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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく


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第20話 少年兵の戦後③

side 夜神夕子


 人間というのは、『パニックになった自分』を正確に想像することはできない。


 冷静な時に考えられる『自分の振る舞い』なんて所詮は自分自身に思いつける範囲、それに多少は見ていられる範囲だろうという自分自身への美化の混ざったもの。

 とてもではないけれど、『思いも寄らない行動をしてしまうほど狼狽した自分』というのはそれこそ思いも寄らない、そんな状態の自分の精神状態に平静なまま寄り添うことなんてできない。


 本当に、体験してみないとわからない。

 他の人がパニックになっているのを見ても『自分だけはどんな時でも、もう少し冷静でいられるはず』という幻想を打ち砕かれる体験をしてみないとわからない。


「落ち着きました? 夕子さん」


「…………ぐすっ」


「あらあら、お鼻が。はい、これでチーンしてくださいまし」


 ……『一人阿鼻叫喚』。

 極力簡潔に、私の醜態を具体的に描写するのを避けて表現すればそうなるような大狼狽。

 それを涼しい顔で受け止めたビィさんに宥められると余計に惨めになるけれど、なんでもないように受け流してもらえたことは正直ありがたく思えましすわ。


 だって、考えてもみてほしい。

 私が戦場での殺人についての罪の意識に目覚め始めて悩んでいるのをわかっていて、むしろ『だからこそ』とばかりに私が殺した『森の民』の方々の遺族と面談のセッティング。

 しかも、私に相談も許可を求めることもなく気絶させて強引に彼らのホームグラウンドのド真ん中へ放り出されたのですもの。


 『これは死んだ』と確信しましたわ。

 『私は今から八つ裂きにされるんだ』と奇妙な納得すらしてしまいましたわ。


 もう、そうなってしまえば後は破れかぶれ。

 こんな『詰み』の状況に私を放り込んでのんきな笑顔で『仲直り』を促すビィさんに、泣きわめきながら、これでもかと文句とぶつけましたわ。


 『貴族で人を殺しても簡単に赦してもらえる貴女とは違う』とか。

 『せっかく第二の人生をもらえたのにこんな馬鹿みたいなことで死にたくない』とか。

 『どうせ死ぬならその前にアトリさんと花火を見に行きたかった』とか。


 私の人生の中で、おそらく赤ん坊の頃を除けば初めての錯乱しながらのなりふり構わない絶叫。

 その絶叫の反響にお母様のヒステリーの時の声音をちょっと思い出してしまったのもあって気分も最悪。


 けれど、どうにか感情だけは全部吐き出して頭が冷えてきて……


 私を囲む森の民の方々を改めて見て、私が選んだのは……『土下座』。

 これ以外に思いつきませんでしたわ。


「ぐすっ……お願いします。八つ裂きにする前にせめて、せめて、戦英プロのお世話になった方々とCクラスの皆に遺言だけは残させてください……『短い間だったけれど、生まれ変わったような気持ちになれた夢のような時間をありがとう』と……」


「い、いや、八つ裂きになんてしないから。殺さないからな? だから落ち着いてほしい。ほら、水飲むか?」


 私のあまりの見苦しさに殺す気も失せたのか、同情すら感じられる視線に縮こまる。

 そして、そんな私に向かい合った『アオザクラのおじさま』と呼ばれた方は、姿勢を改めて私に言葉をかける。


「ただ、聞かせてほしい。そこまで取り乱すくらいなら……そこまで、自分が今この場で殺されてもおかしくないと思うくらいなら、あの『独立軍』にいた時は……どんな気持ちであの戦場に立っていたのか」


 私の予想に反する、怒りを滲ませるでもない真摯な声。

 けれど、その質問の内容はとても軽く受け止められるものではなく、むしろ怒鳴りつけるように言われた方が逃げ出せてしまえたと思えるもの。


 今更ながらに問いかけられる。

 今更ながらに考えさせられる。


 あの時の私が、どうして『人殺し』を当たり前のように行えていたのか。

 転生者として強い力を与えられたからといって、それを使わなければ命を取り上げられるわけでもなかったはずなのに、『できる』からといって『する』ことの意味を考えずにいられた理由を。


 沈黙の中での長考。

 その果てに、私の中から見つかった答えは……


「『人を殺している』という意識がなかったの……本当に、今では信じられないけど……本当なの……」


 言われた通りに舞って。

 『不明』で視界を『薙ぐ』と、そこにあるものが『消える』。

 避けるものも、隠れてるものも、向かってくるも。


 ただ、視界の中の『黒い領域』を動かして、視界の中で動くものと重ねると『消える』。

 それを、後から『殺し合いだった』と言われても実感がなくて、辛うじてそういう『戦い』だったと認識するまでで……


「私のせいで人が死んだなんて実感が持てなくて、グロテスクな血も肉も『不明』が覆い隠してくれて……いえ、そんなのは言い訳でしかないことはわかってる。きっと、見ないようにしていただけ。考えないようにしていただけですわ……その方が、大人に言われた通りにするだけの方が何も考えなくてよくて、とても楽だったから」


 『不明』による死はスプラッタではなくホラーな消失現象。

 けれど、私の守護者の殺し方がそうであっても、戦場には血も肉も溢れていた。

 鉄臭さも、腐臭も、焦げ臭さも戦場にはむせ返るほど満ち満ちていた。


 なのに、理解しないようにしていた。

 考えなくてもいいと大人に言われたから、従ってしまった。


 だって、あの時の私は……自分自身を諦めていたから。

 汚れ仕事も、人の道を外れるような行為も、重ねれば重ねるほど『諦めた道』に戻れなくとわかっていて、それを未練が消えていく感覚と錯覚するように後ろ向きなポジディブさすら持って受け入れてしまっていた。


 そうして、今こうなっている。

 自分自身を諦めて道を外れた方向へと足を進めた分、明るい場所へ戻れずに足掻き苦しんでいる。

 あまりにも滑稽で、どこまでも自業自得。


 ビィさんの思惑とは違うかもしれないけれど、ここで八つ裂きにされて死ぬというのは私の罪への苦しみを終わらせるという意味では一番順当でふさわしいものかもしれない。

 ただ、それでも……


「ごめんなさい……正直に言って、今でもよくわからないの。私は本当に人を殺していたのか……人を殺しておいてちゃんと罪の意識すら感じられない『人でなし』なのか。理屈では殺されても仕方ないとわかっていても……やっぱり、死にたくない……」


 ビィさんのように軽い罰で済むならそうしてほしいと思ってしまう。

 代償として何かすればいいのなら、辱めだろうと汚れ仕事だろうと、命だけは助けてもらえるならなんでもするからそれで赦してほしいと思ってしまう。

 あまりにも浅ましくて嫌になるけれど、それが私の本心だった。


 そんな内心を吐露する私を見て、アオザクラのおじさまは気まずそうに頭をポリポリと掻いてから……


「あー、言いづらいんだけどな……実は、こちらとしてはもう『終わった話』なんだ。夕子さんの謝罪と償いも含めて」


「…………へ?」


「いや、キミが『記憶喪失』だっていうのは狂信者さんからも聞いているから、困惑するのもわかるんだが……キミは憶えていないだけで、俺たちは初対面ってわけじゃないんだ。記憶がなくなる前に命懸けで助けてもらったし、レイと一緒に謝罪もしてくれたからな」


「そ、れって……え……?」


「ついでに言えば、レイからはキミたちがこの世界に来ていきなり『独立軍』の指示に従わなければ殺されてもおかしくない立場に置かれたことも、レイがキミたちが生き残れるように大人の指示に一緒に従うように誘導したっていうような話も聞いている。キミ自身にそんな自覚はなかったかもしれないが、事実として、今のキミの記憶にないとしても独立軍の大人たちから解放された後のキミの行動は確かに『正しいこと』をしようとするものだったんだ」


「…………」


「だから、こちらとしてはそういった紆余曲折もあってどうにかある程度は納得のいく形で終わった話を今から蒸し返すのもしんどいしな。今のキミが罪の意識で苦悩していることはそこの彼女から聞いていたから、まずはそっちが納得できるようにとりあえず話を聞こうってことになったんだが……」


 思わずビィさんを見ると、彼女は私が一人阿鼻叫喚で感情をぶつけていた時と同じ涼しい顔で、私に向ける視線にどこか微笑ましさすら含みながらころころと笑う。


「そうよ? だから『怖がらないでいい』って言ったのに」


「は……はぁぁぁ……そ、そういうことは、先に言って……くださいまし……」


 つまりは、そういうこと。

 私にはその時の記憶がないから赦される理由なんてないと思い込んでいたけれど、実際には何かしらの償いになるような出来事があって、彼らはもう私を殺したいほど憎んではいない。


 ただ、私の記憶がないせいで認識が食い違っていただけ。

 私の狼狽も、端から見れば同情してしまうほどに酷く滑稽なものだったのだろう。


「『敢えて逃げなかった者に関しては計上不要』……そんなふうに、我々『森の民』の文化にはキミたちから見て特殊な部分もあるから話が早すぎると感じてしまうのもわかる。それに、あの時は激しい戦いの中で同胞を護ってくれて贖罪も納得も自然な流れで済んでしまったから、今のキミが罪の意識を持て余してしまうというのも理解できるが……やはり、あとはキミ自身の心の問題だと思う」


「私の、心の問題……」


 どうやら、聞く限りでは『記憶を失う前の私』は『森の民』の方々を護るために力を振るったことで罪の清算として、自分なりの折り合いをつけた様子。

 けれど、それは戦時下だからこそ……『戦後』になってしまった今、同じ状況はありえない。

 そして、私自身、このまま何もなしに『償いを済ませていたのを忘れていただけだったならもう悩まなくてもいい』なんて思えるわけでもない。


「なら、私はどうすれば……」


 今日はもう何度目かもわからないけれど、頭を抱える。

 私を囲む森の民の皆さんもどうしたものかと困ったような空気を醸し出していると……



「アオザクラのおじさま? あの箱檻……今日の祭事って、もしかして『悪神送り』なのかしら?」



 窓から外を見ていたビィさんがそう言って、部屋の中の停滞していた空気の色を変える。


「ああ、そうだが……少し厄介な獲物で誰が捌くかはまだ決まってなくてな。それにしても、ガロムの人間なのに『悪神送り』なんてよく知ってるな」


「ええ、ちょっと昔お話を聞いたことがあったので。けれど、誰も捌きたがらないような厄介な獲物ね……なら、提案があるわ。夕子さんの気が少しでも晴れる方法が」


「……はい?」


「驚くことはないわ、簡単なことだもの。『森の民にとっても難しい、誰もやりたがらないような仕事』を一つ、森の民の代わりにすることで償いの代わりにするの。『悪神送り』の捌き役は穢れを負うお役目だし、森の民でなくても……罪人でも構わない。そうでしょう?」


 ビィさんの提案に、アオザクラのおじさまは少し首をひねって答える。


「確かに、掟としては問題ないが……捌き役は穢れが消えるまでのひと月は狩りにも出られないし、あれは性質的にみんなできればやりたくないのは本当だが……大丈夫か?」


「ええ、私も手伝うから大丈夫よ。ところで『人のような人じゃない気配』がとても強いのだけれど……あの箱の中にいる『森の神様』はどんな方なのかしら?」


 ビィさんの質問に、窓の外を見遣るアオザクラのおじさま。

 木組みの儀式場の上でガタガタと揺れる大きな箱を見ながら、彼は言いましたわ。


「『黒い恋人(ラバーズ)』……猛毒兎の『ドクソウカジリ』が毒樹海を喰い荒らし、さらには村々を襲いながら畏れを集めて変異した森の悪神(ウェンカムイ)。ガロム人がよく言うところの『怪獣』になりかけている『歪んだ神獣』だよ」


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