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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく
第一章:『新人期間(チュートリアル)編』

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第41話 『【1/∞】の奇跡』を生きる物語

 長めになりましたが、この話でようやく『第一章:新人期間 (チュートリアル)編』も終わりということで、リアル時間の関係もあって次回からまた当面土曜日投稿の週一ペースに戻します。


 またストックが溜まってきたら週二話投稿に戻すつもりですが、しばらくはスローペースになりますのでご容赦ください。



side 夜神夕子


 『森の民の神器は生きている』。

 普段は物言わぬ静物として飾られていても、その実は種子や卵、それか貝か蛹のように固い表層からは見えない内部構造に生物的な細胞を内包するように作られている。


 だからこそ野生化すれば人に使われるだけの道具ではなく妖怪になるし、生き物としての活動性を手に入れようと他の生物に寄生したり融合したりもする。


 そして、生き物である以上『繁殖』や『増殖』をする可能性がないわけではないそうで……


「前も『傀儡蜘蛛』って人間を人形化させる蜘蛛の妖怪がいたんだけどさ、そいつ蜘蛛の魔獣と交尾して大繁殖してて何度も全滅させられたのよ。マジで何度も……それで森の民と話し合って、そういうタイプは貴重なサンプルではあるけどオリジナルと増殖分の一部さえ確保したら後は消去砲とか不死殺しで処分しちゃっていいってことになってさ。それで傀儡蜘蛛はノンの範囲攻撃でなんとかしたんだけど……あれ、ちゃんと根絶させられた自信があんまないのよね……ホント厄介で嫌だわ増殖タイプ」


「それで、今回もこの大量のテスト用紙はあっちにまとめて置いてノンさんに燃やしてもらうと」


「収納神器と融合してて便利使いもできなくはなさそうだけど、さすがにこんなにはいらないし。一応は森の民に確認は取るけど、どちらにしろ管理しきれないやつは盗まれて悪用されたりしたら面倒だから九割九分処分よ処分。まあ、その前にオリジナルと……一応『融合被害者』であるあのバカは掘り出しておいてやらないといけないわけだけど」


 そうやって話をしながら蓬さんとの守護者使いコンビで掘り返しているのは、『神器の紙』の山。

 本当に工事現場とかに作られている盛り土レベルの白い紙の山。


 正直に言って、この下に人が埋もれていると言われてもまず生きていないだろうとしか思えない質量ですけれども……森の民の神器の『非殺傷』の性質的に、収納から飛び出した物に圧し潰されたくらいなら死んではいないだろう、とのことで……


「ヒトミー! 本当にこの真下で合ってるんでしょうねー? 終わりが見えないんだけどー!」


「たぶんねー! さすがに収納神器の山とか透視できないけど、生命反応はその下だからー!」


 ヒトミさんの魔眼で当たりをつけて守護者での発掘作業。

 ニドラさんとリーナさんも力はあるけれど、人間体だと大きな物は持てずドラゴンや怪獣の形態だと細かい調節が効かずに黒雄さんに到達した時にそのままトドメを刺してしまう可能性が高いということで、その辺りの調節がしやすい私たちが紙の山と格闘していますわ。


 もう空もすっかり暗くなってしまっていて、蓬さんの炎に照らされながらの作業になってしまっていますが……あら?


「あっ! 巻物発見! ダミー、これオリジナルよねー! 封印よろしくー!」


「はーい!」


「これで後は靴底男(アンチガム)の方……って、夕子どうしたの? そんな青い顔して」


「あ、あの、み、みつけ、見つけた、かも、しれないのですけれど、こ、これ……つ、つぶれ……」


「ん? ……うわっ、なにこれ。グロ……くはないけど、ギャグ漫画みたいなことになってんじゃん」


 蓬さんの守護者の指先が地面からペリペリと音がしそうな動きで『剥がした』のは……まるで潰れたカエルのようなポーズで平面化されて面積を増した黒雄さん。


 血や内臓が飛び出たりはしていないけれど。

 骨や脳がどうなっているのかはわかりませんけれど、まるで使い古されたサンダルの靴底みたいにベラベラの身体は人間のものとは思い難い別の生き物のように見えますわ。


 困惑している私たちに……


「おーい、初期対応部ー! 黒雄くん見つけたー?」


「あっ! レイさーん! 見つけましたわー……たぶん」


「なんでそんな歯切れの悪い……あー、これは酷いね。おーい、生きてるー? 気絶してるねこりゃ」


 レイさんが紙の山を人間大の蚤のようにピョンピョンと跳ねてやって来て、蓬さんの守護者から引き取ったベラベラの黒雄さんを抱き上げて検分する。


「レイさん? これも、妖怪の非殺傷のせいですの?」


「いやぁ、それだけじゃこうはならないはずなんだけど……あー、なるほど。黒雄くん、能力で肉体変化のスキルを上げたな? 圧し潰されて苦しかったのはわかるけど……せっかくのスキルボーナスをこんな使い方しちゃって、もったいないというか逆効果というか」


「逆効果……ですの?」


「体質変化……『太れる才能』、みたいなもんだよ。イカロさんくらいまで熟練してればともかく、ここまで急激で極端な体型変化なんてそうそう逆変化できないからね。こんなことをしなきゃ掘り出されるまでしばらく苦しいだけで済んだのに、これじゃあ元の体型に戻るのに頑張っても数年はかかるよたぶん」


 そう言って、一応の拘束ということなのかベラベラの黒雄さんを蜘蛛糸で縛った上で分身の巨大昆虫に運ばせていくレイさん。

 それから、何かを私に言うかどうか少しだけ迷うような素振りをしてから……苦笑混じりに、同情するような目を連れて行かれる黒雄さんに向けて言った。


「さすがに本人の前で言うのはちょっと憚られたんだけどさ……黒雄くん、別に今は『指名手配犯』ってわけでもなかったんだ。だから普通に戦英プロに来てくれたらよかったのに。能力もめちゃくちゃ職業訓練とかに便利だし、社長も重用してくれると思うよ。あれだと早くても何年か後の話になっちゃうだろうけど」


「え? でも、彼は指名手配されていると」


「それは旧都砦にいたボクたちみんなそうだったでしょ? でも、それも戦時中の話だし、そもそも黒雄くんは死んだと思われてたからわざわざ擁護とか免罪の話がなかっただけで、実質的に指名手配は解除されてたようなもんだったよ。生きてたなら生きてたで戦争に巻き込まれた転生者の一人として処理するだけだし。夕子ちゃんと同じで、元は平和な日本に生きてた普通の男の子だったのが半強制的に戦地に送られちゃったって話なんだから」


「じゃあ、彼のしていたことは……」


「うん、ほとんどは『自分は大悪党に仕立て上げられてるはずだ』って思い込みからの暴走って話になるかな。まあ、本人にそう言ってもきっと受け入れられずに罠だとかなんとか言って暴れてただけな気もするけど……そりゃ、ボクたちも一緒に死線を潜った身内を贔屓してる自覚はあるけどさ。だからって他を差別するつもりはないし、黒雄くんの能力と立場なら流されてたのも逃げ隠れしちゃったのもわかるしね」


「それは……そう、ですわね。少なくとも私は……言われるがままに戦場に立っていた私には、流されるままに司令室に立たされていた彼を否定することはできませんわ」


「そういうこと。一応、ボクにとってはそこまで仲良くなくても一緒にトランプで遊んだりはしたくらいには『友達』だと思ってるから、普通に訪ねてきてくれたら戦英プロの大人組として便宜は図ったよ……まあ、あっちはそう思ってくれてなかったか、ボクが黒雄くんのこと友達だと思ってるって気付かなかったんだろうけど。『大学生』のボクから見たら彼の悩みは普通の思春期の高校生って感じで微笑ましくて、相談されたら普通にフォローしてあげたくなるものだったんだけどね、できる範囲で」


 ……それは、きっとレイさんの本心からの言葉。

 思春期の少年少女の悩みというのが本人からすれば一生の苦しみや絶望にしか思えないとしても、それを越えた『大人』から見れば過去に自分が乗り越えた時期の思い出で、微笑ましいほど懐かしく思えてしまう。

 同レベルの子供同士なら『そんな事情なんて知るか』と否定し合うしかないことでも、フォローしてあげたくなってしまうなんて自然に言えるくらいに冷静に観察できて、助けを求められれば応えられるくらいの余裕を持って見守れてしまう。


 私は、そんなレイさんに守護者の、私の感情の制御が効かなくなったことを相談したのがきっかけで、今こうしていられる。

 その時はシックスさんに導かれて……彼女が頼れる大人と話をしてみようと促してくれて、上手く行った。


 黒雄さんは、レイさんや周りの大人に相談できずに悩みをひたすら自分の内側で深刻化させて、最終的にどうにもならなくなってしまった。

 私にはいた『頼れる大人の所に連れて行ってくれる友達』が……シックスさんのような人が、彼にはいなかったから。


 そういう意味では、彼が口にしていた『不公平』というのは本当のことなのだろうと思う。

 けれど、それはチートとかやり直しとかそういう話ではなくて……幸運に、人の縁に恵まれたという話で。


 きっと、彼もほんの少しだけそういうきっかけを掴めていれば……



「春子さん! 今回のはいくらなんでもやり過ぎ! 夕子にもしものことがあったらどうすんの!?」


「ごめん! ほんとごめんって! だからそれ以上はやめて! 肌焼けちゃう! ガングロギャルになっちゃうー!」



 私の思考を遮ったのは、いつの間にか紙の山を降りていた蓬さんの怒鳴り声と、その蓬さんに炙られながら正座している春子さんの謝罪の声。

 『後で炙る』とは言っていたけれど、それは冗談ではなかったみたいですわね。


「よ、蓬さん! 私も同意の上……というのは、さすがに言い過ぎかもしれませんけど、たぶん私が狙われるんだろうなというのはわかっていましたから、そのくらいで……相手の正体が黒雄さんだったとわかって、私が一人でいれば我慢できずに姿を見せるだろうというのは納得できましたし……」


「にしても囮作戦やるならもっと事前に共有してくれなきゃ困るっての!! 実際、集合のタイミングちょっと遅れて夕子やられかけてたし!!」


「いやー、それは本当にごめんなさい。私も確かに悪かったと思うけど、事前に連絡回しちゃうと不自然さを気取られて逃げられる可能性が出てくるというか……このタイミングで捕まえられないと私の『占い』で見れる範囲で捕まえるのが難しかったというか、範囲広げるのは精神的にしんどいというか……同じ能力がない人からはわからないとは思うけど、これ三日先見るだけでも結構しんどいからね? 低確率の結果を確実に出そうとするとさらに何倍も精神削れるし」


「それでも、もっとやりようはあったでしょうが!!」


「蓬さん、それくらいに……これ以上は本当に春子さんがローストされてしまいますわ」


 蓬さんも春子さんが火傷しない程度に熱量を調節しているのはわかりますけれども、それはそれとして熱いし恐いですわ。

 これからは下手に蓬さんを怒らせるのはやめておこうと私が心に誓った辺りで……


「あ、シックスちゃん」


 話を逸らすように遠くを見た春子さんの視線の先。

 そこにあったのは、星明かりの下をこちらへ歩いてくるシックスさんの姿。

 彼女は、私たちの様子を……私の無事を見て、ほっと胸をなで下ろしたような、それと同時に申し訳なさを覚えたような、そんな顔をした。


「もー、春子さんったら、大袈裟なんだから……おばあちゃん、ちょっと風邪こじらせただけでさ。私の魔法で、治せちゃったよ?」


 そう言って微笑むシックスさん。

 けれど、その目元は少し腫れていて、既に涙は止まっていたけれど、その表情は泣き笑いのように見えた。


「夕子ちゃん、遅くなってごめんね……久しぶりに会ったらさ……ベッドの上のおばあちゃんの顔色が悪くて、本当に今すぐ死んじゃうんじゃないかってパニックになっちゃって、思ってたこととか言わないつもりだったこととか、言えないと思ってたこととか、全部言っちゃってさ……冷静だったら、風邪なんてすぐに治して戻らなきゃいけないって考えられたはずなのに、こんな時間になっちゃった……」


「シックスさん……」


 私がかける言葉に迷っていると……歩み寄ってきたシックスさんが、私をギュッと抱きしめて、耳元で言った。


「本当に、本当にありがとう。夕子ちゃんの言う通りだった。今日、おばあちゃんのところへ行けなかったら、おばあちゃんが無事だったとしても二度と会いに行けなかったと思う」


 少し痛いくらいの抱擁。

 そこに、その想いに嘘がないというのは心で理解できた。

 だから……どうしても、聞いておきたいことがあった。


「シックスさん。黒雄さんが……シックスさんは、『タイムリープ』をしていると言っていました。あなたは、違う歴史を知っている……たとえ死んでしまっても死に戻りをして、人生の選択を、何度もループしてやり直しているのではないかと。それは……」


 狂気に染まった黒雄さんの妄言でしかないかもしれない。

 けれど、私はあの夢の中の鏡越しに見た光景がどうしても、あまりにリアルで、それに関してだけは黒雄さんの説を完全に切り捨てることができなかった。

 そんな私の問いかけに、シックスさんは……少しだけ沈黙してから、こう答える。


「『タイムリープ』……それに、『死に戻り』、か……ふふっ。そんな便利なもの、どこにもないよ。ボクが……『私』が望んでも望まなくても、死んでも死ななくても、世界は変わらないよ。時間は戻らないし、終わらないし、なくならない」


 そして……重ねて。

 彼女は、囁くようにこう続けた。


「もうしないって決めたけど……かつての『ボク』がそうしたみたいに、『(シックス・ブレイブ)』の人生を覗き見た、『別の世界の別の私』がどこで別の選択をするかもしれないし、もう選択し終わって別の道を走り始めてるかもしれない。けど、この世界には関係ないんだ。ボクも、あなたも、たった一つの命を、たった一度の人生を大切に生きなきゃいけないのは何も変わらない。今のボクたちにとっては、こうして生きているこの世界が間違いなく『現実』なんだから」


「っ…………あなたは、『死に戻り』ではなくて……」


 私の脳裏に、一つの考えが像を結んだ。

 『転生者』という……ある意味では『別の世界の記憶』を持ってこの世界にやって来た人間としての認識があるからこそイメージできる考え方。

 きっと、黒雄さんの妄言よりスケールが大きくて馬鹿げた空想……本当にそうだとすれば……



『自分がちゃんと「勇者」として使命を果たして、本来は出会うことすらなかったはずの「未来の仲間」と一緒に戦後を明るくするための会社なんかを楽しくやってる。そんな都合のいい夢……』



 ……きっと、それはあまりに残酷で、言葉にするのも憚られるような『世界』も実在することを想像せずにはいられない、そんな空想が浮かぶ。


 人生には『巻き戻し』なんて都合のいいものはない……私のようになんとかなった者と、黒雄さんのようになんとかならなかった者、ほんの少しのきっかけで分岐してしまったそれが同時に存在して当たり前であるように……その個々人の『世界』が同時に存在するように。

 シックスさんは、そこでほんの少し視野を広く持って『他の世界』を見習い、その失敗から多くを学んで生きて来たというだけの物語。


 世界は誰かの都合で勝手にやり直したりできないし、人生に巻き戻しなんてない。

 この世界を、これからの未来を生きていく私たちは、『この人生を大事に歩いていく』しかないというだけの語るまでもない結論が出るだけの物語。


「本当にありがとう。後悔のない選択をさせてくれて……あなたもこれから、きっと辛いことが待ってるはずだけど、それでもここが今のあなたの『現実』だからこそ、諦めずに考えて、あなた自身が納得できる未来を選んでね」


「……はい、ありがとうございます。シックスさん」


 ただ……私が、友達の大事な選択のために頑張ってみてよかったと思えた。

 これは本当にただ、それだけの話だった。




side トミー・トラスト


 コンコンコンコン。

 月明かりの差し込む秘密工房の中、ノミで木を削る音が響く。


 異世界の、日本の鳥居というオブジェを背中に付けた仏像を彫っている作業着(ツナギ)姿の転生者(日本人)……左眼が紫水晶に髑髏を閉じ込めたような義眼になっているのが特徴的な女が、こちらも見ずにドアから入った俺に問いかける。


「いらっしゃい、『新・世論編集長』さん。何かあったかしら?」


「いい加減、失敗した下剋上のことを擦り続けるのをやめてくれよ……それよりも、情報が入った。『硲田黒雄』が戦英プロに返り討ちにされて捕まった」


「知ってるわ。いえ、『わかってた』と言ったほうがいいのかしら? 彼、見るからに空回っていたというか……何をやってもうまくいきそうになかったものね」


「……動く必要はないか? こちらに抱え込めたら悪くない戦力にはなると思っていたんだが……」


「彼は私たちの下につく気なんて最初からなかったし、別に問題ないでしょう? 能力を貸してもらった代わりに『生霊像』の試作品と戦英プロの情報を渡しただけで、私たちについての情報なんてほとんど持ってないんだから」


「まあ……正気かも怪しくて、そこまで信用できる人間には見えなかったからな」


「ああ、でも……そういえば『ピークドット決戦の記録を見る限り、戦英プロにタイムリープできる能力の持ち主がいるらしい』……ってことも、一応は言ってあったかしら? 変に動きを焦ったら罠に誘い込まれるって意味で教えてあげたのに、彼ったら何か勘違いして血走った目に希望に溢れさせてたけど。タイムマシンか何かでもあると思っちゃったのかしらね? あなたはどう思う……って、聞こえないわよね、今は」


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

「…………」


「まあ、それはそれとして。あれだけ逃げに徹すれば厄介そうな能力がある黒雄さんがこうやって三日と経たず捕まっちゃう辺り、実際に『そういう能力がある』ってことは証明できたって思っていいんでしょうね……『再試行』開始時点の最大射程は72時間前。そう仮定すればピークドット決戦でレジスタンスが取ってたっていう『未来が見えてたかのような不自然な動き』とも辻褄が合うし『王弟派』の情報とも矛盾しないわ」


「72時間……『三日前までなら過去に戻ってやり直せる能力』か。俺は未だに信じ難いと思ってるが……あの黒雄って転生者はそれで釣り出されて罠に嵌められた形になるわけか。あいつは能力の情報を信じていた側のはずだが……まあ、あの性格じゃどちらにせよ物産展のイベントをスルーできなかったか」


「あら、そういえばこの『三日間』というのは黒雄さんには言ってなかった気がするわね? もしかしたら、それでずっと前のことまで、一年くらい前のことでもやり直せるみたいに思い込んじゃったのかしら? もしそうなら騙したみたいで悪いことをしちゃったかもしれないわね」


 大して悪びれることもなく、彫刻を続けながら汗を拭いつつ、あっけらかんとして言う髑髏義眼の女。


 客観的な観測が難しい能力の実在が確信できたなら捨て駒としてそのまま切り捨ててもよし……あくまで、その程度の利害関係。

 『硲田黒雄』という転生者はそう扱う前提で、いつでも切り捨てられる程度の情報しか渡していない……仮にあいつが尋問されて知っていることを全て吐いたとしても、『魔法人形とは違う仕組みで動く像を作れる何者かに接触されて情報をもらった』という程度。


 あちらはこっちを見下していて仲間とは思っていなかった。

 この女にとっても、硲田黒雄は『友達』になりたいと思う程の相手じゃなかった。


 だから、この女の能力も生霊像を作れることくらいしか認識していないし、そこからこちらの勢力の規模が……この女の『信者』の数が知られることもない。


 仮にこの女が『信者』を増やすのに使っている能力を使っていれば味方に引き込んで大きな戦力にできたかもしれないが、必ずしも自分勝手に動く性格そのものが変わるというわけじゃない。

 そう考えれば、上手く扱えば大戦力に数えられるポテンシャルがあったとしても、制御できる公算が低ければ失って痛い繋がりでもない。


 強いて言えば、その転生特典だけはできれば確保しておきたかった程度に便利だったというだけの話だ。

 それよりも、今の俺が気になるのは……


「ところで、その『椅子』は『本物の人間』……ていうか、最近お前が手に入れたいとって言ってた女か? 機会があれば手段を選ばないつもりだとは言ってたが……まさか、本当に攫ってきたのか?」


「あら、私ったらそんなこと言ってたかしら? ……ふふっ、誤解しないで? 私はそんな物騒なことなんてしてないんだから。彼女は自分から『私のもの』になりたいって言ってきたのよ? 私、本当に強引なことなんてまだしていないと思ったのに……彼女にとっては人生観が変わっちゃうような経験だったのかしらね?」


 全身を薄くコーティングするように包む『濁った薄紫の結晶』で固められた四つん這いの女。

 それが、仏像を彫る『使用者』の体重を支える家具として機能しながら、開かれた口元の穴から熱っぽい吐息を漏らしている。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 まるで発情した雌犬のような息遣い。

 『指一本すら動かせない状態で、他人の椅子にされている』という異常な扱いへの明らかな興奮。

 普通なら屈辱そのものなはずの状況と立場を心から受け入れているかのように、低姿勢を維持する女から不満が発されることはない。


「せっかくだから、この『増える宝石』の新しい使い方をちょっと試してみたの。こうすると大きく生成できる代わりに見た目は粗くて綺麗じゃなくなってしまうけれど、強度は充分だからいろんなことに使えそうね。乗られても重くないでしょ? ね?」


「いや、気になってるのはそっちじゃなくてな……」


「あ、椅子にして座ってあげてるのは、彼女自身がこうして欲しいって言ったからよ? 私の趣味でやらせてるわけじゃないけど……案外、悪くないかもしれないわね。この子も愉しそうだし、サディストのSはサービスのSってこういう感覚の事を言うのかしら?」


「それはわりと前から……いや、その『椅子』についてはわかったが、じゃあついでに聞いていいか? 部屋の隅の『あれ』は? あっちもそういうプレイか?」


「ああ、彼女の方? あっちの彼女も転生者よ。ちょっと私たちの活動を嗅ぎ回ってたみたいだから捕まえたの。それなりに強かったわ」


「簡単に言うな……お前なら、並みの転生者くらいはそんなもんなのかもしれないが」


「一応は結構名前も売れてる彼女に『並みの転生者』っていうのは、ちょっと失礼じゃない? あ、ちなみに服を脱がせてあるのは別に彼女を辱めるためとか私がそういう趣味ってわけじゃないわよ? ボディチェックを少し念入りにしておきたかっただけで、やましい意図はないわ……でも、そういえば彼女は肌を見られるのは嫌がっていたわね。私は他人に見せても恥ずかしくない素敵な身体だと思ったけれど……あなたは男性だし、あんまりジロジロみたいであげてくださいな」


 そう言われて、部屋の隅に放置されているものから顔を背ける。

 それは、椅子に縛り付けられて頭陀袋を被せられた下着姿の女……その人生が尋常なものではなかったのが一目でわかるほど多くの古疵が肌に刻まれた転生者。


 今、その頭には録音された音声を再生するヘッドホン……『信者』を通してピークドットから入手した異世界製の装置が固定されていて、囚われた女は一定間隔でビクリと身を震わせている。


「彼女、どれだけ『お友達になりましょう』って言ってもなかなか私たちの考え方に共感してくれないの。だから、いい機会だと思って実験に使ってみることにしたの。元がこれくらい強情な子でもないとすぐに堕ちちゃって結果が出ないし」


「実験というのは……聞かせているあれか?」


「そう、能力を使ってる時に録音した私の声よ。とりあえず、『カウントが0になる度に私のことがもっと好きになる』って言って、そこからずっとカウントダウンをループしてあげてるわ」


「…………」


「機械に録音した声でも能力が効くかどうか、これでハッキリすると思うけれど、そろそろ様子を見た方がいいかしら?」


「……ちなみに、どれくらい続けてるんだ?」


「昨日の夜からだから……そろそろ丸一日かしら? 生命維持のお札で食事とか睡眠とかはトイレはいらなくしてあげてるから大丈夫だと思うけれど……そろそろお風呂くらい入れてあげなきゃ可哀想かしらね。汗もいっぱいかいてるみたいだし……女の子ですもの、綺麗に洗ってあげなきゃ」


「……飴と鞭だな、狙ってかは知らないが」


「ふふっ。実験が成功していれば、彼女は私のことを大好きになって、すぐ『お友達』にもなってくれるはずよ」


 実験が成功した場合、そいつは『友達』じゃなくて『信者』になってる可能性が高いだろうな……と俺が言いかけた、そこで。

 髑髏義眼の女は今まで止めなかった彫刻の手を止めて、脳内を探るように視線を上に向ける。


「そういえば、黒雄くん……彼が執着していたあの子、『夜神夕子』というのだったかしらね」


「ああ、生霊像にとどめを刺したのはベルシィの方だったが、そこまで生霊像の動きを封じてほぼ完封していたは能力的に夜神夕子で間違いない。決戦からはずっと意識不明で、最近になって復帰したらしいが記憶喪失とのことだ。本人にしてみれば戦争中からいきなり戦後になったような感覚で今の社会や『戦英プロ』に馴染むのも一苦労だろうな」


「そう……記憶喪失。それはいいわね、まだ芯まであちらの思想に染まってなさそうで」


 そう言って、髑髏義眼の女は自分の頬に手を当てる。

 そこに感じられる熱っぽさを確かめるように。


「戦英プロにいる子たちはみんな気になるけれど、まだ染まりきってなさそうなあの子は特に……できるなら今すぐにでも会いに行って、他の子よりも先に『お友達』になりたいところだわ」




side 夜神夕子


 『靴底男』こと黒雄さんの討伐翌日。

 私からすればかなり大捕物だったように感じられる事件も、初期対応部にとっては日常的な『妖怪退治』の一案件でしかないということなのか、その日は普通に授業がありましたわ。


 今日の『知見』の授業は……


「は〜い、今日は『防衛人格』についてのお話をしま〜す」


 黒板に描かれる簡単な絵。

 人の頭とその中身の脳が、『ストレス』と書かれた矢印に攻撃され、そのストレスの矢印の名前を『納得』や『快感』、『自分が望んだ結果』というような言葉で上書きして外界からの攻撃に傷付かないように脳が変化する過程の図解。


「は〜い、描けました〜。これは主に〜、強いストレスを回避するために情報の解釈や重要度を変えることで生まれる新しい思考パターン、人格とも言えるもので〜、ハッキリと解離しているパターンもあれば〜、そのストレスを他人のもののように心から遠ざけたり〜、自分が望んで受け入れているものだと認識したりするようになりま〜す。それに〜、理不尽に酷いことをされても自分が『そうされて当然の人間だ〜』って思い込む、そういう人格を作ることで理不尽さのストレスを受け流すパターンもありますね〜」


 いつもより少し難しめの話。

 けれど、今日の私には理解しやすい話でもあった。


「ストレスというのは〜、必ずしも他人からの悪意や攻撃が伴うとは限りませんね〜。たとえば〜、演技をする、自分の一番楽な反応パターンと違うリアクションを取り続けるというのも長期に渡れば充分に強いストレスになりうるので〜、これを『自分で望んだ行為』とすることで演技の役に入り込んでしまうというのも一つの防衛人格の形成に近いとも解釈できますね〜」


 人間には、特に子供には、振る舞いを『強いられる』場面が多々ある。

 まして、戦場や戦時下では、それに従わなければ死ぬと思わされる場面もある。


 私の、戦いの時の感覚もそう。

 戦場で戦うことにそのままの心では耐えられず、『自分で望んで戦いの場に立っている』と自分を思い込ませて冷静さやパフォーマンスを保っていた側面はきっとある。


 そして、黒雄さんもそう。

 彼もまた、普通の日本人の子供でありながら戦争の当事者として、それも人を死なせるような命令すら出さなければいけない参謀としての振る舞いを余儀なくされて、『自分が勝つまで戦争を続けさせたい』『その上で活躍して成り上がりたい』という自分を作り上げてしまった。


 それもまた一種の防衛人格のようなもの……弱い心を守るため、芯から変わってしまわないための防衛機能なのかもしれない。

 それを自覚できるかどうかで、彼が戦争を終えられるかが決まる。


 そして、それは私も同じで……


『キーンコーンカーンコーン……』


「あら〜、チャイムが鳴っちゃったので、今日はこの辺りでおしまいですね〜。午後は先生たち、昨日の後処理などありますので会議室にいますが〜、何かあったらすぐに呼んでくださいね〜」


 授業の終わり。

 いつも通り、授業中に新たに知ったことのメモを提出して、お昼時間。

 いつも通りなら普通に給食なのですけれど……


「あー、えっと……夜神さーん。ちょっといいかな?」


 教室にやって来た聞き知った人物の声に呼ばれ、そちらを見る。

 それは……


「春子さん? 学校の方まで……」


「うん、ちょっと話があってね。一緒に来てくれる?」


「わ、わかりましたわ。蓬さん、ちょっと行ってきますわね」


「給食を逃がさないように早めに戻って来なさいよー」


 春子さんに呼び出されて、蓬さんの声を背中に受けながら廊下の先へ向かう。

 そして……


「昨日はほんとごめん! 夜神さんと黒雄くんとの会話がもう少し長かったらノーダメージの内に合流できた可能性があったんだけど……ちょっとタイミング合わなかったから、痛い思いさせちゃったよね?」


 深々と頭を下げられた。

 どうやら、昨日の謝罪ということらしいけれど……


「いいえ、私も……自分が囮役なら、できるだけ会話を引き伸ばして時間稼ぎするのが一番いいというのはわかったはずなのに、熱くなってしまってそのまま戦闘に入ってしまいましたわ」


 いえ、それ以前に……レイさんの話を聞くまで、そんな考えを持つことすらできなかったけれど。

 本当は、私が黒雄さんを『説得』するという選択肢も、そうなる可能性もあったのかもしれない。


 それこそ、事前にそうする計画を私に話してしまえば、絶対に台本や演技を意識したわざとらしいものになってしまうから伝えられなかったのかもしれない。

 それで説得そのものが成功することはないとしても、私が自分から彼を説得しようとすることができたなら、レイさんのように彼を『友達』だと定義できていたのなら……そうできたという事実そのものが、今のこの現実よりも『良いルート』だった証になったかもしれない。


「シックスさんは、『そういう見方』をやめて目の前の世界を生きるための時間が欲しかったのかもしれませんわね……」


「あ、そうそう。そのシックスちゃんから、これを夜神さんにって。今朝、一人旅に出る時に『役に立つかはわからないけどよかったら使って』だってさ」


「旅に出る時に……えっ! シックスさん、もう出発してしまいましたの!? そんなアッサリと……」


「あははっ、まあ今生の別れってわけじゃないからね。特別なお別れ会とかやっちゃうと戻ってくる時に恥ずかしいからいつもの出張みたいな感じでいいって。明日でも一年後でも、自分で納得できたタイミングでひょっこり戻って来れたほうが気楽だろうって社長サマの配慮もあってね」


「だからって……いえ、そうですわね。それもある意味『大人になる』ということなのでしょうね」


 私たちにとって、住んでいる家や学校の周りの狭い世界の外側へ行くのはそれだけで大冒険と言えるけれど、それをちょっとそこまでという感覚でできるようになる、行きたいと思えばどこにでも行けるのが大人。

 行くのも、戻ってくるのも気軽にできるからこそ、安心して送り出せるし頼れる存在だと思えるのかもしれない。


 春子さんの手から、シックスさんからの贈り物だという一冊のノートを受け取る。


 『正規勇者直伝:特殊剣術指南書』。


 それは、普通の剣術だけでは完全に活かしきれない転生特典を絡めた先人のいない剣術を修めることになる私に必要な知恵を綴ったもの。

 それを受け取った私に、春子さんは問いかける。


「今回はちょっといろいろ迷惑かけちゃったり勝手に計画に組み込んだりしちゃって突貫工事になっちゃったけどさ……剣、まだ教えさせてもらっていいかな? 夜神さんがよければだけど」


「……はい! 私、今よりも皆さんの役に立てるようにもっともっと強くなりますわ! よろしくお願いします!」


「よしっ! よく言った! じゃあ今夜また屋運借りておくから初期対応部の方が終わったら集合! これからの訓練プログラムとかスケジュールとか決めるよ!」


「が、頑張りますわ!」


「うん! できるだけ早く強くなれるように一緒に頑張ろう! 今のうちにできるだけ強くなっておかないと、悪い転生者なご主人様のペットにされちゃう……くらいのつもりで!!」


「いやなんですの!? そのやたら具体的で悪趣味な想定は!?」


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― 新着の感想 ―
紙だったからなのか、肉体強度じゃなく変化に振っちゃったのか〜、あとは苦痛耐性とか?振るにしてもその辺が無難だったかな? 『千里眼』かな? このルートだと虫に食われてないのか。ふむ、そうなると拝金主…
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