第37話 秘密の配役
side 夜神夕子
物産展でのイベントの翌日。
『戦英プロ』本社区画の中の学校の教室にて。
「えっ! あの光の演出ってダミーさんの親戚の方が作ったものですの?」
「はい、おじさんはああいう演出用のマジックアイテムだけじゃなくて彫刻とか版画とかたくさん作ってるすごい人なんですよ! 『贋作以外なら何でも作る万能職人』なんて呼ばれることもあるくらいなんですから!」
午後の、本来は『基礎教養』の教育ゲームに取り組んでいる時間。
しかし、今日は『待機』……午前は『自習』でしたが、午後からはさらに迅速に動けるように珍しく全員集まった初期対応部が教室で指示を待つだけという、ある種退屈な時間。
その時間潰しにと何気なく昨日のイベントのエンディングを飾った光のイリュージョンの話をしていたら発覚したダミーさんの意外な背景。
『贋作工房』の弟子であるダミーさんが凄腕の職人なのは知っていましたけれど、その親戚もすごい職人なのだとか。
夢川さんとマサヨシくんのような例外を除けばこの世界に親戚なんているはずもない転生者の私には出しようもない類の話題ですわ。
お返しに私も何か面白い話ができたらいいのですけれど、残念ながら私には釣り合うような話題なんてありませんし……
……昨日の夜のこと?
さて、なんのことでしょう?
昨夜といえば、夜中に少し寝ぼけて守護者を出してしまったせいで寝具と衣服を少し能力物損してしまいましたが……ごく冷静に、淡々と小野倉さんに連絡を取って申請と備品の交換を済ませたくらいで、面白いお話なんてなんにもありませんわ。
本当に、それ以外のことなんて記憶にございませんわ。そういうことにしてくださいまし。
……というのは、努めて脇において。
ダミーさんにとっても身内の『おじさん』の腕前は自慢のようで、彼女は私の反応の良さに気を良くしたのか、初期対応部のみんなで共通して持っているスマートフォン型の通信端末を操作して保存されている画像を見せてくれましたわ。
「見てください! おじさんが最近出した本です!」
「『オーリッシュ版画集』……版画というのは、あの木の板なんかに溝を彫って絵を判子のように紙へ押すやつですわよね? 私、学校の美術の授業で作った白黒のものしか知りませんでしたけれど、こんなに綺麗な物もあるのですわね……ところで、この『オーリッシュ』というのが?」
「はい、おじさんの最近の雅号です! おじさんったら、なんか名前も工房の場所も昔からよく変えてるらしいので、過去の作品を探そうとすると大変なんですよねー。わたしは細工の練習に使う参考として一通り持ってますけど」
「ほ、他にもあるんですの?」
「見たいなら、今度また部屋に来ますか?」
「ダミーさんのお部屋……」
否応なく想起されるのは、ちょっと苦いというか、あまり好んで思い出したくはない類の記憶。
というか、思い出したくも語りたくもないのですけれど、昨日の『あれ』の原因の大部分を占めるであろう『黒い恋人』を私自身と不可分の存在として(おそらく完全な善意で)改造してくれた時の彼女の姿とその背景の無数の腕。
また何かの拍子にいきなり改造されたりするのでは思ってしまって返答に少し躊躇っていると……
「相変わらずというか、夕子はほんと好きだねー。ダミーの『おじさん』の話」
後ろから声をかけてきたのはマインさん。
その様子は、どこか呆れたような安心したような不思議なものに見えましたわ。
「あの人と前に会った時もなんか意味深な空気だったし、もしかして夕子ってああいうタイプの男の人が好みなの? いや、悪いとは言わないけど……」
「前に会った時?」
「いやほら、『ピークドット・レジスタンス』で……って、そっか。今の夕子はあの時期のことはあんまり憶えてないのか。まあ、会ったって言っても面識はあるくらいというか、変な距離があったというか……その時は夕子が一方的に気にしてたっていうか避けられてたように見えたけど、今の夕子に聞いてもなんでかとかわかんないよね」
どうやら、私とダミーさんのおじさんには今の私の記憶にはない面識があるようで。
それほど親密な仲ではなかったようですけれど、私が一方的に気にかけていたというのはどういう……
「あれ? 夕子さんとおじさんが初めて会ったのって旧都砦じゃないんですか?」
「え?」
「旧都砦? ダミー、私はあの人とあそこで会った憶えないんだけど。それは勘違いじゃない?」
「そうですか? でも、おじさんはその頃の夕子さんのこと詳しそうだったので……てっきりその頃からのお知り合いなのかなーと思っていたんですけど、違ったんですか?」
『旧都砦にいた頃からの知り合い』。
私には憶えがないけれど……砦では幹部扱いだったはずのマインさんが知らないというのなら、おそらく独立軍の一員として砦にいたわけではないはず。
だとすれば……考えられる一番の可能性は『敵軍』であった正規軍側の人間だったということで、それなら戦場で私が暴れていた姿を見られているということになるわけで。
……普通に考えて、それは避けられますわね。
というか下手をするとほぼ全滅だったはずの正規軍第一陣の生き残りという可能性すらあるわけで。
もしそうなら私のことがトラウマになっていたっておかしくないと思いますわ。
「もしかして、私のことを『敵軍の転生者』として戦場で見たことがあった、とか……?」
「あー、あの人が夕子が復帰してからあんまり本社区画に顔出さないのもそのせいかもね……よく思い返してみると、決まって夕子がシックスさんと外出しててかち合う心配ないタイミングだったし。もしかしてレジスタンスの時もわりと無理してたのかな?」
「え、あの……もしかして、私、そんなに露骨に避けられてますの? ダミーさんから話を聞くまで、その方の存在すら知らなかったのですけれど……」
「いや、戦英プロの特注マジックアイテムとかって大体あの人が仕上げてくれたやつだし。私たちがお世話になってる給食とか購買とかの魔法人形も大体あの人の作品だよ?」
「し、知りませんでしたわ……」
戦英プロには私の知らないことも多い。
だって、これまでは自分のことで手一杯だったから。
ダミーさんに親戚がいるかもしれないとか、私がまだ直接会っていないだけで頻繁に戦英プロに出入りしているような人が……私をそれだけ避け続けているような人がいるというのだって、戦英プロの中にも私と『顔を合わせたくもない』と思っているかもしれない人がいるなんて、考えもしなかった。
けれど……それも、私の来歴を考えれば想像できないことじゃなかったはずのこと。
当たり前すぎて逆に誰も教えてくれなかったのかもしれないこと。
なら、もしかすると、他にも私が知っておくべきなのに知らないことがあるかもしれない。
それを聞こうとしたところで……
「『初期対応部』、全員揃っているな。配置が出た、今すぐそれぞれの担当地点へ行ってもらうから場所を確認しろ」
部屋に入ってくるなり教卓の上に地図を広げる千里先生。
そう……もう、無駄話に花を咲かせている場合ではありませんわ。
ここまでは『待機中』の話。
精鋭チームとしての出動命令を待つ間の談笑が許される緩い時間。
けれど、ここからは気を引き締めなければいけない『お仕事』の時間。
頭を切り替えて皆さんと一緒に地図を囲み、千里さんからの指示を受け取る。
昨日のイベントから今までほぼ丸一日。
『敵』はレイさんの産み出した蟲たちに追い立てられながら拠点に逃げ込もうとするも、その拠点も先んじて大人組の皆さんに押さえられていて形勢を立て直すことができないまま心身に消耗を重ねている。
そして、こちらは一晩しっかり休んでコンディションを回復させている上に、春子さんの占いで敵が追い込まれて来る可能性の高いルートの絞り込みまで完了している。
「地図の印の通り、お前たちにはそれぞれ大人組とペアで敵の逃走ルートを封鎖してもらう。敵の『収納』の能力を応用した逃げ隠れの上手さは脅威ではあるが、これまでの行動パターンから透けて見える臆病な性格的に、逃走ルートに先回りして充分な戦力が配置されているのが見えれば引き返すはずだ。そこからは詰め将棋になる。最終的には予めあらゆる退路を封じたポイントへ誘導し、収納能力で逃げ隠れしてもどうにもならないくらいの罠に追い込むんだ」
相手は『靴底男』。
靴裏に張り付くガムかその包み紙かと思えるくらいまで自らを小さく薄くして隠れながら移動できるという、本気で逃げに徹されれば戦うことすら困難な相手。
けれど、こちらも本気で正面から戦う必要もなければ、逃げる相手を追う必要もない。
『罠へ誘い込んで完封する』。
それが、今回の作戦方針ですわ。
そして……配置直前。
初期対応部のメンバー全員が各地点に一斉移動するために、羊精霊のコットンさんが引く窓のない馬車へ乗り込むため移動している最中。
「ごめん、夜神さんだけちょっと来てくれる? すぐに終わるから」
「春子さん? わかりましたわ。皆さん、すぐに戻ってきますわ!」
呼び出しに応じて、何か布のようなものを手に持った春子さんの元へ。
遠目だと何かわからなかったそれは、近くに寄ってみればよく見慣れたもので……
「それ、私の着物……」
「うん、急ピッチで仕上げてもらってギリギリになったけど、マジックアイテムとして改造して『障壁』と『自動発光』の術式を仕込んでもらった。配置の場所に行ったらこれに着替えて」
「『障壁』と『自動発光』……私の身を守るためのもの、ですわね」
思い返すのは、あのステージの上で首を落とされた仏像が自爆しようとした瞬間。
私はあの時、ベルシィさんは守護者で覆って爆発が起きても守れるように動いたけど、どうしても自分自身は守れなかった。
『暗くて狭い場所』に自分を閉じ込めるイメージをしてしまって、怖くなって、固まってしまった。
これは、私がそうならずに自分の身を守れるように、仮にそうなって身を守り損ねてもダメージを抑えられるように……私が『大きなダメージ』に備えなければいけないからこそ用意されたもの。
さすがにここまで来ると、春子さんの行動の意味も理解できてしまう。
春子さんがわざわざ私の装備だけ特別に用意してくれたということは、まだ見ぬ未来に『こうしないといけない理由』があるということ。
それはきっと……
「春子さん……これはきっと、『私以外の誰か』だと、上手く行かないのですわね」
「うん……『占い』の通りなら、ね」
これはきっと、千里先生が知らされている『占い』とは別の『占い』の話。
作戦の直前にこうして装備を渡された理由も、他ならぬ私だけがこうしなければいけない理由も、『今の私』にはまだわからないけれど……
「夜神夕子、心して参りますわ」
あのステージに上がった時と同じ。
私は、この私だからこそできる重要なポジションを任されている。
それだけわかれば、話は充分だった。




