表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第1章 黒き鬼と緋色の姫
5/32

わらわは、俺だった②

 朝食の席では、レイナが待ち構えていた。


「テンカ!」


 扉を開けた瞬間、金色の髪を揺らして姉が立ち上がる。


 レイナ=ハヅキ。


 父アルバート譲りの金髪を持つ、ハヅキ家の長女。

 次期当主としての才覚と品位を備えた少女である。

 ただし、妹のことになると少し様子がおかしくなる。


「体調は? 頭は痛くありませんか? 魔力は乱れていませんか? 朝はきちんと眠れましたか? 怖い夢は見ませんでしたか?」

「姉上、近い」


 気づけば、レイナはテンカの両手を握っていた。


「だって心配だったのです。昨日のテンカは、五色に光って、それはもう神々しく美しく可愛らしく、それでいて恐ろしくもあって……!」


「途中から感想が混ざっておるぞ」

「当然です。テンカのすべてを記録するのが姉の務めですから」

「その務めは誰に命じられたものなのじゃ」

「わたくしの魂です」

「重い」


 思わず本音が出た。

 レイナは気にした様子もなく、テンカを席へと案内する。

 食卓にはすでに母コトネと父アルバートが座っていた。


 コトネは落ち着いた表情で茶を口にしている。

 アルバートは穏やかな微笑みを浮かべていた。


「おはよう、テンカ」

「おはようございます、父上、母上」

「体調はどうだい?」

「問題ありません。少し頭が重い程度ですが、動くには支障ありませぬ」

「そうか。無理はしないように」

「はい」


 アルバートの声音は柔らかい。

 その優しさに、テンカは少し胸が温かくなった。


 前世の自分には、こういう家族の食卓はあまり縁がなかった。

 いや、子供の頃にはあったのだろうが、遠い記憶になっている。

 今世の8年間で、テンカはこの食卓を当たり前のものとして受け入れていた。

 だが前世を思い出したことで、その当たり前が少しだけ眩しく見えた。


「テンカ」


 コトネが口を開く。


「本日の座学は予定通り行います。ただし、陰陽術の実技はしばらく停止します」

「承知しております」

「刀の稽古は、軽い型までなら許可します」

「はい」

「それと、昨日の件についてですが」


 食卓の空気が少し引き締まった。


「あなたの五行適性は、現時点では外部に伏せます」

「伏せる、ですか?」

「ええ。五行すべてに反応する才は、ハヅキ家の中でも稀です。まして、8歳で儀式場の結界を損傷させるほどの魔力となれば、余計な関心を招きます」


 テンカは頷いた。

 それは分かる。


 ハヅキ家は皇国南方を守る大領主。

 しかも大魔境への対応を担う武門の家だ。

 その次女に異常な才能があると広まれば、当然、周囲は放っておかない。


 皇国中央。

 他の貴族。

 魔導協会。

 探索者協会。

 あるいは、もっと厄介な者たち。


 前世の社会経験があるからこそ、テンカには何となく想像できた。

 力は、便利なだけではない。

 目立ちすぎれば、面倒を呼ぶ。


「母上の判断に従います」

「よろしい」


 コトネは短く頷いた。


「ただし、あなた自身が自分の力を知らぬままでは危険です。明日より、私が直接、基礎を見ます」

「母上が?」

「不満ですか?」

「いいえ」


 テンカはすぐに首を振った。


「恐れ多くも、ありがたきことにございます」


 そう答えた瞬間、内心のおじさんがまた頭を抱えた。


 言い回しが大仰。

 だが、テンカとしては自然。

 そして母の前ではこれくらいがちょうどいい。


 もう諦めた方がいいのかもしれない。

 自分は、わらわ口調の姫武者なのだ。


「テンカ」


 今度はレイナが真剣な顔で言った。


「母上の修行は厳しいです。とても厳しいです」

「姉上も受けたのか?」

「ええ。何度も泣きました」

「姉上が?」

「泣きました。ですが、テンカの前では泣きません。姉ですから」

「いや、今言っておるではないか」

「過去のわたくしですので問題ありません」

「そういうものか?」

「そういうものです」


 レイナは胸を張った。

 テンカは思わず笑いそうになる。

 やはり、この姉は強い。

 色々な意味で。


 食卓に穏やかな空気が戻る。

 その中でテンカは、そっと自分の手を見つめた。

 小さな手だ。


 前世の男の手とは違う。

 刀を握るには、まだ頼りない。

 だが、この手の中には五行の力が眠っている。


 木。

 火。

 土。

 金。

 水。


 そして、前世の自分が憧れた理想の姿も。

 テンカは小さく息を吐いた。


 わらわは、俺だった。


 けれど、俺だけではない。

 この身体で生きてきた8年間も、確かに自分だ。


 ならば、自分は何者なのかの答えはまだ出ないし、これからも出ないかもしれない。

 だが、少なくとも今の自分には名がある。


 テンカ=ハヅキ。


 ハヅキ辺境伯家の次女で、艶やかな黒髪に、暗い紅玉のような瞳を持つ、わらわ口調の美少女。

 そしていつか、五行を己のものとする者。


「……ふむ」

「どうかしましたか、テンカ?」


 レイナが首を傾げる。

 テンカは少しだけ笑った。


「いや。腹が決まっただけじゃ」

「腹?」

「うむ」


 テンカは箸を取った。


「まずは朝餉じゃ。強くなるにも、腹が減っては始まらぬ」


 その言葉に、アルバートが笑い、レイナが嬉しそうに頷き、キリカが控えめに微笑んだ。

 コトネだけは、静かにテンカを見つめていた。

 その瞳には厳しさがあると同時に、ほんのわずかな期待もあった。

 テンカはそれに気づき、背筋を伸ばす。


 前世の記憶を得た朝。

 テンカの日常は、少しだけ形を変えて続いていく。


 この世界はゲームではない。

 誰かが用意したシナリオもない。

 攻略情報も、未来の知識もない。


 それでも。


 この手に刀があるのなら。

 この身に五行が巡るのなら。

 自分は、この世界で立ってみせる。


 そう決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ