番外編:とある週末の戦英プロ〜マインの千里の場合〜
side 犬戒千里
まだ、あの旧都の砦にいた頃。
つまり、まだ『テロリスト』であり『爆弾魔』であった頃のマインの夢。
それは、異世界技術をこの世界でも安定して十全に使える状態で普及させるための『大規模な発電装置』を発明することだったらしい。
そうすれば、今は人間が直接やっている危険な作業を全自動化でき、事故で死ぬはずだった無数の命が救われる。
その夢のため、マインは爆弾魔として裏社会で生活する傍ら、裏組織を通じて手に入れた転生者由来の日本製品……特に機械類や教科書などを集めて勉強し、設計図を作っていた。
言うまでもなく、この世界の公用語とは全く違う日本語で書かれたものを、転生者の私たちのような自動翻訳の加護もないこの世界の人間であるマインだ。
並大抵の努力と情熱ではないし、生活が変わったからといって簡単に変わる信念でもないだろうと誰もが思っていた。
だが……今のマインの夢は、テロリストだった頃とは違う。
それが現実、それが現状だ。
……なんて言い方をすれば、マインの中の理想への情熱が冷めてしまった、子供が大き過ぎる夢を見るのをやめてつまらない大人になる準備を始めてしまったように聞こえるかもしれない。
だが、そうじゃない。
マインは夢を諦めたのでも興味がなくなったのではなく、むしろ夢を大きく広げて、目標を具体化した。
『発電機を発明するだけじゃ満足できない。この世界がこれからずっと、どれだけ歴史が進んでも科学の恩恵を受けられる仕組みを作る。そのために、ちゃんと社会から認められる立場と実績が要る』
……マインの『今の夢』はルビア博士が出たのと同じ中央の学院に入学して正式な学位と権威を手に入れ、最終的には『新しい学部』を立ち上げること。
異世界の……日本から来た転生者の私たちにとっては『現代』の科学技術を研究し、実用的に再現することを目的とする学問分野。
学院には今も純粋科学論という科目はあるが、どちらかというと哲学や数学のような机上理論の扱いで、実用的なリバースエンジニアリングを視野に入れたものじゃない。
この世界はまだ『そんな苦労をして再現を試みるよりも魔法を使った方が早い』で話が止まっている段階で、ピークドットで手に入る現代製品も転生者の能力頼り……転生特典によって創造される『神器』としての現代製品とその構造を丸ごと複写したコピーでしかない。
飛び抜けた知力を持つ転生者が『研究施設』で行っていた兵器開発を除けば、この世界の人間はまだ現代製品を原理や構造を完全に理解した上で『発明』することができていない。
だから、本当に必要なものを必要な数だけ用意することはできない。
最近はシィの技術で体質改善されてきてマインにはいらなくなった『持病の薬』も量産できず、同じ病気の人間は世界中で薬がないまま苦しんでいる。
日本では一般家庭でも簡単に手に入るような薬であるのに関わらず……だ。
数多の転生者の異世界品を再現する転生特典が存在するだけあって、薬の成分や製法などはわかっていないわけではない。
だが、そういった薬などの製法がわかっても、それを量産する専用の工場や機械がどうやっても開発できない。
コストや時間を度外視すれば異世界品そのものは再現できるが、その本質を理解せず丸写ししている段階では『ある機械を作るために必要な別の機械』は設計できないのだ。
こればかりは、個人のマンパワーではどうにもならない問題だ。
ダミーやその師匠の『贋作工房』のような飛び抜けた技術者が手作業で薬や精製装置を用意できたとしても、人類全体のそれが必要な人間の数にはまるで足りない。
だから、それができるようになるための道筋を学部として確立する……それが、マインの今現在の展望だ。
……大人として、教導者として、健全な成長だと喜ぶべきことなのだろう。
本当に、『発電機の個人開発』に比べれば遠大で壮大な夢になったと思う。
マインの情熱は変わらずそのまま。
その上で、その遠大な目標まで視野が広がった。
それも、今の生活が得られたから。
裏社会でいつ死ぬかもわからないテロリストだった頃のマインには、一生かけても発電機一つを発明するまでが自分の人生設計でイメージできる限界だった。
たとえ長く生きられたとしても、テロリストである自分が社会からの信用や権威を必要とする夢を叶えられるイメージなんてできなかっただろう。
だが、マインは戦英プロの中で『学校』に通うことができるようになって、自分一人の達成感ではなく本当に世界に働きかけるにはどうするべきかをイメージできるようになった。
独学で進めていた夢への歩みがそのままでは達成困難だと理解し、それでも諦めず大人に『進路』の相談をする決心をするまでに成長した。
そして、その実現ための『お仕事』。
『Cクラス』ではなく『Bクラス』としての実地訓練。
それが……
「こ、こう……かな?」
「だから違うの! その数字の使い方はそれじゃなくて……」
「じゃあ、こっち?」
「そうだけど! そういう消去法じゃなくてちゃんと解法を理解して解かないと応用が……」
『家庭教師』。
これまで父親と死別してから『独学』を究めてきたマインが知識と技術を体系的に他者と共有するための訓練として受け持った仕事だ。
私たちのいるここは『ラタ市』。
勉強を教えられているのは、二年ほど前に学院へ入学した少女……アリス・クレバール。
『ラクタ』という愛称で呼ばれることの多い彼女は、政治的な事情と剣術のスポーツ推薦のような制度の掛け合わせで学院に通っているラタ市の盗賊団……いや、ラタ市の自警団の頭領の娘だ。
最近は『アビスの箱庭』が主要都市に設置され通行用の手形を持っていれば一般人でも長距離のショートカットが可能になったのを利用して休日にはラタ市の実家に帰ってきているが、今は学院から持ち帰ってきた問題集を家庭教師付きで苦戦しながら解き進めているところだ。
「普通の学院の生徒なら年齢的にはこの辺りの問題はとっくにクリアしていそうだが……いや、さすがにそれを言うのは酷か……」
ラクタは、数年前まではスラム暮らしだったらしい。
それがうちの社長と出会い、さらに奇妙な運命から生き別れた父親と再会し、その父親がラタ市の犯罪組織のトップだったこととラタ市に油田が見つかったことから、ある種の人質として中央政府のお膝元の学院に編入することになったそうだ。
当然ながら……というべきか、やはり学院では苦学しているらしい。
政治的な事情や人質としての立場とは別にラクタの肉体的な才能は高く、その手の研究……日本に置き換えれば『スポーツ科学』に近い部類の研究室では新入りながらに重宝されると同時に可愛がられているらしいが、学生としての教養をつけるための授業はまた別にある。
専門分野に強ければ専門分野以外は全く無知でいいかと言われると、やはりそうでもないのだ。
だからこそ、学業での大きな遅れを取り戻すために必要な家庭教師の仕事を社長の伝手でこちらに回してもらっている。
だが、現状ではあまり上手く行っていない。
「うぅ……ねえ、千里さん、これ、どう教えたらいいと思う?」
「これか? マイナスの入ってくる式だな……いいか、負の数に負の数を掛けると正の数になるから、まずはそこから処理して項数を減らして式を簡単に……」
「だから! それがわからないから教えてほしいんだって!」
「だから、なんでわからないんだ? 言った通りにやれば解ける簡単な式なんだからやってみれば正しいと……」
マインに助けを求められて説明を替わってみるも、ラクタは理解が進まないようで『わからない』を繰り返す。
私も辛抱強く同じ説明を繰り返していると……
「あんたらさぁ……まさか、それで伝わると本気で思ってやってんのか?」
後ろからかけられる声。
その相手は、戦英プロのメンバー……ではない。
一応の関係者ではあるが、社長とラクタの個人的な知人としての側面が強い人物だ。
『元盗賊』らしく、気の強そうな態度を隠さない彼女の名は……
「べラミィ……さん、私たちのやり方に何か……」
「おい、ラクタ。ちょっと立ってみ」
私たちを無視してラクタに指示を出すべラミィ。
彼女に従って椅子から立ったラクタに、彼女は言葉を続ける。
「よし、じゃあちょっと横の二人は邪魔にならないように離れとけ。で、ラクタ。そこに立ってみ。そこからあの窓際まで何歩で行ける?」
「えっと、五歩……いや、六歩くらい?」
「よし、んじゃ今お前がいるそこが『ゼロ歩』だ。三歩進んでみ」
「いち、にっ、さん。これでいい?」
「よし。じゃ、問題だ。そこからさっきの『ゼロ歩』に戻るためには何歩進めばいいと思う?」
「進めばって……振り返って?」
「わざわざ振り返らなくたって戻れるだろ。それともお前は『後ろ歩き』できないのか?」
「いや、普通にできるけど……『進む』んじゃなくて戻っちゃうよ?」
「『後ろに進む』とも言うだろ? その後ろ歩きで『後ろ歩きした三歩』が『マイナス三歩』だ」
「う、うん……それはなんとなくわかるけど」
「んじゃ、回れ右。そこで振り返れ、で、三歩進むのが『3−3歩』で『0』……おっと、まだ動くなよ? この引き算はわかるよな?」
「うん、わかるけど……」
「じゃ、そのまま『マイナス三歩』だ。振り返らずそのままやってみ?」
「そのまま……いち、にぃ、さっ、痛!?」
指示通りに振り返らず後ろ歩きで三歩進んだ結果、腰から窓枠に激突して軽く仰け反るラクタ。
少し恨めしそうにべラミィを見るが、見られた側は軽くいたずらっぽく舌を出してから言った。
「お前、自分で窓際まで『六歩』って言った癖に忘れてやんの! ていうか窓枠が突き出てるの計算してなかったな?」
「べラミィさんが後ろ歩きで振り返るなって言うから……あっ、そういうこと!? オレ『六歩』進んでるじゃん!」
「そういうことだ! よっしゃ、じゃ、わかったら忘れない内に問題片しちまえ! 使ってりゃいつの間にか憶えてるもんだ」
「うん! ありがと!」
今のやりとりで計算方法を理解したらしく、机に向かって問題と向き合い始めるラクタ。
そこで、椅子の背もたれに腕でよりかかったべラミィが声をかける。
「ラクタ、さっき千里に言われたことは気にすんな。アイツはアタシに比べりゃ『先生』としてド素人だからな」
「ド、ド素人……」
「追いつけるかとか不安に思う必要もねえぞ。二年前までは文字そのものがマトモに読めなかったんだろ? それが今じゃ普通に本くらい読めるし、こういう問題だって解き方を教えられれば解けるようになってんだから大したもんだよ」
「…………うん、ありがと」
「お礼なんていいからそのまま問題全部やっつけちまえ。今あっちで菓子焼いてるから、食べ頃になるまでには解けるように頑張れよー」
「うん!」
「「…………」」
……私とマインが二人がかりで教えられなかった部分を目の前でしっかり教えてやる気まで出させて見せて、勝ち誇った表情を見せるべラミィ。
そう……べラミィは『私たちのための家庭教師』。
つまり、この仕事は今、二重の家庭教師を雇っていることになる(べラミィは社長からの個人的依頼ということになっているが)。
彼女はラクタの勉強の邪魔をしないようにか私たちを隣の部屋へ手招きして呼び寄せ、声を落として話す。
「『なんでコイツ無学そうなのに、自分たちよりも勉強教えられるんだ』……そんな顔してんな」
「「そ、そんなことは……」」
「実際、ホントに博識かどうかとか賢いかとかで言ったらあんたらの方が勝ってんだろうと思うよ? アタシ、上位冒険者とか一生かけても絶対無理だし、爆弾とか作れねえし。作れてお菓子くらいだ。普通に言う『頭が良いやつ』ってのは、明らかにそっち側だろうな」
……私はこれでも転生前は大学生だった。
私なりに、目が見えなかったなりに努力して国立のそれなりに難関と言われている大学に合格したし、転生して来てからも目的やモチベーションはどうあれ様々な勉強はしてきたと自負している。
マインだって、日本語という名の『外国語』で書かれた教科書を必死に訳して、実際ある程度は現代科学の基礎までは独学で理解していたくらいだ。
同じことができる人間は、世界を探してもそうはいないだろう。
だが……
「だけどな、『頭が良い』ってのと『教え上手』ってのは全く違うからな? アタシが子供に勉強教え慣れてるのは、いろんな所で転々としちゃいたが使用人とかやってたからだ。主人の子供に勉強とか教えられると憶えが良くなるしミスっても庇ってもらいやすくなるからな」
『家庭教師の家庭教師』。
他人に何かを教えるという行為自体のスキルを私たちに教示するために社長に雇われた彼女は、私たちに呆れたような態度のまま話を続ける。
「アタシは世界と戦えちまうようなアンタらと比べりゃ笑っちまうほど弱いからな。人の顔色見なきゃ生きられないくらい寄る辺もないなりに上手く生きるために、自然といい感じのやり方は身につくってやつだ。その上で言わせてもらうとな……お前ら、『自分が勉強する時』と同じ感覚で他人の勉強を見てんだろ。それじゃダメだわ、てかラクタが可哀想だわ。おかげで狂信者がアタシを雇った理由はわかったけど」
「だ、ダメ……」
「あの、べラミィさん……怒ってる、わよね?」
「そりゃ、ラクタとは普通に『友達』のつもりではあるしな。ていうかお前ら、褒めて伸ばすってのを知らねえのか? スラム育ち相手に算術なんてできて当たり前だと思うなよ? 教科書読めてノート書けてるだけでも今のラクタはすげぇ偉いんだからもっと褒めろよマジで」
「でも、学院の勉強に追いつくには厳しくしないと……」
「マイン、ラクタの学力はお前自身の学力じゃねえんだよ。お前の向上心をそのままラクタに重ねて自分に厳しくするのと同じようにしたら、ラクタから見たら単なる理不尽だかんな?」
「うっ……でも、あんな簡単な問題で褒められたって褒められる方も……」
「だからそこを自分基準にするなって言ってんの。いいか? 『どうやったら上手くやれるのか』で悩めるやつは上手くやれた瞬間に褒めれば伸びんだよ、そのやり方で上手くやれたってわかるから。叱って伸びるのは『どうやったら楽できるか』で悩んでるやつだ。ラクタは明らかに褒めて伸ばすタイプだろうが」
「上手くと楽に……それはどこが違うんだ? 最初からちゃんとした方法でやれるようになるのが一番楽で上手く行くんじゃ……」
「それがすんなり飲み込めるやつは家庭教師なんて付けなくても自分で賢くなれるんだよ、千里先生。ていうか見てたら思ったんだけどさ……お前ら、さては本とか軽い説明とかあれば後は独学でどうにかなってたタイプだろ?」
「「…………だって、そうするしかなかったし……」」
「それに関しては別に怒ってねえよ、むしろ立派なことだと思うよ? 上位冒険者も、爆弾も、それで有名になれるまでやったのはすげぇと思うよ本当に。けどな、『先生』になりたいなら、まずは『できないやつ』の思考に合わせてみろよ。あ、それと千里先生はこれから一生、さっきの『どうしてわからないんだ』ってのは禁止な、絶対に」
「いっ、一生!?」
「そういうことが言いたくなったら『どこがわからないんだ』にしろって言ってんの……てか、子供に向かって『どうしてわからないんだ』なんて言ったら一発で『あ、この大人は教育者として駄目なタイプだ』って見抜かれるからな?」
「だ、駄目なタイプ……」
「そうだよ。第一、本人が『どうしてわからないのか』なんて理解できてたらそんなもん『わかんない』なんて言わねえんだよ。少なくとも子供が自分が上手くやれねえ原因をそんなちゃんと言語化できないってことくらいは『先生』やるなら常識だかんな? お前らがラクタと同じ歳の頃それができたとしても、そりゃお前らが異常に大人びすぎてただけなんだよ。むしろ一般的にはラクタはしっかりしてる方だかんな?」
「あの、でも、それじゃあ何をどう教えたらいいのかわからないんじゃ……だから私も、さっきは、とにかく正しいやり方を教えようとしてたんだけど……」
「ああ、マイン。それはアタシも見てたし、まあ頑張ってはいたと思うよ? 少なくとも伝わらないのに同じ文言繰り返すだけの千里先生よりは、まあマシだったと思う」
「うぐっ……」
「だけどな? 『正しいやり方』で伝わらなかったら別のやり方を探らないと意味ねえのよ。コミュニケーション、相手に伝わらない言語で道具の使い方理解させようとか無茶だろ? 相手が理解できてない単語が入ってる時点でほぼそれと同じなの。先生の仕事は本の読み上げじゃなくて、わかんないところをどうやったらわかるようになるかを考えながら教えることだから、例え話でもなんでもいいから『相手の頭の中』にあるもんで理解させること。自分が知ってるもんは相手も知ってるなんて思うなよ?」
「だ、だが、べラミィさん……いや、べラミィ先生。そうやって比喩表現なんかを使って教えたとして、間違った理解をさせてしまったら後で大きな失敗に繋がる場合も……」
「千里先生、アンタのその考え方はたぶん冒険者流だろ。一回や二回ぱかし問題を解き間違えたってそれで死ぬわけじゃねえんだからいいんだよ、学校の勉強は。むしろそこで間違えたら逆にしっかりそこは違うって憶えられるんだから。いいか? 『間違った理解をしないように正しく教える』なんて二の次三の次だ。自分の趣味で勉強やってるやつならともかく、まず今できないやつは後々理解が間違ってて困るとか以前にやる気がなくなっちまうんだよ。冒険者はやれなきゃ死ぬからやる気なくてもやるかもしれないけど、勉強は嫌になったらサボられるし逃げられるってのはちゃんと認識しとけ」
「…………はい」
「マインはあれだな。まず、自分と他人は違う脳味噌もった別の人間だってことは忘れないこと。お前さんの自分への厳しさをそのまんま他人に持っていったら上手く行かないってこともな。そんでもって、『正しいやり方』にこだわるのも自分のことだけにしとけ。それたぶん、お前さんが教えられてた『爆弾作り』はそうじゃないと危なかったからそう教えられたってことだろうけど、科目が違ったら話も違うんよ。勉強を教えるってのは勝ち負けじゃなくて相手の目線に合わせたコミュニケーションだかんな、そのつもりがなくても自分の方が物知りだとか正しいだとかでマウント取ってたら一生同じ目線の高さになんてならねえのは憶えとけ」
「…………はい」
べラミィ先生の説教が終わった辺りで、部屋から声が響く。
「おーい! べラミィせんせ! 千里先生とマイン先生も! 問題、全部終わったぜー!」
「おう、早かったな。そんじゃ焼けたの持ってくるからちょっと待っとき……あ、ちなみにこうやって勉強させる時間をなんか楽しみまでの『待ち時間』だと思わせると途中であんま集中途切れないのも豆知識な。じゃ、みんなで菓子食おうぜ」
「「……はい」」
数時間後。
本社区画に戻る前に、ピークドットのカフェでマインと向かい合っての反省会。
いや、反省会というか、二人揃って惨敗の残念会と言うべきか。
正直、今日の私たちの醜態を(おそらくべラミィ先生から既に伝わっているのだろうが)社長に直に報告する前に心の準備が必要だからという部分もある。
「想像以上に難しいな……『先生』というのは。自分が理解できていることを教えるだけなら簡単なことだと思っていた」
「『コミュニケーション』……自分が『正しい』って思ってるだけじゃ、それをどれだけ強く言い聞かせても相手にとっては理不尽にしかならない……か。元テロリストとしては痛すぎて何も言い返せないわ、べラミィ先生もさすがに意図してそういう言い方をしたんじゃないだろうけど」
……『テロリスト』というのは、『自らの思想を他者や社会に押し付けるために武力を行使する者』という意味を持つ言葉だ。
『異世界技術の解放』が遅れたせいで父親が死んだとして爆弾魔になり、多くの人間を傷付けたマイン。
そして、弱者に理不尽を強いる世界は壊さなければ、否、壊されなければならないと考えて本気で魔王になろうとした私も……たとえ、その準備中に他者の言葉で考え方を変えたとしても、その奇跡がなければ自分の思想のために多くの血を流していた。いや、その奇跡まででも既に、あまりに多くの血を流させていた。
そういった流血を容認する思想の押し付け……『テロイズム』は、『コミュニケーション』の対極にあるものだ。
ある意味では、本当の意味で、利益も裏の目的もなく、ただただ『思想』のためだけに力を振るっていたことがある私たちは、戦英プロの中でも一番『先生』には向かない人間なのかもしれない。
あるいは、だからこそ……自分にないそれで、自分を変えてくれた人に憧れるのかもしれない。
「これでは、フェイレス先生に顔向けできないな……いい歳してダメな大人だな、私は」
前回は、私とマインだけでラクタの勉強を見た。
結果は……今回の惨状と、その報告を受けた社長が個人的に二重の家庭教師としてべラミィ先生を雇う判断をしたことからわかるとおり、言うまでもなくダメダメだった。
今回はべラミィ先生のおかげで『何がダメだったか』がハッキリわかっただけ、前回よりもかなりいい。
前回は、何が良くないのか、なにがわからないのかもわからなくて……いや、私自身が、マインも、『どうしてわからないんだ』としか思えなくて、ラクタに責めるような態度を取ってしまった気もする。
それを今回の『模範解答』で突き返された。
べラミィ先生は社長の知人で、ラクタの『友達』でもある人間……そして、以前聞いた話ではラクタ自身が社長の『友達』と言える相手でもあるのだろうと思う。
だからこその、お詫びと私たちへの『お灸』としての今回の二重家庭教師。
社長は、あの『社長サマ』は、意外とそういうこともする人だ……私たちにも必要なことだと思えば、私たちが敢えて傷付くような手も選ぶ。
精神的にキツイ結果だが、これ以上なく今後のためになる時間ではあった。
「少し、心が折れそうだがな……夢見る子供の不屈の情熱とアラフォー女子の繊細な心の耐久力を同じくらいだと思ってないか、あの社長サマは」
私も、もう三十九歳……やたらと鍛え続けてきてしまったせいで見た目はそれなりに若いという自覚はあるが、子供のように夢を見るにはあまりに歳を重ね過ぎているという認識もある。
生き方を変えるには、本当に生き遅れてしまっている。
だが、ピークドットでの戦いでコロ以外の『銃火機』を、あの旧都での戦いで右脚を失い、もう『戦う者』としては生きられない身体になったことを受け入れなければならなくなった私に残った道標は、私の人生を変えてくれた人の生き方しかなかった。
……以前は『ペットショップを作る』という夢を持っていたが、それに関しては戦英プロができて、その事業計画に組み込まれて『夢』というよりも『目標』になってしまったという事情もあるが。
だから、戦英プロができて、その中に学校ができた時、私は先生になりたいと志願して……自分がどれだけ『人を導く』という道と相反する生き方をしてきたかを今になって痛感している。
こうしてマインの夢の手伝いをするという名目で一緒に現場に出てみて、子供を導くどころか自分の方がダメダメな大人であることを思い知らされている。
「夕子の件で、もしかしたらと思ったが……やはり、私は先生には向いていないんだろうな……少なくとも、フェイレス先生のようには一生なれる気がしない」
「千里さん……先生、やめちゃうとか言わないわよね?」
「……ああ、言わないよ。きっと叶わないのがわかっていても、見てしまうのが、目指してしまうのが『夢』というものだ。今回のことで遠さが痛いほどわかったが、おかげでそれでも諦められないことも自覚できた。一歩ずつでも、少しでも、あの背中に追いつけるように努力するよ……それまで、不出来な先生で迷惑をかけるかもしれないが、身の程知らずな夢追い大人で呆れられるかもしれないが、大目に見てもらえるか?」
「……くすっ、そうね。先生と生徒、大人と子供である以前に、私たちは同じ戦場で戦った仲間で、友達なんだから。いくらでも、百歩も千歩も譲ってでも大目に見るわ。それに……同じ夢に向かって努力するのに大人も子供もないでしょう? 私もまだまだダメダメだけど、同じくらいのダメダメ仲間が隣で頑張ってると思えばもっと頑張れる気がするわ」
「くくっ、ビリ争いのマラソンみたいだな。どちやが抜け駆けしても恨みっこなし……いいや、勝ち負けのあるものでもマウントを取るものでもないのだったか。マイン……そっちが先に行った時には、引っ張り上げてくれるか? もちろん、逆の時は私が引っ張る」
「ええ、何せ二人とも、なりたいものは後続の人たちに進み方を教えられる『先生』なんだから。抜け駆け推奨、抜いては引っ張り、抜かれては引っ張られて二人三脚で頑張ればいいわ。だから、まずは……お互いに知らない分野の教え合いっ子でもしてみる? お互いに今回の悪かったところを直すためにも、教え方の練習をするっていうのは?」
「いいな、その話乗った。頼りにしてるぞ、マイン先生」
「こっちもね、千里先生?」




