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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく


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第17話 『人間の悪意』

side 夜神夕子


 『私掠盗賊免状』。

 この世界にそういった物があると聞いたのは、千里さんの『社会順応』の授業でのこと。


 『社会順応』の授業は、いわゆる常識や処世術に関する授業。

 特殊な能力の持ち主であること以前にこの世界にとっての『異世界人』である私たち転生者や、ちゃんとした教育を受けて来られなかったCクラスのメンバーがこれからの時代を生きていく上で知っておくべき法律や社会制度。


 単に私たちの人生を窮屈にするものばかりでなく、困った時に守ってもらえたり助けてもらえたりするシステムがあることをちゃんと知って、それを適用してもらえる側として振る舞うための知識習得の時間。


 そして、私が受けた最初の『社会順応』の授業で特別に強調されたのが『私掠盗賊免状』について。

 私たちにとっては学園での『教育完了の認定証』になる可能性があるという、特別な資格。


「確か……『王室が特別に認める特殊作戦専門のエージェント』で、合っていましたかしら?」


「まあ、大体そんなところ。もうちょっと詳しく言えば、『王室特権でおめこぼしをもらってる、ちょっと犯罪者寄りのグレーな政府協力者』って側面もあるかな」


 シックスさんとそんな会話を交わしながら乗っているのは、以前あの牧場へ行った時と同じ転生者の寺井さんの運転する自動車神器。

 テレビでサバンナの撮影なんかによく映り込むようなタイヤの大きな四輪駆動車ですが、不思議と社内の揺れは感じられず快適ですわ。

 少なくとも、こうして目的地に向かう道中で歓談できるくらいには。


「元々は犯罪者上がりの工作員に任務を与える時に表立って政府公認の立場を与えちゃうと裏社会でのコネクションが使えなくなっちゃったり潜入に不便だったりするから設定された非公開の協力者資格みたいなものだったんだけどね」


「えっと、この前の『知見』の授業で見た映画で出てきた、麻薬捜査のためにマフィアになっていた警察官の人、みたいな感じですの?」


「そうそう、そういう感じ。それから、潜入中に仕方なくやらなきゃいけなくなる犯罪行為を後から免罪処理したりとか過去の罪歴を清算するための司法取引とかについての制度も追加されて行ってね。最終的にちょっと例外的な立場になってるんだ」


 今日、私が行くのは戦英プロの関連施設の中でも特に重要な仕事をしている場所の一つ。

 『私掠盗賊免状』の話も、それに関係しているそうで……


「まあ、便利な制度だけど乱用しちゃいけないっていうか、下手をすれば『任務のために必要だった』って言い張るだけで不必要な犯罪とか残虐行為まで罪に問えなくなりかねないからね。人格的にかなり信用できる人間以外にあげちゃまずい。だから、去年までは取得条件もかなり厳しくて、転生者では美森教官が史上唯一の所有者だったんだ。まあ、そもそも免状の発行自体がアルゴニア陛下が裏組織の暗躍に対抗するために打った奇策だったというか、本当にすごい特例で、これまではちゃんと制度化されてなかったって話でもあるんだけど」


「それが、戦英プロで……私たちの『学校』で正式に取れる資格になる、ということですの?」


「まだ予定の範囲ではあるけど、いろいろあってアルゴニア陛下とドレイクさんが機転を利かせてくれたから。大人組の何人かはもう『私掠盗賊免状』もらってるよ……まあ、正確には基準を甘くした新しい資格で、実績と活動期間を重ねることでランクが上がって美森教官の持ってるやつと同等の扱いになるって仮免許みたいなタイプだけど」


「実績と活動期間……」


「『社会奉仕活動』と『観察期間』も兼ねてるシステムだよね。要するに、『昔はヤンチャして迷惑をかけてたことは確かだけど、私の技能は社会の役に立つからそれに免じてもらえるなら、これからは心を入れ替えて真面目に頑張ります』っていう約束の証明書だし、それを取るまでにちゃんと反省を行動で示したから昔のことは多めに見ますよっていう『恩赦』の証でもあるから」


 『Cクラス』での活動が更生のための教育であると同時に、これまでにかけてきた迷惑への償いでもある私たちにとっての『卒業』という区切りとは切っても切り離せない『恩赦』の証。

 『私掠盗賊免状』が卒業証書になるというのは、そういうことですわ。


「まあ、そんなシステムが作れそうなのもシエスタさんの交渉力あってこそなんだけどね」


「シエスタさんのおかげって……あの、いつもちょっとポワポワしているシエスタ先生が?」


「そうそう。意外かもしれないけどあの人、仮にも裏の三大組織の一つでトップみたいな位置だったはずなのにしれっと悪いこと全部他の組織に脅されてたことにして、犯罪組織として得た利権とかも全部返納した上で、立場を使って本当に悪いことしてた構成員も迅速にトカゲの尻尾切りして、誰よりも速攻で『私掠盗賊免状』取ってるから……それも、事件が一段落ついてから一週間もかけずに。立ち回りがヤバいよね」


「シエスタ先生、そんなやり手には見えませんわ……というか、今さらっと大悪党だったみたいな経歴が語られませんでした? 悪人面の対極みたいな人畜無害にしか見えないあの人が? マジで言ってますの?」


「戦英プロのメンバーはみんな知ってるよー。ボクたちが賊軍扱いされてた時、『報道機関』にはめっちゃお世話になってたから……まあ実際、『悪人』じゃないのも本当ではあるし、『聖典』が存在することのリスクと対抗勢力の必要性を知ってたからこそ、裏組織まで利用してなりふり構わず備えてたっていうのも事実だし。それで最悪の事態が起きた時には想定してた通りにちゃんと全力で解決に動いたっていうんだから中央政府も強く出られないのはそうなんだけど……それにしたって『無貌』なんて二つ名で呼ばれるのもわかるくらい面の皮が厚いを越えて底が知れないというか……」


 と、そこで。

 シックスさんの話を遮って、前方の運転席の方から声が。


「シックスさん、夜神さん。ご歓談を邪魔して申し訳ないのですが……もうすぐ目的地ですよ」


「あっ、もうそんなに経ってた? ありがとうね寺井さん。さて、なんでこんな話をしたかと言えば……」


 手荷物を確認しつつ、前方に見える岩山を見据えるシックスさん。

 『目的地』らしきその岩山に向かって、何を思ってか苦笑を浮かべながら彼女はこう言いましたわ。


「『私掠盗賊免状』を発行してもらってる戦英プロには、政府公認の汚れ役というか……一般的にはちょっとアウトゾーンな犯罪チックなことをしてる関連施設もあって……今から行くところは特にそういう色が濃いところだから。悪の組織のアジトみたいな感じに見えるかもしれないし実際そこまで間違ってないけど、身内の夜神さんはあんまり怖がらなくていいよって話かな?」




 今回利用した最寄りの『アビスの箱庭』からして、ここはラタ市郊外の深い森の奥。

 前にもジャネットさんの店を訪ねて行ったことがありますが、ラタ市というのは近々『善意と幸運の女神』である女神ディーレ信仰の聖地として正式に認定される予定の町だそうで、しかもなんとあの社長サマをトップに据え置く特別自治区でもあるのだとか。


 ……まあ、その社長サマ自身は何故か基本的にピークドットにいるので実際の統治などは別の人に任せているのでしょうけど、そのラタ市の近郊に戦英プロの重要な関連施設が位置しているのはおかしなことではありませんわ。

 しかし……


「ち、地下にこんな空間が……」


「元はラタ市ができる前に使われてた廃鉱山なんだけど、なにかしらの機密施設を造るのににちょうどいいからって『報道機関』が昔から土地だけは確保して記録とかを消してたらしくてさ。結局使ってなかったのをそのまま戦英プロがもらったんだよね」


 元は発掘した鉱物を運ぶための坑道だったのが見て取れる通路をしばらく進んでみると、行き止まりに見せかけた岩の扉。

 そして、シックスさんの操作で開かれたその偽装の先にいきなり出てきたのは…それまでの薄暗い景色と比べてあまりに場違いな、清潔で快適そうな地下基地。


 さながら現代日本の病院か研究所のように真っ白な壁と床に囲まれた通路をシックスさんについて歩いていると……


『ブォォオオオオッ……』


 そんな、大きな管楽器が出すような音。

 横切った扉の向こうから響くその音は、単なる空洞を空気が抜ける音でしかないはずなのに、妙に耳につく響きで……


「あー、やっぱり今日は『やってる日』だったかー……最近、アイリさんが新しく何人か捕まえて来たって言ってたからそうだろうと思ってたけど」


「あの、シックスさん? この音は……なんなんですの? なんだか、素通りできないというか、聞いていられないというか……ちょっと気分が悪くなりそうな……悲鳴みたいな……」


「し、知らないなら知らなくてもいいってこともあるんじゃないかな? ほら、そろそろいい感じに約束の時間だし、そこの部屋に入って待とっか? たぶん、あっちもすぐに来ると思うから、ね?」


 シックスさんに促されて客間らしき内装の部屋に入ると、さすがに壁と扉をもう一枚貫くだけの力はないらしい管楽器の音は聞こえなくりましたわ。

 そして、とりあえずシックスさんと一緒にソファーに腰かけて数分すると……



「全く、中和剤の残量くらい事前に確認しておきなさいっていつも言ってんのに。私特製の痒み薬だから中和剤も私が調合しないとないんだし」


「忙しいのは分かってるから本当に悪いと思うが、早く調合してやってくれ。捕まえてきた私が言うのもなんだが、さすがにあのままは気の毒だからな……あの音からも悲痛さが伝わって来ていたたまれないし」


「悲鳴とか文句とか聞いてられないってスタッフが多いから自白のチャンスをやる時以外では『牛』を使うようにしたんでしょうが。完全防音にしちゃうと精神の限界とか見極めるの難しくなるし、あれだけ元気に吹き鳴らせるならまだまだ壊れやしないわよ。適当に聞き流しなさい」



 部屋に入ってきたのは、本社区画の事務室でも会ったことのある白黒二色に分かれた髪色が特徴的な天儀愛理さん。

 そして、もう一人……白衣を着て救急箱のようなものを抱えた私と同じか少し若いくらいに見える年齢の少女。


 私は、彼女を知っている。

 『敵』だった時に、警戒対象として渡された情報の資料に似顔絵が載っていた『天使』の女の子。

 一応、あの海では距離があったからあんまりそんな気はしないけれど面識もあると言えばあると言える相手。


「テーレさん……で、合ってますかしら?」


 『右手の薬指』にダイヤの指輪を付けた彼女は、私を見て少しだけ沈黙した後、小さく嘆息して答えましたわ。


「その様子だと、記憶が戻ったんじゃなくてその前の知識として知ってたのを思い出したって感じかしらね。まあ、イディアナ諸島でやり合ったって言っても私とあんたは直接対決したわけじゃないし、あんたの記憶の範囲ならほぼ他人だったはずだからその反応は妥当だけど」


「そ、その……思い出せたわけではなくて申し訳ありませんわ。けれど……あら? 何故、テーレさんと愛理さんが一緒に? テーレさんって社長サマの転生特典だった気が……私の記憶違いですの?」


「記憶違いじゃないわよ。確かに、なんか最近は仕事の都合上なんかアイリとのコンビみたいになっちゃってるけど、本来はあの馬鹿……『社長』が私のマスターだから。ニドラまでアイツのことマスター呼びし始めてからややこしくなってはいるけど、別に転生特典としてのポジションそのものがアイツとすり替わったわけでもなきゃ押し出されて主従関係が解消されたわけでもないし……戦力では明らかに負けてるし『第六位冒険者の従者』って言ったらニドラの方がそれっぽいのはわかるけども」


 ちょっといじけたような顔をするテーレさん。

 それをフォローするように、シックスさんが口を出す。


「テーレさんは確かに戦闘能力って意味じゃちょっと頼りないかもしれないけど、それだけじゃないからね。なにせ、戦英プロの方の仕事で忙しい社長サマの代わりにラタ市の運営とかもやってるし」


「アイツが絶望的に政治とか向いてないから仕方なくやってやってるだけよ……ていうかシックス、あんたもわかってないわけじゃないのは知ってて敢えて言うけど、いつまで『逃げ』を続けるつもり?」


 テーレさんにそう言われて、表情を固めて目に緊張を浮かび上がらせるシックスさん。

 その様子を知ってか知らずか……敢えて知ってて追い打ちをかけるためか、テーレさんは言葉を付け加える。


「アイツはアイツで、やるとなったら楽しもうとするし、実際楽しめるタイプよ。『社長サマ』なんてポジションだって、ほぼ叶っちゃったような目標そっちのけで全力投球して楽しんでるのは事実でしょうね。けど、アイツはあくまでアンタが『社長』の椅子に就くまでの……アンタが自分の人生に向き合う間の繋ぎよ。今だって、本当はルビアの所の研究所でやりたい研究がたくさんあって、もっと時間が欲しいはずなんだから……『残り時間』は他の人間よりも少ないって自覚してるわけだし」


「…………ごめんなさい」


「わかってんならいいのよ……ねえ、夕子」


「は、はい!」


「シックスがあんたを連れ回してる目的は『能力の安定化』でしょ?」


「は、はい……そういうお話で、そのためにレイさんやアンナさんに話を聞きに行ったりして……トラブルが起きることもあって……まだ戦力には……」


「順調かそうじゃないかってのはどっちでもいいわ。そもそも『自分の心に向き合う』なんてのは一生かけてやるべきことであって、間違っても『手早く済ませる』なんて考え方でやるべきことじゃないんだから」


 そこまで言って、テーレさんはシックスさんに視線を向ける。

 『睨む』か『嗜める』とでも表現できてしまいそうな嫌な圧を込めながら。


「ただ、シックスは自分からは言わないだろうけど、あんたの件が終わったらシックスには『次の重大案件』が待ってるから。あんまり好意に甘えてシックスがそっちの案件に手を付けないための時間稼ぎにされんじゃないわよ」


「…………」


「テーレ……そういう言い方はさすがに嫌われかねないぞ。今の夕子にとってはほとんど初対面のようなものだろうし。第一印象がそれはキツくないか?」


「嫌われ者になるのは慣れてるからこそ他のやつが言わないことを言ってやってるのよ。シックス、あんた自身も自分が逃げてることくらいはわかってるでしょ」


 愛理さんの言葉に軽い睨みと辛口の言葉を返して、部屋の奥のテーブルの上で手にしていた箱を開いて作業を始めるテーレさん。


「私はすぐに必要な薬の調合してるから、その間にここの施設説明でもしておいたら? あんたの仕事についても夕子に教えておいて損はないでしょ」


「そう……だな。すまないな、二人とも。テーレは、まあ、なんだ……性格がちょっと悪いが根はいい、わけではないな……根本から歪んではいるし悪意があって言っているのも事実だが、シックスと夕子のことを想って言ってるのも確かだ。あまり悪く思わないでくれ」


「私は……正直、どういうことなのかよくわからなかったのでいいのですけど、シックスさんは……」


「……ううん、ボクも、大丈夫。うん、テーレさんの言う通りだからさ……気にしないで。ボクが自分で解決しなきゃいけないことに向き合えてないってだけだから」


 顔を伏せながら、見えにくいけれど困ったような苦笑を浮かべているように見えるシックスさん。

 その様子に嘆息した愛理さんが、私に向けて声を発する。


「さて、夕子。お前はここに来るのは初めてだったな」


「え、ええ……記憶にある限りは」


「心配しなくても、忘れてる訳じゃなく本当に初めてだ。一応、Cクラスの他のメンバーはこの施設の存在と役割だけはみんな知っているが……簡単に言えば、ここは『初期対応部』に任せるには危険な案件に対処するための施設だ。まあ、仮に本社区画が襲撃されたりした時には逆にセーフハウスの一つとして使えるようにはしてあるが、基本的にはこちらの方が危険な仕事をしている」


「危険な案件、ですの?」


「ああ、私はここで……主に犯罪者だったり、それと妖怪やら森の民の神器の複合案件だったりを追っている。そして、捕まえたそれらを完全に無力化したり、情報を聞き出したりとかもこの施設内で一通り行えるようになっている」


「あの、少しいいでしょうか? 妖怪の関わる案件……『妖怪退治』は『初期対応部』の仕事ではなくて?」


「あくまで『妖怪退治』だけで済む初期対応の段階では、な。だが、それはあくまで神器として封印状態だったものが『活性化』し始めたばかりの場合の話だ。活性化状態が定着して知性や自我が覚醒し始めた場合……あるいは、悪意を持った犯罪者なんかに神器としての機能を発動可能な状態で確保されてしまった場合は話が変わる」


「と、言いますと……」


「妖怪そのものが『非殺傷』で人を殺すことができないとしても、それで自由を奪われた者にとどめを刺す人間が別にいれば妖怪は充分に殺人兵器相当の脅威になりうる。そういった案件の場合、確保や調査の任務に就く人間の命の保証はできない。特に封じ込められた権能との相性によっては触れた人間の憎悪や悪意に影響されて神器の性質が悪辣に変化する場合もあるからな」


 蓬さんとのカフェでの会話を思い出す。

 『初期対応部』のメンバーは『子供』として、あくまで安全を確保された上で恩赦を受けるための『他の人々がやりたがらない危険な任務』として妖怪退治を請け負っている。

 仮に『全滅』しようと、『非殺傷』が付与された妖怪に殺されることはない……妖怪だけが相手なら。


 けれど、そこに人間の知能や悪意が入り込めば、話は変わる。

 そこから先は、『子供組』には任せられない大人の案件になる。


「もしかして、先ほど廊下で聞こえてきたのは愛理さんが捕まえた妖怪の……」


「いや、あれは人間の鳴き声というか……ここでは、組織犯罪の根本的な解決のために、捕まえた構成員にごう……ちょっと強引で非合法的な尋問とかもやってるからな。主にテーレ主導で」


「ちなみに、今この中和剤がなくて痒み薬に悶絶してるのは、この間アイリが捕まえた『闇市』の残党よ。報道機関の大暴露があって裏での非道行為を晒されて社会に居場所がなくなった腹いせに『森の民の神器』をテロに使おうとしてたやつら。いい気味でしょ?」


 愛理さんが言いにくそうにしたことを引き継いであっさりと引き継いで、おそらくたった今死ぬほど求められてる調合薬の試験管を軽く振るテーレさん。

 その顔に滲み出る悪意に満ちた笑みはとても『天使』とは思えないものでしたわ。


「さて、とりあえず一人分だけ作ったけど、一番最初に一番重要な情報をゲロったやつにだけ使ってやるとか言ってやろうかしら……あいつらは『悪徳権(パージ)』とかいう儀式で今されてることよりもずっと酷い事もやってたやつだから同情することないわ。それに、あの管を通した『悲鳴』はすごいけど一応はマスターから『痛いのは禁止』って言われてるから尋問のやり方は選んでるのよ? ……本当は切ったり裂いたり潰したりもしてやりたいけど」


 ……これが、シックスさんの言っていた『悪の組織のアジトみたいな感じ』の部分なのでしょうね。

 『痛いこと』なしであれだけ悲痛な音が響くのは何をしているのかと考えると逆に怖いのですけれど。


 私がなるべく想像力を働かせないように気を付けていると……


「あ、そうそう。ところで夕子、この写真の中に見覚えのあるやつとか恨まれてそうなやつの心当たりある? 自分が知ってる姿と外見年齢が違うとかでもいいから気になるやつがいたら教えて」


 テーブルの上に流れるように滑ってくる十枚あまりの写真。

 それは、似顔絵らしきものを撮った写真も混ざっていましたが、どれも私が見たことのない顔ばかりで……


「見覚えは……ありませんわね」


「そう……ちなみにそいつらは、ここ何十年かに確認された収納能力者や、収納と同じように使える可能性がある能力の転生者よ。ずっと幽閉されてたり死体が確認されてたりで絶対に事件に関わりないだろうってやつは除外してあるけど、『靴底男(アンチガム)』はこいつらか、あるいは降臨したばっかりで顔も名前も知られてない転生者って可能性が高いわ。ずっと意識不明だったあんたへの粘着具合からして降臨したての『新顔』の可能性は低いだろうけど」


「つまり、この中の誰かが、レイさんの研究所やジャネットさんの店で事件を起こして私に濡れ衣を着せようとした張本人……という可能性が高いということですの?」


「そう。一応アーリンにも確認してみたけど、『森の民の遺産』として散逸した行方不明の神器の中には、自己縮小とか物資保管のための『収納機能』が付与されてるものはそこそこあっても、悪用対策でそもそもの数と種類が少ない。それもあって、『人間』を収められる容量のやつはちゃんと管理されてるらしいから。『収納能力』はほぼ間違いなく人間側に由来した能力だと思っていい」


「…………」


「ちなみに、この間のアトリの店に盗みに来たやつも尋問中だけど、やっぱり夕子に罪を被せるような形で盗みをするように命令されてたみたい。盗人本人は夕子と面識すらないけど、夕子がいるタイミングで『大事なもの』がなくなれば必然的に能力でそれができてしまいそうな夕子に疑いの目が向く……夕子が守護者を制御できなくなってたことも、最近は容れ物を使って制御できるようになってきたことも知らずにそう考えたんでしょうね。それに、私たちが警備システムを更新したことも想定外だった。そこら辺の立ち回りの甘さは能力頼りで頭の使い方が小賢しい止まりの新米転生者っぽいわね」


「確かに……そうやって情報を整理して教えてもらえれば、そう思えますわ。けれど、もしも私がレイさんの研究所に行った後すぐの精神状態のままで、今度はアトリさんのお菓子が消えたと言われれば……」


 私は、間違いなく私自身を疑うしかなくて自分自身への濡れ衣で潰れていたかもしれない。

 私の周りに私のせいじゃないと信じて情報を集めて整理してくれた『大人組』の皆さんや私に変わらず接してくれた『Cクラス』の皆さんがいなかったら。

 私は弁解もできずに戦英プロという居場所から逃げ出していたかもしれませんわ。


「本当に陰湿なやり方……夕子に恨みを持ってるのは間違いないでしょうね。それと、これも尋問でわかったんだけど、あの盗っ人は元から盗みの常習犯だったみたい。それで、空き巣をやってたらいきなり狭くて真っ白な空間に閉じ込められて、身動きも取れない状態で『出してやる代わりに命令通りにしろ』って……『命令通りにしなかったら今度は二度と外に出られないようにして永遠に閉じ込めてやる』って、実際に丸一日は閉じ込められてたって。まあ、なんかヤク中っぽい感じの錯乱も見えるし細かい部分の信憑性は低いけど」


「狭くて、真っ白な……」


 曜子さんの『収納スマホ』を思い出す。

 収納空間の使い手というのは、『そういうこと』をしようとすればできてしまう。

 卑怯も卑劣も気にしなければ、『戦闘』なんて必要のない反則のような一撃必殺ができてしまう理不尽な能力。

 人間一人を普通の方法では絶対に脱出できない空間に閉じ込めて洗脳するなり脅すなりも簡単にできてしまう。


 しかも、確かな事実として……そんな能力者が私に憎しみや執着を向けてきている。


「それと……これは、それなり以上に厳重なアトリの店のセキュリティがそこらの盗っ人に破られかけたのが気がかりだったから詳しく調べてみたんだけど……あの盗っ人、セキュリティを抜くためのスキルを『付与』された可能性が高いわ」


「スキルの付与……ですの?」


「そう。憑依とか融合ってわけでもないから妖怪や神器って感じじゃないし、転生特典でも他人にスキルを与えたり奪ったりみたいなのは結構レアなタイプだからヒトシとかグラム将軍みたいなのはそうそういないはずだけど……『闇市』には、ベルシィやミュジカたちに使われたスキル因子を移植する裏技術がある。今は、そっちから関連を探ってるわ……なにせ、『闇市』なら麻薬の類も扱ってたからそれを洗脳に使っててもおかしくないし、そういうポジションにいて甘い蜜を吸ってたメンバー相手なら夕子の側が認識してなくても恨まれてる可能性はかなり高いから」


 テーレさんは話してる間にさらに二本追加で調合した薬を手にして部屋の扉まで歩いて行き、扉の向こうに近付いていた足音か何かでタイミングぴったりに目の前に来ていたらしい人に薬を渡して戻って来きましたわ。

 そして、私とテーブルを挟んで正面から向かい合うと……。


「さて、ここからが今日来てもらった本題よ……夕子、あなたが能力を前みたいに扱えなくなったのは精神的な要因だと思う」


「…………それは、わかっていますわ」


 『不明』の守護者。

 『恐怖の感情』を力にできる守護者。

 それが、私が自分でも自分の生存が信じられないくらい本気のギリギリの状態まで追い込まれて死にかけたことで、その時に体験した恐怖の感覚が強すぎて出力の制御が難しくなった。

 そこまでは自分で理解できていますわ。


「……女神ディーレ神殿は医療技術の発展と普及にも力を入れてるし、そのための人員も揃えてる。もちろん、精神的な方向性の医療にもね。そこで提案なんだけど……夕子、自分と向き合って新しい守護者の使い方を探り始めたところで悪いけど、やっぱり前みたいに戦える方がよくない?」


「…………えっ……?」


「私は……夕子は今すぐにでも、腕のいい『癒し手』の治療でちょっと強引にでもトラウマを治して元の戦闘スタイルに戻すべきだと思う。少なくとも情勢が安定するまでの当面は」


「それは……いつまでの初期対応部の戦力にならなくて足手まといだから、ですの?」


「ううん、そうじゃない。そういう問題じゃないわ」


 テーレさんは私の目を見ると、少し申し訳なさそうに表情を沈ませてから、ハッキリと口を開く。


「『自衛』のためよ。あんたが今、新しいやり方を頑張って練習してるのも知ってるし、それがそこまで順調じゃないとしても真面目に精進してる最中なのも聞いてる……けど、今回の調べで夕子が悪戯で済まないくらいの悪意や憎悪を向けられている可能性が高まった。それも、『闇市』の残党が関わってる可能性が高いときてる」


「…………」


「初期対応部の『妖怪退治』はどんなに惨敗しようが全滅しようが死ぬ心配はない。戦力不足だろうが足手まといだろうがそこまで重要な問題にはならない。けど、相手が『人間』なら身の安全の保証はできない……夕子が同意してくれるなら今すぐにでも治療をした方がいいと思うし、ここならその準備もある」


「テーレさん……今日はもしかして、そのために夜神さんを呼び出したの?」


 シックスさんの強めの語気での問いかけにも、テーレさんは動揺することなく真正面から応える。


「そうよ……スキル操作の情報から闇市関係者の可能性が強まったからね」


「…………」


「シックスならここにいる誰よりもよく知ってるでしょ? 『闇市』は『ガロム正規軍』の影にピッタリ貼り付いていた裏組織。それを考えれば夕子が特別に恨まれていても不思議はないわ……軍都での事件のこともあるし」


 『軍都での事件』。

 私と『氷戒の魔王』が軍都グラムでぶつかり、街が壊れてたくさんの人が死んだ事件。

 私が不特定多数の人間から恨まれていても不思議ではないと思える……特に、『ガロム正規軍』と密接な繋がりがあった『闇市』の人間から恨みを買った可能性が大きい事件。


 たとえば、その時に私のせいで肉親や親友が死んだという人がいれば、私に憎しみを覚えていて転生者をけしかけたりしても不思議はない。


「『強制的に治す』とは言わない。繊細な精神干渉なんてそれこそ本人の同意なしにやれば危険極まりない行為だし……けど、手段を選ばず一線級の力を取り戻すつもりなら最短ルートはこれよ。どうする?」


「わ、私は……」


 答えに詰まる。

 けれど、合理的に考えようとするのならテーレさんの提案は至極真っ当で、私は私自身の身を守るためにもここで首を縦に振るべきなのだというのはわかる。


 元々、あの初期対応部での失敗の直前までは、以前と同じように守護者を使おうとしていたのだから。

 それが、何故だか上手くできなくなっていたから時間をかけて新しい戦い方を身に着けようとしているだけで、自分で嫌になって封印した力というわけでもないのだから。


 ここで治しておけば、みんなに不必要な迷惑をかけ続けなくていい。

 新しい戦い方に切り替えたいのなら、前のやり方で戦力として働けるようになってからその裏でじっくり練習していってもいい。


 『失った強さ』は目の前にある。

 テーレさんは、もう準備はできていると言っているのだから。断る理由は、思いつかない。

 悩むことはないはず……ただ、ここで首を縦に振れば……



『オッサンはいろんな転生者を見てきたからさ……文字通り死ぬほど大変な前世だったってやつだって見てきたさ』



 不意に、痛みが走る。

 脚に、脚の骨に、なんの予兆もなく。



『だからさ……キミみたいな女の子にも、大変な人生があったんだろうと思う。だけど、やっぱりさ……骨が折れても踊り続けるっていうのは、大人として見てられないよ』



「痛っ……脚が、なんで……」


「夕子? 夕子!? その脚、すぐに見せなさい!」

「どうしたんだ! 攻撃の気配はなかったぞ!」

「その痣……」



『もしいつか、もう踊りたくなんてないって思える日が来たらさ……オッサンのせいにしていいからな』



 思い出したような、記憶の底から蘇って来たみたいな激しい痛みに耐えきれずに脚を抱えて床に倒れる。

 痣まで浮き出るほどの幻痛が湧き上がったその場所は……私が戦場で相対した一人の転生者に付けられた傷があった場所だった。






 お久しぶりのテーレさん登場回。

※なお、ヒロインモードではなく悪い子モード

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