The Infected3
会社で捜査していた他の刑事さんに柏崎さんを引き渡し、再び美月さんが奢ってくれるという事で、低層住宅街にある蕎麦屋で昼食をとる事になった。
蕎麦屋っていったら、やっぱカツ丼でしょ!
私は蕎麦がセットになったカツ丼定食を、お姉ちゃんは天ぷら蕎麦を頼んだ。
「フフフ、華凛ちゃん、刑事の目の前でカツ丼とは中々度胸があるね......」
美月さんが謎の強キャラ感を醸し出している。
「あはは、ドラマの取調室みたいな感じですか?」
「そうそう!最近見ないのに良く知ってるね!
......ところで、さっきの華凛ちゃん、なんかベテラン刑事みたいで格好良かったなあ。
それに華澄ちゃんも、華凛ちゃんの身に何かありそうになったら、すぐに守れるよう、カンペキに臨戦態勢だったよね?
私も一応準備はしておいたけど、何事も無く終わって、本当に良かったよ」
お姉ちゃんが「ふふっ」と微笑む。
「事件現場からも分かる通り、とにかく徹底的なリスク管理が柏崎さんの本質なので、美月さんの手前、無茶な事が出来なかったのでしょう。
それでも、自分をオリジナルと同一視して神格化する節があったので、アイデンティティを貶められた報復として、その怒りを何らかの形で発散したかった...
それが芸術をスケープゴートにした自画自賛の自白という形で表れたという事ですね。
まあ、暴力に及んだら及んだで逮捕出来た訳ですけど、穏便に澄んで良かったです。
憧れの人物の犯行現場にさえ遭遇しなかったら、気持ちが燻っているだけで、燃え上がる様な事は本来なかったでしょうから」
美月さんは、うんうん頷きながら、何やら感心している様子だった。
その後は放課後になる辺りまで雑談しながら待ち、神月台へと向かった。
どうやら丁度、生徒が下校するタイミングで来れた様だ。
事前に学校には連絡をいれておいたらしいから、不審者として通報されるっていう事はなかった。
...が、事情を知らないであろう人達が、物珍しそうにこちらを見ていた。
雪村さんの下駄箱を確認する──まだ帰ってない。
下駄箱を確認出来る位置で待機していると、身長は大体160cmちょいで、長い髪を後ろで束ねている女子生徒が靴を出しているのが見えた...あれが雪村さんだろう。
右手が袖に隠れている。
私達は野田さんの殺害現場付近に先回りし、雪村さんを待った。
──来た。
「あの、すみません、少しお話よろしいですか?」
美月さんが近づき、警察手帳を見せる。
「...えっ、警察...?
わっ、私に何か、ご、ご用ですか?」
流石に動揺が隠しきれないか......
返り血を想定して着替えを持って行くなど、用意周到な部分がある人だったけど、現場に残った様々な痕跡が示す通り、気持ちの揺れは全く誤魔化せてはいなかった。
特に、東屋で右往左往していた泥水のついてない足跡は、犯行に及ぶまでの間、どれだけ雪村さんの心に落ち着きがなかったのかを如実に物語っている。
でもまあ、それが普通なんだろうな。
ただ、雪村さんの場合は真面目過ぎるという面もあるのかもしれない。
「ええ、天音心春さん殺害の件で、お話を伺いたいと思いまして...あ、こっちの二人は私の助手です」
私達は会釈する。
「わ、私、何も知りません......!
いきなり天音さんが殺害されたって聞かされて......私ショックで......」
悲しい表情になる前の、ほんの一瞬、表情に焦りが出たのを見逃さなかった。
「雪村さん...一昨日の夜、学校へ忘れ物を取りに行った帰り、ここで遺体をご覧になりましたよね。
先程、貴方の靴を調べさせていただいた所、被害者と同じ血痕が見つかったのですが......」
当然真っ赤な嘘であるが、私はさも全部分かっているという風に確信を持って話す。
「...わ、私、そんなの知りません!
大体血なんて殆んど出て......!」
雪村さんが、しまったという表情をして口をつぐむ。
「なるほど......つまり貴方は知っている訳ですよね。被害者があまり出血していなかった事を」
雪村さんが俯く。
「それで計画を思いついたんですよね?
犯人しか知らないはずの、目隠しされた遺体を利用すれば、自分に疑いが向く事は無いと思ったから。
...でも、あの計画をすぐに考え実行出来るとは思えませんから、本当はずっと考えていた事だった...?
ふふ、そうするとあれは魔が差してしまったという事なのかもしれませんね?」
「...ち、違います......!」
「いえ、それとも魅いられてしまった...と言った方が正しいですか?
どんな人間でも一瞬で命を奪われ、人生の全てを壊されてしまう様な、そんな瞬間に」
雪村さんが無言で震え始める。
「特に、誰にでも好かれる人がそうなって行くのが、貴方には何よりも甘美に思えた......
だって、自分はクラスの事を考えて真面目にやっているだけなのに、煙たがられ嫌われる。
それに比べて、あの人はどうしてあんなに好かれるのか、あんな誰にでも良い顔をしている人が」
「違う...!」
「違わないでしょ?羨ましかったんですよね、天音さんの事が。殺したい程に」
「私じゃない!」
「でも、いざ殺そうと思うと、やはり罪悪感がある。貴方は真面目な委員長さんだから。
それで、胸の辺りを刺されてるのに出血も少なく、綺麗に亡くなっていた野田さんの遺体を見て、こんな感じだったら自分にも出来るかもって、そう思った」
「だから私じゃないって!」
「ですが......現実は残酷ですね。
天音さんを振り向かせ、心臓を狙おうとしたものの、暗い上に骨も邪魔で上手く刺さらない。
相手も殺されたくないから暴れて揉み合いになる。そして......」
私は怯える雪村さんを真っ直ぐ見つめる。
「暗闇の中、柔らかい部分を何度も刺した。絶対に生きて帰してはいけない。生きて帰してしまったら全て終わる...その一心で」
雪村さんが泣き始める。
「ほら、さっきから見えてますよ。貴方の右手の甲に、天音さんと格闘した時についた傷痕が。
......天音さんの爪の間に付着していた皮膚片のDNAと、貴方のものが一致する筈です。
もう逃げられませんよ、雪村さん」
実はまだ袖に隠れているが、さも全て見えているかの様に確信をこめた。
「ごめんなさい......ごめん...なさい...」
涙と共に声にならない声を出して、ひたすら雪村さんが謝り続ける。
「貴方が...殺害したんですね?」
「......はい...はい...!
私が......私がやりました......!」
美月さんが雪村さんに近づき肩を抱く。
「今から、貴方のご両親に会いに行くけど、良いかな?」
雪村さんが、コクりと頷く。
一応、高校生だし殺人事件だから、自供した以上は緊急逮捕出来るが、雪村さんやご両親に対する美月さんなりの配慮だろう。
鉛色の空が頭上を覆い、雨は止めどなく降り続ける。
だけど、誰かを失った悲しみも傷痕も洗い流される事はなく、ただ心の底に沈んでいくのかもしれない。
雪村さんの両親が帰宅する頃に家を訪れる。
ここは自分の仕事だと言って、私達を外で待機させ、美月さんが1人で事情を説明しに行った。
暫く経って、美月さんが雪村さんを連れて出て来た。
その後ろにはご両親もいる。
呼んでいた応援のパトカーに雪村さんを乗せ、美月さんがこちらにやって来た。
「やっぱ辛いな...こういうの...」
美月さんがやるせない表情をする。
雪村さんのご両親はパトカーをじっと見送っていた......




