Hell´s Gate1
目を覚ますと、車は高級住宅街を走っていた。
時刻を確認すると19時45分だった。
...あれ、まだ家に着いてないのか。
もしかして巡回してるのかな?
「お!おはよーう華凛ちゃん!目覚めはどうだい?」
美月さんが元気良く聞いてくる。
お姉ちゃんはニコニコしている。
「すみません、寝落ちしちゃいました...でも、ちょっと寝たら、かなりスッキリしました!」
「おう!そいつは良かった!
んで今の状況なんだけど......」
「東雲さんの件もありますし、一応この辺りを巡回してる......ですよね?
多分、お姉ちゃんの提案かな」
お姉ちゃんが微笑みながら頷く。
「流石華凛ちゃん、察しが早くて助かるわ~!
...明日も学校だし、もう帰った方が良いんじゃないかって言ったんだけど、華澄ちゃんがどうしても一緒に回りたいって言ってくれたからさ......
やっぱ私と離れるのは寂しかったかい我が嫁よ!」
まだ続いてたんだ、その設定......
お姉ちゃんはニコニコしながら「ふふ」と笑って華麗にスルーする。
「流石に露骨な不審者とかはいないと思いますけど、今の所どんな感じですか?」
「特に何もないね~。華澄ちゃんにも手伝ってもらってるんだけど」
その言葉に お姉ちゃんも頷く。
「そうですか...」
あの悪い予感が再燃し始める。
そうあれは恐らく......
「美月さん、次は神月台の方にも行ってみませんか?」
「うん?ああ、良いけど、どうして...」
美月さんがそう言いかけた時、無線に連絡が入る。
「...えっ......!?」
無線から出た雑音混じりの声が告げた言葉に、美月さんの表情が固まる。
「......了解」
美月さんの声に緊張がこもるのと同時に、車がスピードを増した。
ここからだと聞き取りにくかったが、神月台、刺殺体といった言葉が辛うじて聞き取れた。
再び事件があったのだろう。
「事件ですね美月さん」
私がそう言うと
「...うん。神月台に上がる階段の途中で、男子高校生の刺殺体が見つかったって」
話を聞く感じだと、事件現場は1番目の事件とそっくりだなと思う。
「その男子高校生ってもしかして...」
「うん。制服から神月高校の生徒だろうって」
「そうですか......」
また、神月高校、しかも今度は男子学生...か。
「そういえば華凛ちゃん、さっき神月台に向かって欲しいって言ってたよね?
どうして何かあるかもって思ったの?」
「実は私にも良く分からないんです...虫の知らせっていうか。
ただもしかしたら、今回のシリアルキラーが関与していると思われる過去の事件の情報が、無意識下で私に犯人の思考をトレースさせているのかもしれません。
一応場所についての情報は、ある程度ニュースやネットでも知る事が出来てたので...」
「なるほど......じゃあ華凛ちゃん、犯人の逃走ルートとかって分かりそう?」
「そうですね......多分...なんですけど、まだ逃げてないんじゃないかな」
「えっ、どういうこと華凛ちゃん?」
私の言葉に美月さんが驚く。
「本命は違うんじゃないかなって......
美月さん、神月台では見通しの良い場所ほど注意していて下さい。
あと、もし現在手が空いている警察の方がいらっしゃるなら、そういった場所の周辺部分──例えば緑道等を注意するよう言ってもらえますか?」
「わ...分かった!」
美月さんが無線で指示を出す。
急な坂を登り、車は神月台へと入った。
左右が壁に囲まれ溝の様な道になっている場所では、出来るだけ歩道橋の方に注意を払うようにした。
お姉ちゃんも意識を集中している。
生きている人間に対して能力は使えないものの、半径3m以内を3Dスキャンすれば、人がいるかどうかは分かるので、多少暗い場所や、この幹線道路沿いみたいに、歩道に高い植栽帯がある様な場所でも問題無い。
...この時間帯は会社帰りと思われる人がちらほら歩いている位で、殆んど人通りはない。
特に何も無いまま、現場付近に辿り着いた。
巡回する人が増えたみたいだから、それが抑止力になると良いけど...でも或いはもう...
嫌な予感がまだ消えないまま、神月台のいわば外縁にあたる部分に、幹線道路沿いの歩道から階段で上り、さらに外縁から神月台の外に続く階段を下りて、現場へ向かう。(ほ15)
警察の人達が数人集まっている。
1番目の事件現場を彷彿とさせる様に、階段は木々に囲まれており、電灯が疎らで薄暗い。
美月さんが現場の警官から話を聞いている間に、私達は事件現場を調べる事にした。
周りの人達に軽く挨拶をしつつ、遺体の前までやって来る。
髪はアップバンクショート、身長は大体170cmちょいの学生服を着た男子が、胸から血を流して仰向けになって倒れている。
撥水リュックが背中の下敷きになっていた。
靴はやっぱり登校用のシューズを履いている。
遺体の両手は、これまでと同様に目を覆っていた。
学校帰り......だとすると、自宅は階段下付近だろうか?
しかし、部活は禁止になっているはずだから、遅くまで委員会の仕事をしていた事になるが......
...或いは、遊びに行ったか、バイトに行った帰り......?
それなら、これまでの事件から、犯人が被害者の行動パターンを把握しているのは間違いなさそうなので、シフト時間が決まっているバイトの可能性が高いか。
近くには会社員らしき女性もいた。
多分第一発見者だろう。
調査はお姉ちゃんに任せて、私は女性に話を聞いてみる事にした。
「大変でしたね...死体を目撃する事になってしまうなんて......」
発見時のショックで未だ動揺しているのだろう。
女性は高校生の私が話しかけても気にする事なく
「ええ......本当に......」
と、暗い表情をしながら答えた。
「平日は、いつもこの位の時間に ここを通るのですか?」
「はい...会社を出るのは大体決まった時間ですし、ここを通った方が自宅に近いので......」
多分階段近くにあった団地に住んでいるのだろう。
確認すべき事は確認出来た。
「大変な状況の中、質問に答えて下さってありがとうございました」
私はペコリとお辞儀をし、お姉ちゃんの側まで行った。
「お姉ちゃん、どんな感じ?」
私はテレパシーで聞いてみた。
「被害者の死因は、心タンポナーデによる急性循環不全。
第4、第5肋間から心臓を、今までの事件と同じ、細く鋭利な物で刺されてる......多分被害者が亡くなるまで1分もかかってないんじゃないかな。
雨の強さや直腸温、死後硬直の度合いや死斑の形成状況、mRNAの分解具合から総合的に考えて、死亡推定時刻は19時20分から30分までの間だよ」
「肋間を正確に狙うって、かなり難しいよね?」
「うん。解剖学の知識と技術がないと先ず無理だね」
「そうだよね......他には何か気付いた事とかある?」
「前回と違って心臓の傷口が綺麗な事かな。
刺したあと返り血が出ないよう、被害者が亡くなったのを確認してから、冷静に凶器を引き抜いたんだと思う」
なるほどね......
「あと、学生服の胸ポケットに生徒手帳が入ってた。
被害者の名前は朝比奈 岳さん。神月高校の三年生。
さっき警察の人達が関係者に聞き込みを始めた所だよ。
それと、今回もニトリルが遺体の顔や手から検出された。
強い雨が降ってなかったら、犯人のDNAも採取出来たかもしれないけど、その辺りは犯人も計算にいれてるんだろうね」
「そっか......ありがとうお姉ちゃん」
さて、じゃあ美月さんに報告......
「...えっ!?...り、了解!至急そちらに向かいます!」
再び連絡が入り、美月さんが慌てている。
やっぱりこういう展開になったか......
私とお姉ちゃんは美月さんのもとへ駆け寄った。




