第39話 『独り語り』を断ち切って
side 夜神夕子
『ループ』……あるいは、『タイムリープ』。
ニュース番組で流れていた映画の宣伝かなにかで少しだけ聞いたことがある、意識だけ時間を遡れる能力。
けれど、それはまるで……
『なんなら「現実でセーブ&ロード機能が使える勇者」って表現した方がわかりやすいか?』
「黒雄さん、あなたは一体何を言って……」
『信じられないか? だが、そうじゃなきゃピークドットでの決戦の記録を見る限りレジスタンス側が勝てたのは戦力的におかしいんだ。明らかに未来の戦局を知ってなきゃできない動きをしてるとしか思えない……発動条件が「死に戻り」だけかは定かじゃないが、少なくとも、「巻き戻しの能力を発動し損ねて死んだら終わり」なんて話なら絶対にどこかで終わってるような「不自然なデストラップ回避」が多過ぎる』
「だから、何の話を……」
『あのシックス・ブレイブって女は「負けても勝つまでやり直す」ができる、絶対に負けようがないチート持ちだったからこそ勝ったんだって言ってんだよ! 転生者でもない癖に……「そういう勇者に生まれた」ってだけでな!』
まるで、一昼夜一睡も許されずに追い立てられ続けた逃亡犯のように目を血走らながら、紙面の巨人となった彼は妄想のような言葉の羅列をまくし立てる。
『それだけじゃない! 証拠はまだあるぞ! ピークドットでの決戦のずっと前から、あいつはムジルシトマルを抱え込んで実力者の死亡を偽装して戦力を蓄えていた! 「やり直せること」を前提に考えれば疑いようがなく明らかに、あいつがイベントを把握してた「本来の歴史」があるんだ!!』
「…………」
『あいつがこの世界を作る前に捨てた「別ルート」、それも、あいつにとって都合がいい状況ができたルートに近いタイムラインを再現するために、その途中で死んでたやつを隠してイレギュラーなイベントを起こさずにシナリオを進めさせるために偽装死を徹底して、助ける奴と見捨てる奴を選別した! その「選り好みして助けたやつ」の集まりが「戦後英雄プロダクション」とかいうおままごとだろうが!!』
「…………」
『夕子! お前も心当たりはあるはずだ! あいつを中心に世界が回っているような不自然さ、知らないはずのことを知っているような言動を!!』
「………………」
言われてみて想起したのは、あの夢の中で鏡の向こう側に見えた光景。
シックスさんが戦いから逃げた世界。
剣を捨てた彼女とセブンスの元へ旗槍を持った男が現れ、その命脈が、平穏に生きたいという夢が突然に途絶えた呆気なさすぎるバッドエンド。
『チートもチート、クソチートだ!! 殺されてもなかったことになるなら、実質死なないなら、どうやっても絶っっっ対に負けないんだからな! それはもう何でもありって言っていいだろ!? いくらでもループできるなら、欲しい結果が出るまでやり直せばどんな都合のいい世界でも作れる!! やろうと思えば今生きてないやつだって、今不幸になってやつだって……こんなことになった俺だって! 救えたはずだろう!? なのに、俺はずっと惨めなまま、不幸なまま、今もここにいるんだぞ!?」
「…………」
『全部、あのクソ勇者が……「シックス・ブレイブ」が俺を「見捨てていい人間」だと思って、切り捨てたからだ。今あるこの世界の全部はシックス・ブレイブの個人的な感性で選んだ一番都合のいい結果、残った全ての悲劇はアイツの選択のせいだろうが……それなのに、お前はそっち側で、俺よりも悪人なのに、何人も何人も殺したくせに、五体満足で生きてて、俺の能力まで平然と利用して「戦後の英雄」なんかになろうとしてる。そりゃあ、いくらなんでも不公平が過ぎるだろう?』
「…………」
『敵陣にそんなチート女がいるなんて知ってたら、俺だって絶対にそっちについてた!! いや、そもそも、本来の歴史なら間違いなく俺たち独立軍が勝ってたはずなんだ! お前らが使った女神降臨の儀式の条件を、最強のデウス・エクス・マキナを起こせる場所と依り代を先に押さえてたのは俺たちだったろ!? 普通に行けばそのまま祭壇も揃って俺たちが勝つのが自然だったろ!? それが勝利目前であんな襲撃食らって崩壊するなんて、勇者中心のご都合主義にも程があるだろうが!!』
「…………」
『俺は勝つ側にいたはずだったのに……それを歪められて負け犬にされた、世界ごと改変されて運命が捻じ曲げられたから足を失って、人間ですらなくなって……赦せねえ』
散々まくし立てた末に多少クールダウンしたらしい様子を見せた黒雄さんは、未だに狂気を感じさせる血走った目で私の向こう側を……シックスさんが走って行った方角を見据えて言った。
『だが、まだ逆転の目はある……「世界を巻き戻せる」なら「巻き返せる」。そうだろ?』
彼の中では確信を持った考えに基づいた言葉。
それは、明らかな害意と悪意……それこそ、これまで自分に降りかかってきたあらゆる理不尽への復讐のような、それらを存在の根本から消し去ってしまおうとするような意思を感じさせた。
「……何をするつもりですの?」
『シックス・ブレイブ。アイツを捕まえて、閉じ込めて、俺の言うことしか聞かないように……いや、どれだけ繰り返しても自分から俺を世界の王に押し上げるように調教してやる。そうせずにはいられなくなるまで俺への崇拝を擦り込んで、その上で殺して、過去に送り込んでやる』
「……そんな事ができると思っていますの?」
『俺の能力を忘れたか? 俺が自分の部隊を持っていたことを、お前らに駒を送り込んで来たことを忘れたか?』
……レイさんから注意されたことがある。
黒雄さんの転生特典を頼りすぎると発生する『評価点中毒』。
彼の能力でしか得られない、彼から出題される課題をクリアすることでしか与えられないポイントを得ることそのものへの依存性は、スキル目的で彼の課題を受け取っていた人々を彼の命令のためならなんだってやる中毒患者に変える。
私とレイさんは元の転生特典が強かったからあまりスキルボーナスの利点を感じなくてそこまではいかなかったけれど……実際にそれで彼の傀儡のようになっていた兵士さんたちの部隊があったのは確かだ。
だとすれば……たとえ、その『課題』が達成しようと思わなくても達成してしまうような呼吸や睡眠みたいな行為から始まったとしても、長期間監禁されて評価点を押し付けられ続けたら、人間は狂い得る。
『収納能力』を持つ神器と一体になってしまった彼なら、それが身一つでできてしまうのは、これまでの私や戦英プロへの嫌がらせで証明されている。
『まあ、世界が巻き戻れば俺も記憶は消えるんだろうがな。いきなりアイツが自分の従僕になって戸惑うんだろうが……構わねえ、こんな惨めなだけの転落人生の記憶を全部忘れられるならむしろ好都合だ! この収納神器を手に入れれば最強になって無双になれることと未来の情報さえ手に入れば、あの襲撃のパニックの中で失った「天啓」を持ってたあの頃の俺は世界を取れるはずだ!』
「…………」
『なあ、夕子。元部下のよしみだ。お前もこっち側につけよ。俺の懐刀にしてやる、今から一緒にシックス・ブレイブを捕まえるんだ。そうすりゃお前だけは俺に忠実な駒になるくらいまでの中毒で赦してやる』
「……ふざけていますの?」
『そう言わずに想像してみろよ、アイツが今のお前をどう思ってるか』
「…………」
『「意識不明」だったお前が起きたら記憶喪失だったとわかったとき、アイツはすぐ決戦まで戻ってやり直すこともできたはずだ。だが、それを今日まで保留してるのは「記憶があるお前」と「記憶がないお前」のどっちがいいか値踏みしてる……いや、どっちが自分に都合がいいか選ぶためにキープされてるだけなんじゃねえか? それとも、完全な「捨て周」にする前に記憶のないお前で好き放題遊んでおこうとか思ってるのかもな?』
「…………」
『見下されてるんだよ、お前も他の全員も。うっかり死なせたらやり直せばいいゲームのNPCなんだ、アイツにとっては。大方、お前には初見から好感度爆上げのベストコミュニケーション連発してきたんだろうが、それだって周回でわかりきったパターンをなぞった作業ってだろうさ』
彼の全てを見てきたかのような……彼自身はそう思っているかのような、そんな言葉。
ここまでの話を大人しく聞いてきてあげた私も……さすがに、深くため息をついた。
「はぁ……あなた、めちゃくちゃ馬鹿じゃありませんの? インテリみたいな見た目してるくせに」
『……なんだと?』
「あなたはこの世界を自分中心の物語か何かと、それも一人用のゲームか何かと勘違いしているようにしか思えませんわ。『転生者になった自分が活躍するための舞台としてこの世界が用意されてるはずだー』とか、『それなのに自分以外に主人公みたいな生き方をしてるやつがいるはずないー』とか、『それは何かズルをしてるに決まってるー』とか。あなたの言ってることはずっとそれだけ、同じことの角度を変えてもっともらしく言ってるだけですわ」
本当は自分がもっと大活躍する運命があったはずだ。
それなのに、『勇者』って設定を持ってるだけのはずのシックスさんが主人公みたいに全部上手く行ってるのはおかしい。
この世界をやり直せば、今度こそ自分が中心の正しいシナリオが始まるはずだ。
長々と語られましたけど、彼の言っていることはたったそれだけですわ。
「この世界にどれだけたくさんの人が生きていると思っていますの? どれだけの人が時間を戻してやり直せるならやり直したいという過去を抱いたまま『今』を生きていると思っていますの?」
私だって、前世にも今世にも、やり直せるならやり直したいことがある。
おばあちゃんのお見舞いに行きたかった。
日本舞踊なんてもうやりたくない、誰でもいいから助けてって泣きわめきたかった。
戦争なんかに巻き込まれたくなかったし、人なんて殺したくなかった。
けれど、時間が巻き戻ることなんて一度だってなかった。
「どんなに『明日よ来るな』と願ったとしても、それが叶ったことは一度もないし、ましてや夜が明けて昨日が来ることも、そのさらに前に時間が後戻りすることもない。そんな簡単に時間が巻き戻るような奇跡なんて起きていたら、世界は一日だって前になんて進みませんわ」
「てめぇは、俺の話をちゃんと聞いてたか? 勇者がループしてる証拠が……」
「なにより……」
シックスさんの表情を思い出す。
きっと、まだ大人になりきれていない子供の心のまま、それでも私や戦英プロのみんなへの責任感で立派に振る舞おうとして、私を安心させようと大人びた振る舞いをしようとして、それでも隠しきれず青くなっていた顔とぎこちない笑顔を作ろうとしていた彼女の潤んだ瞳を思い出す。
それだけで、彼の妄言を切り捨てるには充分だった。
「今を今として、現実を現実として認識できていない人が、結果だけわかれば後からやり直せばいいなんて思っている人が『おばあちゃんが危篤だ』なんて言葉に、それも嘘かもしれない言葉にあれだけ動揺するはずはないでしょう! 今この場で『現実』が見えてないのはあなただけですわ、黒雄さん!」
『………………それが、答えか? 夕子、お前は俺に逆らえば必ず後悔するぞ?』
「黒雄さん……独立軍の参謀さん。昔から何か勘違いしているように見えていたのですれけれど、今更ながら言わせてもらいますわ。私、自分をアントニオさんの部下だと思ったことはあっても、あなた個人の部下になったことはありませんわ」
『…………』
「というか、あなたの能力の虜はいてもあなた自身を『偉い』と思っていた人なんてあの砦に一人だっていなかったと思います。だって、あなたはいつだって『偉そうな人』でしかありませんでしたもの……今、この瞬間も相変わらず」
『てめぇは……俺が……「偉そうなだけのやつ」、だって言いたいのか?』
「ありていに言えば。私も偉い人間とは言えませんけれど……そんな私から見たって、明らかに自分の人生に自分で責任を取れないあなたみたいな人を『偉い』とは思えませんわ。だから……強そうとは思いますけれど、あなたなんかに膝を屈するなんて真っ平ごめんとしか言えませんの。ですので……」
本格的に色を変え始めた夕陽を背にして、『黒い恋人』の剣を私の前方に伸びる影から抜く。
性根の小さな薄ぺらの紙巨人に、一片たりとも未来への影を落とさせないために。
「あなたがどうしてもこの先へ進もうと言うのなら、私が止めます。夜神夕子、心して参りますわ」
side 硲田黒雄
俺は、『夜神夕子』という転生者の戦いを憶えている。
戦場で舞う、夜神夕子という女の姿を憶えている。
転生者の能力分類で言えば『守護者使い』。
本質的に不定形の『守護者』と呼ばれるエネルギーの塊に生き物や武器の形を取らせて取り回す、魔法使いと言うよりは超能力者じみた挙動をする丸腰の戦術兵器。
『夜神夕子』は、その中でも守護者の形態の自由度が高い異才の部類。
直接その対決を見たことはないが、実際に戦場で活躍したことがある他の守護者使いすらも余裕で圧倒したらしい、才能と能力が噛み合った怪物。
……だが、それも『あの頃』の話だ。
あの旧都での決戦の後、長いブランクを経てこいつは大きく弱体化した。
「ぶっ潰れろおらぁあああっ!!」
『くっ! 【黒い恋人】!!』
紙面に隔たれた向こう側の空間で、紙の巨腕を剣で受けることを断念した夕子が兎型の守護者に切り替えて直撃を回避しながら地面を転がる。
当然の結果。
『あの頃の夜神夕子』が相手ならわからないが、少なくとも今は俺の方が圧倒的に強い。
理論上も、現実を見ても、それは確かだ。
「【黒い恋人】!」
巨大化した黒兎のタックルで揺らぐ『紙の巨人』としての俺の身体。
だが、反撃できないほどじゃない。
逆に振り下ろした俺の拳を受けて、大きく揺らぐ黒兎の守護者。
触れたら抉られるということもない。
パワーでも防御力でも明らかにこっちが勝っている。
辛うじて拮抗しているのが不確定性の高いやつの守護者が可変させる『重さ』だけだが、これだって制御できる限界がある。
今は俺も自重を変えられるようになってわかるようになったが、過剰に重くすれば思うように動きにくくなる。
夕子も俺も、その重さと制御性の釣り合いが取れる最大規模で戦った上で、こちらが優勢。あちらが制御の限界を無視してきたとしても、俺も動きやすく抑えるのをやめて本気で巨大化すれば圧殺できるはずだ。
『くっ! 「身体強化!」』
巨大化戦でも分が悪いと察したのか、すばしっこいバニーでの回避と俺の巨体へのアプローチ。
俺の能力で得た剣術に、守護者の黒兎の耳を対巨人サイズの巨大剣にして反撃。
だが……『森の民の神器』は夕子の『不明』でも破壊不能。
あいつの『不明』の性質で抉られることもない。
アイツの出せる守護者よりも十二分に大きな神器の身体なら、その性質は脅威にはならない。
そして……
「これでどうだ!」
『なっ!?』
『森の民の神器』に食わせておいた試験用紙の収納の一部を一斉解放。
土砂崩れのような大量の紙束を紙の巨人の口から吐き散らし、広辞苑数十冊を詰め込んだ箱がそのまま空いっぱいに落ちてくるような理不尽な質量弾幕で、すばしっこいバニーモードの夕子もたまらず被弾し、元の着物姿に戻る。
ゲロみたいでかっこ悪いが、これで圧勝。
森の民の神器の性質で非殺傷であっても、充分な衝撃を与えて昏倒を誘える質量の暴力は有効だ。
『うっ……ぐっ……』
運悪く岩にぶつかったらしく、ショックが大きかったのか苦しげに呻く夕子。
それに比べて、こちらはほとんど無傷のまま。
当然の結果だ。
こっちは巨人、あっちはデカい守護者を動かせても本体は人間サイズ。
ゲームで言ったらHPの最大値が、そのスケールが根本的に違う。
巨大ボスと普通の人間キャラじゃ、人間キャラが対等にやり合っているように見えてもワンミスで瀕死になるのは当たり前だ。
「こうなることはわかってただろうが。勝てないのがわかってて……もしかして、シックス・ブレイブが助けに来るのを待ってるのか? 俺はそれでも構わねえが、お前の『自分は出来ることを頑張りましたアピール』に付き合う気はねえ。人質に使えるだろうし、生かして『収納』しておいてやるよ」
『うっ……まだ、終わってませんわよ……』
「そんなボロボロで意地張っても格好つかねえってわかんねえのか? お前は俺を薄っぺらだなんだのと言ったが……今から、お前が薄っぺらな紙くずになるんだ。せっかくだ、戦英プロの他の奴らも全員纏めて一冊の『人質名鑑』にでもしてやるよ。何があっても奪われないように『お蔵入り』確定だがな」
俺の目的はシックス・ブレイブの生け捕りだ。
ヤツが俺の能力の中毒者になるまで絶対に逃げられない、そして死なせない状況を作る、そうなるように詰ませることだ。
だから、こいつを捕まえたところでヤツが戻ってきてくれたなら願ったり叶ったりだが……
「大人しく捕まっておけよ、夕子。ここでお前が頑張ったところで、『お前しか知らない頑張り』なんて、『タイムリープ』が発動したら無に帰すんだ。なら、無意味な苦しみなんて滑稽なだけだろ? 仮に、お前がアイツのループ能力を信じないとしても……それならそれで、ますます馬鹿みたいだぜ? 絶対的な勝ち馬に乗れるわけでもないのに、なんのためにあの女にそこまで媚びてんだよお前」
未だに立ち上がろうとするこの女の考えてることがわからない。
勝ち目がないのは明らかで、あの女が戻ってくるまでの時間稼ぎに徹するわけでもなく、剣を杖にしてまで立ち上がろうとして、俺を倒そうとする意志を捨てていない。
その考え方が、そのモチベーションがわからない。
『……ふふっ……やっぱり、薄っぺらい人。あなた、他人を自分が見下せるか、自分が見下されてるかでしか考えてないでしょう? だから、馬鹿みたいだとか、媚びるとか、そういう言い方しか出てきませんのね?』
「……はあ?」
『年上でも、上司でも、それ以前に……きっと……「お友達」なんですのよ? 名前を知って、知らなかったことを知って、デートまでして、恩を受けて、それを返している最中ですのよ? これはもう、「お友達」で、いいですわよね?』
「なに言って……」
『正直、ゲームとか、詳しくないので。私には、あなたの話、実はよくわからなかったのですけれど……関係ありませんの。シックスさんが、タイムリープだとか、ループだとか、死に戻りだとか、そんなもの……していようとしていまいと、関係ありませんわ。というか、あなただってそれは同じでしょう? 本当は勝ってたはずだというのなら……巻き戻されようがやり直されそうが、何度だって勝ち続ければよかったじゃありませんの……自分にとっては一度きりの人生、相手がループしていようが何をしようが手を抜く理由なんてありませんのに、今ここにいるあなたはそれができなくてそうなった、それだけですわよね?」
「…………」
『そんなことよりも……私は「後悔しないように」と、「ここは私一人でいい」と言って、彼女を送り出したんですのよ……なら……「勇者」としての責任を捨てて私にここを任せたことを後悔させるなんて、絶対にあってはいけないことでしょう……? そんな事があれば、彼女は本当に一生、私への罪悪感に、「勇者」の責任に囚われ続けてしまう』
「……本当に、なにが言いたいんだ、そのボロ雑巾みたいな風体で」
『だから……物わかりの悪いあなたにもわかりやすく言えば……これは、私の仕事だって言ってますの!! 私だけの力であなたに勝たないと、シックスさんが安心して未来へ進めないでしょうが!!』
「っ!? いでで〜〜っ!?!?」
次の瞬間、さながら幻肢痛のようにないはずの『足裏』に強烈な痛みが走る。
画鋲を、いや、剣山を思いっきり踏みつけてしまったかのような鋭い激痛。
思わず反射で尻もちをついてひっくり返ってから地面を見ると、俺の足が置かれていた地面からは夕子の手にしている剣と同じ黒い刃が、文字通りそれこそ剣山のように、鋭利な刀身の山のように飛び出していた。
不意打ち。
俺と会話している間に、地面の中で守護者を刃にして……俺を、倒した。
文字通り倒れただけ、ワンダウンだけだが、絶対にあり得ないと思っていたことを起こしやがった。
「な、なんなんだよ……お前は!」
尻もちをついて上体だけで起き上がった形でも、頭の位置は紙の巨人と化した俺の方が遥かに上。
普通の人間なら致命傷かもしれない今の一撃も、今の俺には足裏に尖ったものが刺さった程度のダメージしかないし、貫通もしていない、ほんの数十秒の時間稼ぎがやっとだ。
なのに……見下されている。
物理的には俺の方が見下ろしているはずなのに、精神の位置関係が無様な者を心底から見下すような位置にあることを夕子の目が示している。
なんでそんな目で俺を見れる、見上げられる。
なんで、これだけ見下されて、見下されて、惨めさを感じさせずに俺を見上げられる。
なんで、こいつは俺を見上げてるはずなのに、こんなにも見下されているような、見下されているような気分になる。
俺の方が強い、今では能力にも恵まれた側のはずなのに。
今なら、夕子が戦っていたあの戦場でだって夕子以上に活躍できるだけの、本当にバグみたいな力を持っているはずなのに。
今はまさに異世界無双まったなしなチート能力を手に入れて、これから未来の知識まで併せ持った二周目を始める王道異世界転生の最序章みたいな流れのはずなのに。
万が一ここから夕子が勝つようなことがあったとしても、それはさっきの不意打ちみたいに手段を選ばずこの戦力差を覆すような、鎧袖一触されるはずの雑魚敵が不意をついて主人公を倒してしまうみたいに、読者からクレームが殺到するような卑怯なやり口しかないはずなのに。
なのに、どうして……まるで、こいつの方が『主人公』みたいなんだ。
見下しているはずの、あまりに小さな雑魚敵であるはずのそう思ってしまった自分に吐き気がする。
だが……意識の外から、声がした。
『「私だけの力」じゃないでしょ。「私たちの力」よ』
いつの間にか、夕陽に染まった草原に増えていた長い影。
精霊羊に引かれた馬車から出てくる、データとして知っているガキどものシルエット。
『気合の入った一番乗りはいいけど、制服忘れてちゃダメよ』
ボロボロになった夜神夕子を労わるように羽織らされる夕焼け色のジャケット。
戦時下で育った『脛に傷持つ子供たち』で構成された『精鋭部隊』の出動服。
それを夕子に渡し、日暮れを背にした転生者は怒りの火花を散らして十数人の部隊の先頭に立つ。
『「負の遺産の後始末」が「戦後英雄プロダクション」の仕事なんだから、こういうやつの対処も当然うちの会社全体の仕事だっての。夕子を囮役にするような作戦を黙って進めてた春子さんは後で炙るけど、あんたも私たちが来るまで守りに徹しなさいよ全く』
『戦後』を司ると自称する組織。
その中で『負の遺産の後始末』を任じられながら、どうしようもなく失敗し終わった結果であるはずのそれへの対処を『初期』の行為であると言いきって、『時間が巻き戻るなら』なんて考えていないとばかりに『現在』から先だけを見据えて戦う集団。
……本来は物語にすらならない、ひたすら無残なだけで語る物すら何一つないはずの『VS世界』というありえない戦力差を覆して、物語の流れに覆した極限戦場の生き残りたち。
その名は……『初期対応部』。
『さあ、久しぶりのフルメンバーでの妖怪退治。万が一にも取り逃したら面倒だし……今この場で、「初期対応」で終わらせるわよ』




