Invincible Tracer1
翌日夕方過ぎ、高級住宅街にある、月見公園から続く緑道を歩く。
辺りには人の気配がない。
雨は勢いを増し、少し視界が悪い。
...前方から誰かがやって来るのを感じる。
雨の音に掻き消えてしまっているのか、足音は聞こえない。
近付くにつれ、その誰かは男性だという事が分かってきた。
少しずつ距離が縮まる。
すれ違う何歩か手前の距離まで近づいた時、男性はレインコートの中から何かを取り出そうとする。
あれは......アイスピックだ。
「やっぱり貴方だったんですね。
確証はありませんでしたが、なんとなく そうじゃないかって思ってましたよ」
男性は少し驚いた表情をして固まった。
「だって貴方、こちらに引っ越して来たばかりで道を尋ねていたのに、歩く時は常に一定のペースで迷いがありませんでしたよね?
それだけだったら、教えた道順がしっかり頭に入って、ある程度イメージ出来てたんだと思えない事もありません。
ですが貴方が見ていたのは、周りの景色じゃなくて、雨が降った時の路面の状況だった。
それなのに、迷いなく貴方は正しい曲がり角を曲がりました。
...あの時はもう、とっくに知っていたんですよね?この辺りの道を全部。
しかも歩く時に、無意識に足音を立てない様にもしている......」
男性はニヤッと微笑む。
「また、貴方は基本的に徒歩ではなく、車で幹線道路沿いを巡回し、ターゲット候補を探し回っていたのではありませんか?
それにも関わらず、今までの事件で、辺りを探り回っている不審車輌の目撃証言が特になかったのは、貴方がレンタカーを利用していた為、住人の印象に残らなかったから」
私は目の前の男性の目をしっかり見据える。
1、4番目の事件に焦点を当てると神月浜町の幹線道路沿いで起こっている。
また、例えば一年目の事件を振り返ってみても、二件が幹線道路近くで起こっており、坂道で殺害された被害者についても、駅前に遊びに行った帰りなので、帰宅途中に幹線道路を通っている可能性は高い。
そして、犯人が自身の毛髪を残してしまった最初の事件についても、被害者が住んでいた地域は、大体の人が車で移動する様な場所だった。
つまり道路を車で巡回して、ターゲット候補をリスト化しつつ、日時を変え、ターゲットの行動パターンを探っていたと思われる。
5番目の野田さんについても、神月台のバス停から自宅に向かう途中で殺害されたのは、神月台でもバスが通る様な幹線道路沿いを巡回ルートに設定して、気になる人をリスト化していたからだろう。
また、野田さんの殺害現場である緑道自体も幹線道路沿いだ。
警察のAIが描いた住居確率図は、模倣犯の犯行がノイズとなって、変わった図になってしまった。
だが、模倣犯も偶然幹線道路沿いで犯行に及んでいた為か、幹線道路の一部が犯人の住居、行動拠点である確率が最も高いという結果が出たのは皮肉だなと思う。
「......違いますか、中山樹さん?
...と言っても、貴方の本名まではわかりませんが」
あの時中山さんとお姉ちゃんは握手も会話もしている。
...が、オリジナルの犯人のものと思われる毛髪を見ても、お姉ちゃんに心当たりが無かったのは、彼の名前が偽名であったからに他ならない。
「ふふふ。君はあの時の女の子か......してやられたよ。
突然無警戒に図書館へ行った時に気付くべきだった......」
中山さんは残念そうに、だけど何処か楽しそうに笑う。
あの時は白髪混じりの髪だったけど、今は全部黒くなっていた。
見た目もあの時より若く見え、30代位に見える。
少しずつ変装する事で、人の印象に残らない様にしてきたのだろう。
まあ、変装といったら、今の私も変装してるんだけど。
ウィッグなんて初めて着けたから、ちょっと頭が変な感じだ。
あと、マスクもしてるからか、ちょっと頭に熱がこもる感じがする。
何故こんな展開になったのかと言うと、話は昨日 蕎麦屋で昼食をとった後にまで遡る───
いや~、さっきのカツ丼、卵がトロトロで美味しかったな~♬
蕎麦も美味しかったし、また行きたいな~!
「ところでさ、華凛ちゃん。オリジナルの犯人の事なんだけど......」
車を運転しながら美月さんが聞いてきた。
「ああ、はい。明日、東雲さんにちょっと協力してもらって、誘いこんでみようと思います。
東雲さんに危険が及ぶ事はないと思いますが、万が一の場合を考えて、警察の方達にも協力していただきたいんですけど...」
明日は祝日なので丁度良いだろう。
「そりゃあもちろん!
...それで私達は何すれば良い?」
「明日、私と東雲さんが図書館で入れかわり、私が東雲さんのふりをして、東雲さんの家まで帰る...って感じにしようと思ってるんですけど、途中で犯人にバレて東雲さんが狙われるという可能性もありますので、彼女の護衛をお願いしたいんです」
犯人の犯行パターンを軽く説明したあと、私は計画を話した。
「...ほほ~、そりゃ面白そうだ!
......でも、華凛ちゃんが危ないんじゃ...?」
「そ、そうだよ華凛ちゃん!
そんな危ない方法じゃなくて、別の方法考えようよ!
...も、もちろん、華凛ちゃんの事、信じてないって訳じゃないけど...」
「ありがとう、お姉ちゃん。
でもさ、多分これが最後のチャンスな気がするんだよね。
ここを逃すと、もしかしたら別の誰かが狙われるかもしれない。
そうなるとまた次の街でもどんどん被害者が出る事になる......
なんかさ、そういうのって目覚め悪くなりそうじゃない?」
「......うん、分かった。でも、すぐに助けに行ける場所で待機はさせてね。犯人に見つからないように気を付けるから」
お姉ちゃんが私を心配して少し涙目になる。
「もちろん!頼りにしてるからね!」
「うん!」
「おいおい私も忘れてもらっちゃあ困るなあ。
いざとなったら、凄腕スナイパー美月さんが、犯人のドタマに風穴空けてやっから!!」
いつからスナイパーになったのか分からないし、即死レベルで風通しを良くするのもどうかと思わないでもないが、美月さんらしいなと思う。
「ふふ、ありがとうございます、美月さん!」
「おう!」
美月さんがにっこり笑った。
───そろそろかな。
「ところで君のお姉さんは......」
中山さんがそう言いかけた時
「お久し振りです、中山さん。
こんな形で再会する事になってしまって残念ですが......」
そう言いながら、お姉ちゃんが美月さんと一緒に現れた。
「...うん、僕も残念だよ......
君達の優しさに、恩返しがしたいって本当に思ってたのにな......
まあ......これも何かの縁ってやつなのかもね」
そう言って中山さんは凶器を捨てた。
まだ油断は出来ないよね......
私は以前美月さんから貰った、ゴム弾が撃てる非殺傷性のハンドガンを、何時でも抜いて撃てる様に準備していた。
因みに美月さんが言うには、非殺傷性とはいえ、当たり所が悪いと死ぬらしい。
「君が変装している女の子に、僕が執着してるって分かって罠を仕掛けたという事は、多分、君にはもう色々見えてるんだよね?」
中山さんが私を見て言う。
「ええ...と言っても、半分は想像ですが...」
「...話してみてくれないかな?」
「貴方の犯行パターンは、一連の事件の最初と最後に、髪型はセミロングで、どちらかといえば清楚な10代後半から20代前半の女性を時間を掛けて殺害している。
そして、その間に敢えて目立ちそうな場所で、ランダムに選んだ二人を時間をかけずに殺害する......という感じですよね。
中にはセミロングの女性が後者の方法で殺害される事件もあったみたいですが、彼女の場合は茶髪でした」
私は一旦そこで間を置く。
「...つまり貴方には、黒髪でセミロング、しかも清楚な女性に対して並々ならぬ執着があって、必ずそういった女性をターゲットに選び、苦しめて殺害する事に快楽の様なものを覚えているんだろうなと思いました。
...そしてこれは私の想像ですが、恐らくそれは貴方の幼少期に原因があるのではありませんか?」
中山さんの目が泳ぐ。
今までほぼ動じる事が無かった中山さんが、ここに来て動揺の色を隠せなくなって来た。
雨が一層激しさを増してくる。
覆い隠していた全てのものを洗い流す様に。




