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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく
第一章:『新人期間(チュートリアル)編』

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番外編:『それは、とある少女の正夢にて』

side シックス・ブレイブ


 『狂信者(ルールマン)専用室』。

 本社区画にある『社長室』とはまた別の、本社区画から少し離れた社長宅にあたる屋敷の中に作られた『私室』に近い仕事部屋。


 来客への対応にも使えるように見栄えよく整えられた本社区画の『社長室』の方とは違って、こっちは実用性重視。

 仮眠室や栄養補給用の流動食セット、それに気分転換用の本棚やコレクションしている写真のアルバムなんかも詰め込まれていてわりとごちゃついた秘密基地みたいな空間。


 これで仕事に集中できるのかとちょっと疑問にも思うけど、当人によれば机に向かった時に視界にさえ入らなければ邪魔にならないから仕事以外の作業との往復距離が最小限で済むこれがベストらしい。


 そして、今の時間は夜遅く。

 執務机に向かって持ち帰ってきた書類の相手をしている部屋の主の背後から気配を殺して忍び寄り、その大きめの背中に飛びかかる。


「ガオー! オバケだぞー!」


「おっと……クックッ、これはまた可愛らしいオバケさんですねぇ。私なんぞに取り憑いて何をなさるというのやら」


「二人で合体魔王になってーいつまでも愚かな戦争をやめない人類を根絶してやるー……とか?」


「それは可愛らしいオバケさんにしてはちょっと大志を抱き過ぎでは?」


 『本当にそういう世界もあった』。

 もし今、耳元でそう囁いたらこの人はどんな反応をするのだろう。


 『私』が……『シックス・ブレイブ』が、『別の世界』を覗き見ることなんてなく、十五歳のあの時にセブンスに一度も切り返さずに潔く刃を受け入れて命を落とした世界……ある意味、十中八九そうなって然るべきだったはずの順当な結果を迎えた世界。

 そして、そうやってわかっていた結果だと受け入れて潔く死んだつもりでいたくせに、死んでも死にきれずに、あっちの『この人』に取り憑いて化けて出た世界。


 その世界があったからこそ、今の私がいて、この世界がある。


 怨霊化してその世界の兄さんに取り憑いた私がいたからこそ、その私が持っていた『アンゴルモアの魔王と対応した勇者因子』と兄さんの中の『消えていくはずの願いが形を持つ位相との接点』……兄さんが『妖精界の鍵』と呼ぶ『座標』が結びついた。


 そして、あの世界で滅ぼされかけた宿敵を、別の世界線に逃げ込んで力を取り戻そうとする『アンゴルモアの魔王』を追跡する性質を持った『結晶』が生まれ、私の勇者因子と結びついたそれは『あの世界』を脱出した死に体のアンゴルモアを追って、一緒に時系列を逆流する形で『この世界』の私の勇者因子と結びついた。

 半ば無理やり時空の境界を越えてこの世界にやってきたアンゴルモアが残した影響もあって、私は鏡面の向こう側に存在する『この世界に近いけど少しだけ違う別の世界』を認識できるようになった。


 昔は、既視感(デジャヴ)を感じることが他人よりも多いらしいくらいの感覚でハッキリとした自覚はなかったけど。

 その既視感が、一瞬の迷いからの行動の違いが、『思念の結晶』が……『未来の記憶』がなければ三年前にセブンスに斬られて死ぬはずだった私をギリギリで生き延びさせた。


 そうして、そこからが……私とアンゴルモアの魔王の戦いの始まり。

 未来から転がり込んできた『未来への恐怖を司る魔王』と、その魔王を討ち倒すために生まれた勇者の、元の世界では叶わなかった直接対決。

 最初は私自身、本当に戦っている宿敵(恐怖の大王)が何者なのかすらも知らないまま始まった闇の中を迷い足掻きながら前に進んだ二年間の始まり。


 『私が三年前にセブンスに斬られて死んだ世界』がどんなルートだったのか、何がどうしてどうなったのかを時系列と因果関係で整理してハッキリとした形で知ることができたのは……そうやって、ちゃんと向き合って受け止めることができるようになったのは、結構最近のこと。


 というのも……致命傷は避けたけどセブンスに斬られて療養しながら潜伏してた間に『悲惨な結末を迎えた世界線の私』を覗き見てしまったりして、なかなか直視する覚悟ができなかったから。


 あれで、将軍の本当の強さと私たちへの執着を知ったからこそ、私は十分な戦力が準備できるギリギリまで暗躍を徹底できたし、そうして集めたレジスタンスの皆がいたから『恐怖の大王』にも勝てたけど。

 鏡面を通して別の世界を少しずつ『覗き込む』ことで得られた情報で仲間集めや戦況を有利に運ぶことはできたけど。


 それでも、やっぱりあの時のショックは二度と味わいたくはなかった。


 なにしろ、あの時は肉体的にも弱ってた所に精神的なショックが大きいものを見てしまったせいでただでさえ重体だったのが悪化して本当に死ぬかと思ったから。

 ……というか、あの頃はまだ『他の世界』を覗き込むことの危なさとかがわかってなかったのと満足に身体が動かせなかった寝たきり状態だったのもあって、胡蝶の夢気分というか『あっちの私』の方が本当の自分なんじゃないかくらいの気分で自己投影して、没入しきってしまっていたから。


 『あっちの私』の死の瞬間には自分の首が飛んだと錯覚して、冗談抜きで発狂寸前のパニックになった。

 あの時は身体がまだ満足に動かなかったのと取り押さえてもらえたことでなんとか落ち着いて正気を取り戻せて、『自分が生きている世界』を正しく認識できた。

 あれが単なる妄想や夢オチだったならどれだけ良かったかと思ったけど、紛れもない違う世界の私が体験した現実なのだとわかってしまっていたからこそトラウマになるくらいにはキツかったけど、『私の世界のセブンス』を将軍から救わなきゃいけないと思うことでどうにか持ち直せた。


 そんなことがあったからかなり抵抗はあったけど、大きな戦いが終わってようやく覚悟を決めて、私の運命を変えた『思念の結晶』の出元を……『私がセブンスに斬られて死んだ世界』で起きたことの全容を把握した。

 実を言えば、しばらく戦英プロから距離を取っていたのも、本当は仕事の傍ら、みんなに知られないようにあの世界について詳しく調べて情報を整理するためでもあったりする。


 その上で、彼女の無念の深さとその結果を知った今だって、自分があそこで死んだらあんな怨霊になって世界を滅ぼそうとしてたなんて、やっぱり理解はできても共感はできない。

 私が受け取ったのは、『彼女』の後悔と、最後の最後で抱いた未来の幸福への願いだけ……兄さんの中にあった座標()を通じて『妖精界』にこぼれ落ちた『叶わなかった願いの結晶』だ。


 だから、その『叶わなかった願い』のおかげで……あの瞬間に無意識に生に執着して無抵抗で殺されることを拒んだ私は、そのおかげでセブンスに斬られても辛うじて生き延びられた……彼女と同じ道は進まなかったし、これからも、きっと死んだって同じようなものにはならない。

 『彼女』と『私』は違う人生を歩んだ違う人間だし、生きている世界も違う。

 鏡面の向こう側に見た『ほんの少しの差異』の先の世界……この世界から見れば、別の歴史(ルート)を確定させた別の世界だ。


 まあ、その『別の世界』のことに関しては、今の兄さんの家庭環境を……特に『娘』として受け入れたノンちゃんとの関係を気まずいものにしたくないし、他のみんなもわりと私に負けず劣らず悲惨な末路を迎えてるパターンが多かったのもあってこの世界のみんなには話していないけれど。

 ある意味では、今のこの世界に、今の私たちに最も大きな影響を与えている世界が確かにあったのは事実だ。


 いや……『あった』なんて、過去形みたいな言い方はできないか。


 『シックス・ブレイブ』が生きていようが生きていまいが、その人生という物語がたとえどんなバッドエンドに終わろうが、大きな『世界』の物語は無遠慮なくらいに容赦なく先を紡いでいく。


 その世界も、『シックス・ブレイブ』にとってはバッドエンドだったとしても、それを結論として完結したり終わったりはしなかった。

 防げたはずのたくさんの悲劇も惨状も起こるべくして起こったものとして、呑み込まざるを得ないものとして歴史に刻んで、それを前提とした先の未来へ進んでいる。

 きっと、今この瞬間も……あの世界で生き残ったセブンスたちは、どんなに大変でも少しでも良い未来を作るために頑張っているはずだ。


 私は……いや、もう他の世界を振り返る『私』をやめた『ボク』は、そう信じたい。

 信じたいからこそ、その世界のことはその世界の人たちの歴史だと割りきって、他のルートのことを考えるのはやめて、自分自身の未来へ進むことを決めた。


 ……確かに実在する一つの世界を、私にとっての『過去のこと』にしてしまうことに罪悪感はなくはないけれど。

 こっちではなんとかなった『大変なこと』がなんとかならなかった世界の『私』には本当に悪いと思うけれど。

 自分がこの『戦後英雄プロダクション』という奇跡が実現した世界に生きられることには、恵まれすぎてて、申し訳なくて、あの世界のみんなに謝りたいと感じてしまうけれど。

 それくらい、心から感謝してる。


「ありがとね、兄さん」


「……はてさて、なんのことやら」


「いろんなこと、全部かな。特に、兄さんがなんとかしてくれたこと」


 ……もちろん、血の繋がった兄妹じゃない。

 なんなら、今のこの人は肉体的には女性だし、精神的な性別的にもどっちなのかと言われれば、正直かなり怪しい。


 というか、多分この人の価値観だと『男性』とか『女性』っていうのは『筋肉が付きやすい』とか『自分のお腹で子供が産める』みたいなカードの組み合わせが予めセット売りされてる『機能のスターターデッキ』みたいなものなんじゃないかとも思う。

 それこそカードゲームみたいに言っちゃえば、『全然違うスタイルのデッキでもある程度上手く回せるから同じくらい強いプレイヤーとして遊べるタイプの人』、みたいな。


 そんな人が、空山さんやシィさんとのコネクションでそのスターターデッキを解体して自分専用のオリジナルデッキを作るみたいに今の身体を作っちゃったのは、本当にできるならしない理由がないくらいの合理的な判断という話でしかないのだろう。


 しかも、それで普通の人間じゃなくなってしまったとか性別がおかしくなったとかはあんまり思っていないというか……むしろ、自分だけ『ズル』をしてしまっていることを申し訳なく思ってるみたいな所すらあって、レイさんが同じズルをする共犯者になってくれた時にはちょっとおかしなテンションになってたくらいには『性別』という括りよりも『合理性』や『機能性』の方がよほど重要な評価ポイントなのだろう。


 そんな世界観を持ったこの人にとってはきっと、性別がどちらかとかに固執する他の人類のほとんどの方が理屈としてはわかってもよくわからない生き方をしているような感じに見えるんだろうし、そんなこの人のことはもう性別とかじゃなくて……変な言い方になっちゃうけど一種一個体の生き物みたいに『こういう人』って認識するのが一番正しいのだろうと思う。


 ……実際、レイさんと付き合う時のこの人は必ずこっちの姿になるけど、いろいろあってレイさんと深い関係にならずに蓬ちゃんとくっついたルートとかだったら、最終的には男の身体と女の身体の両方で付き合ってたりするくらいだし。それも、同じルートの中で同時に。

 この人にとっては、自分の性別なんてそのくらい相手の好みとか合理性とかで融通を利かせられるくらいの要素なんだと思う。


 けれど……だとしても、ボクは二人きりの時、この人を必ず『兄さん』と呼んでいる。


 元はフィース姉さんが計画していた政略結婚のための布石の一つだった。

 フィース姉さんにとって妹みたいなポジションだったボクに未来の義兄ポジションになる『狂信者さん』を『兄さん』と呼ばせて、籠絡のための外堀を埋める作戦。


 ボクとしては結構恥ずかしかったけど、フィース姉さんの『美の女神の化身』に相応しい魅力と完璧超人じみたハイスペックぶりは知っていたし、姉さんが籠絡すると決めたなら間違いなくそうなるんだろうなと思って遅いか早いかの違いだと割り切って『兄さん』呼びを始めたわけだけど……


 そこで、まさかのレイさん登場。

 前世で幼馴染かつ、実は両片想いで離れ離れになった初恋同士な上に、文字通りの運命の赤い糸の導きで突発出現とかいうフィース姉さんでもちょっと勝てない『運命の相手』が来ちゃって、あれよあれよと関係が進展していろいろあって見事にエンゲージ。


 おかげで、フィース姉さんの政略結婚は発表前に企画倒れして、ボクはこの人から見たら妹でも義妹でもないのに何故か『兄さん』呼びをしてくる変な子になっちゃいましたと。


 いや……なんていうか、呼び方を直すタイミングを逃したんだよね。


 ボクはこの人がいきなり美少女化した時、ちょっと悩んだ結果、今は作戦のために性別を変えてても作戦が終わったら元に戻すんだろうと思っていたのもあって『姉さん』じゃなくて『兄さん』と呼び続けることにしたんだけど……それで姉さんの計画が企画倒れしちゃったタイミングで呼び方を変えると理由を聞かれた時に姉さんが政略結婚を狙ってたこととか言わなきゃいけなくなるかもとか考えちゃって、そのまま呼び続けちゃって。


 さすがに人前では恥ずかしいからボクは今では兄さんを『社長』って呼んでるし、それに合わせてか兄さんはレジスタンスの時の役職名で『リーダー』って呼んでくれて、傍目にはお互いに見上げ合ってるみたいに見えてるけど。


 けど……うん、ボクにとってこの人は今でも『兄さん』だ。

 『姉さん』じゃなくて、『兄さん』の方がしっくりくる。


 だって、私にとってはそういう関係性の相手だから。


 この感じを他人に説明しようとするとちょっと難しいけれど……たとえば、一緒に出かけているときに、別の種類のアイスか何かを食べていて、半分くらい食べ終わった辺りで相手のアイスの方が美味しそうに見え始めたとして。


 フィース姉さんが相手の時は『交換して』とか『食べさせ合いっこしよ?』とかは言えても、『そっちも一口ちょうだい』とは言えない。


 逆に兄さんが相手なら、『一口ちょうだい』は言えても、『食べさせ合いっこ』は提案できない。

 それで兄さんが『そちらのアイスも一口もらえるならいいですよ』と言われたら『しょうがないなー』と言いつつも普通に渡せるけど、自分からそういうフェアなトレードは言わない、というか言いたくない。


 これは根本的にはきっと、共感性とかそういうのが理由なのだろうと思う。

 互いに女同士だと身内であっても駆け引きや取引が発生してしまう……相手の視点での自分を見てしまって、仮に相手が絶対にそんなことを思わないくらい親しい相手であっても、相手の瞳の中に映る自分を想像して『自分勝手なやつ』と思ってしまうから、そうならないために取引を持ちかけないと安心できない。


 それなら兄さんが相手でも同じじゃないかとも思うけれど、兄さんはなんというか……言い方は悪いけれど何を考えてるかわからなさすぎて、違いすぎる価値観にイマイチ共感できなくて、逆に我儘を素直に聞いてくれる行動と態度をそのまま信じられてしまう……相手がこっちを『よくわからない子』という認識をそのままに、共感できなくても受け入れてくれているから気兼ねなく甘えられる。


 こういう感覚が精神的な男女差と呼ぶべきものなのか個人差と呼ぶべきものなのか、それとも兄さん以外にそんな人間はまずいないって思った方がいいのかわからないけれど。

 とにかく、『兄さん』というのはなんとなく『違う生き物』だと感じるからこそ、自分がやられたらちょっと引くくらいの本気でも甘えられるし……時にはそれを拒まれちゃって、いきなり裏切られたって気持ちになってケンカになったりもするけど、よく考えればその拒絶もこっちのことを考えてくれた結果だったりもする。


 兄さんと私の間での『共感できない』というのは、そういうこと。

 人間というのは互いに共感できるからこそ繋がれる、仲良くなれるというのだって間違いじゃないけれど、何についても共感してしまうというのは良くない時もある。

 女同士、仲良しメンバーで共感し合っているのが一番楽しくて安心できると思えることもあるけれど、その安心が本当に身を委ねて良い安心感かは別問題だったって時もある。


 それこそ、『聖典』のせいもあってボクがおかしくなって、それが伝染して湧き上がった『世界征服計画』の賛同者も、レジスタンスの女子メンバーが中心だったわけだし。


 異世界の日本には『赤信号、みんなで渡れば怖くない』なんて言葉があるらしいけれど……あの時のボクたちはまさにそんな感じだったのだろうと思う。


 『シックス・ブレイブ』としての勇者因子の性質もあって、みんなで共感し合って……どうしても赤信号を渡らなきゃいけないと思い込んだボクが、その怖さを紛らわそうとみんなを巻き込んで、みんながボクを安心させようと手を繋いで一緒に足を踏み出そうとしていた。


 今思えば、こっちを遠巻きに見ていたアトリさんやテーレさん……そして、あのフィース姉さんですら、あの時のボクたちには匙を投げていたんだと思う。


 フィース姉さんとしては、というか後からわかった美の女神様の計画からすれば『主神の座』さえ手に入れば人間社会なんて誰に治めさせてもいいし、それならボクに『世界征服』くらいやらせてあげてもいいやくらいのつもりだったのかもしれないけれど。


 だけど……動き出せば止まれなくなりそうなその瀬戸際で、目の前に立ちはだかってくれたのが、兄さんだった。



『どうしてわかってくれないの!? このままじゃみんな、この戦いに勝っても「世界の敵」として悪者にされちゃうんだよ!? ならもう、本当に「世界の敵」になってでも、世界を倒してでも「正義」にならなきゃ……みんな、世界のために、私のために、一緒に戦ってくれてるのに、そんなのあんまりでしょ……?』



 今思えば、子供っぽい当たり方だったと思う。

 本当に、小さな妹がお兄ちゃんに甘えきっていたようなものだと思う。

 本気でこの人をどうしようもない『わからず屋』だと思って、あまりに意地悪だと憤って、自分の感じている不安や恐怖に同じだけ動じてくれないことに本気で向き合ってくれないのだと早合点して……『自分の味方』になってくれる女友達で囲んで物理的に叩こうとした。


 『世界征服』なんて逃げ道でしかなくて、本当はそんなにしたいわけでもないことなんてその時にはもうわかってたのに。

 想いを吐き出してみて、本当は恐くて不安で他に方法が思いつかないからそれにしがみついていたことくらい自覚していたのに。


 共感してくれなかった。

 赤信号を一緒に渡ろうとしてくれなかった。

 だから、憤慨して、敵認定して、傷付けてもいい相手だと、どうせ不安も恐怖も感じないなら少しくらい痛いことをしてでも押し退けていいだろう、だなんて最低なことまで考えて……



『ぐすっ……わたしが、なんとかしますから……なんとかする方法を、ちゃんと考えますから……一瞬だって、みなさんのこと、嫌いだなんて思いたくないんです……だから……だから……』



 不安も、恐怖も、感じないわけじゃなかった。

 こっちの気持ちをわかってくれてないわけでもなくて、世界征服でもしなきゃもうどうにもならないと思い込んでいる理屈もちゃんと理解してくれていて……それでも、自分だけでもちゃんと考えて動けるように我慢していただけだった。


 後にも先にも、兄さんがあんなふうに情けなくメソメソ泣くのなんて見たのはあの時だけ。


 その泣き顔のおかげでみんな正気に戻れた……と語るには、ちょっとその行間に挟まる『いろいろ』が濃すぎて美化が過ぎるというか、なんというか。

 その時のレイさんの活躍がもう若干特殊ながらブラコン気味な自覚のある妹ポジからしても『兄さんのお婿さん』として認めざるを得なかったり、メソメソからの一転攻戦してきた兄さんの仕返し……というか世界征服未遂犯への因果応報(しっぺがえし)、が元々こっちが悪いのはわかっていてもちょっとあれはないんじゃないかと思う酷さだったりするんだけど、それはそれとして。


 兄さんは、努めて嘘はつかない人だ。

『なんとかする』と言ったのをその場限りの言葉にせず、今も有言実行し続けてくれている。


 本当はみんなを先導して、世界の敵にしてしまった浅慮な勇者として面倒を見なければいけなかったはずのみんなへの責任までも、ボクにはまだ自分を見つめ直す時間が必要だと言って請け負ってくれている。


 それが……『戦後英雄プロダクション』。


『一度「世界の敵」として認知されてしまって、隠れて生きて行くことができないくらい有名になってしまうのなら、逆に英雄としてプロデュースしまおう』


 それは、どうやっても想像できなかった未来。

 きっと、どんな世界でも誰も進んだことのない未知のルートへの挑戦だった。


 けれど、兄さんはその道なき道を突き進んで、確かな形を得ようとしている。


 ……そんな人だからこそ、信頼できる。

 そんな人が作ってくれた場所だからこそ、『戦英プロ』のみんなだからこそ、信頼できる。

 『信用』できるんじゃなくて、『信頼』できる。



 夜明けには旅立つと決めた今も。

 自分じゃどう解決するのかのイメージもできない問題が未来に待ち受けているのを知っている今も。

 みんながなんとかしてくれると信じて、頼って、任せられる。



「……ごめんね、兄さん。ボクだけ逃げる形になっちゃって。でも……ボクはきっと、どっちの味方もできないから。目の前であの二人がケンカしちゃったら、どうしたらいいかわかんなくなっちゃう」


「…………ええ、今回はそれでいい、それがいいでしょう。仮に『正当性の二者択一』を迫られる状況になってしまったら……あなた自身が望まずとも、あなたという勇者の存在は天秤を大きく傾けて拮抗を許さない環境を作ってしまいかねない。そうなれば、当事者の彼女自身に選択の余地がなくなってしまう。まあ、彼女は『どちらも正しくない』という状況で選択できるからこそ苦悩することになるでしょうが……それも必要なことのようなので」


「……その口ぶりだと、もう『どうすれば解決できるのか』のイメージはできてるんだね。それも、結構酷いやり方っぽいけど」


「実現するか、実行するかはまだ未定ですが……できる限り、どちらの『夕子さん』のことも、なんとかなるように手を打ってみますから。まあ、気軽に一人旅を楽しんできてください。こちらからの受信手段はなしでも、そちらからの連絡はいつでも受けられるようにしておきますから。困った時にはいつでも連絡を……まあ、当面はないはずですが」


「うん、何かあったって連絡が来たら、それが小さな事件だったとしても、たぶんボクは心配しすぎて一人旅なんて続けられなくなっちゃうからね。ありがとう」


「あー……強いて言えば『戦英プロが全滅した』とかそういう噂を聞いた場合、確認での連絡を取ることになると思いますが、その時に連絡がつかなければ多分噂は本当なので私たちのことは諦めて自身の安全を確保しつつ、冒険者ギルド辺りを頼っていい感じに余生を楽しんでください。無理かもしれませんが、余裕があれば死に損ねているであろう春子さんの介錯くらいはしてもらえると助かります」


「いや、なにその不安になる予告。え? なんか近々全滅しそうな心当たりとかあるの? 旅立ちが一気に不安になったんだけど」


「まあ、心当たり自体はなくはないと言いますか。ちょっと、『占い』の結果が大変なことになっているらしい気配がすると言いますか……まあ、そんなところです。少なくとも、戦力として引き止める手を打っていない以上、『シックスさんがいつ帰還するか』という変数が不確定に変動するよりも遠方に置かれた不干渉の浮き駒として固定しておいた方が試行回数は少なく済むと判断している……いえ、もしかしたら、もう『試行』そのものは終わっているのかもしれませんが。保険であれ変数の削減であれ、いずれにせよ、あなたが戦英プロからしばらく離れていてくれた方が上手くことが運ぶというのは間違いないようなので、予定通りに旅に出てもらえればと」


 ……やっぱり、なに考えてるかわかんない人だなぁ。

 私がいない間に自分たちが全滅するかもしれないとか、そんなあっちゃいけないような可能性ですら想定しているとこんなアッサリと言われたら逆にそういうものかと受け入れるしかない。

 その確率がどのくらいかは知らないけど、出かけてる間に家に雷が落ちて火事になって全財産なくなる可能性はいつだってなくはないみたいな、心配してもしょうがない不幸みたいなものなんだろうな……みたいな。


 それを想定した上で悠長にも見える構え方で平常運転している兄さんは器が大きいと言っていいのか、生き方がちょっと雑すぎると呆れたがいいのか、底が知れないと思った方がいいのかわからない。

 けど、だからこそ、大事な仲間のみんなを任せて……『全滅』なんて可能性をチラつかされてもその責任を投げ出して、もうしばらくの間だけ、無責任な一人旅を楽しめる。


「わかった。それじゃあ……行ってきます、兄さん」


「ええ……行ってらっしゃい、シックスさん」


 



────────────────

    概 念 抽 出


『我ら戦後英雄プロダクション!』


─────────────────


「せっかくですから、このカメラで最初に撮る写真はケーキを囲んでの集合写真にしちゃいましょうか。みなさーん、集まってくださーい! 社長サマ命令でーす!」



 貸し切りのお店。

 見たこともないおっきなケーキに、17本のロウソク。

 誕生日と創業記念を合わせた豪華なパーティーの飾り付けとみんなの大好物がいっぱいのテーブル。


 信仰999(トリプルナイン)の神官さんに、悪戯好きの天使さん。

 白黒頭の魔法使いさんに、怒りん坊な炎の戦士ちゃん。

 神様付きの聖女様に、何でもできちゃう蟲使いの賢者さん。


 他にもたくさんの仲間たちに囲まれて、ちょっとぎごちなくはにかみながらレンズに向かってピースサインを作る、かつて『六番目』と呼ばれていた赤髪の勇者。




 ──これは、夢想の絵画。


 孤独に戦い孤独のままに散った少女の魂が世界に還る間際、不明の暗闇に垣間見た『隣の枝葉』の先の光景。


 思い通りになった事ばかりじゃないけれど、癒えない傷や失ったものも多いけれど。

 それでも、孤独に終わった少女が出会うことのできなかった未来の仲間たちと共に支え合い、困難を共に乗り越え、宿命の魔王を討ち倒して未来を掴んだ空想ならざる実像の夢景色(エンドスチル)


 少女の魂は、情けなくこぼし続けた涙を拭う。

 自身が最期まで胸の奥に抱き続けた未練()が変えた運命の先で笑う17歳の少女の『明日』を想い、妬ましくも誇らしい『自分ではない自分』への祝福と尊敬を胸に、俯いていた顔を上げる。


 闇の向こうを見据えた彼女は、淡く照らされた頬に晴れやかな微笑を浮かべ、自らの足で天の門へと歩き出した。



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ほへぇ〜 いや後書き!?オマージュ、オマージュですよ?!
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