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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく


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第24話 『天才日本舞踊家の動作を完全再現できる程度の能力』

side 夜神夕子


 この世界は、格闘マンガや異能バトル小説の世界じゃない。


 『転生特典』というものには戦いに使える種類のものが多いから『そういう世界』に思えてしまう時もあるけれど、それは百年以上も前の戦乱からの名残りのような偏りの話で、実のところ転生者には何かと戦ったり殺し合ったりする義務なんて一切ないらしい。


 それこそ、転生特典を使ったイカサマで捕まって反省してからは無闇に能力を使わず戦英プロの社員として働いている小野倉さんのように……少し年上のクラスメイトである『ねねさん』のように、普通に書類仕事なんかをしてもいいわけで……


「ここの数字を足し合わせて……ここへ、で、あっていますかしら?」


「そうっすね。計算は端末の電卓機能を使ってもらって大丈夫っすから、無理に暗算しなくてもいいっすよ」


「ええ、でもこのくらいなら電卓なしでも、これが最後で……できましたわ!」


 蓬さんとねねさんの看病を受けた休日から二日後。


 結局、昨日いっぱいまで蓬さんが『トラブルに巻き込ませない』と張り付いていたのとシックスさんが別の用事で来られなかったおかげで放課後もすぐ部屋に返されてお休みすることになってしまったのだけれど、おかげで体調も戻った私は今、ねねさんに書類仕事のやり方を教わってみていますわ。


 午前の授業時間……今日は先生方がみんな会議のために自習。


 私が今やっているのは、その自習時間を使った備品管理書類の仕事体験。

 必要なストックの数と現在数を照合して、必要数を下回っているものをチェックして注文数を計算……初めてのことでやれるか不安ではありましたけど、私としてはやり方を教えてもらいながらまあまあ上手くやれた実感がありますわ。


 出来上がったものをねねさんに見てもらい、間違いがないかチェックしてもらう。

 数字を書き入れていくだけの簡単な作業ではあったから大丈夫だと思うのだけれど……


「確認するっす……計算は合って……合ってるっすね……あれ?」


「…………?」


「夕子ちゃん、ここの数字が鏡文字なのは……いや、ここも? あっ、ここも……計算自体は、合ってるっすけど……」


「あっ……い、いえ、それは、その、うっかり……」


「……夕子ちゃん、ちょっとこの紙の端っこに『夜神夕子』って……あー、えっと、一応っすよ? 一応、日本語で書いてもらっていいっすか?」


「か、書けますわ! ほら!」


 言われた通りに、ちゃんと『夜神夕子』としっかり自分の名前を書き込みますわ。

 鏡文字じゃなく、しっかりと『ちゃんとした書き方』で。


 それを見て首をひねったねねさんは、少しして……


「じゃあ、その……『小野倉ねね』って、いや、『なにぬねの』って、書いてみてもらえるっすか? 日本語の平仮名の、五十音の」


「な、『なにぬねの』……ですの?」


「はいっす……」


 ゴクリと喉が鳴る音がする。

 冷や汗が出そうになるのを我慢して、慎重に紙の端っこに言われた文字を書いていく。

 そして……私でもわかってしまう見苦しいそれを見て、なんとも言えない表情をするねねさん。


 そして、自分でも自分の書いたものが『不合格』であることを察しているのが見え見えの私の文字の横にそっと『なにぬねの』の『模範解答』を書いてから、目を逸らす。


「あー、えっと……その、ごめんなさいっす。いや、育ったのがあんまり良い環境じゃないっぽい話は聞いてたっすけど、ジブンの中に『普通の現代日本人ならいくら環境が悪かったって言っても、さすがにこのくらいはできて当たり前だろう』みたいな偏見があったっていうか……『日本人の識字率はほぼ100%』って当たり前にネットとかで読み流してたけどそれって『完全に100%』って意味じゃないことを今更ながらに理解したというか……あ、いや、夕子ちゃんは悪くないっすよ?」


「………………ち、違いますの……『「なにぬねの」を書くテスト』なんて小学校以来で想定してなかったというか……ちょっと、戦場で受けた傷の後遺症というか! 最近はその、ずっと寝てる間に文字を書くのがちょっと苦手になっちゃっただけで読むのは慣れてきましたし!」


「あー、えっと……あ、でも、そういえば、夕子ちゃんって基礎教養のゲームとかは一応できてるんすよね……キラリちゃんに教えてもらった時のレシピでちゃんとおはぎ作れるなら自分の書いたメモは読めてるはずだし……あ、あれっすよね! 最近だとスマホ入力とかで済んじゃうから読めても書けないとか、そういうの! ジブンだって漢字の『薔薇』とか活字では読めても自分ではなんとなくしか書けないっすし……」


「…………」


「そういえば、シエスタ先生も知見の授業の時は夕子ちゃんの書いたやつはちょっと微笑ましく子供の絵を見るような目というか生温かい笑顔で回収してたような……あれって、そういう……あー、えっと、だから、その、なんていうか……Cクラスの教育プログラムに読み書きからの子のためのカリキュラムも用意するように改善案出しておくっすねー」


「ほ、本当に、違うの! これは、他人に見せる文字は自分の名前以外は最近書いてなかったから……ちょっと待ってくださいまし!」


 急いで、ねねさんの書いた『なにぬねの』を上からペンでなぞる。

 そして、それから紙の別の空白に……


「はい! できましたわ!」


「こ、今度は間違ってないし鏡文字もないっすね……それどころか、筆跡までジブンの文字にかなり寄せて……いや、それはそれで凄い特技だと思うっすけど……書類仕事はちょっと向いてないかもっすね……もしかしたら偽造書類とかは作れるかもしれないっすけど、そういうの犯罪方向の勉強は戦英プロとしてちょっと推奨はできないっすし……」


「うぐっ……ううっ、事前にテストされるとわかっていれば『なにぬねの』くらい……」


 ……いえ、思い返せば学校のテストもお母様が学校から買った模範解答をそのまま丸暗記して解答用紙に書き写していただけだった私なんて、お世辞にも頭が良いなんて言えない人間ではありますけれども。

 それにしたって、ねねさんから認識を直視するのはちょっとキツイものがあるというか……


「け、けど……あ、あれっすね! 夕子ちゃん、読み書きはともかく……か、日常会話とか一般的なマナーとかはわりとちゃんと普通にできてるじゃないっすか! それは結構すごいっていうか、頑張ったんじゃないかっていうか……」


「……テレビだけは、それなりに見せてもらえたので。今にして思えば……お母様も、私があからさまに世間知らずなまま育つとまずいことになるというのはわかっていたんでしょうね」


 まあ、それ以上にいつか私を『天才日本舞踊家と』して芸能界に進出させようと思っていたであろうことを考えると、その先での『活躍』の予習として『芸能人の仕事』を見せておきたかったというのもあるのでしょうけど。


 お陰様でクラスメイトの会話に出てくるアニメや映画とかの話題にはついていけませんでしたけど、芸人や俳優が認知度を稼ぐバラエティ番組の類はわりとよく見ていましたわ。

 ……本当に、『日本舞踊家』には無縁であろう映画やドラマは抜きにしたトークショーとかニュース番組とかアイドルが進行をやっているような教育番組の類だけ中心的に。


 ……まあ、そういう偏った見方をしてきた私にとっては芸能人というのは本業の(パフォーマンス)(ストーリー)もよく知らない、『テレビの中の雛壇で変なテンションの雑談をするのが仕事で、たまに不倫や離婚が大ニュースになる人たち』という認識が強いのですけど。


 ああ、でも……


「本職ではない芸能人の方々が農業とか外国のお祭に挑戦する番組なんかは……意外と、楽しめた気がしますわね」


 あの頃はなんであんなに目を奪われてしまうのかわからなかったけれど……きっと、芸能人でも、芸能の世界の人でも、その芸を舞台の上で使うこと以外を考えていい、そんな可能性を教えてもらえてる気がしたのでしょうね。

 私は一生踊り続けて、暇も余分もないくらい全ての時間を日本舞踊に捧げるしかないのだと思っていたから。


「……夕子ちゃんって、もしかしてそういう『お仕事』してみたいんすか?」


「…………え?」


「いや、なんていうか……ほら、『戦英プロ』って一応は『芸能プロダクション』でもあるっすから。知名度を利用した広報とか新しい種類のメディアの見本動画みたいなの作ったりもしてるんす。社会奉仕のアピールというか、イメージ戦略的な意味もあって。一番人気のベルシィちゃんとミュジカちゃんは今のところ音楽系のアイドルって感じのパフォーマンス系のお仕事に集中してるっすけど、『そういう方向性』でのプロデュースっていうのもありかもって……あ、いや、あれっすよ? 次の改善案のネタの話っす」


「まぁ…………私にとっては、書類仕事よりも少しはやりやすいかもしれませんね……」


 世間知らずで不器用な人間の方が笑いが取れるポジションとしてなら、私ほど全方位に適性がある人もそういませんわ。

 そういう『みんなの笑いもの』みたいな方向性は絶対にお母様の望んだ方向の芸能界デビューではないでしょうけど。



「おーい、夕子ー。ちょっといい?」



 と、そこでかけられた声。

 そちらを見ると、そこには……金属の光沢を含んだ青い髪と羽飾りが特徴のクラスメイトの姿。


「あら、リーナさん。どうしましたの?」


 リーナ・タングルスさん。

 私が使っているこの机を運んでくれたのも彼女……見た目よりもかなり力持ちなクラスメイト。

 いつもはメメさんと一緒にいることが多い印象だけれど……


「いや、ほら。ダミーから夕子に神器を作ったって話を聞いてさ。その試運転とか、まだしっかりやれてないんでしょ?」


「は、はい……昨日まで無理はしないようにと蓬さんに止められていたので」


 今日は私が学校に通うようになってからは珍しく蓬さんに外せないお仕事が入ってしまったらしくて私一人なのだけれども。


「一昨日は風邪で寝込んでたんだっけ? まだ体調悪かったら無理にとは言わないけど……『仕事』に興味が出てきたなら、ちょっと今日の午後は付き合ってくれない?」


「えっと……それは、どういう用件で?」


 私の問いかけに、リーナさんは腕まくりをして力こぶを作って見せながら、ニヤリと笑って答えました。


「『力仕事』。ダミーに聞いた感じだと、今の夕子の能力の試運転にピッタリじゃない?」




 私たちの『Cクラス』という所属は、『子供組』であると同時に『戦後英雄プロダクションのCクラス社員』であるという意味も持っている。


 学校に通って、授業を受けて。

 そんな学生のような生活をしていると少し忘れてしまいそうになるけれど、私たちは『社員』として戦英プロの戦力に数えられている。


 それは、『妖怪退治』だけでなく、私たちの持つ特殊な技能や能力をこの『戦後』の世界で平和的に有効活用する機会があれば出動することもあるということ。


 現に、私はこれまで毎日学校に行けていましたけれど、その間にも他のクラスメイトは出席したりしなかったり。

 登校初日の時もニドラさんが社長サマの護衛で授業を休んでいたように、Cクラスはまるごと温存しておくには惜しいくらいの『戦力』が揃っている。


 これまで私に仕事の話がなかったのは、転生特典もろくに使えない状態だったから。

 けれど……今はもう、そうじゃない。


 だからこそ、リーナさんは一番最初は私の能力に向いた仕事を自分と一緒にやってみないかと誘ってくれた。

 問題は、それがどんな仕事か、なのだけれど……



「奥田さーん! 今日は夕子も一緒に仕事していい?」


「おう、リーナちゃん。それに、夕子ちゃん……胸の大穴、ほんとうに治ったんだなぁ。よかったよかった」



 『アビスの箱庭』を通って抜けた先に出た山奥の村。

 そこで事前に渡された作業着に着替えた私たちを待ち受けていたのは……まるでお寺の仁王像のようなサイズ感と迫力を放つ『ロボット』でしたわ。


 その威容には少し似合わない素朴な麦わら帽子を被って親しげに話しかけてくる彼にどう接したらいいかわからずにいた私に横から声をかけてきたのは、今回の仕事で私とリーナさんの『連れ出し』の責任者として同行しているレイさん(の分身)でしたわ。


「あははっ、奥田さん。夕子ちゃんは記憶ちょっと飛んじゃってるって話はしてあったでしょ? ほぼ初対面でそっちの姿は驚くって」


「あ、すまねえ。これ、おれの能力だ。こっちの方が力も強くて怪我しにくいから仕事しやすいってだけだから気にしねえでくれ」


「は、はい……」


「あっ、夕子ちゃん。そういえばこの間シックスちゃんと一緒に牧場の方へ行ったんだよね? 奥田さん、あそこのりりこさんの旦那さんだよ?」


「そ、そうなんですの……りりこさんの……りりこさんの旦那さん!?」


 レイさんの言葉を呑み込みながらゆっくりと時間をかけて思い出したのは、私が初見で小学生くらいだろうと思ってしまった小柄な体格で大きなお腹をした妊婦の女性。

 そして、目の前にいるのはロボットの姿とはいえ、平均的な男性を優に越える体格を持っていることを想像させる男性で……


「………………」


「『体格差のせいで並んでたら父娘にしか思えないだろうな』、みたいな顔してるね。まあ、実際に昔は奥田さんがりりこさんを抱えたり肩に乗せたりしてそのまま戦ってたからね。ロボットの時だけじゃなくて人間体でも普通に」


「それより、もう結構丸太溜まってるみたいだし、さっそく仕事始めちゃっていい? ほら、夕子もこっち。説明するから付いてきて」


「は、はい……」


 レイさんの補足説明でさらに動揺した私を引っ張って、斧で切り倒されたらしい丸太がやや雑に積まれた場所へ連れて行くリーナさん。

 私の手を離して、彼女は説明を始めましたわ。


「見れば分かると思うけど、今回の仕事はいわゆる『林業』の手伝い。奥田さんが材木用の丸太をガンガン切り倒していくから、それを運送役の業者さんに持っていってもらいやすいように、林道の奥から村の入り口の方まで運んで台車に積むの。シンプルでしょ?」


「嫁がいりゃ体力無限なんだがぁ、今は牧場の方を任せてるし大事な時期だかんなぁ。切って運ぶのを全部一人でやるのは効率悪くて体力が持たねぇんだぁ。手間かけるけど、手伝ってくれぃ」


「は、はい……頑張りますわ!」


 大きな斧を担いだ奥田さんにもそう言われて、自分の役割を改めて理解する。

 これは、本当に一番単純でシンプルな力仕事。

 ダミーさんから話を聞いているというだけあって、私の新しい能力の使い方を試すにはちょうどいい仕事ですわ。

 だったら……やってみない理由はありませんわ。


「【黒い恋人(ラバーズ)】!」


「おおっ、これが……まるでウサギの怪獣……」


 私の『影』に重なった『不明の領域』から浮き出るように姿を現して、そのまま巨大化していくゴム質のウサギの毛皮。

 伸縮自在の性質、そして『怪獣になりかけていた魔獣』というだけあって、その大きさはかつての私の『不明の守護者』をまるごと詰め込んだようなスケールまで膨らませられますわ。

 そして……


「『丸太を持つ』、そして『村の入り口まで運ぶ』。やることは、たったそれだけ、ですわ」


 『黒い恋人』の毛皮の内側を満たすことで容れ物の形に沿った動きをイメージしやすくなった『不明』を操って、ウサギの長い耳をかつての守護者の触手代わりに丸太を持ち上げるのに利用し、背中に負わせたそれを村の入り口まで運ばせる。


 以前は守護者がどれだけ怪力でも触れたものを抉ってしまうためにできないと思っていた荷運びの仕事ができるというだけでも、転生特典としての使いやすさは別物。

 その上、容れ物なしの時には出力を全く制御できなかった『不明』も、ダミーさんの改造のおかげもあってか安定した出力で動物的な外見に見合った動きをしてくれますわ。


「おお……本当に『守護者』を『使役獣』みたいに扱えてる。しかも、蓬みたいに一体化する感じで守護者にピッタリくっついてなくていいんだ」


「一応、影で繋がってはいるので完全に切り離してるわけではありませんわ。お仕事の方は、このやり方で大丈夫なのでしょうか? これでよいのならこのまま続けますけど」


「うん、いいと思うけど……『身体強化(バニー)』の方は試さなくていいの?」


「そちらの機能の方はないものと思ってくださいまし!」




 ……そうして始まった丸太の運搬作業。

 守護者を詰め込んだ神器『黒い恋人』を使役獣のように命令で操作して丸太を運ぶ私と、まだ雑なところのある運搬後の積み上げ作業を補助する形で怪力を発揮して運ばれてきた丸太を整理していくリーナさん。


 それぞれの作業はひたすら淡々と続けられ……


「なんだか……思ったより何事もなくて拍子抜けですわ。リーナさんに話しかけられた時には、きっとまた何かのトラブルに発展するのだろうなと……」


「この際だから陰口とかじゃなくてCクラスの名誉のために言っておくけど、ベルシィとあの二人……ソニア様とダミーを合わせた三人組はうちのクラスでもちょっと飛び抜けて頭のネジが外れてる要注意ポジションだから、どっちかと言えば抑え役の私とかねねと一緒にしないでね?」


 前もって積まれていた丸太の山がなくなったを機に訪れた小休止の時間。

 丸太が積み上げられた台車の上で、二人揃って私が持参していたおはぎを片手に談笑する。


 本当になんのトラブルもなく、単純作業の繰り返しで『仕事』が進む。

 それは逆に私にとっては予想外だったというか、心のどこかにあった『私のことだから仕事なんてやってみてもきっと上手く行かない』という認識が揺らいだというか。

 『自分を過信しない正しい自己評価』だと思っていたのがむしろ、単なる悲観的な先入観だったのかもしれないと思ってしまうというか。


 正直に言って、盛大に肩透かしされたような気分ですわ。

 

「……リーナさん」


「ん? どうしたどうした?」


「私にもできる仕事って、世の中に存在しましたのね……」


「なんか人生のゴールを見つけたみたいな顔されても困るんだけど。これ、仕事は仕事でも知識も経験もいらない、ホントに単純な物運びの下働きだからね? 私が怪獣なのと夕子の能力が結構なパワー系だから何十人分かの仕事が簡単にできちゃってるってだけで」


 ……まあ、確かに言われてみれば全くもってその通りなのですけれども。

 単純作業の繰り返し、何も考える必要もなく、あちらからこちらへ物を持って運んで降ろすだけの簡単な仕事。

 能力のおかげでその仕事の効率が何倍にも増幅されてるだけで、自慢するようなことではありませんわね。


「……でも、私にできることなんて本当にこのくらいですわよね……」


 認めたくはないけれど……私は、この世界での文字の読み書きすら怪しい。

 それこそ、義務教育すらちゃんと受けられていないような人間がするような、学や技能のいらない仕事をするしかないのかもしれない。

 これからも、ずっと……


「……できることがないなら、これから増やしていけばいいじゃん」


「リーナさん……?」


「私さ……こう見えて、実は見た目よりもちょっと実年齢が上だったりするんだよね。一度は、まあ完全に『大人』を名乗れるほどしっかりしてはいなかったけど、家を出て一人の冒険者として食べてた時期もあるし」


「冒険者として……」


「うん。それで、『冒険者』って本当に他の仕事ができないような、教育もなんにも受けて来られなかったけど生きるためにどんな仕事でも欲しいってスラム育ちだったりもわりと普通になれる職業でもある……というか、そういう人間の受け皿みたいな側面もあってさ。その分、冒険の中で新しい何かを身につけたいって人も、それでちゃんと技術とか経験を身につけて最初とは変われる人もたくさんいるんだ」


 『変われる人もたくさんいる』。

 実際にそれを目にしてきた経験があるからこそ何気なく発される実感のある言葉は、『自分が変われる可能性があると思っていいのか』という低いレベルで悩んでいた私の懊悩を軽く吹き飛ばすような感覚を与えるものでしたわ。


「正直なところを言っちゃうとさ……私が戦英プロに入ったのって、ヒトミが人種差別とかいじめに遭ったりしないように護らなきゃって思ってなんだよね。でも、実際はそんなの全然なくって拍子抜けしちゃったっていうか……みんなより『少しだけ大人』なつもりの身としては、今の夕子みたいに自分の経験で助けられそうな子には何かしてあげたくなっちゃうんだよね。昔の、なんにもできなくて右往左往してた自分がたくさんの『先輩たち』に助けてもらった時みたいに」


 そう言って、リーナさんは少し考えてから丸太の上に置かれていたロープを手に取って見せました。


「夕子も、今はなんにもできないっていうんなら、とりあえず出来そうなこと、憶えられそうなことはなんでも憶えてみればいいよ。たとえば、こんなロープの結び方だって、一つの技術だし……ほら、よく見てて。できれば憶えてみて。これをこうやって……はい、『冒険者結び』。少し複雑だけど、乱暴に扱っても自然にはそうそう解けないのに、ちゃんと引っ張るべきところを選んで引っ張ればすぐ解ける。憶えておくと結構いろんなところで役に立つし、こういう丸太とかを束ねる時にも使えるから」


 目の前で、リーナさんの怪力でギュッギュッと引っ張っても解けなかった結び目が、引っ張る部分を変えると一瞬で解けて単なるロープに戻る。

 そして、『ダメ元でいいから真似してみて』という仕草と共に渡されたロープを手に取って……


「えっと、こう……ですわよね?」


「あ……あれ? 知ってたの? 夕子って転生者だけど、冒険者はまだやったことないんじゃなかったっけ……あ、いや、クーデター軍で教えてもらったのか! まあ、別に秘伝とかじゃないからこれくらいは……」


「い、いえ? 初めてですわよ?」


「えっ……? でも、今の結び方、とても初めてには見えなかったというか……」


「リーナさんが目の前でロープを結んだ時の手の動きをそのまま真似しただけですもの。憶えろと言って動きを見せたのはリーナさんでしょう?」


「…………待って、つまり、夕子は一度見ただけで私の手の動きを完コピしたって言ってるの……?」


 と、そこで……別の方向から声がかかりましたわ。


「おうぃ、夕子ちゃーん。もう今日のノルマは十分だから丸太運ばなくていいぞぉー」


「あ、はい。わかりましたわ」


 声の主は、ロボット状態を解除したらしい生身で汗を拭いながら間伐された山林から出てくる奥田さんと、彼から預かったらしい大斧を担いだレイさん。

 そして、丸太の束を背負った私の『黒い恋人』が……



「えっ……ちょっと待って、夕子」



 その時、隣から私にかけられるリーナさんの困惑の声。

 いったい何があったのか、彼女は悩みを抱えたような顔をしていて……


「夕子……私たち、今の今まで、普通に会話してた、よね? ていうか、ロープの結び方を憶えたり、それを実際やってみたり、してたよね?」


「はい、それが……」


「その間、どうやって『守護者』を動かしてたの?」


「どうやってと言われても……普通に? ほとんど全く同じことの、単純作業の繰り返しですし。別に特別なことなんて……」


「つまり、守護者をほぼ自動操縦みたいな状態にしてた……? 単純作業だから、こっちで会話しながら特に意識を向ける必要もないくらいの、呼吸するみたいな感覚で『仕事(タスク)』を処理させてたってこと、だよね?」


「えっと、その……お話をしながら仕事をするなんて、やっぱり不真面目だったかしら? ごめんなさい、次からは……」


 そこまで言った私の肩をガッシリと掴むリーナさんの手。

 そして、私の目を真っ直ぐに見つめて、彼女はこう言った。



「落ち着いて、よく聞いて……夕子が当たり前だと思ってやってる『それ』。できたら便利だからって蓬がすごい頑張って練習してたけど、結局上手くやれなくて『どうやってもできない』って言ってたやつだよ?」


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― 新着の感想 ―
考え込むような大したことではないけど、転生者の翻訳ってどうなってるんだろう。 この感じ的に、語彙力の反映だとか文の雰囲気も対応してそう? 暗喩とか慣用句はどれくらい翻訳されるのかな ダブルミーニングは…
環境寄り才能なのがなぁ、ツラいなぁ いやまぁ資質もあったのかもしんないけど、日常で花開くヤツではほぼ絶対にないだろうからなぁ
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