番外編:とある週末の戦英プロ〜ミュジカの場合〜
side ミュジカ
このピークドットの外ではあまり知られてはいない話ではあるけれど、異世界産の『機械』は『魔法』で造ることができる。
転生者由来の機械類が転生特典由来の『神器』と混同されていて、その機能まで正確に再現したものを魔法で造り出すのは不可能だろうというイメージが定着してしまっているから、『機械』を必要以上に特別視してしまっている人間には難しいことではあるけれど。
このピークドットでは『異世界製品を創造できる転生特典』の持ち主がいて、何年も前から人々が日常的に機械類に触れて利用しているせいもあって、そのイメージのハードルが低い。
『機械』は使い手が回路の一部として機能するマジックアイテムじゃなく、ただの独立した物体だから。
使う側に原理がわからなくても、金属や樹脂のパーツを全く同じ形にして同じように並べれば、同じように稼働する。
ピークドットの外では再現の失敗が相次いで『やっぱり機械というのは神々の権能がないと動かない神器の一種だから魔法じゃ創れない』というのが定説になってしまっているけれど、それは再現精度の問題。
転生特典で創造される『本物』をいくらでも分解して使い潰せるピークドットだからこそ可能なことではあるけれど、必要な原料をパーツへと変化させて、鋳型と全く同じ構造に組み上げる大規模魔法とその儀式場があれば、それなり以上に精密な機械類も再現はできる。
まあ、その『儀式場』というのが異世界で言うところの『工場』と変わらないような施設を必要とする以上、電気や燃料を使っているか魔法使いの労力を使っているかの違いでしかないという話に帰結するわけで、『単なる具現化物』として時間経過で消えてしまうことを防ぐために実在する原材料を買い集めなければいけないのも考えると無限にいくらでも再現品を生産できるというわけではないけれど。
基礎教養のゲームで習った費用対効果の関係、コスト問題でどうしても高級品にはなってしまうけれど。
それでも、ピークドットには機械類をある程度『普及』させられる土壌があった。
そして、『聖典』の焼失はその機能を維持するために定められていた『写真やその撮影技術は御禁制』というルールを過去のものにした。
だからこそ……
「えっと、完成しましたけど……これで、大丈夫ですか?」
「うーん……ダミーさん? もう少しゆっくり、何をやってるか説明しながらやれないかしら? 思わず見入ってしまったけれど、今のでは『プラモデルの組み立て方を実演する動画』ではなくて『超スピードでプラモデルを完成させる神業動画』になってしまうから。まるで魔法で組み立ててしまってるみたいな速さだったから。それはそれで需要がありそうだけど、今回はプラモデルを売り出したい商店さんの店頭で写し出す宣伝動画のお仕事なの」
「はぅぅ……わざとゆっくりやるって難しいですぅ……」
『動画配信者』……トマルさんの話によると、異世界で最新の人気職業らしいけれど、それが職業として成立するのは『動画を撮って投稿する技術』と『投稿された動画を見る技術』が当たり前に普及している世界の話。
特別に資金や技術の支援を受けている『戦英プロ』では全員にポケットサイズで高性能な小型通信端末が支給されているけれど、ピークドットの一般人には少し敷居が高い。
けれど、店や施設の一部としてお客さん向けに商品の宣伝や使い方の説明動画を写し出す装置を配備するというのはそれなりに一般的と言えるくらいの用途になってきている。
今日は学校の授業がない週末休み。
それを利用して、ダミーさんの部屋で挑戦しているのが、異世界由来の『プラモデル』という自分で完成させるフィギュアを新しく売り出そうとしている店で使ってもらう動画の撮影。
手先が器用でモノ作りに慣れたダミーさんなら、ほとんど初体験でもいい感じの製作風景が撮れるんじゃないかと思ったのだけれど……まさか、初めて触れるプラモデルをここまであっさり組み上げてしまうなんて。
ちょっと誤算だったというか、改めて感服してしまったというか。
「今日は、神業動画が撮れたからそれでよしとして……お店の方にもう一つプラモデルを送ってもらわないと。ダミーさんには手間をかけてしまいますけど、また後日撮り直し、になりますわね……」
「はわわっ、ごめんなさい……これも一応、『戦英プロ』としての仕事ですもんね。でも、珍しいですね。なんていうか、こういう私たちの技術を見せびらかすみたいなお仕事って。『頑張って社会奉仕してます』って見せるのとはちょっと方向性が違うというか……」
「え、ええ。私たちの仕事の幅を広げるために、少し新しい試みを始めてる……みたい、だから……あっ! もうこんな時間! ごめんなさい! 午後は別のお仕事があるの! そろそろ行かなきゃ!」
「あ、ティーンズのお仕事ですか?」
「そ、そんなところ! じゃあ、行ってきますね!」
そんな軽い会話を交わしながら荷物を持って部屋を出て、寮の外へ。
そこから向かうのは本社区画の出入り口でもある事務所の一室。
事務所のロッカールームで自分用のスーツに着替えて、身なりを整えて入るのは……
「いらっしゃ〜い、お昼はいつものバランス弁当で良かったですか〜?」
「はい、いつもありがとうございます、シエスタ先生……それに、社長サマ、セシリア先生も。私が一番遅れてしまいましたね」
「いえいえ、私たちは少し早く始めていましたし、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ?」
「いいえ、勉強させてもらっている身で先生方をお待たせすることはできませんわ。今日もよろしくお願いします」
「ええ、いい姿勢です。『時は金なり』、貴重な青春の時間の価値は否定しませんが、明確な目的を持って時間の使い方を選ぶことは大事なことです。では、いつものように昼食を食べながら『会議』を進めましょうか」
そう……ここは、会議室。
集まっているのは、シエスタ先生に社長サマ。
それに、社長サマが雇っている専属経営アドバイザーのセシリアさん。
スーツを身に着けた私の『お仕事』というのは、この先生方の会議に参加すること。
会議の基本的な内容は、『知見』の授業のテーマセレクトや、社会奉仕の仕事計画の下地となる私たちCクラスについての『プロデュース』の方針……つまりは、私たちをどういった方向性へ育て、どう世間様にお見せしていくかという戦英プロの根本的な方針に関わる重要な話し合い。
私は『将来のための勉強』としてこの会議に参加させてもらっているけれど、単なるお客様気分ではいられない。
やり取りを見せてもらうだけでなく、時々意見を求められることもあって、その時に困らないように真剣に話を聞いて真剣に考えながら言葉を交わす。
私たち『Cクラス』がよく使う『仕事』という言葉はアイドル業や能力を活用した関連施設の手伝いを意味する場合も多いけれど、特に『お仕事』と呼ぶ時はこういった実習だったり専門技術の講師からの集中講座だったりという時間を指す軽い隠語であることが多い。
まだ大した経験も知識もなく他者の役に立てないのにその時間を『お仕事』として扱うのは少し変かもしれないけれど、社長サマによれば『夢のための学びも私たちにとっては大事な仕事』とのことで。
その方針もあって、この時だけは私たちは『Bクラス社員』……『子供組』と『大人組』の間のポジションとして、大人組が全面的に責任を取ってくれる保護や監視の対象ではなく、発生するコストや選択の結果に伴うリスクに一定の責任を負う立場として、普段よりも一層しっかりと気を引き締めて仕事に関わることになる。
もちろん、強制ではなく希望制だけれど。
教室での『授業』は自分の知らない世界を知ったり、いざという時に身を守ったり、社会で生きていく上で上手く立ち回る方法だったりという『私たちが生き残るために知っておいた方がいいこと』。
それに対して、ここで学ぶことは『本気で夢を叶えたいなら知らなければいけないこと』……本気の夢を見つけた人だけがねねさん……いえ、小野倉さんに声をかけられ導かれる自立への一歩。
これは、他のクラスメイトには秘密の時間。
『世界の敵』になったことがある私たちにとっては、ただ『人並みに生きていく』というだけでも、それこそ夢を叶えること並みに大変で、うっかりすれば未来を考えるだけで心を擦り減らすような問題でもある。
『夢のために努力する』というのはある意味では贅沢な話、そういう道に入るタイミングを間違えれば夢への道を『そうなれなければ生きていけない』という逃げ場もなく後ろ向きな姿勢で踏み出して自分を追い詰めてしまいかねないから。
だから、まだその段階にいない子たちが焦らないように、Cクラスではこの制度のことを話さないというのが暗黙の了解になっている。
私以外にも何人か同じように『Bクラス』としての『お仕事』に出ている人もいるようだけれど、互いに知らんぷりをしているし、誰がそこまで進んでいるか……誰が『大人の階段』を登り始めているかというのを確認し合うのは無粋という空気ができている。
だから、これはクラスの皆さんには言っていないことなのだけれど……私の夢は『芸能プロデューサーになること』。
『アイドル』を卒業した後は、次の時代の『アイドル』……もっと言えば、その他の広い分野でパフォーマーやプロフェッショナルの活動を世に広く知ってもらう仕事をしたいと思っているから。
そのために、『戦後英雄プロダクション』の『芸能活動』の方向性も議題の一つとして話し合うこの会議に参加させてもらっている。
私は、『プロデュース』されたことで救われた。
『アイドル』という仕事は私の人生を救ってくれた。
だから、同じように次の誰かを救える人になりたい。
突き詰めてしまえば、そんなシンプルな話だけれど、私は本気でそういう大人になりたいと思っている。
私は、スラムで生まれてゴミ山で育った人間だから。
道を歩いているだけで、汚物を見るような目で見られる感覚を……『この世から消えてほしい』と願われていると感じる瞬間を知っている。
そうやって、この世に存在すること自体を否定される人間もいるのを、それもどんな大金持ちや貴族様がその気になってもその気になったくらいじゃ救いきれないくらい、たくさんたくさんいることを、実体験として知っている。
あの時は、自分が生きるのに必死でそれを社会の構造として考える余裕も知見もなかったけれど……衣食住が足りて、学校に通えるようになった今から振り返って思う。
あの頃の私には、私たちには、言えなかった。
言えなかっただけで、言語化できなかっただけで、常に思っていた。
『好きでこんな生き方をしているわけじゃない』。
『だから助けてくれないにしても、せめてそんな目で見ないでほしい』。
『私たちだって人間で、ゴミみたいに見られるのは辛いし苦しい』。
『辛くて、苦しくて……私たちをそう扱うのを当たり前だと思ってるあなたたちが憎くて、何もかも奪いたく、壊したく、殺したくなってしまう』。
……私たちは、シックスさんと一緒に『世界征服』という名の『テロ行為』を計画していたことがある。
思えば、あの時の感覚もゴミ山で生きていた時の何も言えなくて辛さを溜め込んでいた時の感覚と同じだった。
いくら消えて欲しいと願われたって、実在する人は簡単には消えない。
ただ、その願いの力が心に染み込んで、歪んで、世界へ向けられる『消えてほしい』という願いに変質して結晶化して、いつか世界を歪める何かに変わる。
人の心は、本当に理不尽なものはどうやっても受け入れられないから。
人間は、どんなに弱くても、自分たちが本当に惨めなのがわかっていても、どうにもできないというだけで『自分の人生がこうなのは仕方ない』だなんて悟れないから。
言い返す場がなければ一方的に言われ続けるか暴力で物理的に黙らせるしかなくなる。
他の方法もあるはずだと言う人もいるだろうけれど、そんなのはそれを知る機会やそれを教えてくれる人が当たり前に近くにいた人だけ。
学校に行けて、毎日知見を広げられて、願いを叶えようと思ったときに暴力に頼るしかないのではなく他の方法に手を伸ばせる道を示してもらえる……そんな限られた人だけの『狭い世界の常識』。
少なくともゴミ山育ちの私みたいな人間にはそんな人はいなかったし、だからこそあの『素晴らしき子供たち計画』では互いを蹴落とし合い否定しあうしか生き残る術がないと受け入れて殺し合った。
理不尽な状況の中での椅子取りゲームで、他人を逃げ場のない理不尽の窮地に追い込むことで蹴落として、その呪いを濃縮して、最後には自滅した。
私はあれを、世界の縮図だと思っている。
人生は変わらない、欲しいものは相手を殺してでも奪い合うしかない……『そうすることが当たり前』というのを常識にしてしまった世界が必ず至る未来の暗示だと思っている。
だからこそ、あの崩壊の直後は世界に絶望して捨鉢になっていて、殺されようが操り人形の偶像にされようがどうでもいいと思って流されるままに……どういうわけか『アイドル』になった。
そうした先で……私は、光を見た。
世界と人が互いに『消えてほしい』と願い合って、歪んで、最後には崩壊するのが世界の真理だと思っていた私の中にはなかった『世界と人が互いの存在を肯定し合う光景』をステージの上から、その中心から見せられて、価値観を塗り替えられた。
あの体験を、昔の私に、昔の私たちみたいな人たちみんなにしてほしい。
あの頃の私たちみたいに、抜け出したくても抜け出せない谷底に……もう下が『死』しかないくらい最低の場所にいる子たちが『そうでない道』を探そうとした時に、文字すら読めなくても理解できる、絶望していようと心から惹かれてしまう輝きと、自分もそうなれる道があることをセットにして発信できる仕事がしたい。
……ある意味、途方もない夢なのはわかってる。
アイドルになるというのは、プロデュースされるというのは、言ってしまえば『たくさんの人に好かれる存在になる』ということ。
それを、よりにもよって『世界の敵』とされたことのある立場の人間が作り出そうとするなんて、どれだけの反発があるかわからない。
けれど……
『なるほど、本格的な「芸能活動」のプロデュースですか……それは盲点でした。反発される? まあ、それはそうでしょうが……そこで話を終わらせる必要あります? そんなもの、ファンを獲得するルートを確立して最終的に圧し潰せるようになればいい話では?』
……社長サマはそう言って応えてくれた。
『確実に反発される』、そんな当たり前のことを心配する私に、『反発されたらどうしよう』で考えを止めてしまっていた私に、『その先』を考えていいと当たり前のように言ってくれた。
『ミュジカさん。あなたには感謝しなければいけませんね……言葉遊びのように「芸能プロダクション」なんて言っておいて、本格的にそういったプロデュースの可能性を追究するのを怠っていた。こちらこそ、あなたの情熱に助けてもらいたい』
そうして今、私はこの会議の場にいる。
『世界の敵』とされた集団を『戦後の英雄』としてプロデュースする、プロデュースされるというのは簡単ではないけれど……
「ミュジカさん。ここで一つ意見をもらいたいのですが……あなたは、Cクラスの皆さんを、『悪い人』だと思いますか?」
「それは……世間から見れば、やはりまだ『悪い人』と思う人は多いと……」
「ええ、それは知っています。まあ、聖典が燃えても影響を受けていた時期の記憶が綺麗さっぱり消えるわけではありませんし妥当でしょう。けれど、ミュジカさんの視点からはどうですか?」
「皆さん……基本的には『悪い人』、ではないと思います。ただ、危ない所がある人は多いとは思います」
「ええ、正直でよろしい……であれば、まずは『悪い』と『危ない』の違いから始めましょうか」
『悪いものは悪い』。
社長サマはそこで話を終わらせない。
社長サマは、そこで考えを止めない。
私がいると時々入る、会議の中での私への集中講義を兼ねた定義や状況の確認の時間……そして、社長サマの独特な『哲学』の講義の時間。
いつも会議の時に飲んでいるシィさん特製の流動栄養食のボトルを手にしたまま会議室のホワイトボードに向かった社長サマは、そのまま私に講義をするように図を描きながら語る。
「では、『悪の話』をしてみましょうか。ところでミュジカさんは、『マッチの火』を『熱いもの』だと思いますか?」
「『マッチの火』は……はい、触れれば火傷しますし、『熱いもの』だと思います」
「なら、『刃物』は『痛いもの』でしょうか?」
「それは……『刃物』そのものは、『痛いもの』ではない、と思いますけれど。先端や刃の部分に触れれば痛みはありますけれど、柄や側面なら別にそんなことはないですし。尖ったものや鋭いもの、というのならそうだと思いますけれど」
「なるほどなるほど、では……『悪い人』は『悪い』と思いますか?」
「それは……『悪い人』は、『悪い』から『悪い人』と言われるのでは?」
「Cクラスの皆さんもですか?」
「…………」
「マッチの火に、『熱いもの』に触れて『熱っ!?』と感じるように。『悪いもの』に触れて『悪っ!?』と感じることはありますか?」
「……いいえ、確かに……?」
困惑する私を見て、その様子を微笑ましいと思うように生温かい目を向けてくるシエスタ先生とセシリアさん。
そんな二人をよそに、社長サマは話を続ける。
「まあ、そのような話です。世間一般に使われる『悪い』というのは、特に人間関係において認識される『悪い』という状態は、突き詰めれば『要警戒』のタグ付けでしかない……と、私は考えます」
『火傷するから火には触れない方がいい』。
『怪我をするから刃物には触れない方がいい』。
『悪いことが起こるから悪いものには触れない方がいい』。
ホワイトボードに同列に、全くの差がないことというように並べられる三つの『定説』。
その上で、社長サマは話を終わらせず考えを進める。
「さて、この『悪い』の内訳ですが、一般的にはそうですね……『迷惑である』『都合が悪い』『邪推の元になる』という三つのパターンが大半を占めますかね。まあ、複合要因の場合がほとんどでそれぞれこれがこれという例を出すのは少し難しいですが」
「えっと……確かに、それは『悪いこと』だとわかりますけれども、そのパターンへの分類になんの意味が……」
「『病気』だって、『病名』というパターンへ分類しないと最適な対処ができないじゃないですか。それと同じです……あっ、思いつきました。ミュジカさんにも馴染み深い軍事方面で例えてみましょう」
そう言って、社長サマはホワイトボードに三つのパターンと対応した事例を書く。
『迷惑である』=『無計画な宣戦布告』。
『都合が悪い』=『経済・生産の要所への攻撃』。
『邪推の元になる』=『反戦運動』。
「まず、周りにとっての迷惑になるから『悪い』と言われるパターン。これは基本的にはゲーム理論的な視点の不足や浅慮さに起因するものです。『自分だけがズルをすれば一番得ができる』『自分の強奪行為に相手が抵抗しなければ大儲けできる』、そう考えて動いてみる……もっと極端なことを言えば、『周りに嫌われることを考慮に入れず他人を押し退けて進む』、それを現実でやると、瞬間的には思い通りになってもすぐに周囲から反発を受けたり排斥されたりして損をします」
「それはまあ……そう、ですけど……当たり前の話では?」
「ええ、当たり前の話です。だから基本的には誰からもそうなる結果が見えていてルールを守り合ったり適度に譲り合ったりしますが、時折この視点を忘れたり、瞬間的な『世界が自分の思い通り』になる感覚が同様の行為をし続ける限り永続するものだと錯覚して無理を通そうとする人がいます。その人は『迷惑な人』となり、迷惑をかけられた人々からは恒常的な要警戒対象……つまりは『悪い人』と認識されます。一度、奇襲で隣国に攻め込んで勝ってしまった国がその後も『戦争をすれば必ず勝てる』と思い込んで無闇に隣接する国々への奇襲を繰り返せば悪の帝国扱いされるのも致し方ないように」
「なる、ほど……? では、他の二つのパターンも同じような……」
「いいえ、パターン違いですので方向性は違います。二つ目の『都合が悪い』というのは、互いの求める最終的なアドバンテージが違う者同士、相手のディスアドバンテージがメリットになってしまう場合……それをちゃんと認識した上で、自分にとっての最適解の行動をし合うと相手にとって『都合の悪い行動』をすることになる場合。ゲーム理論的な最適解の結果であることも多いですね」
「浅慮ではなく、最適解……」
「ええ、まあそれも後々の怨恨などもありますし、視野に入れる時間的スケールで本当に『最適』かどうかは変わりますが。これは、戦争なら相手の国が戦線を維持できなくなるように経済攻撃などをすることで戦争に直接関係のない人々にも大きな被害を与えて『悪い』と認識されるような場合がわかりやすいですか。まあ、そうやって得ようとしたアドバンテージが労力にも被害にも見合わない『虚像』でしかなかった……というような場合もままありますが。その場合は相手から見て『理解できない大義のために悪いことをしている』ことになりますかね」
「それは……グラム将軍も……」
「ええ、まあ彼の目指していた『恒久的な世界平和』もある意味そうですね。ただ……これに関しては、私は『虚像』と呼ぶべきではないものと思っていますが」
「それは、『世界平和』がいつかは実現されるべきものだから……という意味で?」
「いつか、というか……なんならあの日、即日で実現してた可能性もあると思いますよ? 世界平和」
「えっ!?」
「実現しなかったタラレバの話はどこまで遡っていいのかという話にはなりますが、あの場にはレイさんがいましたから。仮にグラム将軍が世界平和を『自分で叶える』ことに固執せず、その上でレイさんに自分のスキルや記憶、思想を移植することを最優先としていた場合……ピークドット・レジスタンスにとっては『最悪のシナリオ』と言えるかもしれませんが、彼視点では『最善の一手』を選んでいた場合、『グラム将軍の強さと思想を引き継いだレイさん』が生まれて大増殖していた可能性もありますし。そうなったら誰も勝てなかったでしょう?」
「…………」
「仮にそれが現実となっていれば……まあ、私たちは世界平和の始まりを告げる儀式で見せしめに公開処刑でもされていたかもしれませんが。いえ、もしかしたら最大限に有効活用しようとしたならレイさん式の『テンス・ブレイブ』を大量生産するための苗床にでもされちゃってたかもしれませんが……クックッ、私はそれはそれで『善い結果』だと考えます。まあ、レイさんならそうやって……たとえばそう、人類に奉仕する最強の群体生物『益蟲の魔王』とかに変わり果てたとしても、甘くて優しい彼のことですから、私たちのことを殺したりせず永く永く大事に大事に使ってくれそうですし。それはそれでいいかなと」
「それが『善い結果』……というのは、ちょっと……いえ、社長サマがレイさんのことをそれくらい大好きなのは知っていますけども。私たちはさすがに苗床エンドはちょっと……」
「ええ、まあそういうことです。『都合が悪い』ことから発生する『悪い』という感覚は立場や価値観によって共有されたりされなかったりの差が大きい。ミュジカさんは今のシナリオを『最悪の場合』と認識したかもしれませんが、もし本当にそうなってしまった世界があったとして……『恒久平和』が叶った世界でその後の数千年間に産まれて生きていく何百億何千億の人々にとっては、その時のグラム将軍の選択は『未来のための最善』を選んだと語り継ぐべき歴史になるでしょう」
「…………」
さすがに、この人のこういう部分は未だに共感できないというか、ちょっとどうかと思ってしまうことはある。
社長サマは戦争になってしまえば全力で勝ちに行くことに躊躇いはないけれど、そこに善悪という考え方で動いてる部分がないというか……それで誰も喜ばない世界滅亡みたいな結末を迎えるという可能性がないのなら、戦争の勝ち負け自体はどっちでもいいと断言するのだから。
いや、この例え話に関してはレイさんとの特殊プレイ的な惚気シチュエーションに私たちも巻き込まれてるだけなのかもしれないけれども。
この人は『そういうところ』もあるから……たぶん、この話をしたら当のレイさんの方がちょっと引くのは想像できる。
「まあ、話が逸れてしまいましたが……三つ目の『邪推の元になる』というのは、社会性を前提にしたある種ゲーム理論的な浅慮とは逆の深慮の結果。世間一般から『悪い』とされているものを肯定することで『悪いものを望む人格を持っている』と見なされることへの危機感から、その反対の行動として過剰気味な拒絶行動を取ることから生まれる『悪い』という認識です」
「それは……まさしく『聖典』の効果と同じ、ですよね?」
「ええ、なのであまり詳しく説明する必要はないかもしれませんが。私たちの活動がぶつかる壁としてはある意味一番大きなものなので、一応は軽く話しておくべきでしょうか。これは要するに『あいつは根本的に悪いことがしたいだけなんじゃないか』と思われること自体が『悪い』というお話です。実際の行動原理と一切関係なく」
「一切関係なく……ですか。それは、大胆な言い切り方というか……」
「テーレさんのように『衝動的に悪いことがしたくなる』という人もいますが、それとこれとは全くの別問題なので。なんならそのテーレさんだって、そんな衝動を持っていることと、それを安全に発散しながら医術者として立派に人助けができることは何ら矛盾しませんし。この『悪い』は客観的な予測性……その『予測という虚像』と『実物』に差異が出ることを軽視しているか、そもそも忘れているかが主な原因なので。後は、自分はそれをわかっていても『世間様は馬鹿だからこう決めつけるだろう』とそこで考えが止まっている人も多いのかもしれませんが……まあ、その人たちもふとした時にちょっと考えれば気付くでしょうし時間の問題として置いておいていいでしょう」
「ちょっと難しい話で理解が……」
「簡単な話です。『絶世の美人テロリストAさん』がいて、彼女に惚れ込んでテロ行為を手伝ったBさんがいたとして、そのBさんが『空前絶後の醜女テロリストCさん』を手伝うとは限らないでしょう? Bさんが惚れ込んだのはAさんの顔なんですから」
いくらなんでも身も蓋もない例え話だった。
確かに、簡単な話と言った意味はすぐに理解できてしまったけれど。
社長サマは簡単な人間関係の相関図を作り、BからAへの矢印の上に『共犯者・顔が好き』と書き、BからCはの矢印の上には『赤の他人・好みのタイプじゃない』と書き込む。
「この相関図を見れば、Bさんが美人に弱いだけで悪事そのものを好んでいるわけではないのは一目瞭然でしょう? しかし、それは『地の文』が読める人の視点でのお話。そんなBさんの心情を知らない世間様ことDさんは、『Bさんはテロ行為をするのが好きなのかもしれない、だとすればCさんのことも手伝うかもしれない』と考えます。そして、たとえばBさんがCさんをテロリストだと知らないまま、偶然にも彼女が目の前で産気づいたところで持ち前の善意から必死になって彼女を救ったりするとDさんは高確率で『やっぱりBさんはテロが大好きな悪いやつなんだ』と結論付けます。でも、これっておかしいというか、非合理的でしょう?」
「非合理的、とは……」
「推測の精度の話ですよ。まあ、『危うきには近付くべからず』……『危ういかもしれないものにも近付くべからず』というリスク管理の視点からすればまたそれも合理的であるのかもしれませんが、『判断を保留しつつ念のため距離を置く』というのと『推測を事実と断定した動きをする』というのを混同していれば得られたはずの益を逃し無用な損を被ることになる。確率的に見れば炊き出しに毒が入っていることなんて百に一つもないのに『炊き出しで毒を盛られた』みたいな噂話を一度聞いたことがあるからと施しを拒んで餓死する人もいる、みたいなことですかね?」
さすがに餓死するまで施しを拒む人はそういないと思います。
まあ、確かにゴミ山暮らしのときは近い死に方をした人もいましたけども。
なんでも、『知らないピエロに食べ物をもらったりすると、どこかの研究施設に連れて行かれて実験台にされる』とかなんとかの噂で『ピエロ』というのが何かわからなくて誰からの施しも受け取らずに生きると決めた結果、みんなが避けてた危ない場所で無理なゴミ拾いをしていて崩れたゴミ山に潰されて死んだお隣さんとか。
後から聞いた話でその『人攫いのピエロ』は実在する転生者だったけれど、私の故郷のゴミ山には一度も来たことはなかったというのを知りましたけど。
「話は戻しまして……たとえ悪い美人好きの性癖があれど、前科持ちのBさんが醜女妊婦テロリストなCさんのお産を助けたとして、たとえCさんがそのまま死んでしまって何の因果かその子を引き取ったとして、それが必ずしも『Cさんの子を立派なテロリストに育て上げよう』だなんて動機とは限らない。たとえ見ず知らずの人の子であっても新たな命の生誕を祝福することは普通に息をしたり生き物を殺して食べたりするのと同じように人間として一般的な行為であるはずなのに、何故かそこに余計な意味を付け足して、『自分が知っている情報は必ず判断材料にしなければいけない』と思い込んで確率の低い方であってもそちらの可能性が高いかのように思い込んでしまう……平たく言えば『邪推』してしまう。そういうような話です」
「とりあえず、その例えだと身籠った状態でテロ行為に勤しんでいたCさんがヤバい人過ぎるのと、Bさんの人生がちょっとドラマチック過ぎると感じますわね……」
「でも、起こり得ない話じゃないでしょう? 別にテロリストじゃなくたって、『加害者遺族』の引き取り手を誰もが拒んだ結果として脛に傷持つ里親にお鉢が回ってきて、反省している里親は『この子はカタギとして立派に育てよう』と誓って、そうなるようにと努力していても周りは『実親も里親もロクな人間じゃないんだから本人も危ない人間に違いない』と距離を置いてしまうとか、いじめてしまうとか、それでいじめっ子も報復されて死んじゃうとか。適度に挨拶くらいは交わす仲くらいになっておけばそんなことにならなかったのに……みたいなドラマとか、知見の授業で見ませんでしたか?」
「確かに『それでも親の罪はこの子に関係ない』みたいなドラマチックな結論の物語も『いじめられた子が大人になって恐怖の復讐者に』みたいなドキュメンタリー番組も見ましたけども。それが続編だったかのように連結されると救いがなさすぎて考えたくなくなるのでやめてください……」
とはいえ、言いたいことはわからないでもない。
『とても悪いこと』をしたこともあれば『とても善いこと』もしたことがあるという『Bさん』は、すごく平たい言い方をしてしまえば『普通の人』でしかない。
美しい悪女に騙されて道を踏み外してしまうこともあれば、顔も醜く素性も知らぬ妊婦でも目の前で困っていれば迷わず助けてしまう……きっかけ次第で悪いこと善いことも当たり前にする、どこにでも当たり前にいる普通の人。
けれど、そんな人でも『危険かもしれない』と思われるだけで完全な『悪人』と同じ扱いをされる。
多くの人はそう扱われるのが怖くて、『Cさん』のような『悪人』が困っていようと……たとえ目の前で産気付いていたとしても、その素性を知っていれば助けようとはしない。
むしろ、自分が『悪人』を助けようとは思わない『善い人』であることを周りに主張するために、石を投げたりCさんのお腹を蹴り飛ばしたりする人だっているかもしれない。手加減なんてしたらそれが同情の証になってしまうかもしれないと周囲の目を気にして膨らんだお腹を全力で思いっきり蹴り飛ばすこともあるかもしれない。
それが三つ目の『悪い』……『邪推の元になる』という考えから発生する認知の流れ。
一度『世界の敵』として認知されてしまった私たちが、今後も『世界に害をなすことそのものを目的に生きているんじゃないか』と思われ続ける可能性の壁。
そして、私が『プロデューサーになる』という夢を叶えようとすればきっと必ずぶつかる、『危険思想を拡散させようとしてそんな活動をしているんじゃないか』と思われる『悪い』の流れ。
ゲーム理論的な浅慮と、最適と、深慮。
三つの『悪い』のパターンを並べ終えた上で、社長サマはあっけらかんとして話を続けた。
「まあ、つまりは簡単に解決できる問題ということです。『迷惑をかけないように気を付ける』『周囲と利害を一致させる』、そして『私たちを肯定しても悪者扱いされない流れを作る』というだけですから。私たち自身に特別『なんだか悪いことしたいなー』みたいな意思があるわけじゃないんですし……まあ、テーレさんは例外として」
「…………はい? いえ、あの、簡単に解決できるって……私たちが『悪い』と思われていることに関する話、ですよね? 私たちが世界から『悪』だとみなされて、悪者にされてしまっているというのは、そんな簡単には、どうしようも……」
「でも、私たちってなんにも悪くないじゃないですか。まあ、さっきはレイさんを利用したグラム将軍大勝利ルートを『最善』なんて言った手前、それを阻んだのはちょっと悪いことになっちゃうかもしれませんが。それは私たちなんかに負けちゃった将軍さんが悪いでしょう?」
「…………」
……決して、あの外道将軍の味方をしようとは思わないけれども。
それこそ万が一にもそんなことで彼の思想や行動に共感していたと思われて『悪い人』扱いされたくないから口には出さないけども。
文字通り秘密兵器かつ最終兵器のノンさんを色々とアレで……控えめに言ってもかなりなりふり構わないやり方で寝返らせてあんな最期を迎えさせた張本人である社長サマから『負けたそっちが悪い』みたいなことを言われてる将軍は少しくらい怒っても許されると思った。
「まあ、要するに『悪い』というのは私たち自身に付与された性質とか属性ではないというお話です。先ほどミュジカさんが『刃物』を、それ自体は『痛いもの』ではないと言ったように。鋭かろうと尖っていようと、触れる側面さえ変えれば安全無害有益そのものですよ。なんなら文明だって作り始められちゃうくらいに」
「それは……でも、それなら『マッチの火』の方の話に則るなら……」
「ええ、よく勘違いされるのはそこです。さっきも言いましたが、『悪い』というのは簡単に言ってしまえば要警戒対象のタグ付けでしかない……『火は危ない』と、親が赤ん坊を火に近付けないようにするのと同じように、刃物に触らせないようにするように、『悪いものは危ない』と言ってそのタグをつけられたものを遠ざけたり石を投げたりするのが人間です。それは確かに正しい対処ではありますが……それも、『幼年期』に限った話です」
「幼年期……?」
「ええ、そうですよ? 成長した後も『火は危ないから近付いても起こしてもいけない』で止まっていたら料理も製鉄もできないでしょう?」
「でも……何歳になろうと、火が危ないものであることは、触れれば火傷するものであることは変わらない。それに、人がそんな火を恐れるのも……」
「ええ、そうですね。そして、面白いことに『火への恐怖』と多くの人の『悪への恐怖』の挙動というのはとても良く似ている。まるで『火』に触れた物に残る余熱を恐れるかのように、『悪』に触れたと思わしきものには触れることすら恐れを見せる……しかし、『熱い』と『悪い』は性質が違う」
『熱いものは誰にとっても熱いけれど、悪いものは誰にとっても同じように悪いとは限らない』。
社長サマはそう言って、火とナイフの絵を描いて、ナイフの側に『悪』を置いた。
「人間の構造的に、国や人種が違えど人は大方同じ温度で火傷し、同じように痛みを感じ、以降の同じ体験を回避するために『熱いもの』を気配レベルで忌避する……しかし、昔から宗教画に描かれる『悪魔』の絵は溶岩や火に平気で浸かっていることが多い。何故、それらを描いた人々は彼らが人間のように『熱いもの』を忌避しないと確信していたのか」
「それは……絵の中の『悪魔』が『悪いものが好きな存在』だから……?」
「ええ……私も、そういった表現を選ぶ人々が『熱いはずのものを熱く感じない』というのと『悪いはずのものを悪く感じない』というのを同じことだと思ってるからなのだろうと私は考えます。『熱い』と『悪い』が同様に物質に付与される類のエネルギーや属性であれば、まあ、私たちにもベッタリ染み付いているかもしれませんが。宇宙にそんなフラグ管理機能は本来存在せず、魔法が存在するこの世界ですらそんなファンタジックなエネルギーや属性は仮定や認知による流束こそあれ抽出可能な物質としては実在しない……そもそも、『要警戒』なんてタグ付けは予測性の問題ですから。未来が未定である以上、根本的にリスク管理の話以外には大した意味はないのです」
「『リスク管理』……私たちに好んで『悪いこと』をする気がない以上は、それを私たち自身が認識できている以上は、私たち自身が自分を『悪い人』だと思う必要はない……?」
「ええ。だからこそ、私たちに向けられた世間様からの『悪い』という形容なんて敵ではない。まあ、ぶっちゃけ『悪い人』呼ばわりされた人が心から改心しようがしまいが、他者視点の評価変数なんて認知する側の持ち情報だけなので全く関係ない話ですし、主観視点の語りがある小説の世界でもあるまいに。それを『熱い』と『悪い』の区別もつかないような人々が永遠の命題のように語り合い、その結果として難解な不可能問題のように錯覚してしまうこともあるかもしれませんが、そんな引っ掛け問題に乗らなければ『悪い』を解消する具体策はいくらでも取れる。というか既に取り始めています」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、そうですよ? まず『迷惑』にならないように、人々を不安にさせないため意味も合わせてこうして活動域を制限している。それに、中央政府や冒険者ギルド、それに多くの一般人の方々と『都合が悪い』関係にならないように利益構造や戦力を調節して、マサヨシくんや雨宮さんのような重大戦力兼繋ぎ役を派遣しつつ、妖怪退治のように世のため人のためになる仕事を請け負いお金をもらうという『win-winの関係』を構築している。そして、『邪推の元になる』イメージを払拭するため、私たちの理念や人間性を知ってもらう一手として、ピークドットを起点に私たちの活動を世間へ広め浸透させている。ミュジカさんのやりたい『プロデュース』も、つまりはそういうことでしょう?」
世界から『消えてほしい』と願われない存在になる。
世界から『悪いもの』として認識されているイメージを取り払う。
そのために、その『悪い』という言葉をこうやって分解して、その要素一つ一つに対策を取って、自分たちを正しく知ってもらうコミュニケーションの舞台を作る。
それが、『戦後英雄プロダクション』が今行っている『プロデュース』の形であり、私が学んでいること。
社長サマのアプローチをなぞるなら……私たちを見る人々の心の中にある『悪い』という観念の分解と各個撃破。
けれど、それは……
「……話を聞いていて思ってしまいますけれど、社長サマは頭が良すぎてそう考えられても他のたくさんの人々は……いわゆる『世間様』は、そう考えてはくれないんだろうなという気分になってしまいます」
「あら? そうですか?」
ちょっと本気で不思議がるような顔をする社長サマ。
そもそも、あのグラム将軍すらも『悪い人』として見ないでいられるこの人は世俗の価値観からの解離が大きすぎる。
世界中の人がこれくらい自分の感じる『悪い』という感覚を冷静に分解して言語化できる知性を持っていたら世界はもっと別の形をしていたんだろうなとすら思えてしまうのだから、この人が『こうすればこうなる』と言っても『それは全人類があなただったらという話では?』と思わずにはいられない。
けれど、そんな私たちのやりとりを見て……
「クスクス……社長サマ〜? 忘れがちですけれど〜、ミュジカさんはまだ十四歳ですよ〜? そういう哲学ベースの思考法は少し難しいと思いま〜す」
「あら? 十四歳ってむしろ、普通にこういうのを考え始める頃じゃないですか? 善と悪の対立とか光と闇の戦争とか、その手の話に興味が湧く時期というか、日夜問わず眠れないくらい真剣に考え始める頃合いというか」
「ある意味ではそうかもしれませんけど〜……一般的には〜、『ダークヒーローかっけー!』『みんながわかってない悪の魅力がわかってる俺ヤベー!』とか〜、『多数派と違うことができる俺スゲー!』とか〜、そのくらいが年相応ですよ〜。誰もが貴方みたいな実践哲学じみた思考パターンを持ってるわけではありませ〜ん」
シエスタ先生。
おっとりした口調の彼女に諭されて、社長サマは盲点を突かれたように頭をひねる。
「あらら? じゃあ……どうしましょう? 私、これ以上噛み砕いて教えられる気がしません。シエスタさん、ヘルプです」
「クスクス、そこで素直に頼ってくれるのが社長サマの良いところですね〜。まあ〜、ミュジカちゃんも早熟なので結構理解はしてくれてると思いますよ〜。ただ〜、そうですね〜、え〜と……ミュジカちゃんは、お歌とか〜楽器とか〜、得意ですよね〜?」
「は、はい。まあ……そうなるようにしたというか、それに特化するしか生き残れなかったというか……」
「なら〜、あなたはとっても大事な戦力で〜、とてもすごいプロデューサーになれる武器を持ってるすごい子ですよ〜」
「え? どうしてですか?」
「音楽というのは〜、人の心を動かす力を持っているものですからね〜。社長サマの言い方なら一番大変な『邪推の元になる』という『悪い』は〜、たくさん味方を作ることで解決することですから〜。そして、『記録』も〜『歴史』も〜、適切なメロディーをつければ〜、それだけで『芸術』になりますから〜。芸術は〜、見知らぬ人をたくさん味方にするのに一番のツールで〜す」
『記録』や『歴史』を芸術化する。
私たちが単に『悪いことをする悪い人』ではなく、どう生まれてどう育ってどういう経緯で『悪い』と認識される行為を行うことになったのかという説明に、弁明に、メロディーを付ける。
それはある意味、『吟遊詩人』のようなやり方。
ただ淡々と語られても誰も興味を示さない『他人事』を、聴き心地よく無意識に口ずさんでしまう芸術作品として、音楽作品として、強制入力する。
ともすれば、それは『洗脳』のようなアプローチでもあるのかもしれない。
けれど……
「たった『それだけ』で解決するなら、これまでの歴史の中で誰も同じことをやって来なかったなんてことありますか? どんな『悪い人』と言われてる人たちもそうすれば悪く思われなくなるならきっと誰だって……」
「クックッ、そんな『必勝法』みたいなものがあるならみんなそうしてるだろうと。ミュジカさん、いい着眼点です。あなたがそう思ってしまうこと自体がまさにその有効性の証明ですよ」
「社長サマ?」
「『プロパガンダ』や『偉業の神話化』、というのが一番代表的ですかね。実際にそうやって、『芸術化』という手法を用いて『悪い』を『正しい』と語り継がせてきた人はたくさん、本当にたくさんいます。『戦争』に関わる人たちは特にそうです。突き詰めれば単なる『連鎖的かつ集団的教唆殺人』の話でしかないものを、腕のいいコピーライターや音楽家、吟遊詩人を雇って『大義の執行』や『英雄的行動』として歴史に名を刻んできた……ただ、そうするアイデアや芸術化できる技術者を雇うお金がなかった人たちだけが、弁明もつまらないと聞いてもらえず『悪役』として名を残している。ああ、後は普通に死んじゃってたりして専門家を雇いたくても雇えなかったパターンもありますか。死人に口なしというやつです」
「芸術化できる技術者を雇えなかっただけ……?」
「ええ、まあ、はい。なので、『悪い』の定義なんて、適切にお金と労力を使えば本の誤字誤植と同じくらい当たり前に修正できる、それだけの話と思えばいい。うっかり歴史書の原稿を書き間違えたって物理的な史実は変わらないように、最終的にぶつかり合って勝つのは矛盾なく再現可能な現実の因果の方ですから」
「…………」
「まあ、そこまで心配せずとも……というか、ミュジカさんたちの世代にはちゃんと一番大変な時期を通り過ぎてからパスしますから、ミュジカさんは自分の夢のことだけ考えてください。意図して私たちを悪しざまに解釈して、聖典にあることないこと書いていた『恐怖の大王』はエルノア様に物理的に『滅っ』してもらったわけですし。後は私たちの等身大の実体とアピールポイントを上手く伝えて、私たちの行動原理を良い感じに解釈できるくらいまで深く理解してもらって、世間様の認識を修正するだけで私たちが世界の敵だったことなんて『勘違いだった』と気付いてもらえますよ」
「あの……待ってください。つまり、私たちが『悪い人』というのは勘違いでしかないというのなら……そう言えてしまうのなら、歴史の中で『世界の敵』だった人たちは、いえ、平和のために討たれたはずの『悪い人』というのはみんな悪いことをしようとしていたわけじゃなくて、なのに上手くそれを伝えられなくて理解されなかっただけなんて……その『邪推』を解けなかっただけで死んだ後までずっと……というか、そういう戦争で本当にたくさんの人が死んだりしているはずなのに、それも全部『勘違い』がきっかけということに……? え?」
「社長サマ〜。だから〜、彼女くらいの年頃に『悪役がいない世界観』を考えさせるのは早すぎますってば〜。特にミュジカちゃんは軍人教育を受けてきた系の子なんですから〜。そんな子にこういう話をするのは〜、『サンタクロースの正体はキミのお父さんかお母さんだよ〜』って理詰めで説明するのと同じで〜、夢が壊れちゃう系のアレですからね〜? そういうのは本人が気付くのを待って見守ってあげないと〜」
「あらら、またやってしまいましたか。まあ、要するに『戦後英雄プロダクション』が『芸能プロダクション』であるというのはそういうことです。あなたは『素晴らしき子供たち計画』という少し特殊な経緯で音楽に触れ始めたのでそれを戦場の武器のように感じてしまっているかもしれませんが、むしろ私としてはあなたの音楽スキルは……それも『人から好かれる』という方向性に伸ばされた作風はとても心強い、戦英プロの秘密兵器です」
「私が、戦英プロの心強い秘密兵器……」
「はい、その武器でたくさんの人を脳の中の『悪い』をゴシゴシ洗い落として、私たちへのアンチが逆に『悪い』になるくらいの空気を作っちゃいましょう。どうせ、彼らにしてみれば入れ込んでいた流行が一つ過ぎ去るくらいのよくあること。後から思い出すとちょっと恥ずかしい黒歴史になるだけ……生きていけばいつか悟るべきものが早めに来るだけのお話ですから」
「私のスキルで『脳』をゴシゴシと『洗う』と…………あの、社長サマ、私のスキルを便利な洗脳装置と思ってません?」
「クックッ……『芸能プロデューサー』とはそういう大衆洗脳を計画する系のお仕事では?」
「違いますよ!? というかもうそれは完全に悪役としか思えないセリフですからね!?」
……とまあ、そんな感じで。
時には私の世界観そのものが揺らぐような考え方なんかもお勉強させていただき、頭を疲れさせながらも充足した時間を過ごしまして。
時間は流れ、日も沈んで会議もお開きの時間。
セシリアさんは次の予定があるとの事でお帰りなのですが、社長サマはレイさんから急ぎの用件の連絡が来てしまったので今日は私が一人でお見送りすることになりました。
「今日もありがとうございました、セシリアさん。とてもいい勉強になりました」
「ふふっ、こちらこそ。狂信者さんの善悪論講座はなかなかに得るもののあるものでしたし……ええ、その上であなたへの期待もより大きく膨らみましたわ」
「私への期待……ですか?」
「ええ。あなたの『芸能プロデューサー』という夢は……これまでの常識と違うことをやろうとしていますから。何がどう違うのかを、狂信者さんの話のおかげで言語化できるくらいに整理できました」
「というと……」
「一年前まで、この世界の『歴史の解釈』は『聖典』によって管理されていた。『聖典』に『悪い』と書かれたものを誰もが『悪いもの』だと認識を共有していた……『熱いもの』は温度を測れば『熱い』と証明できるのと同じように。その世界観では、『芸術により大衆の善悪観を揺るがす』というのは根本的に不可能に近かった」
「あっ……」
「だからこそ、聖典がなくなった直後の今、あなたが夢見ているものは……新たな偶像を、小さな神話を自由自在に作り出そうという仕事はこの世界の常識を変える『新市場』の芽吹きになり得ると思っています。そこに本気の情熱を注ぐあなたは未来の文化英雄の卵……先行投資として、今もらっている報酬にちょっと色を付けて『推す』だけの価値はありますわ」
「期待してもらえてるのはわかりますけれど……そこまでストレートに言われると、逆に上手くやれるかどうかという不安が……」
「ふふっ。だからこそ、その夢の実現を全力で手伝うことまで含めた『先行投資』ですわ。仕事の取り方や諸経費を安く済ませる技なら私が教えられますし、あの『世論編集長』というこの世界における報道機関のトップが先生をしているのですもの。あなたは自分で思っている以上にその夢を叶えるのに適した環境にいますわ。それに……狂信者さんも、『戦英プロ』という組織も、あなたの夢を、その情熱を後押ししてくれる。これは何より大きなことです」
「それは……はい、本当に恵まれてると思っています」
「であるなら、今は思いのままに頑張ってみてください。アイドルとしての経験も、子供としての立場を享受する時間も、夢のための勉強も、あなたの秘密の計画も……もちろん、その中で疲れて休んだり遊んだりすることも、全て無駄にはならない。『青春』というのは、そういうものです」
そう言って、セシリアさんはピークドットの明るい夜へと踵を返して消えていく。
「では、私は次の予定がありますのでこの辺りで。また次回の会議でお会いしましょう」
その日の夜深く。
『戦英プロ』、学生寮の自室。
今日の『お仕事』で学んだことを復習も兼ねてノートに纏めて、休み明けに学校で提出するプリントも書き終えて、ようやく必須のタスクが一通り終わった一日の最後の時間。
アイドルとしてはできるだけ早寝早起きするのが一番とはわかっているけれど、どうしてもその前にやっておきたいことがあって、本棚の奥から『秘密のノート』を取り出す。
それは、私が密かに進めているとある計画についてのノート。
「ダミーさんの技術力は想定以上なので、プロジェクトの方向性を上方修正。それとちょっと以前の方向性とは違うけれど、夕子さんは社交性を取り戻してきたようですし、これならクール系よりもポンコツ可愛いキャラ性を押し出していった方が売れそうですわね。蓬さんとのコンビ路線で行くべきか、ステージでの『石切兎』としての活躍からソロで行くべきかは悩ましいですけれど……」
愛しきクラスメイトそれぞれについての魅力の分析と、それに適した宣伝路線の覚え書き。
その名も……『Cクラス総プロデュース計画』。
私たちはあの戦いで有名になりすぎた。
もう隠れ潜んで平穏に生きられるような立場じゃないけれど、脛に傷持つ私たちが人並みかそれ以上に生きていくには、私たちに擦り付けられた『悪い』という印象を塗り替えて、あの戦いでの勝利を『英雄譚』にしてしまうしかない。
そのためのプロデュース計画……私の人生を変えてくれた居場所であり、一緒に視線を潜った仲間でもある皆さんへの恩返し。
まだクラスの皆さんには内緒だけれど、計画は密かに進行中なのです。
「さあ、私たちみんなで『戦後の英雄』になって、私たちを悪者扱いしていた世界をひっくり返してやりましょう」




