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ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第1章 黒き鬼と緋色の姫
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ハヅキ辺境伯家の次女②

 ハヅキ家の儀式場は、屋敷の奥にあった。


 石造りの皇国式建築の中に、武蔵ノ原風の木組みと紙障子を取り入れた、不思議な空間である。

 床には五芒ではなく、五行の巡りを示す円環が描かれていた。


 木。

 火。

 土。

 金。

 水。


 それぞれを示す紋が、淡い光を宿している。

 その中央に、テンカは立った。


「テンカ!」


 ぱっと華やいだ声が響いた。

 見れば、儀式場の奥に姉のレイナがいた。

 淡い桜色の着物風ドレスを纏った少女は、見るからに上機嫌である。


「姉上」

「今日のテンカも可愛いです。凛々しいです。やはり、わたくしの妹は世界一ですね」

「姉上、今は儀式の場じゃ」

「もちろん分かっています。ですが、事実を述べることは大切です」

「……そうか」


 テンカは小さく息を吐いた。

 その横で、父アルバートが苦笑している。


 アルバート=ハヅキ。

 ハスター伯爵家から婿入りした、穏やかな雰囲気の男性である。


「テンカ、無理をする必要はないよ。今日は適性を見るだけだ」

「はい、父上」

「たとえ一つの行にしか反応しなくても、それは恥ではない。大切なのは、自分の性質を知ることだからね」

「承知しております」


 テンカは頷いた。

 その姿を見て、コトネが前へ出る。


「では、始めましょう」


 儀式場の空気が引き締まった。

 キリカは壁際に控え、両手を胸の前で握っている。

 心配そうな顔だった。

 テンカはそれに気づき、ほんの少しだけ笑った。


「案ずるな、キリカ」

「姫さま……」

「わらわは、ハヅキの娘ぞ」


 そう言って、テンカは五行の円環の中央で目を閉じた。

 コトネが静かに告げる。


「息を整えなさい。魔力を巡らせ、足元の陣へ流すのです。無理に押し出す必要はありません。ただ、触れるだけでよい」

「はい」


 テンカは息を吸った。

 そして、ゆっくりと吐いた。

 身体の奥にある温かなものへ意識を向ける。


 魔力。


 まだ幼い自分の中にある力。

 それをほんの少し、足元へ流す。


 その瞬間。


 五行の紋が、同時に光った。


「――え?」


 誰かが声を漏らした。


 木の紋が翠に輝く。

 火の紋が紅に燃える。

 土の紋が山吹色に明滅する。

 金の紋が白銀の光を放つ。

 水の紋が蒼く波打つ。


 五つの光が、テンカの周囲を巡り始めた。


 コトネの表情が変わる。


「テンカ、魔力を止めなさい」

「母上?」

「すぐにです」


 テンカは魔力を止めようとした。


 だが、止まらなかった。


 足元の陣が、まるでテンカの内側にある何かを呼び覚ましたかのように光を強め、黒髪の先が、ふわりと浮いた。

 次の瞬間、髪の一房が翠に染まった。


「姫さま!」


 キリカが叫ぶ。


 続けて、別の髪が紅へ。

 さらに山吹へ。

 白銀へ。

 蒼へ。


 五色の光が、テンカを包む。

 訓練場よりも強固なはずの儀式場の結界が、ぎしりと音を立てた。

 テンカの視界が揺れる。


 頭の奥で、何かが軋んだ。

 知らないはずの光景が、脳裏をかすめる。


 暗い部屋。

 四角い画面。

 キーボード。

 ヘッドセット。

 そして、画面の中に立つ黒髪の少女。

 日本刀を携えた、わらわ口調の姫武者。


 名前は――テンカ。


「……なん、じゃ?」


 テンカは呟いた。


 いや、違う。


 この声は、自分の声だ。

 だが、この記憶は。

 この感覚は。


 俺は――。


 次の瞬間、五行の光が弾けた。

 儀式場に、白い閃光が満ちる。

 誰かが自分の名を呼んだ。


 母か。

 姉か。

 キリカか。


 それすら分からないまま、テンカの意識は闇へ落ちた。

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