたわけだが。
ちなみに、いずれは改良予定ではあるが、現状の『狂信者の血』は『社長の血を使った魔法薬』と『ゼット・ネイバー』が必要な以上、社長の協力と許可がないと生産できないし発動できない。
だから、ベルシィが春子の寝込みを襲って『狂信者の血』を使っている以上、それはベルシィが社長からの正式な指令を受けてそのための手段として必要な薬を支給されたのは確かだろう。
だが……
「ベルシィ、一応聞くがこの扱いって本当に社長の指示通りか? ていうか何やったら社長がこれを指示するんだ?」
改めて、縛られて口も目も塞がれた上で石化の憂き目にあっている春子を見遣る。
春子は情報系に特化した転生者であって、戦闘能力はそこまで警戒するほどのものじゃない。
拘束なら束縛か石化のどちらかで充分なはずだし、視覚や言葉を封じるのもやりすぎに思える。
もしかして、ベルシィが社長の指示を曲解して暴走してるんじゃないかと思って聞いてみたが……
「ううん? これで合ってるはずだよ。少なくとも、『どうやっても自殺できないように』と『一言も発せられないように』ってのは厳命されたし」
「いや、なんだそのガチの拷問の下準備みたいな指示……」
「あと、社長が『後で一度、少しだけ自由にするので、その時に納得のいく言い訳がもらえなかったら再石化して死ぬまでくすぐります。頑張っていい感じの言い訳を考えておいてください』って伝えておけって」
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「みたいっていうかガチ拷問の予告じゃねえかそれ。あの社長にそんな脅しされるって春子マジでなにやったんだよ……」
「脅しっていうか、本当に蘇生措置の準備してたからガチでやるつもりだと思う。だけど、あの笑顔は『自分を大切にしなかった罪』のキレ方っぽいから、よく知らないけど今回の案件は悪いのたぶん春子さんの方だよ」
「いやほんと、マジで何やらかしたんだよあんた……」
ていうかテーレでもトマルでもなく、指令があれば身内のガチ拷問の仕事でも受けるであろうベルシィをこういう役回りに使ってる辺り、これは社長も本気の本気なパターンらしい。
春子は『夢占い』の能力が便利な分、社長から特別権限を与えられている。
俺は一度も使われるのを見たことはないが、春子には一回限りで社長権限を越える指示を社員に与えられる『なんでも券』なるものまで渡されている(それを使われたら指示に従うようにと社長直々に説明されたことがある)。
だが、それは社長が春子を特別贔屓にしているってわけじゃなく、その権限の使い方によってはこうして他の社員とは比べ物にならない罰を受ける場合もあるということなのだろう。
「あ、ちなみに春子さんはニドラちゃんが外に行くまでは預かっててほしいって言われてるから、もうちょっとここにいさせてね。春子さんはそれまで頑張って社長サマが納得できる『いい感じの言い訳』を考えておいてね〜」
トランクケースの蓋を閉めてナンバーロックをし直すベルシィ。
見下すでも優越感に浸るでもなく、ごく普通の日常会話と同じテンションで尋問待ちの同僚を励ましながら監禁し直す姿はなかなかにサイコ感がある。
だが……ニドラが外出するまでは、か。
「普通にバレてるのは互いにわかってるんだろうが、親心みたいなもんなのか?」
ベルシィにこういう仕事をさせている社長サマも、かなりサイコな部分がある人間だ。
きっと、昨日の内にベルシィにこういうことをする指示を出しておいて春子への拷問の準備までしておいた上で、いつものように寝床に入って朝からの『お仕事』のために研究所に泊まりに来たニドラを抱きしめていつもと変わらず夜を過ごしたのだろう。
その間に隣の部屋で夜な夜なベルシィが春子の寝込みを襲ってその身をふん縛って石化させてトランクケースに詰め込んでいることもわかっていて、何も変わらない態度のままニドラに愛情を注いでいたのだろう。
見ようによっては恐ろしい人間だ。
そして、社長は自分が『娘』と呼んでいるニドラたち三人娘には、能力的に娘たちの方が向いていたとしても、ベルシィと同じようなポジションの仕事はさせていない……こうやってそれとなくタイミングをずらしているように、自分の『そういう部分』はあまり見せたくないと思っているらしい。
……至って普通の感覚だ。
自分の娘すら愛していたことをすっかり忘れて兵器に改造した将軍には欠けていた『不公平でも我が子だけは自分の汚れ仕事から遠ざけておきたい』という感覚だ。
そして、そのために汚れ役を押し付けられる形になっているベルシィだが……
「ベルシィ」
「ん? なに?」
「あの社長ならお前を使わない代案なんてどうせいくらでも出てくるし、嫌なら嫌って言ったほうがいいぞ……そういう仕事ばっかりしてると、お前が恨みを買うことになる」
俺からの言葉にどこか呆れたように目を細め、薄い笑みを浮かべるベルシィ。
俺の一つ上の同輩……『素晴らしき子供たち計画』で背中を預け合っていた女は、年相応に子供のままの俺とは大きくかけ離れてしまった大人な笑みを浮かべたまま、先ほど起き上がって離れたベッドにもう一度腰を下ろして倒れ込み、俺を抱きしめる。
……昔は、こうして一緒に寝ても同じくらいの体格だったはずなんだがなぁ。
「キミはわかってるでしょ……ボクは、社長サマにいつか使い捨てられたいんだ。アイドルとしてたくさん輝いて、悪徳権に関わったやつらみんなを晒して、これでようやく幸せになれるかもしれないって希望を持って……その裏で汚れ役をたくさん買って、他のみんなの幸せや笑顔のために頑張って……それで、最後には社長サマに、ボロボロになるまで使い切った道具みたいにポイされたいんだ」
「…………」
「今の春子さんみたいに石にでもされて、鍵付きの箱に入れられて、いつか使うかもしれない道具として倉庫にしまい込まれて、そのまま忘れ去られるのでもいいな……それくらい酷い結末の方が、きっと納得できる。アイドルのキラキラも、青春の希望も、誰かに信頼してもらえたって思い込みも、わたしが奪ったみんなの人生にあった、わたしが奪ったもので、お兄ちゃんや計画のみんなのこれからに確かにあったはずのものなんだって。わたしがそれを知る機会を許されたのは、それを理不尽に失う罰をちゃんと受けるためなんだって」
「……社長は、そんなことしないだろ。あのクソ将軍じゃないんだから」
「うん、それはわかってるんだけどね……だからこそ、こういう仕事をもらえると、もしかしてって思えるんだ。もしかしたら、このままボクを使い捨てるつもりなのかもしれない……もしかしたら、それは明日かもしれない。そう思えるから、ちゃんと罰を受けるのに必要だから、キラキラのアイドルも、学校も、部活も、こうしてキミとまた一緒に寝られる時間も、全部幸せだって思えるんだ」
きっと、ベルシィはただ幸せで満たされた生活を与えられても、その現実を受け入れられない。
元々自分にあったそれを、文字通り自分の手で壊してしまったから……そんな環境に置かれれば、こいつはきっと逃げ出してしまうのだろう。
社長が『狂信者の血』という能力で恐怖政治を敷いて俺たちを支配しているというのは対外的なポーズの一つではあるが、こいつに関してだけはそれは間違っていない。
こいつは、『自分は支配されている』と自己暗示をかけ続け、『自分が今の環境にあることを心底幸せに感じるように洗脳されている』と思い込むことで与えられた青春を享受できる精神性を作り上げている。
こいつは、昔からそういう所がある。
そして、その思い込みに合わせて汚れ仕事を与えてこいつをコントロールしている社長のやり方を、俺は批判できない。
何故なら……
「でも、『内偵の仕事のため』だとしても……やっぱりクラスのみんなとは、せっかくできた友達とは仲良くしたいからさ……もし、みんなに避けられるようになっちゃったら、また『秘策士』としてアドバイスしてくれる?」
「…………その名で呼ぶな、『ベルシィ』。あの頃の関係はもうとっくに切れたんだ。今の俺たちは『狂戦士』でも『秘策士』でもない……あの時、お前のことはちゃんと、お望み通りに捨ててやったろうが」
『素晴らしき子供たち計画』。
協力と競争、同盟と裏切りが錯綜し飽和した俺たちの青春ならぬ、錆び臭い赤黒の春。
その地獄の中では特別なことじゃなかったとしても……最初にこいつを『使い捨て』にしたのは俺なのだから。




