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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく
第二章:『社会経験(キャラビルド)編』

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番外編:とある週末の戦英プロ〜ニドラとソニアの場合①〜

side ニドラ


 『ドラゴンライダー』……『正路竜司(まさみちりゅうじ)』。

 それが、転生特典としての僕を成立させた転生者であり、同時に僕が0歳から13歳まで『使役獣』として仕えていた人物の名前。


 『狂気の癒し手』の力で僕にとっての『御主人様(マイマスター)』の認識を塗り替えられ、さらに今のマスター……狂信者(社長サマ)の手による『産み直し』で世界観を大きく変えられても、その人物のことを忘れてしまったわけじゃない。


 僕はそういう完全な『洗脳』も望むところではあったけど、僕を変えた二人はどちらもそうしなかった……僕が僕であるために憶えていていいことだと言った。


 だから、僕は自分が元々『正路竜司の転生特典』であることを『愛竜ニドラ』であることを憶えているし、今のマイマスターが本来は僕を使役する権限の持ち主ではないことも知っている。


 人間的な感覚的に言えば、それは『人生の途中で親が変わった』というのに近いのだろうと思う。


 竜司は生みの親……どうしようもなく血の繋がりに近い因縁は、自分がこの世に誕生した経緯への関与は、僕が存在しているのがとある瞬間の彼の意思によるものではないことが否定できない存在。

 いずれ『父親』となるであろうレイさんが『ダメな時のレイさん』になっている時に言葉で言うのなら、僕の存在が竜司が衝動的に漏らしてしまった『欲望(オタマジャクシ)』の延長であることは認めざるを得ない事実だ。


 それでも、あの頃は本気であの人に忠誠を誓っていたし、愛していたし、何が起きても守り抜くと誓っていたけれど。

 今にして思えば、それは他の世界や生き方を何も知らなかったから……親に虐げられながら日々を生きる子供が、それでも遠い過去に愛された瞬間の記憶を抱きしめて、いつかそんな時間がまた訪れると信じて、そんな時間がいつかずっと続くものになるのだと信じて虐めが待っている家に毎日帰って親の言うとおりに生きているようなものだったのだと思う。


 ……本当に、あの頃の自分が聞いたら『洗脳でもされたか』って激怒して発狂しそうな話だ。

 いや、実際に洗脳されてこうなったことは何も否定できないし、マイマスターも否定しないんだろうけど。


 けど、それでも、今の僕は、『十四歳の僕』は『十三歳までの僕』を馬鹿だと思うし哀れだと思わざるを得ない。


 改めて、人間的な感覚的に言えば、それは『人生の途中で親が変わった』というのに近いのだろうと思う。

 もっと言えば、『人権を認められないような家庭環境の家から連れ出されて、名字や戸籍を変えられて、優しい里親の家に引き取られた』みたいな感じに近いのだと思う。


 ちゃんと自分に人権を認められる生活を得てみて初めて、元の生活の酷さを理解できた……みたいな。


 そりゃまあ、人権以前にあの頃は美少女化で人間体になること自体ができなかったし、そもそも転生者が『使役獣』を家族や我が子のように扱わなきゃいけない道理なんてない。

 そういう意味では、竜司のやり方だって間違いじゃないと言われればそれまでかもしれないけれど。 


 それでも、僕は『愛竜ニドラ』という転生特典だった。

 それを考えれば、あの扱いはあまりに悪手だった。


 なにせ僕は、『愛で成長速度が加速する使役獣』……らしいから。

 これはテーレさんが過去の転生特典のデータを調べて、前例と僕の総合性能とかから導き出した結論で竜司にしてみれば隠し機能のようなものだったと思うけど……


『あなたが愛情を注げば、その子は必ずそれに応えてくれるでしょう』


 ……それでも、転生特典を渡した堤防の神様からはヒントを与えられていたのは憶えている。

 何せ僕の一番最初の記憶、僕が竜司に最初に抱かれた瞬間のことだ。


 あれから、あの『亜竜の谷』までの十三年。

 家族でないとしても、単なる友達(パートナー)として接していたとしても、十二分に親友と思われておかしくない時間があったはずだ。


 それなのに、僕の本質的な部分での成長が停滞し続けていたのは、僕と竜司の関係があんなものになってしまっていたのは……きっと、竜司にとって僕が自分自身の弱さの象徴か、あるいは弱さそのもののように見えていたせいだろう。

 だから、自分に厳しくするようなつもりで僕に厳しくして、僕の辛さや苦しさを自分とは違う種族や立場なのだから当然受け入れるべきものだと決めつけて無視して、結果が出ないからとより厳しく痛めつけた。


 それが自分自身の肉体だったならある意味立派な志が見えるってポジティブな意味で『虐め抜かれた肉体』と言えたのだろうけど、他人の身体でのそれは単なるエゴの結果だ。

 『自分が叶えられなかった夢を才能があるはずの我が子に託す』、みたいな置き換え方をすれば美談にも取れるかもしれないけど、竜司のそれは夢でもなんでもないただのコンプレックスの解消法でしかなくて、そこに『僕』の魂は必要なかった。

 だから、愛情なんて感じられるわけもなかったのだと、今ならわかる。


 溺愛と言わずとも、唯一無二の生涯のパートナーとして接してくれていれば。

 普通に長く一緒にいて、普通に愛着を持って、普通に成長を見ていればいつかは気付けたはずの性質だ。十年以上連れ添っていれば、いつかどころかとっくの昔に悟っていたはずの性質だ。

 それこそ、社長サマがテーレさんの分析よりも早くにそれに気付けてしまったように。


 そして……



「うにゅ……ふふふっ……」


「…………愛情チャージ完了、かな。おはよう、マイマスター」


「んー……ニドラさん、おはようございます。でも、もうちょっと……」


「ダメです。今日はルビアさんの部屋に行く日なので離してください」


「ううぅ〜……もしかして、私に抱き枕にされるの、嫌ですか?」


「嫌じゃないですけど、お仕事の日はちょっと起きるのに邪魔です」


 僕もついサボってもう少し一緒にいたくなっちゃうから……とは直接言えないけど。


「そうですかぁ……じゃあ、せめて」


 僕の角を避けて、額に軽くキスをして僕を解放してくれるマイマスター。

 ……よくもまあ、飽きずにというか、もう完全に好きでやってくれているんだろうなと思う。

 こんな日常の些細なことでも、愛を感じて見えないエネルギーが自分の中に生まれているのを感じられる。


 僕は『愛竜ニドラ』。

 愛情を感じることで成長速度が加速する、育て方によっては史上最強の使役獣になれる可能性もあった転生特典。


 けれど……マイマスターは、そんな僕に『どうなるのが「成長」かは、ある程度自分で決めていいんじゃないでしょうか』と言った。


 別に、竜司が望んだみたいな、もっと大きくてもっと速くてもっと暴力的な……『平和な時代(戦後)』には無用なくらいに強すぎる怪獣みたいなドラゴンに成長しなくていい。

 そもそも、最強の使役獣になることに拘らなくてもいい。

 受けた愛情から生まれた成長力を他のことへと、僕自身がなりたい僕になるのに使ってもいいと。


 そう言われて、いくらか悩んだ結果、僕は自分の『進路』を決めて『Bクラス』としての『お仕事』を始めた。


 今日はその『お仕事』の日。

 ベッドから出た僕は、今の自分が寝間着姿なのを見て、その服が『自分の一部』であることをちゃんと確認してから鏡の前に立つ。


「変身……『運動着(ジャージ)のニドラさん』っと」


 鏡の中の僕の服装がパッと寝間着から運動着に変わる。

 この時に『普通の衣服』を着ているとうっかり二重に服を着た状態になってパツパツになってしまうことがあるからさっきみたいに変身前には服を確認する必要がある。

 何せ、さっきの寝間着も今の運動着も、正体は僕の『鱗』が化けたものなのだから。


「ドレスコードとかあっても防御力が変わらないのは護衛の使役獣的には楽だけど、新しい服は一度着てイメトレしないといけないのはちょっと不便かな……最初の頃は翼と尻尾の穴開けなきゃいけなかったし」


 最近では意識すれば少しの間は完全に人間体になれるようになってきたけど。

 それも一時的というか、人間で言ったら腹筋を引っ込めて痩せて見えるようにしてるみたいな感じだから、気を抜くとすぐいろいろ出ちゃってまだまだ未熟……いや、成長の余地ありかな。


「それはともかくっと……『お仕事』開始!」


 ここからは時間との勝負。

 どれだけ手際よく一連の作業を完了できるかも修行の内だ。

 通路の所定位置に用意してあるロッカーから掃除道具一式を出して、三角巾を付けて、向かった先の部屋で……



「ルビア博士ー! 起きてください! 朝ですよ!」



 相変わらずだらしなく散らかっている部屋で辛うじて清潔に保たれているベッドで転がっているルビア博士に挨拶を兼ねた目覚ましコール。

 まだ朝食の準備はこれからだけど、ちゃんと起きてくるまでには時間がかかるのはわかってるから早めに声をかけておくのも僕がこのお仕事で身につけた知恵だ。


「うーん……まだ眠いよぉ……昨日は遅かったし……」


「今日は午後から予定があるから午前の内に実験ノルマを済ませるんでしょう? 早く起きなきゃいけないのがわかってるならちゃんとその分だけ早く寝ないと駄目じゃないですか。仕事の効率だってちゃんと早寝早起きした方が良くなるって学校で習いました」


「やろうと思ってできるなら苦労しないの……」


「ちなみにマイマスターはお昼から会社の方の会議ですけど、朝に焦らなくていいように昨日の内に実験の準備は全部終わらせてましたよ?」


「あのプランニングマニアと一緒にしないでぇ……zzz……」


「こら! 二度寝に入らない! 朝ご飯の用意ができるまでにはベッドから出てくださいね!」


「はぁぃ……」


 これは、昨日は結構夜更かししたパターンの時の返事。

 これで時間までに起きてくるかは半々だけど、起きて来なければ強制的に起こすだけだから先に他の仕事を済ませる。


 部屋の簡易キッチンであらかじめ材料を用意しておいたスープのためのお湯を沸かしつつ、部屋に散在するコーヒーカップや軽食の小皿を回収して洗い始める。


「せっかく研究所から出なくてもしっかり生活できる設備を用意したのに、ルビアさんの部屋のキッチンは結局僕専用みたいになってるんだから……あー、またコーヒー中途半端に残したまま放置してるし。カピカピになると洗うのが大変だから飲みきってくださいっていつも言ってるのに」


 そう、ここはルビア博士が所長を務める研究所の中の生活区画。

 マイマスターは本邸が別にあるけど、ルビア博士にとっては自宅だ。

 だからこそ、部屋はちゃんと綺麗に使うべきだと思うけど、ルビア博士は私生活がだらしなくて定期的に大掃除が必要になる。

 朝食の用意とか目覚ましコールはそのついでだ。


「昔はもうちょっとメリハリがあってかっこいい人だったと思うんだけどな……『専業研究者の私生活ってこういう感じになっていくものなのよ』とか自慢げに言われても自慢にならないんだから」


 そこまで多くない食器を洗い終えて、グツグツと沸き立つ熱湯になった鍋の中へ予め切り分けてある材料と味付けの出汁ブロックを入れて軽く混ぜて火元の栓をひねり、蓋をする。

 ちゃんと火が消えているのを確認して掃除道具の中の袋を手に取ったら掃除の時間だ。


「食器が少ないのが自分で処理してくれてるからだったらありがたいんだけど……まあ、違うよね、うん。いつも通り」


 紙袋、包み紙、銀紙。

 短時間で栄養補給ができて、かつ『ガリの実』と違ってある程度美味しく食べられる保存食類の抜け殻たちを回収して、袋の中に詰め込んでいく。

 他にも一目で確実に捨てていいとわかるものは即断即決で袋に突っ込んで、捨てちゃダメそうな書類っぽいものは専用のボックスに入れて、脱いだままの服とか下着なんかは洗い物用のカゴに一纏めにして。


 最初は一つ一つに捨てていいのかどうなのかと頭を悩ませていたものだけど、今ではもう瞬き一つの時間すらかけずに処理できる。

 後は、ベッドの上の布団と枕だけど……


「うーん……あと、もう五分だけ……」


「…………ふぅー!!」


「んんぅ……さむっ!?!?」


 五割の『起きてこない』方を引いてしまったらしいルビア博士に、軽く氷の吐息(ブレス)を浴びせかけて強制的に覚醒を促して、容赦なく布団を剥ぐ。

 そして、目が覚めてやっと自分が完全に二度寝していたことを認識したらしいルビア博士の気まずく縮こまるような姿を見て、一つ嘆息してから改めて声をかける。


「おはようございます、ルビア博士。ずいぶんと気持ちよさそうな寝顔でしたね?」


「は、はい……おはよう、ございます……」




 その後、ルビア博士を起床させて朝食を食べさせつつ、部屋の片付けと集まったゴミや洗濯物の処理を終えて。

 なんとか予定の時間までに区切りをつけられたのを確認して運動着(ジャージ)から楽な私服に換装して、この後の仕事の予習に軽くノートを見返していると……


「ニードラさん、おーでかーけしーましょーっ!」


 僕を呼ぶ知り合いの声。

 マイマスターのものでもなく、この研究所の住み込みメンバーのものでもない。

 外からのお客さん、今日の『お仕事』で時間を一緒にするクラスメイトだ。


「ソニア、いらっしゃい。今日は結構おめかししてるね」


 研究所の入り口に立っていた来客はソニア。

 ガロム王室の第四王女『ソニア・ビィ・ガロム』……Cクラスの中でも何気にレアな『戦争』と無関係な殺しの経歴を持つ殺人姫。


 そんな彼女の今日の服装はまるでデートに行くかのような可愛らしいお洋服。

 匂いからすると薄くだけど化粧もしているらしい。


「これからライエルさんとのお食事会ですもの。ニドラさんもそんな格好じゃダメよ?」


「わかってる……けど、『着替え』はあっちに行ってからにさせて」


「構わないけれど……研究所の人たちにはもう知られてるし、隠さなくてもいいのでなくて?」


「いや、今日はベルシィが来てるみたいだからさ。変に広められたりひやかされたりはしないだろうけど、一応ね」


「ふふっ、恥ずかしがることないのに。まあいいわ、さあ、行きましょう?」




 その後。

 『アビスの箱庭』を経由してソニアと一緒に向かったのは、『中央都市クロヌス』に建つ城の一室。

 『食事会』が行われる食堂へ入る前に、鏡のある別の部屋を借りて、鏡面に映る自分の姿を見る。


 そして、次の『お仕事』の準備のため、僕はまた自分を見ながら呟いた。


「変身……『エプロンドレスのニドラさん』」


 ラフな私服から、ビジュアルと家事のしやすさを両立したデザインのエプロンドレスへ。

 前はこれを『メイド服』と呼んでいたけれど、今の僕は敢えてその呼び方を避けている。


 何故なら、僕はまだまだ『メイド』には及ばないから。

 未熟な内は、まだまだ僕はメイドじゃないし、僕がエプロンドレスを着ても『メイド服』とは呼べない。

 厳密な定義の話というよりも、願掛けみたいなものだ。


 自分の格好がおかしくないことを確認して、食堂へ移動する。

 そこでは、ソニアと……いや、『ソニア様』と、向かい合った席に座るライエル様がテーブルを囲んでいる。

 そして、ライエル様の傍らには僕の『師匠』にあたる人が背筋を伸ばして姿勢良く立っていた。


「おはようございます、ライエル様、ソニア様……今日もご指導よろしくお願いします、レインさん」




 これは、クラスのみんなには少し恥ずかしいから秘密にしていることだけど。

 僕の『夢』は、プロの従者(メイド)になること……それも、単なる職業としてのプロじゃなく、家事から戦闘から何でもできる最強万能メイドになること。


 もっと言えば……ロバートさん。

 レイモンドさんの最も信頼した従者にして懐刀だった『ロバート・バルトマン』、彼のような大人になることだ。



『ホッホッ、「万芸を修めている」などと言われましても、私自身はあまりそのような気はしませんな。私からしてみれば、誰でもやろうと思えばこの程度はどうにかなるものかと』



 元転生者殺し。

 他人の技を『見て盗む』ことに誰よりも秀でていて、その上そうやって盗んだ技術を元の使い手よりもさらに発展させる天才。

 そして……生涯現役を貫き、『成長』をやめなかった人。


 僕が今のマイマスターに忠誠を誓って『美少女化』の能力を手に入れてから、ピークドットでの決戦まで。

 人の言語で話せるようになった僕がロバートさんと話せたのはほんの短い期間だけだった。

 けれど……


『強いて言えば……私は昔から、「目の前の事物にどう触れれば、それがどう動くか、どう変わるか」というのを思い浮かべるのが少々得意でして。新しい技術を身につける、新しいことができるようになるというのも、感覚としては「どう触れるか」よりも自分の仕事により目の前のものが「どう変かわること」を求められているかを理解するという方が近かったように思われますな』


 ……ロバートさんとの数少ない会話は、今の僕にとって何物にも代えがたい財産で、あの時の僕にとっては『救い』になるものだった。

 その時は上手く言語化できていなかったけれど、今ならわかる。


 あの時の僕は……歪に育ってしまった、歪に育てられてしまった自分に絶望していた。


 僕は、自分に与えられた成長性を使い切ってしまっている。

 蝶の幼虫が成長を焦って蛹になるのを拒否して幼虫のまま巨大化してしまったみたいに、絶対に逃してはいけない『成長期』を逃してしまった。

 その上で、そこまでして成長性を使い切った上で、結局は使役獣(パートナー)として竜司の道を正せなかった……助言も進言もできず信頼もされない、大飯喰らいで戦うことしかできない『役立たず』にしかなれなかった。


 『美少女化』の能力を得られただけでも奇跡みたいなもの。

 新しい主人に仕えたからって、もう使役獣として歪だろうと『完成』してしまっている自分がこれ以上の成長を望まれることなんてない。

 きっと、もうここから自分が今以上の何かになることはできないのだろう……そう、心の底で決めつけていた。


 それを、『成長期を逃してしまえばもう成長なんてできない』という固定観念を覆す生き様をごく当たり前のようにやっていたのが『ロバート・バルトマン』という人物。

 あの生涯をかけて技を盗み続け、強くなり続けた尊敬すべき老兵だった。


『ホッホッ、そう難しいことではありませんぞ? 「その仕事に求められている事物の変化はどのようなものか」……この「視点」に慣れれば、積み木崩しも棒振りも、紙面の上の数字や盤上の駒でも全て同じこと。同じ仕事を以前にやった事があるものならばいつでも十全に、同じ経験がなくともそれに近いものであればさして労なく熟せるもの。後はそれを繰り返した年の功というやつですな……まあ、「生きた神器」であり「ドラゴン」でもあるニドラ様はその気になれば私なんぞよりも遥かに長生きできるでしょうし、いつか万芸()を越えて本当に「なんでもできる」ようになるかもしれませんな』


 『いつか私を越えて……』

 それは、彼にしてみれば軽い冗談のような気持ちで放った言葉だったかもしれないけれど。

 その時の僕の胸の奥に巣食っていた絶望の塊を貫いて、未来の光を感じさせてくれた運命の一言だった。


 僕がハッキリと『夢』を自覚できたのは、決戦が終わって結構後になってから。

 このピークドットで、マイマスターが手に入れた日本の『アニメ』をトマルやノンと一緒に見ていて、そこに出てきた『メイドさん』を見て、主人の要望に応えて日常の雑事からカーチェイスや狙撃まで涼しい顔でやり遂げる姿を見て、僕の中で何かが繋がった。


 漠然と胸の中に残り続けていた『もっともっと成長したい』『なんでもできるようになりたい』という想い。

 そして、ロバートさんへの憧れと、僕自身の性質。


 それが噛み合わさって『夢』が胸の奥に像を結んだ。


 僕は『仕える主人からの愛情』を感じることで、成長が加速する。

 そして、メイドは『主人に仕える仕事』であり、『持てる技術を尽くして奉仕することで主人から信用され、愛される仕事』でもある。

 だったら、僕が『メイド』になったら……それも、人の寿命よりもずっと長い時間を生きて、一人に限らず最新の『主人』を定めて仕え続ければどうなるか。


 僕は……この夢を持ってしまった時、一度は三日三晩苦悩することになった。

 苦悩して、一度はそんなことを考えるべきじゃないと自分の中の夢を握り潰そうとまで思って、でもできなくて……



『ニドラちゃん、もしかして……こういう「お仕事」してみたいんすか?』



 ……ほんの少しだけ大人なクラスメイトに、ちょっとだけ背中を押してもらって。


 僕はマイマスターに夢を打ち明けて、土下座して頼み込んだ。


 『ロバートさんみたいになりたい』。

 『成長力を自分のために使うことを……主人(マイマスター)が死んだ後も生き続けることを許可してほしい』。


 僕は本来、『正路竜司の転生特典』であり『使役獣』だ。

 転生特典の使役獣というのは、主人が死ねば程なくして生命活動を停止するもの……死出の道まで付き従うべく定められたものだ。

 『主人』の認識が変わって今のマイマスターを主と定めている以上は、当然その主人が身罷ることがあれば迷いなく後を追うべきだというのはわかってる。

 まして、その主が生きている内から、その愛情から得られる成長力を主の死後に活かすために使いたいなんて身勝手にも程がある。


 正直、本当に怖かった。

 『今すぐ死ね』と命令されるなら、まだいい。

 けれど、失望されて捨てられるかもしれない……自分の死後なんて言わず今からどこへなりとも好きに出ていって好きに生きろと言われるかもしれない。


 土下座のまま、僕の願いを聞いたマイマスターがどんな顔をしているのかを見る勇気が出なくて顔を上げられなかった。


 けれど……そっと引き起こされた僕に与えられたのは、温かい抱擁と心底から嬉しそうな言葉、そしていつものマイマスターの表情とはどこか違う……溢れ出るような喜びの笑顔だった。



『ニドラさん。私は、あなたが自分自身のための夢を持ってくれて、そのために生きたいのだと言ってくれて……本当に嬉しい。我が子から夢を打ち明けられて喜べる自分の心が、私を信じて夢を打ち明けてくれた我が子の想いが、本当に嬉しい。私にこんな素晴らしい気持ちを教えてくれて、ありがとう』



 ……きっと、僕たちの『主従』という関係性が繋がりであると同時に壁にもなっていたんだと思う。


 一般的には真っ当なものとは言えないかもしれない僕たちの『親子関係』よりも、『主従関係』の方がわかりやすかったから。

 鹵獲した戦力であり、洗脳済みの従者として絶対服従している大駒『愛竜ニドラ』を便利に使っているだけ、親子というのもごっこ遊びのようなもの……少なくとも、対外的にはそう見せていたし、クーデター軍由来の戦力である僕の運用にはその方が都合が良かったから。


 けれど、マイマスターに身勝手な『夢』を打ち明けたことで、僕は駒ではなく主体を持った存在になれた。

 マイマスターは、僕の夢のために必要なことをすぐに調べて手を回してくれた。


 今朝みたいにルビアさんの部屋の掃除みたいな『お仕事』も、人の世話をするのに必要な基本的な仕事の経験値を積むため。

 今みたいにソニアに協力してもらって彼女に仕える『メイド見習い』としてライエルさんとの食事に同伴させてもらっているのも、その時間を使ってレインさんから礼儀作法や紅茶の淹れ方みたいな技術、そしてレインさんがロバートさんから受け継いだ『技の盗み方』そのものを教えてもらうため。


 まだまだロバートさんの言っていた『視点』には届かないけど、少しずつ何かは掴めてきている……と、思う。


 あと、今朝の『愛情チャージ』……マイマスターの抱き枕も、一応は僕の成長力を補充するためって合理的な理由がある。


 元々『最強になり得る使役獣』として与えられた僕の成長速度補正は、ドラゴンとしての戦闘力を上げるのに比べると方向性がまったく違う人間的な技能への効果は薄い……というよりも、効率が良くない。

 きっと、その分を戦闘力の成長に回していれば、僕は今頃もっともっと戦力としては強化されていただろうと思う。


 けれど、マイマスターはそんなことよりも、僕が『最強の手駒』になることよりも、『夢へ向かって頑張る我が子』であってほしいと言って、注ぎ込んだ成長力(愛情)を夢のために使わせてくれている。


 あとは……僕が生き続けるために必要なことも手配してくれた。


 『亜竜の谷』での戦いから、植物状態で意識不明の本来の主人『正路竜司』。

 今、その竜司の脳の一部から採取された細胞がシィさんの研究所で培養されている。


 マイマスターが『森の民』のアーリンさんやエルノア様に僕がどうやったら生き続けられるかを相談した結果……僕が『森の民の神器』に存在ごと移行するための準備だ。


 『ガロム人』のほとんどは知らない技術だけど、転生者の脳の中の転生特典の発動や認識に強く結びついた部分の細胞を取り出して『神器化』して僕自身の体内に埋め込むことで、僕は本来の主人である竜司が死んだ後も独立して生き続けることができる。


 森の民の技術によって造られる『生きた神器』……ある意味、初期対応部としていつも戦っている『妖怪』と同じような存在になるわけだ。

 何百年も生き続け、主人を替えながら代々仕え続ける竜人メイド……確かに、それが妖怪か妖怪じゃないかと言われれば充分に妖怪の部類だろうと思うけど、日本にはそれに近い『座敷わらし』っていう有益無害な妖怪もいるって話だし、僕もそういうものになると思えばそこまで抵抗感はなかった。


 『森の民』……というよりも、エルノア様からの条件は、マイマスターの死後は『森の民の神器』の一つとして、いつか星の海へ旅立つ森の民の隣人として寄り添い、その営みを見守ること。


 今の僕たちが『妖怪』として回収に勤しんでいる森の民の神器たちが長らく非活性化(冬眠)して時代の流れを耐えていたように、僕も主人を失えば非活性化し、次に自分を再起動させる必要条件を満たす人間に仕え、その最期まで付き添いまた眠りにつくというサイクルを繰り返す『従者型神器』になる。

 そうして、できるだけ永く、たくさんの『森の民(子供たち)』の歴史の旅路を見届ける生き証人となって欲しいと言われている。


 グラム将軍のように、永遠に自由気ままに、身勝手に生きるというわけにはいかない。

 一つの世代との、その世代に生きる人々との時間はそれぞれが限りある一期一会のものになるはずだ。

 夢を打ち明けた時点で、人間と違う時間を生きるものになる覚悟はできていた、そこに関しては文句はない。


 ただ……『次の主人』が今のマイマスターのように、僕のような存在にも学校に行ったり夢や目標に悩んだりという『青春』が必要だと考えてくれる可能性は低いだろうと思う。


 トマルやノンと一緒にマイマスターの『娘』として並び立てるのも、クラスメイトのみんなと学校に通えるのも……こうして夢を叶えるために努力しながら、『戦英プロ』や『初期対応部』の一員として忙しく慌ただしくも楽しい日々を送れるのも、今この時だけ。


 きっと、かけがえのない『青春』を感じられるのは、どれだけ永く生きようと、この一回だけだろうと思う。

 だからこそ……僕は、この日々を、今この瞬間、一瞬一瞬を常に心に刻みながら生きている。


 夢へ向かって翔び立った、その先で……より高く、より遠くで輝く自分になれるように。


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