The Infected2
「柏崎さん、話があるので少しご同行願えますか?」
先ずは美月さんが話しかける。
「...えっ?
......ああ、昨日の刑事さんですか。
ちょっと忙しいのですが、それは今でないと駄目なお話ですか?」
「ええ、とても大事なお話なんです。お願い...出来ませんか?」
「...はぁ...分かりました」
柏崎さんが美月さんに渋々ついて来た。
靴が新品の様に綺麗で、傷が一つもない。
近くに来ると、着ている物に煙草の匂いが染み付いているのが分かる。
「...あの...この子達は......?」
柏崎さんが訝しむ。
「ああ...私の助手なんです。見た目は高校生位に見えますけど」
まあ、実際高校生ですからね。
「...ああ、そうなんですね」
柏崎さんは納得したようだ。
「柏崎さん、先週の金曜日の事なんですけど、普段行ってないコンビニに寄っていらっしゃいますよね?あれは...どうしてですか?」
早速、確認していない事を、さも確認しているかの様に私が話し始める。
「......!......え、ええ、確かに行きましたけど、あれは...疲れてたので、近くのコンビニに行っただけです」
「そうですか...でも、普段行きつけのコンビニの店長さんは毎週いらっしゃるって仰ってましたけど、今まで疲れた事がなかったんですか?」
「...ええ、こう見えて体力には自信があるんです。
...ただ、年齢を重ねるに従って若い時の様にはいかなくなりましてね。仕方なく近くのコンビニに行く事にしたんです」
「そうだったんですね...でも、若い時と違って、靴がいきなり変わると歩き辛いとかって事はないんですか?」
「えっ?」
「だって、靴替えましたよね?しかも今週の月曜日...いえ、正確には先週の金曜の夜以降に」
柏崎さんの脚が少し震え始める。
やっぱり当たりだったか。
「そっ...それが...な、なんだって...」
「永瀬さんの返り血が付いてしまったんですよね?
それで靴を捨てて、予備の靴に履き替えた...」
「し...失礼じゃないか!わ、私がまるで犯人みたいに!」
「でも相澤さんの時は良かったですよね。
力が入り過ぎて凶器が抜けなかったお陰で、返り血もあまりつかなかったんですから。
...だけど...ふふ、凄くお粗末な犯行でしたよね?
だって、折角監視カメラの範囲まで念入りに調べて、カメラに映らないよう行動し、返り血対策でしっかりと着替えまで用意する緻密な計画でしたのに......」
(黄緑色の線は犯人が辿ったと思われるルート)
繁華街で相澤さんをつける不審者の目撃情報が無かったというのもあるが、幹線道路沿いを歩いていれば特に怪しまれる事もない上、監視カメラを避けて通れるルートも分かりやすく、リスクが低いので、このルートを通ったものと思われる。
「...肝心な部分で失敗してしまい、それで慌て過ぎてしまったのか、ちゃんと両手で目を覆えていませんでしたから。
あれって...相澤さんが亡くなるまで、予想以上に時間がかかってしまったからなんじゃないですか?」
お粗末という言葉に反応し、怒りの微表情が現れ、犯人の署名的行為の話に及んだ時に、何か後悔している様な苦悩の表情が現れた。
分かりやすい人だな。
柏崎さんが視線をそらす。
「それで、予定していた公園に行くルートは止め、そのまま引き返して行政文化地区方面の幹線道路に逃走。
そして中央公園駅で電車に乗ったんですよね?
貴方の写真を見せたら、駅員さん、覚えてましたよ。それに、監視カメラにもしっかり貴方の姿が映ってました。
...あんなに慌てて......あれじゃ犯人ですって言っている様なものじゃないですか」
柏崎さんの顔が赤くなり、手がぷるぷる震え出す。
これも当たりか。
柏崎さんにとっては、観光地とはいえ、バスだと遅い時間では固定客が利用している可能性が高く、何かと誰かの印象に残るリスクが高いと思ったのかもしれない。
また、どの地域でも割とそうだけど、神月浜町の観光地区でも、夜には殆ど店が閉まってしまい、人通りもあまりないので候補から外していた。
「因みに永瀨さんの殺害については、貴方の中では合格点だったのでしょうね。
といっても、心臓を刺してすぐに凶器を抜いてしまったものだから、思った以上に返り血を浴びてしまうなんて、本当に詰めが甘いですよね。
それに、逃走先はまた駅。なんていうか芸が無い」
中央公園駅に行ったと思った理由が、この永瀬さん殺害事件における、柏崎さんの逃走経路だ。
人通りがほぼ無い細かい路地を通るより、居酒屋が多い駅前や商店街方面に抜けた方が、いざという時、酔っ払っていて迷いこんだという風にカモフラージュ出来るし、しかも公園から距離も近い。
だが、商店街の人達が、行動等がおかしい不審人物を見てはいないというのだから、可能性がもっとも高い逃走経路は駅前ルートという事になる。
木を隠すには森っていうけど、遠回りして長い時間をかけて帰宅するより、駅には人が多いから、こういった場所でカメラに映ってしまう方が、遥かにリスクが低いという判断だったのだろう。
そして、月見台に住んでいて、電車を利用したとなると、途中で路面電車に乗り換えるルートだと思われるから、南側の繁華街を突っ切って行く事も考えられたが、柏崎さんにとって、電車が安全だという意識があるのなら、中央公園駅に行った蓋然性が最も高いだろうと考えた訳である。
「なんだと......?」
柏崎さんが小声で呟く。
もう一息かな。
「だってそうでしょう?
やっぱり模倣は所詮模倣。ただの粗末な真似事。
オリジナルにあった、緻密な中にある大胆さみたいなのが全く無い。
ただ捕まるのが怖くて、徹底的にリスク回避して来ただけ。
技術も無ければ知識も無い。
無いものばっかりで、これじゃオリジナルに泥を塗っただけじゃないですか」
「黙れ...!」
よっし来た!
「黙れ黙れ黙れ黙れ!」
「黙る必要なんてないでしょ?
あんな子供騙しな下らない事件を起こす人相手に、何を遠慮する事があるんです?」
「あれが......あの芸術が!あの人の名誉を汚すなんてある訳ないだろう!?」
「芸術...ふふ、芸術ねぇ......そう思っているのは貴方だけでは?」
「やめろ...!あいつらと同じ様な目で俺を見るな......!」
ああ、そういうこと。
「貴方の日頃の鬱憤を芸術として昇華した......貴方はそう仰りたいんですね?」
「...ああ、そうだ...そうだよ!!
あいつら!いつも俺の事を馬鹿にした目で見やがって!」
「それは繁華街で...ですよね?」
「ああ!ただ、あの小娘は最初商店街で見かけたんだけどな。昔から気に食わなかったんだよ!
容姿は変わってもあの目だけは変わらなくてな!!
だから...裁いてやったのさ!
あのアバズレもな!
...そう......あの人の勇姿をこの目に刻んだ時、俺は運命に導かれたんだ!
ずっと憧れてたんだよ、あの人に!
あはは!あははははは!」
狂喜に満ちながらも何処か哀しい響きを帯びた笑い声が響き渡る。
この人は魅いられてしまったのだろう。本当の悪魔に。
「柏崎孝一。午前11時28分。相澤理沙、及び永瀬優奈殺害の罪で貴方を緊急逮捕します」
美月さんが柏崎さんに手錠をかける。
さっきまでの様子とは打って変わって、柏崎さんは急に糸の切れた人形の様にぐったりする。
「どうして...どうして俺は......いつもこうなんだ......」
柏崎さんが静かに泣き始める。
まるで夢から突然覚め、現実に引き戻されたみたいに...




