Third Incident1
「ほい、とうちゃーく」
そう言って、美月さんが現場近くの比較的広い道路に車を停めた。
車を降り、私達は遺体の方へと向かう。
警察の人達に軽く挨拶を済ませ、お姉ちゃんは遺体と現場周辺を分析し、私は周辺の様子を観察する。
遺体は、左右が塀に囲まれた路地に仰向けになり、左右の手で目を覆いながら横たわっていた。
ああ、さっきお姉ちゃんから事件の話を聞いてる時にも思ったけど、やっぱり署名的行為があったって訳ね。
この辺りは、こんな感じで塀や生け垣に囲まれて、ちょっとした死角になる様な路地が、まるで迷路の様に張り巡らされている。
被害者の後をつけて来たとして、行きはある程度大丈夫だろうけど、この辺りは夜に人通りが殆んど無いから、帰り道に迷って誰かに姿を見られ、相手の印象に残ったり、ましてや返り血がついている姿を目撃でもされたら目も当てられない。
警察の聞き込み待ちではあるけど、不審者の目撃証言がないなら、土地勘がある人間の犯行と見て ほぼ間違いないだろう。
被害者は...多分私達と同じ位の年齢じゃないだろうか。
身長は多分160cm少し。
髪型は ゆる巻きミディアム。
服装は、多分ポリエステルとレーヨンの混紡生地でライトグレーのショートジャケット、ポリエステルと綿の混紡生地の黒いパーカー、インディゴブルーのスキニーデニム、白厚底スニーカーという感じだった。
「どうお姉ちゃん?」
私はお姉ちゃんにテレパシーで聞いた。
「死因は心臓を刺された事による出血性ショック死。
鳩尾左上から心臓に向かって刺したみたい。
心臓の傷口が燕尾状になってる......心筋に刺さって抜けなくなったから、慌てて引き抜こうとしたんだね。胸腔内に血が大量に溢れてるよ。
直腸温、水晶体のカリウム濃度、骨髄のヒポキサンチン濃度、mRNAの分解具合、あとは昨日の雨の勢いから総合的に判断すると、死亡推定時刻は、昨日の20時10分~21時50分までの間って所かな」
こういう時のお姉ちゃんは割りと淡々と話す。
「傷の形状や深さから、アイスピックみたいな、何か細い鋭利な物で刺されたと見て間違いない。
あと、衣服についた血痕を見ても分かるけど、返り血が結構あったんじゃないかな」
ああ、なるほどね。
因みに、明らかに見ただけでは分からない事が分かってるのは、お姉ちゃんの特殊能力によるものだ。
その能力とは、お姉ちゃんの視界に入った、半径3m以内の生きている人間や動物以外について、法医学や科学捜査で分かる事が全て分かるというものだ。
また、一旦部屋と認識された場所では、3m以上の距離でも、3Dスキャンによって3Dモデルを構築し捜査する事が出来る。
そして
1.相手の本名を知っている
2.会話した事がある
3.接触した事がある(服越しでも可)
の3つの条件をクリアすると、対象のデータがお姉ちゃんのデータベースに登録され、例えば対象の髪の毛などに名前が表示されるらしい。
また、データベースに登録されてなくても、採取したDNA同士を照合して、同一人物かどうかを調べる事も勿論可能だ。
実際、この前のミステリーツアーの時とかもそうだったけど、そのお陰で解決に導けた事件も結構あったりする。
「犯人の痕跡とかは残ってる?」
「目を覆っている被害者の両手と顔に、ニトリルが微量に付着してる。
雨で濡れてたから表面張力でくっつきやすくなってたんだろうね」
ニトリルか......
被害者にニトリルが付着してるという事を、最初に誰が言い出したのかは謎だったけど......
警察関係者がネットで漏らしたって訳じゃないなら、案外犯人だったりして。
「足跡はもう少し発見が早ければ、もしかしたら色々分かったかもしれないけど、雨で殆んど消えちゃってる」
「そっか...ありがとう、お姉ちゃん」
他に見逃したものが無いか お姉ちゃんが探している間、私は美月さんにお姉ちゃんから聞いた事を報告しておいた。
「さっすが~、仕事が早いねえ!」
美月さんが満面の笑みで言った。
「......あっ、そうそう!近所の聞き込みで分かったんだけど、ガイシャの名前は永瀬 優菜17歳。公立神月高校に通う高校2年生だってさ。どうも繁華街で夜遊びしてる事が多かったみたいでね。その帰りに殺害されたんじゃないかって」
遺体を見つつ、美月さんが少しやるせなさそうな表情をする。
それもそうだろう。年下の私が言うのもアレだけど、とうとうこの街で未成年の犠牲者が出たのだから。
「動機の線とかは今調べてる所だから、何か分かり次第、君達にも報告するよ......あとは今の所、不審者の目撃証言はないみたい。
因みに第一発見者は近所に住む70代の女性。
日課にしている早朝の散歩をしてた時に、遺体を発見したらしいね」
目撃証言が無い事については予想通りだった。
という事は......
「美月さん、確かこの近くに公園ありましたよね?」
「ああ、うん、あるね。もしかして......?」
「ええ、近所の誰かが犯人って訳じゃないなら、多分公衆トイレ辺りに犯人と被害者の痕跡があるんじゃないですかね。
相当量の返り血を浴びてるはずなのに、誰からも通報が無いのは明らかにおかしいので」
「確かに......おっ、華澄ちゃんどうだった?」
気付くと、周辺の捜査を終えたお姉ちゃんが、私の後ろからやって来ていた。
「被害者の血痕の微かなルミノール反応が、あちらの方向へ向かって、点々と続いているのが確認出来ました」
そう言って、お姉ちゃんが路地の先を手で示す。
「美月さん、あっちの方向に公園が......?」
私が尋ねると、美月さんが頷く。
「華澄ちゃん、お疲れの所ごめんなんだけど、今から近くの公園に捜査しに行くんだ。
手伝ってもらっても大丈夫?」
空気が読めない様で、割りとこういう気遣いが出来るのが美月さんの魅力の様な気がしてる。
「ええ、もちろんです!行きましょう!」
今の所、お姉ちゃんに疲れは見えない。
というか、能力を使うとどれ位疲れるのか、お姉ちゃんから聞いた事がないので分からないのだが、今まで疲れた素振りは全く見せた事がなかった。
無理してないと良いな......
「お姉ちゃん、能力を使って疲れたりとかしてない?」
私はテレパシーで聞いてみた。
「うん、全然大丈夫だよ!それより華凛ちゃんは?」
さっき美月さんから永瀬さんの話を聞いている時に、一応テレパシーでお姉ちゃんと情報を共有していたのだが、特に疲れとかはない。
「私も全然。でも疲れたら言ってね、お姉ちゃん」
「ふふ、ありがとう華凛ちゃん!
でも、身体感覚の延長みたいな感じで、疲れとかは本当にないんだ。
...うーん、例えるなら...呼吸をするのと同じ感覚...かな」
今まで無理させ過ぎていたのではと不安だったので、お姉ちゃんの話が聞けて、なんか安心した。
「これからもよろしくね、お姉ちゃん」
「こちらこそ、華凛ちゃん!」
テレパシーでそんな会話をしつつ、私達は公園へと向かった。




