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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく


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第31話 元・狂戦士『ベルシィ』

side 夜神夕子


 夜のトイレの個室。

 目隠しをされた上、手錠でパイプに繋がれて身動きの取れない女の子。

 そして、毛布で隠されてはいるけれど……その手を離れて置かれているのが見える衣服の組み合わせを見れば、その毛布の下はおそらく……


「ベルシィさん。その、『いけない遊び』というのは……それに、オシオキ?」


「あはっ、夕子ちゃんやっぱり初心(うぶ)というか、そっち方面はあんまり詳しくないかー。そこのバッグにいろいろとオモチャとかも入れてあるけど、まあ使い方とかわかんないよねたぶん」


「おもちゃ? えっと、ゲームとかですの?」


「そりゃ、身体に落書きするためのペンとか、くすぐり用の羽根ペンと猿轡のセットとか、マッサー…いや、やっぱ忘れて。うん、変なこと教えすぎるとたぶんボクが蓬ちゃんに炙られるから」


「その、よくわかりませんけど……悪戯をして欲しいってこと、ですの?」


「まあ、そうなんだけどね……うん、やっぱいいや。こういうのに無知な子に無理矢理やらせてもなんか違うっていうか、愉しんでもらうついでにボクもちょっと発散できたらってだけだし。あ、目隠しとってくれる? 会話するならするでちゃんと目を見て話したいからさ」


「は、はい。では、失礼しますわね?」


 言われた通りに目隠しを外して、とりあえずまとめられた服の上に……洗面台に置いてあった下着も一緒に置いておきましょうか。

 服を着せるのは、手錠がある今は少し難しそうなので後にして……


「その、毛布の下は……着られる分だけでも着せた方がいいというのなら頑張りますけれど……」


「あはは、いいよそこまでしなくて。それやろうとすると、まあ、いろいろ見えちゃって気まずいだろうし、途中で他の人が来たときに絵面が大変なことになりかねないし。このままの方が見つかっても夕子ちゃんは偶然遭遇した変態さんとそこそこの距離を保って会話してたってだけで話が済むしさ」


 『変態さん』。

 ……まあ、自分でこの状態を作ったという言葉からもこの落ち着きからも予想はしていましたけども、これはいわゆる『そういうこと』なのでしょうね……その、詳しくはありませんけども、学校でたまに言われていた『変質者の出没注意』みたいな話で注意されるべき人みたいな。


「…………ベルシィさん」


「ん? なに?」


「もしかして、こういうことはよくしていますの? その、深夜なので偶然遭遇したのは今回が初めてというだけで……」


「まあ……うん、初めてとは言わないかな。そこまで頻繁にやってるとも言わないけど、明日のライブの準備でちょっとストレス溜まってる感じもしちゃってさ……直前で春子さんからいろいろプログラムの変更とかお願いされて忙しかったのもあるかもだけど」


「春子さんから……それというのは、やはり私の『剣舞』を演出に無理やりねじ込んだというお話ですの?」


 千里さんの言葉を思い出す。

 確かに、いくら『新人がプロ並みの動きをする発明の実演』が目的だからといって三日後のステージにいきなりそんな話も聞いたことがなかった人間を上げるのはおかしいと思っていた。


 シックスさんから春子さんの『占い』のことを聞いていたから、彼女が普通の人ならしないようなスケジュールを組むのも『そういうもの』なのだろうと思ってしまってはいたけれど……彼女自身はともかく、ライブに関わる他の人まで『そういうもの』なわけはない。

 ベルシィさんたちに迷惑をかけてしまっていた、それを改めて突きつけられてしまうと……


「あ、勘違いしないでね? 迷惑をかけられたとか、そういうふうには思ってないから。スケジュールの急な変更とかは確かに大変ではあるけど、みんな納得してやってるから」


「え?」


 私の心中を先読みしたようにそう言ったベルシィさんは、『仕方がない人だなぁ』と快く迷惑をかけられていると表情で示すように軽い息をつきつつ、こう続けた。


「春子さんが不自然なくらいに周りへかける迷惑を看過して動いてる……こういう『干渉』を焦るってことは、『そうしないとダメな未来』が見えたってことだと思う。それも、かなり間近に。前にもあったことだし、その時は春子さんのやり方に無理に反発しちゃってたらボクたち全滅してたって盤面なのが後からわかったからね」


「それは、春子さんの『占い』で……? でも、そこまでの危機が迫っているのなら先にそう言ってくれても……」


「まあ、最初はみんなそう思うよね。けど、そう言わないのは理由があるらしいというか……本人が詳しく説明するのを避けてるから察してあげるしかないけど、春子さんの『予知』ってその結果を具体的に知って、その情報を意識して行動する人が増えると外れやすくなるみたいだから。あの人はあの人で、『どこまで情報を開示するか』をシビアに計算して、その情報までなら意識されても問題ないって織り込んで動いてるんだと思う」


「それは……扱いの難しい能力、ですのね。単に戦いが強くなるだけの私なんかとは大違い」


「うん、まあ社長サマはボクたちよりもいろいろと知ってるみたいだから、春子さんの意図に周りがついて来やすいように融通を利かせてあげてるし、ちょっとした特別権限みたいなものも預けてる。だから、こういうことがあったらみんな『またなんかヤバい未来でも見えちゃったんだろうな』って思って話を合わせてあげることにしてるんだ。本当に見えたものと違っても、『こうした方がいい目が出るって占いの結果だった』って建前をそのまま受け入れた上で動こうって」


「……千里先生は、春子さんのやろうとしていることを最善とは思っていないと言っていましたわ」


「あははっ、お疲れの夕子ちゃんがこんな時間まで眠れてないのってそれが理由? 当ててあげる『春子はお前に剣を仕込む口実として無理矢理ライブにねじ込んだんだろうが、私はそんな必要はないと思っている』とか言ってたんでしょ?」


「…………」


「その顔……はぁ、わかった。もう少し酷いこと言われたんだな? 千里先生、見た目は若いけど、あれでちょっと青春し損ねたまま大人になっちゃった系の人だからなー……転生特典なしでもちゃんと一人の人間として強いし立派なことだとは思うけど、その分だけ年頃の女の子の繊細な心とかが良くわからないノンデリな部分もあるっていうか……『自分だったらそれくらい気にしない』を無意識に他人にも当てはめて突き進んじゃうから。わかりやすく言っちゃえば……あの人、他人の『顔色』を見て言葉を選ぶっていうのが苦手なんだよ」


「…………」


「まあ、あの人はあの人で『誰だって間違った判断をすることはある』ってスタンスで春子さんが読み違えて大失敗した時のためのリカバリーを意識してるんだと思うし、春子さんもそれを織り込み済みでいろいろと動いてる感じではあるんだけど……途中でこういう『摩擦』は起きるよね」


 誰だって間違うことはある。

 未来が見えるような能力を持った春子さんだって、その未来を読み違えることもあるはず。

 そういうスタンスで居続ける人が戦英プロの中にもいなければいけないのは、私もわかりますわ。

 けれど……


「夕子ちゃん……話してみてよ。千里さんに言われたこと、その何がそんなに、眠れないほどショックだったのか」


「え?」


「ボクはこれでも『素晴らしき子供たち計画』の中でも『諜報』に特化したビルドで生き残ったからね……誰が何を考えて行動して、その結果としてこうなったってピタゴラはなんとなく俯瞰で見えちゃうからさ。春子さんと千里先生の思惑がぶつかって、その圧力が夕子ちゃんにかかってることも……それで夕子ちゃんが『軋んでる』ってのも見えるんだ。それは、夕子ちゃん一人で悩んでも、夕子ちゃんから見えるところの情報だけで考えても解決しないし納得できない類の問題だよ」


「…………でも、ご迷惑になるだけですし……」


「おいおい、目の前の女の子が死にそうな顔色してるのに理由を話してくれないことほどの『迷惑』なんてそうそうないぜ? 大体、真夜中に自分で手錠付けてこんなことしてるやつが『どうにもならない他人事の相談』を迷惑だからって嫌がれる資格あると思うん?」


 茶化すように口調を変えてそう言われてみて、まあ確かにそれはそうだろうと思ってしまった。


 『自分から嫌なことをされに来ている人へ迷惑をかけないように気を使うなんて馬鹿らしい』。

 いえ、まあ確かにその通りではあるのですけど、こんな冗談みたいな状況で……私自身が冗談にもできないような、辛かったことなんて……物理的に逃げられない人へ一方的に吐き出すなんて……



「迷ってるね……でもね、夕子ちゃん、ボクは夕子ちゃんのこと『友達』だと思ってるよ。それに、『友達』はこういう時に、なんの解決にもならないとしても何が辛かったかくらいは互いに聞いてあげられるくらいの関係だと思ってる。夕子ちゃんは違うの?」



 『友達』。

 そう言われて、『大したことではありませんでした』とごまかして逃げてしまうことを考え始めていた心が立ち止まる。

 私の逃げ込もうとしていた部屋の机の引き出しにしまってあるノート……社長サマからもらった『夜神夕子の友達100人計画』。


 あれを受け取った時の言葉を思い出して。

 『友達というのは、この人のためならこのくらいは快くできてしまうというラインがある』という話を思い出して。

 ここであの部屋に逃げ帰ってしまったら、私は……あのノートに書き込んだベルシィさんの名前を消さなければいけない気がしてしまって。


 心が、足が踏み止まった。

 そして……


「『日本舞踊じゃなくていいのか』って……これまでの人生を全くの無駄にすることになるんじゃないかって、そう言われて……何も、言い返せなくて……」


「うん……うん、それで千里先生は他にどんなこと言ってたの?」


 人に相談することも愚痴を言うことも慣れていない私は、拙く洩らすように記憶の中の会話の中でショックを受けた言葉を拾い上げるしかなくて。

 けれど、ベルシィさんはそれを逃げようともせず当たり前のように相槌を打って先を促してくれた。


 そして……私から話すことがなくなった辺りで、彼女は一つ深くため息をついて、言いました。


「それさぁ……千里先生の言葉はあんまり気にする必要はないと思うよ。聞いてる感じ、典型的な『勘違い』を前提に話しちゃってるだけのパターンだから」


「……え?」


「ほら。あの人はきっと親に恵まれた側の人だからね、夕子ちゃんの体験してきた『親子』と千里先生の中での『親子』はきっと全然違うんだよ。だから、あの人は夕子ちゃんの親が『良くない親』だったって言われても、自分の頭の中にある『せいぜいこの程度だろう』って線引きの下をイメージできないんだ」


「でも千里先生は私の家庭のことくらい……私の『死因』くらい、誰かから……」


「じゃあ聞くけど、夕子ちゃんの育った日本では『学校の先生』って、クラスの担任の先生とかって、自分の生徒の家庭事情とかそんなに一人一人の背景まで詳しく知ってるものなの?」


「えっ、それは確かに……でも……」


 言われてみて、気付く。

 そういえば、確かに、私は『クラスメイト』には自分の『死因』が過労死らしいことは知られている。

 そして、おそらく普通の学校における『校長先生』にあたるポジションになる社長サマや、『保健室の先生』になるであろうレイさん、それに……あのデートの日の話からして、おそらくその性質を活かして『カウンセラー』のような立場としても皆さんの相談を聞いているシックスさんも知っている。


 けれど……『クラスの担任』にあたる千里先生には、千里先生の前では、私は自分の死因の話をしたことも……社長サマの前でやったように、泣きながら弱音を吐いたこともない。

 てっきり、千里先生も『先生』であるのだから、誰かから私の前世のことなんて聞いててとっくに知っているものと思っていたけれど……


「夕子ちゃん、『大人』に夢を見すぎだって。千里先生ってさ、まああの外見では信じられないくらいにはいい大人っていうか、いい歳なんだけど……『先生』としては一年目の新米だし、元は実力主義が基本な世界の冒険者だよ? ついでに言えば、若い頃は『自分を助けてくれなかった世界への復讐だー』みたいなノリで世界を滅ぼそうと企んでガチなテロの準備までやってたこともある魔王化未遂犯だよ? そんな人なら、ついナチュラルに『弱くて辛いなら耐えて強くなればいいだろ?』の思考で話しちゃっても不思議じゃなくない」


「…………」


「それに、あの人は『先生』の一人ではあるけど、警備部門の責任者でもあるし。教員会議みたいな場で夕子ちゃんのことを情報共有されてたとしても普通に忙しくて聞き逃したか、先入観で話の先を脳内補完して聞き流しちゃった可能性は高いと思うんだ。『親との仲が多少悪かったくらいで』とか言っちゃう辺り、そのくらいのニュアンスでしか受け取れてなかったとか」


「そんな……」


「夕子ちゃん、これ生きていく上で大事な豆知識……人は知らないものは知らないし、自分がそれを知らないことすら知らないってことも多いんだ」


「…………」


「それに、自分が知らないって知らないから、それを知ってる人に質問したりもしないし、周りも当たり前に知ってると思って会話してるってよくある。ちょっとの矛盾とかも自分の常識に照らし合わさるように自己解決してスルーしちゃったりさ……夕子ちゃんのことも、具体的なエピソードを聞いてたらさすがにそんな軽く聞き流せないと思うけど、そんな深く聞く時間がなかったか話す側が躊躇っちゃったかで『死因に全く関わりがないと言えるほど家庭に問題がなかったわけじゃなかった』くらいにしか伝わらなかったんじゃないかと思う」


「そんなこと……ありますの?」


「あるよ? たとえばさ……夕子ちゃん、ボクが『人を殺したことがある』って知ってるっけ?」


「え、いえ、けれど……」


 『具体的に誰かを殺したとは聞いていなかったけれど、殺していても仕方がない経歴だろうな』とは思っていた。

 ミュジカさんから、軍の特殊な部隊にいたと聞いていて。

 その部隊が、社長サマの暗殺を試みて逆に壊滅したという話や、ミュジカさんのように真っ当に育てる必要がない孤児なんかを集めて生き残りをかけた厳しい競争を強いる環境だったことくらいは知っていて。


 ベルシィさんが人を殺したことがあると言われても、『そうさせられたのだろうな』としか思えない。

 私も戦火の中で人は殺してしまっているし、特殊な形であっても『軍人』だったベルシィさんが人を殺した経験を持っていると言われても目の前の彼女を見る目が変わったりはしないけれど……



「ボクが最初に殺したのってさ、『血の繋がったお兄ちゃん』なんだよね。今でもトラウマで吐きそうになるから、あんまり他人に言わないけど」



「………え? いえ、あの……それは何か、精神的な意味で、とか……?」


「いや、どうしようもないくらい物理的な意味でさ……ほら、いきなり言われて何かの比喩とか聞き間違いだと思おうとしちゃったでしょ? でも聞き間違いじゃないんだ、これが」


「………」


「まずはお兄ちゃん。それから、おじいちゃん、お父さん、最後にお母さんの順番だったかな。家庭環境に問題があってとかそういうわけじゃなかったし、やりたくてやったわけじゃないんだけど……夕子ってさ、『闇市』がやってた『悪徳権(パージ)』って知ってる?」


「あっ、えっと……テーレさんが、『酷いこと』をしていた人たちを、それをやっていたからと。厳しい尋問をしているけれど、同情なんてしなくていいと言うような話を……」


「そう、それそれ。『悪徳権(パージ)』っていうのはね……ガロム正規軍が勝手に『いなくなってもいい』って決めつけた人や家族を計画的に襲って、経験者が立ち会って『新入り』にとにかく酷いことをさせるんだ。裏組織の入団試験みたいな、共犯者にするための最初の違法行為。軍の武力と諜報力で包囲されて、もみ消されて、一般人には知られてないけど自分に起きて知っちゃった時にはどうやっても抵抗できないっていう天災みたいな人災(イベント)


「…………」


「そこで、より残虐でより非道なことができるほど昇進しやすいとか、そんな話まで新入りに吹き込んでさ……競い合うように、『悪徳』の味見をさせるんだ。そして、それが先輩の目の前でやってもそれが責められないこと、むしろ生温いとか言われたりすることで悪事への認識とかハードルが変わっていく、それが天から自分たちに与えられた『特権』だと思い込むようになって、組織外の人間はそういう扱いをしていいものだって教育されていくんだ。まあ、最初からヤバいやつとか、端からその素質を見込まれて裏組織にスカウトされたやつってパターンもあるけどね?」


 そう言って、ベルシィさんは目を閉じて、小さく嘆息してから語った。


「ボクの時の『そいつ』は、かなり性格の悪い変態でさ、罪のない人たちをただ残酷に痛めつけるだけじゃなく、それをその時八歳そこらだった娘にやらせるのが一番ウケが良いって考えたみたいで……あ、ちなみにお兄ちゃんはその時十三歳だったかな? 五歳差だから生まれたときからたくさん世話してくれて、可愛がってくれて……あの日も、わたしを隠して囮になろうとしてくれたっけ。相手が『ガロム正規軍』じゃない普通の盗賊とかだったら、家族構成とか事前に調べられてなかったら、それで助かってたりしてたかもしれないけど」


「…………」


「まあ、あの時は相手が本物の『軍事力』の一端だなんてわからないし、裏組織の伝統とか知らないし、押し入った人たちは覆面してたから普通に強盗とかその手の話だと思ったけどさ……縛ったみんなに目隠しして、最後に捕まえたわたしに金槌を渡して『こいつらがお前に気付いて名前を呼んだらその瞬間に殺す』ってさ」


「っ……」


「酷いんだよ、猿轡とかもなしでさ、お兄ちゃんが気付いちゃってボクの名前を呼びそうになった時なんて、焦って思いっきり金槌振り抜いちゃってさ……頭が、こう、ね」


「うっ……」


「……今から思えば、あいつも金槌を持たせてみたって子供の力で人が本当に死ぬとは思ってなかったのかもしれないけどさ……お兄ちゃんの後は、もうそういう『空気』になっちゃってさ。あの頃からちょっと火事場の馬鹿力のリミッター緩くなっちゃったんだろうね……ふっ、うぷっ……最後のお母さんの時には、ちょっと慣れちゃってたというか、苦しませないように一撃で済ませられたのは良かったかもだけど、殺すことそのものにはどうやっても慣れなかったな……」


「し……知りませんでしたわ……私、ベルシィさんが人を、殺したことがあると言われても……きっと、『軍人』としてだろうと……勝手に、勘違いして……」


「まあ、『そういうこと』だよ……自分で言うのもなんだけど、誰からもまあまあ同情してもらえるくらいには酷い過去だとは思うけど、わざわざ他人に話す気にはあんまりならないよね。不幸自慢するにしたって、少なくとも家族にも環境にも恵まれてた……『あの日』までは寝る所も食べるものも将来も心配したことがなかったボクなんて、そもそもそういうものがない中で生き抜いてきたミュジカに勝てる気はしないし」


「…………」


「けど、世界一不幸とは言えないにしても、やっぱり普通じゃないのは間違いないし、人生が歪むには十分な経験だったとは思うよ。家族との思い出に繋がるものがトラウマになるくらいには。だからボクは、千里先生よりも夕子ちゃんの気持ちの方がわかるかな。いや、家族は大好きだし夕子ちゃんの気持ちが全部わかるとは言えないけど、どっちかと言えばね」


「…………」


「……今だって楽しかったり嬉しかったり幸せだったりする度に、心の何処かで思うよ。ボクがこんな気持ちで生きてていいとは思えない。破滅したい、罰されたい、裁いてほしいって。まあ、その結果が『馬車組』を巻き込んだ無理心中の末に生き残っちゃったみたいな現在なんだけど。一番終わりたかったボクがこんな人生の再スタート決められちゃったのは皮肉だよね」


「………」


「ほんと、恵まれすぎてて事あるごとに罪悪感が湧いてくるっていうか、特に仲が良かった『双剣士』とか『狙撃士』には死ぬほど申し訳なくなるよ……けど、それでも生きていられるのは、やっぱり『もう一度幸せになりたい』って思わせてくれる八歳までの幸せだった時間があったからだと思うけど……もう一つ重ねて、『それでも』、さ。その頃をちゃんと思い出そうとすると、どうしても浮かび上がってくる『嫌な思い出』とは簡単には切り離せないから」


「…………」


「優しい家族だったし大好きなお兄ちゃんだったけど、少しでもその思い出を思い浮かべると『あの日』を思い出して吐き気がする。家族に付けてもらった本当の名前は忘れたくないと思うけど、もし誰かに呼ばれたらあの時を思い出して心が死ぬか誰かを殺しちゃうと思う。だから、軍で番号とか識別名で呼ばれるようになって誰にも名前を呼ばれる心配がなくなったことは本当によかったと思ってるんだ」


 そう言って、ベルシィさんは瞼を上げて私を見据えた。

 『友達』として、私の相談に乗った側として、安心させるような笑みを浮かべて。


「だからさ……千里先生の言葉は一般論としては正しいとしても、少なくともボクが言われたなら、間違ってると断言できるよ。『日本舞踊』だろうと、『本当の名前』だろうと……無理にでも使い続けろって言うなら、それはボクに『さっさと罪に溺れて死ね』って言ってるのと同じだから」


 ベルシィさんは、裁かれたいと言いながら、人生の再スタートを決められたとも言った。

 死にたい思いと、幸せになりたい想いを両方抱えながら今も生きている。

 そんな闇を抱えてるとは見えない笑みを浮かべながら、こんな場所で自分の自由を縛って、誰かの『悪戯』を夜な夜な待っている。


 そんな『歪み』を自覚しながら……それでも前向きに生きようとして、私の相談すら受けてくれている。


 強くて、すごい人だと思ってしまう。

 この『いけない遊び』だって、身内しかいない寮の女子トイレでやってること。

 これくらいの破滅願望で済んでいるのはむしろ良いことなのかもしれない……こんな姿を見せられながら、友達として尊敬できてしまうくらいに、そう思えた。


「まあ、要するにさ……そういう『家族』とか『親子』もあるんだ。だからボクは夕子ちゃんがその家族との繋がりを捨てようが不思議とも、もったいないとも思わない。今の夕子ちゃんがボクの破滅願望をなんとなく受け入れてくれたみたいに。夕子ちゃんが『剣舞』って新しい道に進み始められたなら、すごく良いことだって思えるし、春子さんもそういうスタンスなんだと思う……ただ、焦ってるように見えるのは千里先生と同じかな」


「焦ってるというのは……戦英プロの戦力の問題として……?」


 私が千里先生の言葉を聞いて予想した春子さんの意図。

 けれど、ベルシィさんは首を横に振ってそれを否定した。


「いや、多分そういう長期的な話じゃなくてさ……明日多分ライブ中に『敵』が来るんだと思う、だからステージの上に戦える人を置いておきたいとかそんな感じじゃないかな……いや、蓬ちゃんじゃなくて夕子ちゃんな辺り、単純に戦力の話じゃなくて能力の相性とか状況的に夕子ちゃんじゃないとダメっぽいかもだけど」


「それって……まさか、『靴裏男(アンチガム)』の件ですの?」


「うん、夕子ちゃんが露骨に狙われてる事も考えると『夕子ちゃんがステージに立つプログラムにすれば敵の狙う場所とタイミングが絞り込める』みたいな『占い』なのかもね」


「でも……それなら、そうと言ってくれても……」


「ほら、事前に敵襲があるなんて『知ってた』ってなると、お客さんの安全のために明日のライブ自体を中止しなきゃいけなくなるから。相手方が『次のライブで必ず妨害してやる』ってスタンスで来られたら予知できちゃう方が困るというか、安全を考えたら二度とライブなんてできなくなっちゃうし。だから敢えて誘い出した上で『対処するのに必要な戦力が偶然にも必要な場所に揃ってた』ってことにしたいんだよ、春子さんは。きっとね」


「……そうだとしたら、春子さんも大変ですわね。そこまで考えて他の皆さんを動かしながら自分も必要な行動するなんて、私にはできる気がしませんわ」


「あははっ、真似しようと思わなくていいやつだよ、それ。なんだかんだでうちの『大人組』はすごい人揃いだからね。千里先生も、年頃の女の子の気持ちはわからないノンデリなのはダメなところだけど、対犯罪組織とかってスペシャリストな方面だとちゃんと一流だから。ただ、そうやって尖ってて小回りが利かない所は『Cクラス』のボクたちが合わせてあげないとね……仕方ない大人たちだけど、仲間なんだから」


「仲間……」


「うん……まあ、信頼して、信用してよ。今日はちゃんと寝て、明日は『何か』が起きるまでは何も知らないみたいに()ればいい」


舞台(ステージ)の上で……いえ、『仲間』のいる舞台裏まで、ですのね」


「そういうこと。みんながやることやれば上手くいく……なにせ、今回は『初期対応部』総出での仕事だからね。舞台裏で、問題が問題として認識されないくらい初期の初期に鎮火するくらいわけないよ。舞台の上で火が起きたとしても……ライブは成功する。ボクたちが()りきって、ファンのみんなが楽しめればそれが戦英プロの勝利になる」


「…………責任重大、ですわね」


「だからこそ、みんなを信じてボクたちはステージの上に立てばいい。重くて大きな責任も、舞台裏で支えてくれてるみんなを信じられるから背負って立てる……それでも、『日本舞踊』のことをどうしても考えちゃいそうっていうなら、こうしよっか?」


 不意打ち。

 ベルシィさんの脚が、私に絡められる。

 ぐっと引き寄せられて……毛布の中の、素肌に触れて……


「え?」


「ちょっとだけ、『おまじない』をかけてあげる。ボクが自分を切り分けるのに使ってた、少しだけ記憶の蓋と鍵を弄るやり方で。ルビアさんの手ほどじゃないけど、動きから『迷い』を消すくらいはできると思うから」


 手錠はかかったままなのに、器用に私を抱き込んで。

 私は何もできず、毛布の中に呑まれるように……私にとって怖いはずの暗くて狭い場所になってしまったはずなのに、それを人肌の温かさで上書きして。


「本当に日本舞踊のことなんて捨てていいって決心した時には……そうだね、こう唱えて『       』って。そうすれば……世界が変わるから」


 至近距離からの息がかかるほどの囁き声に、『おまじない』を吹き込まれる。

 急に意識が遠のいて、無意識に声が響くように、うたた寝している時に話しかけられたみたいに言葉が心地よく染み込んで……




「はっ……あ、朝……?」


 目が覚めると、私がいたのは自分の部屋のベッドの上。

 窓からは朝日が差し込んでいて、いつ寝たのかもわからないけれど不思議と夜更かししたとは思えないくらい気分が楽になっていて……


「もしかして、あれは夢……? じゃ、ありませんわね……」


 目覚めてみて、不意に視界に入った自分の手の平に感じた違和感。

 そこには、おそらくはあの小さなカバンに入っていた『悪戯用の道具』の一つであろうインクで書かれた落書き。

 それは……


「『緊張するな』という意味だとは思いますけども……日本では『手の平に人を三回書いて飲む』って言いますけど、あれは『人を呑む』って願掛けの意味であって、こういうことじゃありませんわよ」


 世の中にはお米に文字が書ける人がいるのだから、不可能ではないのだろうけれども。

 私の特別大きいわけでもない手に、それも両手も使わず片手の手の平だけでよくもまあ描き込めたというような、小さくとも特徴のわかる器用な絵。

 もしかしたら、私に『人』という文字が読めないかもしれないと思って絵にしてくれたのかもしれませんけれど……


「さすがに書けますし読めますわよ、『人』くらい。けれど……こちらの方が力にはなりますわね」


 きっと、インクはすぐに消えてしまうのはわかっているけれど。

 よくもまあ描き込めたという、落書き……『Cクラス』の『初期対応部』の仲間が一緒にいるというメッセージ。


 それを、どうにか残しておきたくて……


「これも『ベルシィさんからもらったもの』ですわ」


 『友達100人計画』のノートを開いて、ベルシィさんの名前のページの下の空白に手の平を置く。

 さすがにそのままインクが染みるようなことはないけれど……私の『特技』があって良かったと思う。


 守護者の精密操作。

 ページの厚みよりも薄く、ノートを傷付けないように本当に浅く。

 似顔絵のインクに沿って『不明』を浮き出させて。

 左右反転の鏡写しにはなりますけれど……もしかしたら、私にはこの方がいいかもしれませんわね。


「さあ……行きましょうか」


 手から消えたインクの代わりにノートに刻まれた『透かし彫り』を陽光に翳すと見える十三人の似顔絵。


 私は、減った質量以上にどこか重くなった気がする宝物を机にしまい、朝の身支度を始めた。


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