最後の退路①
通路へ飛び込んできた異形を、ラデルカの戦斧が迎え撃った。
刃を振り回すのではなく、長い柄を両手で押し出し、灰白色の胸を受け止める。異形の身体が通路の壁へ叩きつけられ、背後から迫っていた別の個体とぶつかった。
「下がれ! 倒すことより、距離を作れ!」
サイゾウの号令が飛ぶ。
ラデルカが戦斧を押し込み、異形の上体を仰け反らせた。その脇を抜けたサイゾウの刀が、首筋を深く裂く。
黒い体液が石床へ飛び散った。
それでも、異形は倒れない。
折れ曲がった腕を壁へ突き立て、裂けた首を支えながら前へ進もうとする。
「先ほどの個体は、頭部を潰して止まりました!」
マリエラの声が、隊列の中央から飛んだ。
「頭を狙ってください!」
「聞いたな!」
サイゾウが異形の膝裏を斬り、身体を石床へ崩した。
そこへラデルカが戦斧を振り下ろす。厚い刃が異形の頭部へ叩き込まれ、長い四肢が激しく痙攣した。
「今だ。落下地点まで戻る!」
「石段は塞がれていたぞ!」
ラデルカが戦斧を引き抜きながら叫ぶ。
「ほかに地上へ近い道はない。開けられなければ、そこで別の手を探す!」
調査隊は通路の奥へ後退を始めた。
捻挫した術士を兵が支え、左腕を負傷した兵も隊列の中央を進む。マリエラと調査・研究部の術士たちがその周囲を固め、テンカとキリカも負傷者から離れなかった。
空洞を背にした最後尾では、サイゾウとラデルカ、第三討伐隊の兵たちが迫る異形を食い止めている。
巨大空洞から、次の一体が通路へ入ってきた。
その後ろにも、白く濁った顔や長い腕が重なり、狭い入口を埋めていく。
「一度に入れる数は限られている」
サイゾウは刀を構え直した。
「手前のものだけを止めろ。深追いするな!」
「「了解!」」
第三討伐隊の兵が、ラデルカの横から槍を突き出した。
穂先が異形の胸へ食い込む。
だが、異形は退かない。槍の柄を掴み、穂先をさらに深く沈めながら兵を引き寄せようとした。
「槍を離せ!」
サイゾウの指示に、兵が即座に手を放す。
次の瞬間、別の異形の指が壁際から伸び、先ほどまで兵の腕があった場所を鋭く薙いだ。
ラデルカの戦斧が、伸びた指をまとめて断ち切る。
「こいつら、傷を受けても避けようとせんぞ!」
「痛みなど、とうに壊れておるのやもしれぬ」
テンカは負傷者と歩調を合わせながら、背後へ意識を向けた。
異形を倒すたび、殿を務める者たちは数歩ずつ下がっている。だが、後退する距離よりも、群れの迫る速さの方が僅かに勝っていた。
長い腕が殿を務める者たちの脇を抜け、隊列の中央へ伸びてくる。
テンカは継火を抜き、金行を薄く刃へ纏わせた。
白銀の軌跡が走り、異形の指をまとめて斬り落とす。
切断された指は床へ散り、それでも獲物を求めるように、ばらばらのまま石床を這い続けた。
「姫さま、さらにお下がりください」
キリカが短刀を構えながら告げる。
「前には出ておらぬ。向こうから届いてきたのじゃ」
「届かない場所までお下がりください」
「……わかった」
「姫さまは足を止めず、そのまま進んでください」
テンカは言い返さず、負傷者とともに先へ進んだ。
隊列の中央にいるからといって、安全とは限らない。
だが、伸びてきた腕を断てば、隊列全体が足を止めずに済む。今のテンカが担うべき役割は、それだった。
壁へ貼られた淡い符が、落下地点へ戻る方向を示している。
調査隊はその光をたどり、暗い通路を進んだ。
背後からは、硬い指が床や壁を削る音が迫ってくる。異形たちは互いの身体へ乗り上げ、狭い通路へ無理やり入り込んでいた。
不意に、先頭を進む斥候が片手を上げた。
「進路に一体!」
照明術の光が前方の天井を照らす。
先ほど、落下地点側の壁から覗いていた細い指が、石組みの隙間を掴んでいた。
一本ではない。
その指に続き、四本、六本と灰白色の脚が現れ、獣に似た胴体を狭い隙間から押し出そうとしている。
「退路にまでいやがったか!」
斥候が槍を突き出した。
異形の身体へ穂先が刺さるが、天井へ張りついた脚は離れない。逆に槍を伝い、細長い指が斥候の手へ迫った。
キリカが簡易符を投じる。
白い光が異形の顔の前で弾け、何本もの脚が一斉に縮んだ。
「今です!」
テンカは一歩だけ踏み込み、金行を纏わせた継火で石床へ垂れた前脚を断った。
体勢を崩した異形を、斥候と兵が槍の柄で壁際へ押し込む。
「通れ!」
負傷者を中心に、調査隊が異形の横を抜けていく。
殿を務める者たちが通り過ぎた直後、異形が天井から落下した。
追ってきた群れが、その身体へ乗り上げる。互いを避ける様子もなく、灰白色の四肢が絡まり合った。
わずかだが、距離が開く。
「落下地点が見えたぞ!」
斥候の声が響いた。
評価やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになりますのでよろしくお願いいたします!




