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正井 泰裕の一生

番外編、第2話です。先生の話です。

「はぁ…」


私…正井 泰裕はある日の夕方、公園のベンチに1人腰掛けていた。


ふうと息をつく。空は晴れているが、私の心は重い灰色の曇り模様だ。


専攻医となって3年、もうすぐ専門医となり、本当の意味での一人前となるはずだったのに…


「…診断を間違えた…」


幸い、指導医がすぐに訂正してくれたお陰で事なきを得たが、それでも私の感覚ではミスはミスだ。


指導医からは、「この症例は間違えることが多い。よく観察しなければならないよ。でも、その後の対応は良かった。次は気を付けるように。」と言われた。


「…次か。」


空を見上げながら考える。


確かに、私にとっては多くの患者の1人、次はある。ただ、患者にとっての私はどうだろうか。


医者に憧れ、必死に勉強をして遂になることができたが、失敗ばかりの今のままだと理想の医者には程遠い。


私は再び息をついた。自然と視線が下に向かう。


「ねえおじちゃん、どうしたの?」


声がする方を見ると、1人の少女…と言うには幼すぎる子供が不思議そうに私を見つめていた。


「な、何でもないよ。」


そう返すと、子供はムッとした顔をした。


「うそだ!泣きそうな顔してるもん!なにか悲しいことがあったんでしょ?紗貴が元気にしてあげる!」


…子供に分かるくらい私は落ち込んでいたのか。


そう思っていると、子供…サキちゃんと言うらしいその子は不思議な踊りを始めた。


「げっんきになあれ♪げっんきになあれ♪」


楽しそうに踊るサキちゃん。この子なりに励ましてくれてるんだと思うと、少し心が暖かくなる。


その時。


「あっ!」


「あっ。」


サキちゃんが躓いた。慌てて助けようとするが、間に合わない。


「ああう。」


ズザッという音が鳴りながら、サキちゃんは転んだ。


「…」


無言になるサキちゃん。よく見ると、手が擦りむいている。


「だ、大丈夫?」


そう声をかけると、サキちゃんの目に涙が浮かんだ。


「ふ…ふえ…びええええん!!!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「…はい、これで処置は終わったよ。…じゃあ。痛いの痛いの飛んでけ!」


私は自分がさっきまで座っていたベンチにサキちゃんを座らせ、傷の消毒をして絆創膏を貼った。


サキちゃんは落ち着いたのか、涙はすっかり引いていた。


サキちゃんは自分の手のひらを見ている…と、手を振りながら話し出した。


「おじちゃんすごいね!痛くないよ!魔法使いさん?」


「ははは。おじちゃんはお医者さんだよ。」


私がそう言うと、サキちゃんの目が輝きだした。


「お医者さん!紗貴ね、お熱がでて、このまえお医者さんに行ったんだ。そしたらね!すぐに元気になったよ!お医者さんってすごいね!」


嬉しそうに話すサキちゃんを見て、つい顔がほころぶ。


「おじちゃんも、たくさんの人を助けたんだね!カッコいい!」


その言葉を聞いて、私は思い出した。医者を志したきっかけを…


子供の頃、体が弱かった私を救ってくれた医者…


あの人がいたからこそ、私は志したのだ。


たくさんの人を救う、格好良い医者に…!


「…おじちゃん?」


心配そうに見つめるサキちゃんに向かって、私は言った。


「おじちゃんね、君のお陰ですごく元気になれたよ。ありがとう。」


「…!どういたしまして!…あ!友達が来たから行くね!バイバーイ!」


そう言ってサキちゃんは、少し離れたところにいた同い年くらいの女の子に向かって駆け出していった。


私はサキちゃんに向かって手を振る。


…あんなに小さな子に救われてしまったな。


私は立ち上がり、伸びをした。


「…また、頑張ろう!」


そう言って私は、家へと帰るのであった…



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



時は流れ、私はなんとか一人前の医者として日々の業務に取り組んでいた。その時…


とある病気にかかった少女に出会った。


後に分かったことだが、彼女の病気は、病名こそあるものの、治療法が確立されていない病気だった。


まだ小さかった彼女は、原因が分からない病気により、日に日に元気が無くなっていった…


そんなある日、彼女…瑛美ちゃんが明るい表情で私のもとに来た。


話を聞くと、彼女の友達の一言がきっかけで、前向きになれたみたいだった。


彼女を前向きにした友達が、あの日私の心を晴らした『サキちゃん』であることを知ったのは、瑛美ちゃんの定期検診中に、電灯に激突して流血した紗貴ちゃんが駆け込んできた時だった…



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



瑛美ちゃんが短い人生を終えた。


…彼女の望み…健斗くんとの結婚を叶えさせる事が出来なかった。


後悔ばかりが残る。でも、私は立ち上がらないといけない。次の患者のためにも…


私は、医者だから。


あの日、指導医に言われた言葉を思い出しながら、私は日々を過ごしていた。


そんなある時、健斗くんと紗貴ちゃんが私のもとに尋ねてきた。


聞けば、瑛美ちゃんはビデオレターを遺していたみたいだった。手紙の存在は知っていたが、ビデオレターは知らなかった。いつ撮ったのだろう?


2人から映像データを受け取り、私は自宅で彼女のビデオレターを観始めた。


始めの方は、紗貴ちゃんや健斗くんへの言葉だ。始めは微笑んでいた瑛美ちゃんだったが、少しずつ目に涙が浮かんでくる。


2人への言葉が終わる頃には、彼女の目には涙が溢れていた。


瑛美ちゃんは、自分の死期を悟っていた。でも…それでも…彼女は生きたかったはずだった。なのに、私は応える事が出来なかった…


『そして、先生。』


私への言葉が始まる。


『私のために、全力で治療してくれて…ありがとう。』


『先生が、私の…主治医の先生で、本当に…良かったよ。』


『先生、私の病気の事、たくさん調べていたよね。』


『その研究で、私の後のたくさんの命を救えることを、祈っています。』


私個人への言葉が終わる。彼女は、涙で目を腫らしながらも、笑顔で話してくれた。


彼女の最後の一言を聞いた瞬間、画面がぼやけた。


頬に液体が伝う。


私は腕で目を拭い、再び画面へ目を向ける。


画面の中の瑛美ちゃんが口を開いた。


『私の事、忘れないでほしいな。』


…忘れないよ。


私は決意する。これからも、医者として最大の努力をすると。


彼女を、私の医者人生で最後の(・・・)救えなかった患者にするために。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「こ、これは…!」


瑛美ちゃんが亡くなった数年後、私は彼女がかかっていた病気の研究を続けていた。


そして遂に、治療法を見付けたのだ。


…見付けてしまったのだった…


その日、私はひとしきり涙を流した。


喜びではない、後悔の涙だ。


何故今気付いたのだ。何故あの時、瑛美ちゃんが苦しんでいる時に気付くことができなかったんだ。


喜ばしいことであるはずなのに、私の心は曇ったままであった…



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「先生!久し振りです!」


街を歩いていると、声をかけられた。


振り向くと、紗貴ちゃんが私に駆け寄ってきた。


「ひ、久し振りだね、紗貴ちゃん。」


私がそう言った瞬間、紗貴ちゃんは私の手をつかむ。


「丁度良かった!私、先生に言いたいことがあったの!」


そう言って、紗貴ちゃんは私を喫茶店まで連れていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



静かな喫茶店で、私と紗貴ちゃんは向かい合って座る。


紗貴ちゃんは、ミルクと砂糖をふんだんに入れたコーヒーを飲むと、話を始めた。


「先生…ニュース、見たよ。」


ドキリとした。紗貴ちゃんの言うニュースは、十中八九瑛美ちゃんがかかっていた病気の治療法を見付けたことについてだ。


私が言葉につまっていると、紗貴ちゃんは笑顔を向けて言った。


「先生、ありがとう。」


「へ?」


間抜けな声が出てしまった。


「…先生、もしかして私が文句を言うとでも思った?」


紗貴ちゃんの言葉に、私はゆっくりと頷く。


「全く…そんなこと言うわけ無いじゃん。先生は瑛美のために全力で頑張ってくれたんだから!それに…」


紗貴ちゃんは外を見て、懐かしむような表情で、再び話し始める。


「瑛美だったら、喜んでくれるはずだよ?瑛美(私)のお陰でたくさんの人が救われたんだ…!って。」


「…そう、だね。」


私は紗貴ちゃんの言葉に同意した。


「そう!だから…」


紗貴ちゃんは私の目を見て、口を開いた。


「これからも、頑張ってください。そして…たくさんの患者を救う、格好良い医者になってね、先生。」


そう言って紗貴ちゃんは微笑む。


…私は、再び救われてしまった。


(ありがとう、紗貴ちゃん。)


私の心に、再び火が付いた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



紗貴ちゃんと再会した数年後、私は病院内をひたすら走っていた。


「はあっ!はあっ!…!」


立ち止まり、息を整える。そして回りを見渡す。


「…間に合わなかったか…」


急患の処置が終わり、私は病院のエントランスへと向かった…が。


既に私の患者である保志(ほし) 美来(みらい)ちゃんの姿は無かった。


彼女は、瑛美ちゃんと同じ病気にかかった子だったが、今は治療法が確立されているので、無事に完治し、今日が退院の日だった。…が、お見送りに間に合わなかったようだった…


申し訳なさで俯いていると、美来ちゃんの担当をしていた看護師が、手紙を差し出してきた。


「先生、美来ちゃんからです。」


私はそれを受け取ると、封を開け、読み始めた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



『先生へ』


『私の病気を治していただき、ありがとうございます。』


『突然なんですが、親の仕事の都合で、この町を離れることになってしまいました。』


『急患ということで、最後に会えなかったのは残念ですが、正井先生らしいと思いました。』


『1人でも多くの人を助ける…そんな先生だから、私の病気は治ったんだと思います。』


『私は、先生に診てもらえて、幸せでした。ありがとうございます。』


『今はまだ、元気とは言えませんが…』


『早く元気になって、いつか先生に会いに行きます。』


『その時まで、待っていてください。』


『美来より』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



手紙を読み終えると、私は目に涙をにじませた。


…瑛美ちゃん。


君のお陰で、私は1人の患者を救うことができたよ。


ありがとう。


その日の夜、私は静かに涙を流した。


後悔ではない、喜びの涙であった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



美来ちゃんを救ってから数年後、私は体の衰えを理由に現役から退いた。


約束を忘れたわけではない。でも、衰えた私では患者を助ける事はできない…そう思ったから、退くことを決意した。


その後、私は慎ましやかだが、穏やかな毎日を過ごした。そして…


私は、長い生涯を終えた。106歳だった。


最期に浮かんだのは愛する妻や子供、孫に曾孫の顔…そして。


助けられなかった少女と、助けたが、最後に会えなかった少女の顔。


最期の一瞬、ふと思った。


ああ、もう一度、あの子達に会えたなら…




次へ続く

1話で終わらせるつもりが2話になっちゃった…

来週で終わらせます。そこからは隔月更新です。

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