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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく


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第19話 『少年兵の戦後』②

side 夜神夕子


 『トゥー・マッチ・ハピネス』。

 私にとっては後遺症で少し読みにくくなってしまった文字でパンフレットに書かれた店名はこちらの世界の人でもそう発音できるように書かれているけれど、その名前を英語で書けば『Too Much Happiness』……私たち転生者なら『過ぎたる幸福』という意味だとわかる店名。


 ここは、ピークドットの『歓楽街(ホテルズ・スラム)』と呼ばれる宿泊施設の密集地にほど近い位置に店舗を構える総合療養施設。


 レイさんが最初『リフレッシュ専門店』と表現したように、いわゆる銭湯や健康ランド、それにエステサロンや私が今いるマッサージ店といった機能を内包しているそうですが、特に売りとして強調されているのはピークドットでは名物扱いされている『転生者ビジネス』としての側面なのだとか。


 『転生者ビジネス』というのは、転生者の特殊な能力を使った『他では買えない商品』や『他では受けられないサービス』、それに『特別な体験』を売りにしたもの。


 私のようなほとんど戦場でしか使われないような『戦闘型』の転生特典の持ち主にしてみれば縁遠い話ではあるけれど、この街では生活に役立ったり精神や肉体にいい影響を与えるタイプの能力を商売にすることを一般人の市民まで受け入れているのだそうで……


「ボクの場合は単純に分身を使えば人件費が丸ごと浮くっていうのもあるけど、シィちゃんの研究所で開発したバイオ製品の治験も兼ねててね。この街じゃ信用のあるシィちゃんのゲノミィ技術の恩恵を安く受けられるってのもあって結構人気なんだ。ボクの能力を使ったサービスも結構コアな需要あるし」


「バイオ製品? それにレイさんの能力を使ったサービス……? あの、『マッサージ屋さん』なのですわよね? その……能力が『虫』のレイさんとは関連性が少し想像しにくいというか……」


「あー、えっとー、そう! ほら、ドクターフィッシュって知ってる? ああいう感じ!」


「ドクターフィッシュ……ああ、昔少しだけテレビで見たことがありますわね。古い皮膚を食べて肌を綺麗にしてくれるとか」


「そうそう! そんな感じで老廃物を餌にする系の改造生物とか、あと鍼治療とかお灸……的な? あとは例えば神経を刺激して代謝促進とか、そういう感じの施術にも結構使えたりするんだよね、ボクの能力」


 何故だか慌てて何かを誤魔化すような反応をするレイさん。

 しかし、よく考えれば砦で美森教官に睡眠薬を盛られた時にもレイさんの蟲の毒で中和してもらったりした記憶がありますし、そういった能力の使い方を技術として極めていけば人の治療にも応用できても不思議はありませんわね。

 これも『戦後英雄プロダクション』の一員として『戦後』に合わせた平和的な能力の使い道を見つけたということなのでしょう。


 しかし……


「あの、ここがどういうお店かはわかったのですけれど……何故、私はここに? 記憶では、確か更衣室でビィさんと会話をしていたはずなのですけど急に意識が……いえ、私はその前に確か、戦場でのことを思い出して……」


 不意に、心臓がまた嫌な感覚に鼓動を乱し始める。

 けれど、すぐにそれを察知したらしいレイさんが私の後ろに回り込むと、顔の前に腕を回して……そこに浮かび上がる『目玉模様』で私の視界をいっぱいにしながら、耳元で囁きかけてきましたわ。


「『はい、深呼吸して。何も考えないで、肺の中の空気と一緒に今の感情も吐き出しちゃって』」


 一瞬で思考が止まる。

 言われるがままに何も考えず、空気を吸って、空気を吐いて、何を考えていたかを忘れる。

 不思議なくらいに、魔法みたいに、心が落ち着く。


「あの……レイさん? もしかして、私は寝てる間に何か変なことされましたの? いきなり冷静になりすぎてしまって怖いくらいなのですけれど」


「あははっ。まあ、ちょっとした催眠術というか、メンタルをリセットする暗示みたいな? 心配しなくても洗脳とかトランスとかそういう深刻なやつじゃないから。まあ、やろうと思えばできなくはないけど」


「できなくはないんですのね……」


「されてみたい?」


「…………辛い時は、されたくなるかもしれませんわね。嫌なことばかり考えてしまって何も考えたくない時とかは特に」


「ふふっ、そういう考え方になる辺り、やっぱり落ち着かせはしたけど心が弱ってるね。ソニアちゃんが言ってた通り、今日の夕子ちゃんは『ダメな日』の夕子ちゃんだ」


「『ダメな日』?」


「そう、そういう頭がよくない方へ行っちゃって抜け出せない日。誰にでもあることだけど、『Cクラス』の子たちは特にいろいろと重い過去を持ってる子が多いからね。そういう日はこうやってセラピーみたいなことをやってるんだよ。最近は減ってきたけど、ベルシィちゃんとかもよく来るし。先生たち公認でサボりに来れる保健室だと思って、心がキツくなってきたらこれからも気軽に来ていいからね」


「知りませんでしたわ……こんなシステムがあるなんて」


「まあ、最初は今回みたいに誰かに連れてきてもらった方がいいからね。本当に辛い時って、新しい選択肢を試す余裕もなくて自分じゃなかなかこういう場所に頼りに来られないし。まずは『ここに来ればこれだけリフレッシュできる』っていうのを不意打ちで体験して、弱ってる時に頼れる場所として信用してもらえた方がケアをするこっちとしても楽なんだ」


 そう言って私に向けて微笑みかけるレイさん。

 その顔を見ているとなんだか……


「…………今になってみて思い出してみると、あの砦でのレイさんの笑顔は随分と薄っぺらくて軽いものだった気がしますわね」


「えっ、なんでいきなりディスられたし。というか夕子ちゃん、ボクのことそんなふうに思ってたの? いや、そう思われても仕方ない心当たりはあるけども」


「いいえ、悪口のつもりはありませんわ……ただ、レイさんはいつの間にか『大人』になっていたのだと実感してしまった気がして……蓬さんが言っていたことが少しだけわかりましたわ」


 『友達だと思ってたのに狂信者さんだけ先に大人になってしまったみたいで少し寂しい』。


 初めての『初期対応部』としての仕事とその失敗の翌日、蓬さんが口にしていたこと。

 私は戦英プロができる前の社長サマについてはほとんど何も知らなかったので実感はできなかったけれど……こうして多少なりとも深く知っていたつもりでいたレイさんの変化で、その意味がわかりましたわ。


 薄っぺらくも軽くもない、慈しみや労りといった感情が自然に滲む『大人らしい微笑み』。

 それを、正しく大人が子供に向けるような優しさと共に向けられて……いつの間にか、私がレイさんと『大人と子供』の関係になってしまったのだと。

 少し……私が眠っていた間に流れた時間の大きさを遅ればせながら実感してしまっただけ。


「……私は、『大人』になれるのでしょうか」


「夕子ちゃん?」


「今までちゃんと考えて来なかったけれど……私は『ちゃんとした育て方』をされてこなくて、普通の生き方をするどころか、何も考えずに人殺しまでしてしまった……何も考えずにそんなことをできてしまう人間になってしまった私が、ここから、レイさんみたいな『ちゃんとした大人』になれるのかと、そう思ってしまったの」


「……ボクだって、そこまで自分のことを『ちゃんとした大人』だなんて思ってないよ。育ちだって……まあ、そこまで良くはないしさ」


「ええ……そう、でしたわね」


 いつか見てしまったレイさんの『古疵』を思い出す。

 普通に生きていれば、きっと一生そんな傷付き方をすることもさせられることもない、そんな傷付き方をしてしまった時点で普通の人生は諦めなければいけなくなってしまう、そんな酷い行為の痕。


 けれど、レイさんはそれでも『苦しんでる子供を笑顔で助けられるくらいにはちゃんとした大人』になれた。

 それは、自分がちゃんと大人になれるのかと心配になってしまう私には良いことかもしれないけれど……やっぱり、レイさんは古疵だけじゃなくて、人間として特別だから。


 転生特典の違いを抜きにしても『レイさんができることは自分にもできる』なんて思えないくらいにはすごい人だから。

 それくらい、本気で世界に向き合って生きてきた人だろうと思えるから。

 自分が同じように生きられるとは、とても思えない。


「……思うに、ボクがちゃんとした『大人』になれたんだとしたら、それはやっぱり周りのみんなのおかげだと思うな」


「周りのみんな……社長サマやシックスさんたち、一緒に戦った戦英プロの皆さんですわね」


「うん、ボクは夕子ちゃんだってその一人だと思ってるけどね。もしも……ボクが世界に一人だけだったら、どれだけ時間があっても自然に大人になるなんてあり得なかった。それは断言できるよ。ボクを今のボクにしてくれたのは、奇跡みたいな出会いのおかげ……本当に、ボク自身にも想像できなかった奇跡だったと思う」


「『奇跡』だなんて……それじゃあ、そんな奇跡と出会えなかったら、私はどうすれば……」


 私がそこまで言ったところで、遮るように声がかかる。


「夕子さん、もう大丈夫ですの?」


「あ、ソニアちゃん。もしかして、施術が終わるまでずっと待ってた?」


「ええ、私のせいで夕子さんの具合が悪くなってしまったのですもの。よくなったのならすぐ教えてほしいでしょう?」


「あははっ、ごめーん。ちょっとこの施設そのものの説明とかもしてたから」


「もうっ、こちらは心配していましたのよ? ねえ、夕子さん。帰る前に今回のお詫びに美味しいケーキをご馳走したいの。王都に行きつけのお店があるんだから。ね、いいでしょう?」


「え、あっ、でも確か壁の外のお店行くには大人組の……」


「レイさん! お願いします! 彼女と二人でお話したいの!」


「うーん……ソニアちゃんの頼みじゃ断れないかなー。はぁ、今夜はルルにこってり絞られるんだろうなぁ。じゃ、ソニアちゃん、一応この指環だけ付けていって。ボクの細胞入れてあるから」


「ありがとう! さ、行きましょう夕子さん!」


「え、あのっ、本当に? 学校は……」


「『ダメな日』はお休みしてもいいの! ほら、アビスの箱庭を通ればすぐよ!」


「あっ! 二人とも一応変装は忘れないでね! 服は貸してあげるから!」




 数十分後。

 あれよあれよとビィさんに引っ張られるままピークドットを出て、アビスの箱庭を通ってやってきた『王都ガロム』。


 この世界の社会の中心、その首都とも言える大都市はまだ一年前のテロからの復興の最中ではあったけれど、直っている部分はちゃんと王都らしい風格を取り戻しているらしく、私が連れ込まれたのはその中のお店の一つ。


 スイーツ専門店のような雰囲気ではありますけれども……


「あ、あの、ビィさん? 本当に大丈夫ですの? ここ、『王室御用達』とかって看板に書いてありますわよ? とても高そうなお店ですわよ? 私、外で使えるお金なんて持っていませんわよ!?」


 私たちCクラスのメンバーは、このガロム社会で一般的に使われている貨幣の代わりに『ペリカンコイン』という社内専用通貨を使っていて、戦英プロと関係のないお店で使えるお金は一銭たりとも持っていない。

 お安いお店なら物々交換や皿洗いでどうにかなることもあるというのは知見の授業で習いましたけど、こんな立派な店でうっかり注文なんてしてしまったら身売りでもしないと支払いなんて……


「ソニア様、お久しぶりです。いつもの個室でよろしいですか?」


「ええ、他のお客様には私が来ていることは知られない方がお店としてもいいでしょう? 支払いはいつも通り、トゥルースお兄様へのツケでお願いしてもいいかしら? メニューは今日のおすすめアソートセットとレモンティーで」


「はい、かしこまりました。どうぞごゆっくり」


 …………。

 …………………。

 …………………ツケ?


「あ、あの、えっ? ビィさん? 今、さらっと支払いをツケと、いえ、それも他人の名前で……?」


「ええ、そうよ? 心配しなくても、トゥルースお兄様ならお金はあるし、私が食べた分だと言えばちゃんと払ってくれるわ。もちろん、夕子さんの分までまとめてね」


「そ、そういうものですの……? い、いいお兄様ですわね……」


「ええ、本当に。まあ、その分だけ軽い頼み事をされることもあるけれど、それはそれで楽しいもの」


 ……そういえば、ビィさんは家の事情とか、自身が貴族出身であるようなことを言っていましたわね。

 本物の『貴族』というのは、現金など持っていなくても信用とコネでなんとかなってしまうものなのでしょうね。

 勉強になりましたわ。


「さあさあ、私たちはこの奥の個室よ。私の指定席、遠慮なく入ってきて」


 迷いなく進むビィさんに従って、二人で向かい合って話すにはちょうどいいスペースの個室に入る。

 すると、私が椅子の座り心地を確かめている間に店員さんがケーキと飲み物を運んでくる。


 まるで芸術品のような、一つ一つが小さいのにとても凝った細工と盛り付けが凝らされていて、明らかに高そうなケーキの詰め合わせの大皿。

 それに、上質な陶器のカップに注がれた二人分のレモンティーも、他のお客さんを差し置いて最優先で用意されたんじゃないかというくらいあっという間に。


「さあ、食べましょう? ストレスには甘い物って昔から決まってるんだから」


「え、ええ……もう、驚くのはやめますわ。そうですわよね、文化の違いというものだと考えますわ」


 まるで破天荒なお転婆姫みたいな振る舞い。

 けれど、貴族のビィさんが『貴族らしく』振る舞っているだけで奇異なものを見るような視線を向けるのは、きっとよいことではないのでしょうね。

 というよりも、この世界においては日本人的な感覚の方がマイナーだということは授業で少しは広がったはずの知見で理解しているつもりですし。


 ただ、それはそれとして……


「…………」


「あら? 食べませんの? もしかして、甘いのはお嫌いでした?」


「……わからなくて。私が、こんな美味しそうなものを食べてしまってもいいのか……私が、人を殺した人間が、ケーキなんて楽しんでしまっていいのか」


 『喉を通らない』という表現をするのは、少し違う気がした。

 きっと、これを口に運べば甘さが口の中に広がって、ちゃんと喉を通って、楽しめてしまう。

 普通ならきっとまだ甘いものを楽しめるような心の余裕なんて生まれないのだろうけれど、レイさんの適切な処置は私に自己回復のための行動が取れるくらいまで心を整えてくれた。


 だからこそ、ビィさんは甘いものを楽しめば私の気持ちが楽になると考えて、このお店に連れてきてくれた……きっと、実際に食べれば気が楽になるのだろうとも思える。


 けれど、私は自分がそうやって楽になっていいのかどうか自体がわからないでいる。


「あまり……実感がありませんの。自分が『人殺し』になってしまったということについて……いいえ、あの頃の私が、平気で人を殺していたというのが信じられないみたいで。記憶はあるのに、記憶がある頃のことのはずなのに、自分が自分じゃなかったみたいで……」


 『戦っていた』という認識はある。

 『血みどろの戦場で自分も戦っていた』という認識はある。

 『私は戦場では強くてたくさん活躍した』という認識もある。


 けれど、『私は人を殺していた』ということだけが、上手く認識できていなかった気がする。

 レイさんのおかげで冷静になってみて、冷静になれてしまったからこそ、自分の心の中の歪な認識に気付いて見つめ直してしまったけれど、本当はあの頃からわかっていなければいけなかったはずなのに。


「これを食べて、楽しんで、楽になれてしまったら……後から、それを誰かに責められそうで、でも、責められないかもしれないという思いもあって、そんなことを言うのなら今日までの私の日常はどうなるのかとも思ってしまって……もしも、他人に責められなくても、いつか『人殺しの罪悪』という実感に追いつかれてしまったら、その時に人生を楽しんでしまった瞬間を思い出して余計に苦しむんじゃないかと、罪悪を認識したはずなのにその上で人生を楽しもうとしてしまった自分の卑しさが見えない爆弾のように残ってしまうんじゃないかと……頭の中が、整理できないみたいで」


 言葉も上手くまとまらない。

 きっと、レイさんの施術がなかったらここまで言葉にすることもできないまま、頭を抱えて蹲るしかなかっただろうと思えるくらいに思考がパンクしている。

 ただ……ぐるぐると回る思考の中で何度も立ち寄って、確認して、固まっていくのは『私は人殺しで、それはもうどうやっても取り消せない事実だ』という前提で。


 考え続けるのが怖い。

 考え続ける中で前提を確認し続けて、事実に実感が追いついてしまうことが怖くて仕方ないのに思考が止められない。

 その終点が未だに来てないからこそ、迫って来る感覚だけがどこまでも増していくからこそ、『未来』が怖い。


 ケーキにも飲み物にも手を出せずに思考の空回りだけを続ける私を見て、ビィさんは小さく息をついてから、口元に小さな微笑みを浮かべてこう言った。



「ねえ、夕子さん。あなたはまだ私のことをクラスの皆さんから聞いていないようですけど……こう見えて、私も『人殺し』ですのよ?」



 思考が、止まった。

 自分ではどれだけ止めたいと思っても止まらなかった渦が、投げ込まれた大岩にかき消されるように凪いで消えた。


「ビィ、さんも……? どう、して……とても、そんなふうには……」


「夕子さんは忘れているみたいですけど、Cクラスにいる人は誰もが過去になにかしら『悪いこと』をしてきたから普通の学び舎にも行けなくて戦英プロのお世話になっているのですのよ? 私だって、それは同じですわ」


「あっ……」


「私の場合は人を殺してしまっても家柄の都合やお父様の権力のおかげで軽い刑罰で赦されてしまって……そのために極刑や投獄はされなかったのですけど、やはり普通の生き方をするわけにはいかなくて。そんな時、戦英プロの計画してた『学校』の話を聞いて私も入れてもらうことにしましたの。お父様にも、私が少しでもマトモになるかもしれないのならと許可をいただいて」


 この世界の社会の構造や価値観を、私の生まれ育った現代日本の価値観で判断してはいけない。

 それはわかっていても、『貴族として生まれたせいで、人を殺してしまっても赦されてしまう』……ビィさんの言葉のニュアンスで言えば『家柄のせいで自分で充分だと思えるほど重く罰してもらえない』というのは、きっとこの世界でも異質な境遇なのだろうというのはわかる。


 そして……だからこそ、彼女は自ら戦英プロの門戸を叩いて、私たちと同じ学校の一員に、Cクラスの一人になることを決めた。


 蓬さんがかつて説明してくれたように、あの学校には『更生施設』としての側面があって、初期対応部としての妖怪退治や戦英プロの仕事の手伝いは『恩赦』をもらうためのポイントを得られるチャンス……罪の償いになるからと。


「夕子さんはちょっとマイペースで認識が遅れてやってきてしまって混乱してしまったみたいだけれど、『人殺し』なんて、Cクラスでは特別なことじゃないわ。数で言っても、あなたよりもたくさん殺してるクラスメイトだってきっといるはずよ」


「……けれど、そんなふうには……今の私みたいになっている人なんて、人を殺してきたように見える人なんて……」


「ふふっ、そうね。でも、それも当然と言えば当然のことだと思うわ。人を殺したことがあるからって、それから一生、どの瞬間を切り取っても誰が見ても『あ、この人は人殺しだな』なんて思われるような生き方をすることなんてない。もちろん、俯いて後悔や反省をすることはあっても、そんなのは『ずっと』じゃなくていいと思うわ」


「でも……」


「でもじゃないわ? まあ、物語の中だと、そういう危ない人は常にナイフを舐めてたりブツブツ呟いてたりって『人殺しらしいアピール』をしてたりするかもしれないけど。そういうのって、結局は『危ない人は常にそうわかるような振る舞いをしていてほしい』って人たちの願望だもの。もし世界がそうだったら、見た目が危なくなさそうな人とだけ付き合ってれば安全で安心で、難しいことを考えなくても簡単に生きられるって……ふふっ、現実はそうじゃないけど」


 ビィさんは、真っ赤な舌で唇を舐めながら獲物を堪能するように小さなケーキを口へ運ぶ。


「頭の外にある現実の世界では、『本当は悪質な人ほど善人のふりが上手い』というのが定番よ。まあ……けれど、だからといって善人っぽい人はみんな悪人かといえば大体の善人はやっぱり善人らしい振る舞いをしていてるのだから、疑い深すぎると救いの手もチャンスも取り逃がす……大抵の人はそれを『酸っぱい葡萄だった』って、善人のふりをしたの悪意の手を払い除けて『もっと悪い道』だけは避けたってことにして安心しちゃうのかしら? 元々は善人とか悪人って区切りをハッキリさせて、わかりやすく楽に生きたいって思った結果なのに、そこから現実を少し知るだけで自分以外の世界が『わかりやすい悪人』か『善人のふりをした悪人』だけになっちゃうって、とっても難儀で不器用な生き方がとても可愛らしいと思わない?」


「…………」


「でも、無理にそんな善だ悪だなんて切り分けられる世界の見方に合わせる必要はないわ。今の夕子さんの感じてる『人殺しはずっと後悔して反省して俯いて生きていかなきゃいけないんじゃないか』っていうのは、その方がわかりやすくて簡単に生きられるからそうあってほしいって人たちが思い描いてるイメージが夕子さんの中にも擦り込まれてるだけ。本当はそうじゃないし、『こっち側』に来た夕子さんはもうそんなイメージを気にしなくていい……だって、そもそも無理なことだもの」


「無理なこと……?」


「そうよ? だって、善悪の区切りなんて混沌とした現実の前にはなんの意味なんてないもの。いくら多数派が簡単な世界を望もうが、人は人を殺そうが自分を罪人だと思おうが、『自分は幸せになっちゃいけない』と思い込むことまではできても、結局は『幸せを求めること』をやめることなんてできないんだから。罪人と呼ばれようと人殺しだろうと、俯いてるのに飽きれば胸を張って前を向くし、面白いことがあれば笑えてくるし、甘いものを食べたいと思えば食べてしまう。『生き物としてのヒト』ってそういうものよ?」


「…………だから、ビィさんはそのケーキをそんなふうに楽しめますの?」


 話している間にも、ビィさんの手と口によって大皿の上のケーキはどんどん消費されていた。

 美味しそうに、楽しそうに、幸せそうに。

 今の私が触れることさえ躊躇っているものを当然の権利みたいに目の前で味わう。


 罪悪感なんて、どこにも見えないくらいに。

 その姿に『私と同じ人殺しなのに』なんて、良くない感情が湧き上がってしまいそうなくらいに。


「……ああ、なるほど。夕子さんが苦悩しているのは『そこ』なのですわね」


「なにが、言いたいんですの?」


「ふふっ、可愛い怒り顔。自分が何に悩んでいるかもわからなくて悩み続けてるんだから、私も同じ悩みに苛まれててもいいはずなのにって嫉妬してる顔ね。まだまだ自分自身すら上手く操れない子供らしくて、とっても可愛らしいわ」


 私の内心を見抜かれた……のか、本当は的外れなのか、それすら私にはわからない。

 臆面なく微笑む目の前の相手に嫉妬しているのか、羨んでいるのか、どっちでもないのか、自分でもわからない。

 目の前のケーキを食べていいのかも、食べたいのかも、そんな気分じゃないと突っぱねたいのかも、怒りたいのか苦しみたいのか、そうすべきだと考えているのかも。


 わかるのは、今の私の中に満ちる感覚が心地良さからは程遠いネガティブな種類のものであるということ。

 そして、私は……踊らされてばかりで人間らしい人生経験をほとんど積まずにここまで生きてきてしまった私の中には、どうすればこの感覚から抜け出せるかの『答え』がない。


 そんな状態でビィさんに微笑み顔で見つめられて、論理的な反論なんてできそうもない精神状態を自覚しながらもなんとか言葉を返そうとして、思考を空回りさせながらようやく絞り出したのは……


「人を殺しておいて……自分が何をしたのかわかっていないみたいに、生きるのを楽しめるなんて……嫉妬と言うなら、何よりその単純さが羨ましいですわ」


 言葉にしてみて、思考がまとまる。

 自分の言葉を振り返ってみてすぐ『曲がりなりにも自分を励まそうとしてくれてる相手に言っていいことじゃない』と気付いて、既に起きてしまった悪意の暴発を後悔した。

 けれど、それと同時に言い方は悪くても、口にしたのは私の本心そのものだったということも自覚する。

 そう、私は……


「教えて、ほしい……そう、教えてほしいんですの……どうやったら、また後ろめたさなく何かを楽しめるようになるのか……教えてもらえないと、教えてもらえなくて、もう二度とちゃんと何かを『楽しい』と陰りなく思えるようになれなくなるんじゃないかと怖くて……怖くて、そうならない方法を教えてほしくて……見習いたくて……羨ましいと……」


 『悪意の皮肉』と『縋り付くような懇願』の間で揺れる心がそのまま浮かび上がる言葉を、なんとかプラスへ、私の未来が少しでも良い方へ向かうかもしれない方向性へ矯正する。


 だって、今そうしないときっと大事な何かを得るべきタイミングを逃す気がしたから。


 これから先の人生、何かを楽しもうとする度に必ず自分が『人殺し』であることを思い出してしまって、本気で楽しむことを躊躇ってしまうようになるとすれば。

 それは、『人生でこれから食べる全てのケーキの中に泥が混入する』という呪いを受けるようなもの。


 もし本当にそうなるのだとしたらあまりに怖くて、けれど、目の前には私と同じ『人殺し』でもそうなっていないビィさんがいて。

 彼女は私に何かを教えようとしてくれる気があるみたいで、でも私には自分が何を尋ねればいいのかもわからなくて。


 ああ……そうだ。

 彼女の言った通り、私は自分が何に悩んでいるのかもわからなくて悩んでいた。

 彼女は、そのループを終わらせるために、私の本心を突く言葉で怒らせて、悩みの内容をそのまま口にさせた。

 そう、私は……


「向き合い続ければいつかは解決するのかもしれない……慣れるかも、呑み込めるのかも、気にならなくなるのかもしれない……でも、それまでずっとこんなに苦しいのは嫌だから……今すぐ解決できるなら、なんでもするから、どうやったらいいのか教えて……じゃないと……」


 本当に、人を殺しておいて望むことじゃないと思う。

 恥を知れと言われても仕方ないし、周りの人たちみんなから失望されるかもしれない。

 でも、どうしても思ってしまうから。


「苦悩してる間に、反省と後悔ばかりしている内に大人になってしまったら……せっかく、生まれ変わって、ようやく見つけられた『青春』が、友達との時間が、何も本心から楽しめないまま終わってしまうなんて……そんなの、嫌なの……」


 この『転生者』としての第二の人生は、本来はありえない奇跡。

 そして、『戦英プロ』という組織も『Cクラス』という居場所も、何も考えず少年兵のように戦場に出てしまった私にとっては尚更にありえなかったはずの『青春のやり直し』ができるかもしれない奇跡との出会いだった。


 もう一度生まれ変わったって、絶対にこんな奇跡は起こらないと断言できる。

 だからこそ、その輝きを『人殺しなのに』なんて心の声で損ないたくない。


 わかってるのに。

 本当はそんな『自分の幸せ』の心配なんかじゃなくて、人を殺してしまったことへの罪悪感に苦悩するべきなのに、その実感がないまま『人を殺しておいて平気な顔をして生きている人でなし』として責められることが、私が幸せになろうとする度にその可能性を潰されるようになってしまうかもしないという未来が怖くて仕方ない。


 そんな悩み方をしてしまうこと自体が責められることになるかもしれないのに、それをどうしたら責められずに済むのかという悩み方をしてしまうループから抜け出せない。


 こんな悩みは、他の人には絶対に言えない。

 ただ一人……目の前で、同じ『人殺し』だというのに当たり前のように幸せになる道を肯定してケーキを楽しんでいるビィさんみたいな人以外には。


「教えて……どうしたらいいの……? 私が、人を平気で殺せてしまうような『人でなし』だっていうのなら、そう確信させて……そうかもしれない、そうじゃないかもしれないって、自分の本質もなんにもわからないまま考え続けなきゃいけないなら……ずっとずっとこのまま悩み続けなきゃいけないなら、とても耐えきれないの」


 頭を抱える。

 文字通り、取り返しのつかない過去をどうしたらいいのかと答えの出ない思考の渦で考える。

 そんな私を見て……


「なるほど、夕子さんは早く話を済ませたいのね。それなら、いいアイデアがありますわ。全部私に任せてくださいな」


 ビィさんがニコリと笑うのを見た。

 その次の瞬間、彼女の姿は視界から消えていて……


「当て身!」


 またも、私の意識は首筋への衝撃と共に闇に落ちた。




 それから、しばらくして。

 どれくらい経ったのかもわからないけれど、深く眠っていた感覚で短い時間ではないだろうとぼんやり思う。


 そして、そんな私の首から下は袋に入れられた上に縄のようなもので縛られているらしくて身動きが取れないようで、しかも視界は薄地の布の目隠しで周囲の明るさくらいしかわからない状態になっていて……


「急なお願いで申し訳ありませんわね、アオザクラのおじさま」


「いや、確かに急だったがこっちとしてはちょうど祭事の予定もあったし苦労はなかったが……大丈夫か? なんか同意の上には見えないというか、どう見ても拉致してきた感じにしか見えないというか……」


「早めに話を済ませたいと願っていたのは夕子さん自身ですわ。準備中の時間もドキドキしながら待つより眠っていた方が楽でしょう?」


「それにしても起きていきなりこれは……」


「あら? 目を覚まされましたわね、夕子さん。暗いのは苦手だと聞いていたので薄めの布での目隠しにしたけれど大丈夫だったかしら?」


「は、はい……完全に袋詰めにされていたらパニックになっていたかもしれませんけど、これならなんとか。けれど、あの、この状況はいったい……」


「すぐに自由にするから待ってて。それと、周りにたくさん人がいるけれど、優しい人たちだから怖がらなくていいわ」


 そう言って、私を袋から出して何かの毛皮らしき絨毯の感触のする床に座らせるビィさん。

 それから、目隠しをスルリと外されると、周りには……


「あ、あの……この、方々は……」


「ええ、見覚えはあるかしら? 『森の民』の、旧都近辺に住んでいて夕子さんのいた『独立軍』と衝突して戦死した方々の親族や、旧都砦で捕虜になっていた方々ですわね」


「………………」


「夕子さんは手早く話を済ませたいというお話でしたでしょ? 迷惑をかけてしまったなら、やっぱり早めに謝るのが一番だと思って、アオザクラのおじさまにお願いして近場の関係者の方を集めてもらったの。ちなみに、ここはアビスの箱庭のある街に近い『森の民』の集落よ」


「………………」


「さあ、帰りが夜遅くになってしまうと千里先生に怒られてしまうし、手早くごめんなさいしちゃいましょう? もちろん、私も一緒に謝ってあげますから」


「…………かひゅっ」


 そうして、私は唐突に自分の『殺しの過去』と向き合わざるを得ない状況に……『戦災遺族面談』の場に放り込まれたのですわ。





 ……この作者は『こういうこと』をする人です。


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背負うのではなく、血肉になるように頑張りましょう、夕子さん(殺しと食事を区別しない言い方)
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