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ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第4章 大魔境に眠るもの
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最後の退路①

 通路へ飛び込んできた異形を、ラデルカの戦斧が迎え撃った。


 刃を振り回すのではなく、長い柄を両手で押し出し、灰白色の胸を受け止める。異形の身体が通路の壁へ叩きつけられ、背後から迫っていた別の個体とぶつかった。


「下がれ! 倒すことより、距離を作れ!」


 サイゾウの号令が飛ぶ。


 ラデルカが戦斧を押し込み、異形の上体を仰け反らせた。その脇を抜けたサイゾウの刀が、首筋を深く裂く。

 黒い体液が石床へ飛び散った。


 それでも、異形は倒れない。

 折れ曲がった腕を壁へ突き立て、裂けた首を支えながら前へ進もうとする。


「先ほどの個体は、頭部を潰して止まりました!」


 マリエラの声が、隊列の中央から飛んだ。


「頭を狙ってください!」

「聞いたな!」


 サイゾウが異形の膝裏を斬り、身体を石床へ崩した。

 そこへラデルカが戦斧を振り下ろす。厚い刃が異形の頭部へ叩き込まれ、長い四肢が激しく痙攣した。


「今だ。落下地点まで戻る!」

「石段は塞がれていたぞ!」


 ラデルカが戦斧を引き抜きながら叫ぶ。


「ほかに地上へ近い道はない。開けられなければ、そこで別の手を探す!」


 調査隊は通路の奥へ後退を始めた。


 捻挫した術士を兵が支え、左腕を負傷した兵も隊列の中央を進む。マリエラと調査・研究部の術士たちがその周囲を固め、テンカとキリカも負傷者から離れなかった。


 空洞を背にした最後尾では、サイゾウとラデルカ、第三討伐隊の兵たちが迫る異形を食い止めている。


 巨大空洞から、次の一体が通路へ入ってきた。

 その後ろにも、白く濁った顔や長い腕が重なり、狭い入口を埋めていく。


「一度に入れる数は限られている」


 サイゾウは刀を構え直した。


「手前のものだけを止めろ。深追いするな!」

「「了解!」」


 第三討伐隊の兵が、ラデルカの横から槍を突き出した。


 穂先が異形の胸へ食い込む。

 だが、異形は退かない。槍の柄を掴み、穂先をさらに深く沈めながら兵を引き寄せようとした。


「槍を離せ!」


 サイゾウの指示に、兵が即座に手を放す。


 次の瞬間、別の異形の指が壁際から伸び、先ほどまで兵の腕があった場所を鋭く薙いだ。


 ラデルカの戦斧が、伸びた指をまとめて断ち切る。


「こいつら、傷を受けても避けようとせんぞ!」

「痛みなど、とうに壊れておるのやもしれぬ」


 テンカは負傷者と歩調を合わせながら、背後へ意識を向けた。


 異形を倒すたび、殿を務める者たちは数歩ずつ下がっている。だが、後退する距離よりも、群れの迫る速さの方が僅かに勝っていた。


 長い腕が殿を務める者たちの脇を抜け、隊列の中央へ伸びてくる。


 テンカは継火を抜き、金行を薄く刃へ纏わせた。

 白銀の軌跡が走り、異形の指をまとめて斬り落とす。


 切断された指は床へ散り、それでも獲物を求めるように、ばらばらのまま石床を這い続けた。


「姫さま、さらにお下がりください」


 キリカが短刀を構えながら告げる。


「前には出ておらぬ。向こうから届いてきたのじゃ」

「届かない場所までお下がりください」

「……わかった」

「姫さまは足を止めず、そのまま進んでください」


 テンカは言い返さず、負傷者とともに先へ進んだ。


 隊列の中央にいるからといって、安全とは限らない。

 だが、伸びてきた腕を断てば、隊列全体が足を止めずに済む。今のテンカが担うべき役割は、それだった。


 壁へ貼られた淡い符が、落下地点へ戻る方向を示している。

 調査隊はその光をたどり、暗い通路を進んだ。


 背後からは、硬い指が床や壁を削る音が迫ってくる。異形たちは互いの身体へ乗り上げ、狭い通路へ無理やり入り込んでいた。


 不意に、先頭を進む斥候が片手を上げた。


「進路に一体!」


 照明術の光が前方の天井を照らす。


 先ほど、落下地点側の壁から覗いていた細い指が、石組みの隙間を掴んでいた。


 一本ではない。

 その指に続き、四本、六本と灰白色の脚が現れ、獣に似た胴体を狭い隙間から押し出そうとしている。


「退路にまでいやがったか!」


 斥候が槍を突き出した。


 異形の身体へ穂先が刺さるが、天井へ張りついた脚は離れない。逆に槍を伝い、細長い指が斥候の手へ迫った。


 キリカが簡易符を投じる。


 白い光が異形の顔の前で弾け、何本もの脚が一斉に縮んだ。


「今です!」


 テンカは一歩だけ踏み込み、金行を纏わせた継火で石床へ垂れた前脚を断った。

 体勢を崩した異形を、斥候と兵が槍の柄で壁際へ押し込む。


「通れ!」


 負傷者を中心に、調査隊が異形の横を抜けていく。


 殿を務める者たちが通り過ぎた直後、異形が天井から落下した。

 追ってきた群れが、その身体へ乗り上げる。互いを避ける様子もなく、灰白色の四肢が絡まり合った。


 わずかだが、距離が開く。


「落下地点が見えたぞ!」


 斥候の声が響いた。

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