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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく


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第30話 『大人の意見』

side 夜神夕子


「同志のみんなー! 元気してたー?」

「アウトゾーン・ティーンズの特別ライブ、来てくれてありがとう!」

「物産展のお客さんも、よかったら見ていってねー

!」


 『アウトゾーン・ティーンズ』のライブは、集まった『同志(ファンの方々)』への歓迎の言葉から始まる。

 今回はピークドットで行われる各地の特産物展の会場でのコラボ企画ということもあって、新規の同志(ファン)を各地に確保する狙いもあるのだとか。


「初めての人もいるだろうから、まずは挨拶代わりに一発かましていくよー!」

「みんなでテンション上げていくわよー!」


 プログラムの最初はアイドルグループとしての名刺とも言える代表曲から。

 場のテンションの急騰と中毒性の高いリズムを前面に押し出した曲にエフェクトを惜しみなく重ねて大披露。


 そして、その曲のテーマは……いわゆる『軍事批判』を織り込んだもの。

 これは元々、アウトゾーン・ティーンズが『ガロム正規軍』との戦いで敵側の精神攻撃を相殺する作戦のために生まれたアイドルグループだった名残りとも言えるけれど、実際に裏で『闇市』として非道行為を重ねていたガロム正規軍に権力と武力の圧制を受けて抗議の声も上げられなかった人々の気持ちを代弁して人気を集め続けるアイドルグループとしての軸になるテーマでもある。


 そして、テンションを上げさせる歌とエフェクトで観客を独特の世界観に引き込んでから始まるのは2.5次元のドラマ型トークショー。

 まずはステージ上でのキャラ設定での自己紹介をしつつ、その『友達』として名指しされる今回のコラボ相手である特産物を扱う商人さんの紹介や商品の宣伝。

 そして……


「さあ、同志のみんなも盛り上がってきたところで! お待ちかねの隊長ランキング!」


「前のライブから今日まで、みんなの好きな隊長さんはどんな活躍をしたのか! 人気投票の用紙はちゃんと持ってるかしら?」


 スクリーンに映し出されるのは、昔テレビで見ていた教育番組の中でやっていたようなCGアニメーションのショートドラマ。

 『ゼット・ネイバー』が生成したというそのアニメーションの中で語られるのは、架空の悪の組織『暗黒帝国』から派遣されて各地で悪事や破壊を繰り返す暗黒将軍たちと、それを討ち倒す『レジスタンス』の隊長たちの架空戦記。


 暗黒将軍も、レジスタンスの隊長たちも、その部下たちもみんな人間じゃなくファンシーだったりコミカルだったりと親しみやすいキャラクターデザイン。

 漁師を襲う『タコみたいな暗黒将軍』を『白黒の鷹のような隊長』が漁師たちの力を借りて地上に釣り上げて必殺技で地の果てまでふっ飛ばしたり、『魔法で子供を洗脳する幽霊の暗黒将軍』を『鎧を着たリスみたいな隊長』が壺の中に封印したり。


 そんな『隊長たちの活躍』を映し出したスクリーンに合わせてリアクションをとるベルシィさんとミュジカさん。

 一連の『活躍シーン』が終わると、前回のライブの投票結果が反映された隊長たちの人気ランキングが映し出されて、その上位隊長の固有キャラクターソング『隊長応援歌』を二人がステージ上でダンスと共に熱唱。


 そして、そこで……


「おいこら反逆者ども! またこんな集会開きやがって! 帝国の威信が損なわれるだろうが! あと、オレの休日もな! わざわざ非番と被せてくるなこんちくしょう!」


 『暗黒帝国の憲兵団』として仮面をつけさせた魔法人形(ゴーレム)たちを引き連れた軍服風コスチュームのタカラさん登場。

 敵対する『暗黒帝国』と『レジスタンス』の人間としてステージ上での軽いトークバトルショー。

 そして、暗黒帝国の腐敗や権力の膨らみすぎた暗黒将軍たちの好き勝手の悪行を指摘されて反論ができなくなるまで言い負かされたタカラさんは、ゴーレムたちに攻撃命令を下す。


「やっちまえ憲兵団!」


「こっちもやるよ、ミュジカ!」

「背中は任せますわよ、ベル!」


 そこから始まるステージ上での本格的な殺陣(タテ)演出。

 妖怪退治にも戦力として参戦できるだけあって、素人目にもわかるくらいに本格的な白兵技術で数で勝るゴーレム憲兵団も難なく突破する二人。


 そこで……舞台裏から、衣装と仮面で憲兵団の一員とわかる姿に変装した私と春子さんの出番。


「ちくしょう! 役立たずの雑魚共が! だが、今回は雑魚共だけじゃねえぞ! いけ! ダンシングナイツ!」


 模造刀を構えて、『ゼット・ネイバー』のアシストに任せた剣舞でベルシィさんとミュジカさんを追い詰める。

 けれど、そこでベルシィさんとミュジカさんたち自身の『隊長応援歌』が鳴り響き、リズムに乗った連携で逆転。

 最後はベルシィさんのフルスイング戦斧に二人揃って舞台袖までふっ飛ばされてクッションに受け止められて退場。


 私と春子さんの出番はそこまで。

 後は、いつものお決まりとなっているタカラさんのお仕置きシーン。


「ダ、ダンシングナイツがやられちまった……お、おぼえてろよー!」


「なーんて逃げられそうな空気出しても」

「逃さないわよ?」


 二人に捕まり、『洗脳マシン』と書かれた箱の裏へ連れ込まれるタカラさん。

 スクリーンにデフォルメされたコミカルな絵柄で『椅子に拘束されて頭に機械を被せられて目をグルグルさせているタカラさん』のアニメーションが映し出されている内に軍服コスチュームを脱いで下に予め着ていた『アイドル衣装』に早着替えしたタカラさんが箱の裏から出てきて、二人から渡されたマイクを受け取ってノリノリで叫ぶ。


「暗黒帝国なんてクソ食らえ! 薄給! 過重労働! 労災黙殺! やってられるか馬鹿野郎!」


 ……そのままノリノリで、本当に楽しそうに不満爆発といった歌詞が詰まったタカラさん自身のキャラソングを三人で熱唱。

 そして……


「ハッ! しまった……お、お前ら! オレがこんなこと言ってたなんて帝国のやつらには絶対言うなよ! その代わり、今回だけは見逃してやるからなちくしょー!」


 洗脳が解けたかのように慌てて退場。

 呆れたように肩を竦める二人。


「そんなに不満溜まってるならこっち来ればいいのにー」

「次くらいで堕ちてくれるかしら?」


 そして、観客の方へ意識を戻して『トラブルのお詫び代わり』と締めの一曲。

 出口で隊長たちの人気投票用紙を係員に渡していくのを忘れないように言い添えて、ライブ終了。


 それが、明日のライブで『何も起こらなかった場合』の進行プログラムですわ。




「はい! リハーサル終了ー! みんな、お疲れ様ー! 夜神さんもミュジカちゃんとの殺陣パート、ぶっつけだったけど行けたねー」


 本番前日、ここは本番の会場ではなく戦英プロ本社区画の屋内運動場。


 ベルシィさんミュジカさんと一緒に授業をお休みしての直前リハーサル。

 明らかに私が春子さんの提案を受け入れることを前提にしたスケジュールでしたけど、もうそこには突っ込みませんわ。


「ぶっつけと言っても、本当に『ゼット・ネイバー』のアシストにお任せでしたからね。正直に言って拍子抜けでしたわ、剣についてあれだけたくさん教えてもらったのに」


「あははっ、でもおかげで動きの意味とかはなんとなくわかった上で演じられたでしょ? 『ゼット・ネイバー』はあくまでアシスト、本人がその動きをどうしてもしたくないとかって抵抗感があったら働かなくなるっていうのも一つの売りだから、ちゃんと本人が乗り気で、楽しんでやってるってのは重要だよ。そのためにも、自分で動きの意味を理解してやってるっていうのは大事」


「そう……ですわね。剣を習わなくても同じ動きができたとしても……ちゃんと剣を習っていなかったら、あんなに動けることが楽しいと思えなかったかも」


 昨日の午後いっぱい、それに今日の朝から昼時の今まで。

 私は春子さんに剣の扱い方を教わり続けて……いつしか、夢中になっていた。ありていに言えば、ハマってしまった。


 だって、春子さんは剣を教えるのが本当に上手で、新しいことを憶えるのがこんなに楽しいなんて思えるのは生まれて初めてで。


 アトリさんと出会った時の『世界が変わる感覚』の先を知った。

 あの時は日本舞踊を『美しく見せる』という概念を初めて知って、『見られる部分』の完璧さに意識を集中すればいいと理解したことで動きが良くなった……けれど、そこまでで。

 その先を知るには、アトリさんとの時間はあまりにも短すぎて、その先があることまではわからなかった。


 見本の動きを正確に真似するだけじゃない、意味や意義を知った上で『こういう結果を手繰り寄せたければこうすればいい』という先人の知恵が、恐怖を脳に刻みながら見えない地雷原を歩き続けるような『必勝法の丸暗記』とは違う『不完全な自分を認めて一歩ずつ前に進む』という感覚に安心感を与えてくれる。


 普通の人生を歩んできた人には、言語化するまでもなくて逆に他人に教えられないくらいの当たり前の感覚なのかもしれない。

 けれど、私にとってはあまりに新鮮で、のめり込むのに充分な愉しさの塊だった。


 私にとっての春子さんと剣に触れ合う時間は、そんな時間。

 世界が変わり続ける、目が回るような不思議な時間。

 日が暮れたのも言われるまで気付かないくらい、一度帰って眠るのが惜しくなってしまうくらいにハマってしまった。


「あはは、まあ、そうだね。こうすれば夜神さんが吸収しやすいって『占い』で出てたからね……私が差し迫った『イベント』のために必要だって言えば疲労回復のポーションも使わせてもらえるし」


 リハーサルを終えた後の自由時間。

 アシストに頼らず自分自身でも同じ動きを再現しようとする私に付き合ってくれながら、春子さんは私のこのハマりようすら想定通りとばかりにあっけらかんと言う。


「春子さんは、私が剣を楽しめるとわかっていたから剣舞の相手に誘ってくれたんですの?」


「いんや? 魔法以外なら大体の技術は教えられるよ? ていうか、夜神さんに芸を仕込むことに関しては世界一、いや、全世界線で一番だって自負があるからね。なんならライフルでの長距離狙撃とか戦場格闘技とかだって教えられるよ? 夜神さん、動きの精密再現めちゃくちゃ得意だから一度波に乗ったら習得速度チートだし。ただ、『今回』はしばらく剣に集中してほしいから、他の芸を仕込んでほしかったらまたの機会になるけど」


「芸を仕込むって……そんなペットみたいに言われるとちょっと複雑な気分ですわ。あと、狙撃なんて……そもそも春子さん、日本人の転生者ですわよね? なんでそんな物騒なスキル持ってますの?」


「いやね。実は昔、社長サマを暗殺しようとしてた時があってさ。その時、狙撃とか毒とかいろいろ頑張って修得したんだよねー」


「……え?」


「あははっ、まだ『戦英プロ』ができる前……まあ、つまりは戦時中の話ってやつだよ。でも、頑張っていろんなアプローチができるようにしてみても、結局『どうやっても殺せない』って占い結果しか出なくて、実行する前に諦めたんだよねー。まあ、その暗殺以前に能力使ってカジノでイカサマやらかしてたのもあって普通に捕まったんだけど。剣術とかナイフ術とかもその時に憶えたやつだったりして」


「…………そう、ですの。いえ、私がどうこう言えることではありませんわね、本当に」


 そう……この世界は、ほんの一年前まで『戦時中』と呼べる状態だった。

 それが、私が旧都砦で使われていた時のように戦場で向かい合って軍団同士でぶつかり合うようなものばかりでなく、『転生者のように特殊な能力を持った者同士の暗殺合戦』のようなものも散発しているというのはレイさんから聞いていた。


 そんな中で、私のような派手な能力で戦場で有名になっていなかったとしても『転生者』としてこの世界に生まれ変わった春子さんが戦場で使えるような『物騒なスキル』を修めていても、何もおかしな話ではないのでしょう。


 それが社長サマの暗殺を目的に磨かれたものだというのは予想外というか……それでどういった形になったのかはよくわからないけれど、この時間の概念からはみ出しているような振る舞いをする春子さんを『返り討ち』にしてしまったらしいというのはあの人らしいエピソードですけども。


「ま、それはともかく。私も教えるのが上手いっていうのは否定しないけど、夜神さんは本当に素直で真面目で集中力があるから呑み込みがすごく早いのも事実だよ。『ちゃんと育てればちゃんと伸びる』ってやつ」


「そんな、私なんてずっと……」


「わかってる。ずっと、反対のことを言われてきたってことは。だけどね、夜神さんは本当に偉いしすごいんだよ」


 褒められた。

 単純に、捻りもなく、ただ『偉い』『すごい』と褒められた。

 そんな、それこそ辞書にも普通に乗っているくらいのシンプルでテンプレート過ぎて、逆にあまり聞くことがないくらいの褒め言葉なのに……新鮮な気持ち。


「大丈夫。夜神さんは『自分なんて』って、『こんな自分の人生なんて』って思っちゃうことが多いかもしれないけど、ちゃんと生きていけるくらいには、ちゃんと生きてきたことを誇れるくらいにはすごいから。もう少し、調子に乗ってもいいくらいには偉いから。転生特典なんて関係なくね。ただ、これまでそれを見抜ける人が周りにいなかっただけで……ロバートさん辺りは気付いてて目をかけてたのかもしれないけど、忙しかったんだろうね」


「私が……すごい、なんて……」


「あっ、隙あり」


「はうっ!?」


 剣舞の最中。

 動揺で乱れた隙間に、春子さんの不意打ちの突きが差し込まれて守り損ねる。

 私に剣を教え始めてから時々アドリブで入れてくる、春子さんの得意技……警戒してはいるのだけれど、まだ一度も返せていない技。


「あはっ。慣れては来たけど、まだまだ免許皆伝は無理かな。この技くらいはどんなタイミングでも返せるようになってくれないと」


「うぅぅ……それ、絶対にそんな軽く言うような技じゃありませんわ。来るとわかっていても何故か守りをすり抜けて来ますし……奥義とか秘技とかその手のものではありませんの?」


「お、勘がいいね。地味だけど、実は私の最強技だったり?」


「そうだとしたら、春子さんって結構大人げないですわね……」




 とまあ、そんな感じで。

 初めての大きな『お仕事』に向けて準備をしながら、内心で付き始めた自信というか自己肯定感の上昇を自覚して少しほわほわした気分になりながら型の練習を繰り返していると……


「夕子ー、やってるー?」


「蓬さん、それに皆さんも! どうして、今は午後の授業の時間じゃ……」


 屋内運動場にやってきたのは、蓬さんを先頭としたCクラスの皆さん。

 全員が運動着(ジャージ)で、手袋やロープを身に着けていますわ。


「今回のライブは戦英プロにとってもそこそこ重要イベントだからね、初期対応部も総出で警備協力する予定だったけど、せっかくだからってことで今日の内から準備を手伝うことになったんだ。まあ、主にリハーサルでも使った演出とかの機材運びとかだけど」


「ペリカンコインも臨時収入として割りといい感じに出してもらえるし、これで部室に新しい備品増やせるかなって。後、私個人としては買いたい本もあるし」


「マイン、本当に本買うの好きだよね……まあ、寮部屋に置き場がなくなったらこっちもスペース代として好きなの借りられて読めるからいいけど。あ、アタシは念の為にエフェクト再現の確認しておく。ノンとニドラはそれぞれ一番繊細なものと一番重いもの聞いてきて運んで。タカラなら荷扱いも把握してると思うから」


 蓬さんが皆さんでここにいる理由を説明している間に、『仕事』としての段取りを確認しているマインさんと、『三人娘』のブレーン役として力持ちの他二人を指揮するトマルさん。

 他の皆さんも、リハーサルに参加していたスタッフさんや春子さん、それにティーンズの三人にやるべきことを確認しつつ仕事を始める。


「わ、私も何かお手伝いを……」


「夕子は本番で一番頑張るポジションなんだから休んでて、ていうか……またぶっ通しで剣の練習とかやってるんじゃないでしょうね? 過労で倒れでもしたら、わかってんでしょうね?」


「ドキッ……」


 義務感ではなく、あまりに楽しすぎてだけれど……ついつい休みなく練習を続けてしまっていたのを蓬さんに知られたら怒られそうな気がする。

 そう思って緊張した私に……


「あ、夕子ちゃん。暇なら千里先生にこれ届けてもらっていいですか?」


 助け舟なのか、偶然なのか。

 答えに詰まる私に横から声をかけてきたのはダミーさん。

 その手には大きめの、大根くらいは入りそうな長方形の木箱があって……


「えっと、それは?」


「千里先生、もしかしたらこっちにいるかと思って持ってきたんですけど、いないなら大人寮の方だと思うので。お願いしてもいいですか?」


「わ、わかりましたわ! ちょうど、休憩しようと思っていたところでしたの!」


「ジトー」


「そ、そういうことなので、行ってきますわ蓬さん。では!」


 ダミーさんから木箱を受け取って、蓬さんのジト目から逃げるように屋内運動場から出て、寮の方へ。

 私たちが普段生活している寮……いわゆる、戦英プロの『社員寮』は二階建て、大人組の部屋もCクラスの部屋も外から見ると同じ建物の中にありますが、『大人組』の部屋と私たち『Cクラス』の部屋は中で棟が分かれていて、なんとなく『大人寮』と『学生寮』と呼び分けられていますわ。

 私たちは大人寮の側には用事がなければ入ることはないので、何気に初めて足を踏み入れることになりますわ。


 当然、千里先生の部屋に行くのも初めてだったのですけれども……


「えっと、千里先生のお部屋は……大人組は皆さん、生活区とは別に、もう一つお部屋がありますわね。こちらかしら?」


 私たちよりも人数が少ないこともあってか、生活のための寮部屋だけでなく備品室だったり工房だったりという使い方をされている部屋も多数あるらしい大人寮の地図で、千里先生の名前が刻まれている部屋は二つ。

 片方は二階にある他の大人組の名前と並んだ部屋で、おそらく普通に生活するための部屋……大人組にとってのプライベートスペースだと考えれば、勝手に入ることはできないエリア。


 そして、もう一つは一階にある倉庫や工房と並んだ部屋。

 おそらく、仕事部屋の類なのでしょうけど……とりあえず、近くですしこちらから見てみるべきですわね。


 こちらの地図を読むのに慣れていないこともあって、少しだけ手間取りながら部屋の場所を見つけて、やはり倉庫か何かとして大きな機材を置いているのか入り口を改造して日本だと車庫にあるような大きなシャッターを取り付けている部屋の前へ。

 シャッターの横の人間サイズのドアに、そっとノックをしてみると……



「ああ、来てくれたか。開いているから入ってくれ」



 教室で聞き慣れた千里先生の声。

 言われるままドアを開けて入ってみると、その中には……


「ダミー、調整は済ん……夕子?」


 部屋に大きなシャッターを付けなければいけなかった理由であろう『大きなもの』……胴体がえぐれた大型の獣火機に寄り添うように椅子に腰かけながら、書類を処理していた千里先生。


 獣火機が『欠けて』いるのと同じように……千里先生自身も、『欠けて』いた。

 普段の振る舞いからは全くそんな想像はしていなくて驚いてしまったけれど……『左脚』が途中から、膝の少し先から存在しない。

 断面を保護する器具を付けて、脚がないのを当たり前みたいに書類仕事をしていた。


「あ、あの……これを、千里先生にと、ダミーさんから……」


「……それの運搬を何も知らない夕子に頼むとは、あいつにはもっとデリカシーというものを教えてやらないといけないな。悪いが、もう少し近くまで持ってきてくれ。杖でそちらに行けないことはないが、少し面倒なんだ」


 言われてみて、自分が持っている木箱の中身を察する。

 これは……千里先生が教室で杖も使わず歩いていた時に使っていたもの、『義足(あし)』なのだと。


「それは……戦場でのもの、ですの? 確か、旧都砦では義足じゃありませんでしたわよね……?」


 千里先生が書類を置いている机の上に木箱を置きながら、どうしても聞かずにはいられないことを聞く。

 あまり親しくなくて確信はないけれど、千里先生が脚に不便を抱えていたとは思えない。むしろ、『とても強い転生者』として砦でも重要な戦力として扱われていたはず……だったと思う。


 けれど、これは……


「もしかして……ピークドットの戦いで?」


「……まあな、そんなようなものだ。『恐怖の大王』にやられた傷は治りにくくてな。これでも、コロが全力で回避してくれて命は助かった結果だ。過去の行いのわりには運が良かった方だと思ってる」


「…………」


「これがアンゴルモアの権能の関わるものでさえなければ、シィシィシィの技術で日常に不便しない程度のものは生やせるらしいのだが……まあ、私の場合はもう獣火機がこんな状態のコロしか残っていないし、そのコロに人を殺させる気もないから獣火機が新しく生まれることもない。左脚があっても戦力としては終わったようなものだ」


……私たちは、Cクラスは、みんな五体満足で学校生活や初期対応部としての活動にも参加できている。

 だからてっきり、大人組も同じかと……なんだかんだで、誰もそんな深い傷なんて負わなかった、『その程度の戦い』だったのかと勝手に思っていた。


 けれど……それは、違った。

 私たちが妖怪退治という一定の危険性を持つにおいて『主力』を担っているのは、恩赦のためだけじゃなく……きっと……


「もしかして、他の大人組の皆さんも……社長サマたちも……?」


「……あの時は儀式が完成するまでの足止めが必要な状況だったからな……戦える大人組は大なり小なりダメージが残ってる。あれは、そういう性質の存在だったんだ。今でも心身ともに十全に戦えるのはテーレと愛理くらいなものだ……まあ、テーレのスキルは組織運営の要でもあるから前線には出せないし、戦英プロは設立の経緯的に『戦力拡大』を目的に安易に外部から新戦力を雇い入れるというわけにもいかない。おかげで愛理には忙しくさせてしまっているがな」


「…………」


「肉体的には無敵に近いレイも、ストレスが溜まると心の傷が開くようになってしまって、以前のように無法な分身の大量展開などはできなくなってしまったしな……『トゥー・マッチ・ハピネス』に関してはむしろストレス解消になるらしいから負担は気にしなくて良いそうだが、逆に戦闘はストレスが特に溜まりやすいから前線に必要以上の分身は出せない。加えてレイの分身は各所でトラブルが起きた時のリカバリ要員としていつでも動かせるように残しておきたいしな……便利過ぎる能力も困りものだ」


「レイさんも……」


「そういう意味では、『初期対応部』というのは、ある意味では方便だな……戦力の逐次投入は愚策というのはよく言われるが、組織としての安定戦力の層が薄い分、被害やコストを最小限にするには最前線に全力の精鋭部隊を出す以外にない。本当はそんな際どい防衛線の責任をお前たちのような子供に任せるのはよくないとわかっているのだが、さすがに実戦となると私たちは思うように動けなくてな……」


 そう言いながら木箱を開け、中の義足を脚の断面を保護する器具に取り付けて皮膚に似せたカバーで境目を隠す。

 魔法が使われているのか、あるいは『歩けない人を歩けるようにする発明』たるゼット・ネイバーのような技術も使われているのか。

 接合が済んだ義足は、千里先生の本当の足のように指まで動かせるようになっているらしく、その動作を確かめるようにしている。


 利用されているんじゃないかと疑っていたわけじゃないけれど……社長サマが妖怪退治の最中に助けに来てくれたことで、私たちよりも強いであろう『大人組』が初期対応部に仕事を振るのは、本当は『必要のないこと』じゃないかと思っていた。


 対外的な立場ができてしまって、他の仕事が忙しいから。

 私たちに実績や経験を積ませたいから。

 そういうような理由で、敢えて『最大戦力』ではなく私たちを前線で使っているのではないかと。


 けれど……そうじゃなかった。

 春子さんが私に剣を教えたがっていたように見えたのも不思議じゃない……おそらく、『初期対応部』こそが今の戦英プロが安定して動かせる『最大戦力』なのだから、その中で実戦に使えない私を早く実戦投入できるくらいまで強化するために手を尽くしているとしても、何もおかしくないのだから。


 そして、テーレさんのあの時の提案も……


「夕子……そういえば、ステージに立つそうだな」


「え、あっ、はい……春子さんの相方として、剣舞を……」


「随分と唐突だが、あいつなら剣のスキルくらい持ってても不思議じゃないか。だが……『日本舞踊』じゃなくていいのか?」


「……え?」


「いや、お前がステージに立つと聞いて、最初はてっきり日本舞踊の演舞をベースに使うのだろうと思っていたのだが、授業を休む理由を聞いたらつい昨日始めたばかりの剣術で明日ステージに立つために、基礎から教わっていると聞いてな」


「それは、『ゼット・ネイバー』の性能を見せるために……」


「確かにそういう理由もあるらしいが、春子がいきなり強引にねじ込んだプログラムらしいし、私は剣術を仕込むための建前だと思ってるよ。あいつはあいつで何か考えがあって自分が教えやすいスキルを教える機会を作ってるんだろうが……付け焼き刃でそんなことをしなくても、夕子は『日本舞踊』だけで充分に一線級に強いはずだ。というか……私も昔テレビで聞いたくらいであまり詳しくはないが、『夜神家』といえば確か、日本舞踊の名家だろう?」


 『夜神家』。

 その言葉が千里先生の口から出てきたことにドキリとする。

 確かに、教養のある人であれば日本舞踊に全く関係なくても名家として知っていてもおかしくはないとわかっていたけれど、まさか異世界でそれを指摘されるとは思っていなかったから。


「親が厳しかったらしいというのは聞いたし、名門だからと技を見せびらかしたいわけではないとしても、夕子の舞踊が充分にプロ並みの腕だというのは聞いたぞ。せっかくあるものを敢えて使わないというのはよくないというか……学生の内にそこまで技を修めるのが簡単だったわけでもないだろうし、使えるところでは気兼ねなく使えばいいんじゃないか? 親との関係が多少悪かったくらいで過去の自分の努力を安易に捨てるような生き方はどうかと思うぞ」


「そ、それは……」


「一応はお前たちの『教師』を名乗る身として、たとえ当人としては当たり前のものになっていてそう思えないとしても、長い時間をかけてプロ並みにまで鍛え上げた技術は貴重なものだし大切にするべきだと思う。なにより……ご先祖様から、産んでもらった親から受け継いだ伝統芸能だろう? いくら染み付いた技であっても使わなければ腕が鈍ってしまうし、気軽に錆びつかせてしまっていいものではないと思うのだがなぁ……」


 まだ義足の動きに違和感があるのか、くるぶしや指を軽く動かして接続部分を直しながらこちらも見ず、世間話のようにそう言う千里先生。

 それに対して、私は……


「わ、わたくし……い、急ぎの用件を思い出したので失礼しますわ」


 逃げるようにそう言う以外、何もできなかった。

 ただただ、不意打ちのように与えられた『大人の意見』に打ちひしがれて、本気で戦力になる気がないことを、みんなの役に立つ気がないことを責められたようで。


 ほんの少し前まで浮き足立ったいい気持ちだったのが嘘みたいに、最悪な気分で自分の部屋に逃げ帰るしかなかった。



 その夜。

 コンディションを整えようと、もう気分を変えてしまおうと早めにベッドに入ったのに、疲れは溜まっているはずなのに、どうしても千里先生の言葉が頭の中を駆け巡って眠れない。

 傷なんて残っていないはずの脚が痛むような気までする。


「春子さんが私に剣を教えてくれたのも……今の私が戦力にならないから、仕方なく……?」


 きっと、千里さんには悪気はない。

 同じ日本から来ている転生者が『日本舞踊の名家』として、知識として夜神家の名前を知っていればそういう反応になるのは当たり前。

 そんなことは、わかっていたはずだった。


「だからって、あんな言い方……」


 もう、何十分も、何時間もベッドの中で同じ思考を繰り返してしまっていて、これでは朝まで眠れそうにない。

 明日はライブの当日なのに……せっかく、アシストなしでも自分で舞えるくらいに練習したのに、コンディション最悪のままステージに立ったらなんと言われるのだろう。


 春子さんなら、それでも予想通りみたいに優しくケアしてくれるのかもしれないけれど……私は、今すぐに何かをしてもらえないと潰れてしまいそうな気分で。

 こうなるのを得意の『占い』で予想してくれなかったのかと恨みたくなってしまうくらいで、そんな自分も嫌になる。


「…………トイレ……」


 眠れないまま長く懊悩していたせいか、夜中に感じた尿意の気配。

 正直、このくらいなら全然我慢できるけれど……ほんの少しでもこの状態から脱出できるきっかけがほしくて、ベッドを出る。


 そして、部屋を出て学生寮の共用トイレへと……?


「これ……パンツ?」


 共用トイレの洗面台の上。

 そこに畳まれた状態で置かれた可愛らしいリボン付きの下着。

 どんな状況ならこんな場所にこんなものを忘れるのかと思ったところで……奥の個室から声がした。


「え? その声、まさか夕子? ちょっと待って、それは想定外っていうか……あ、やばっ、届かない!」


「この声は……ベルシィさん?」


 トイレの扉は開いている。

 さすがにお花摘みの最中なら扉は閉めるだろうし、何かのトラブルでも起きているのかと……もしかしたら、どういう状況かわからないけれどこの下着がなくなって困っているのではないかと、少し躊躇ってから個室の中を覗いてみる。


 すると、そこには……個室の中の水道のパイプに手錠で両手を繋がれて、慌てて口まで使って身体を隠したかのように毛布で身体を覆った、目隠し装備のベルシィさん。

 そして、彼女からギリギリ手足が届かないくらいの位置に置かれた、シャツに、パジャマの上下に、後はいくつか小物が入っているらしいバッグ……


「あははっ、見つかっちゃった……」


「あ、あの……これ、誰かにやられたんですの!? 今、誰かを呼んでき……」


「あ、いや、大丈夫。自分でやったことだし、この手錠も時間が経ったら自分で外せるようになるやつだから」


「え、じゃあ、この状況は……」


「あー、えっと……趣味というか、破滅願望というか……ねえ、夕子ちゃん。なんだかストレス、溜まってない?」


 『自分でやった』という拘束をごまかすのをやめたらしいベルシィさんは、下着も衣服も手の届かない場所に置いたまま、顔を赤らめてこう言った。


「せっかく、見つかっちゃったし、誰にも言わないからさ……悪い子なボクにさ、夜中にこんな『いけない遊び』をしちゃうアイドルに、ちょっと『オシオキ』してみない?」


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