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ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部第4章 接がれた者と翠の姫
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フィアナの誘い

 1年1組の教室へ入ったテンカは、見慣れた淡い亜麻色の髪に気づいた。


 フィアナが自分の席に座り、授業の準備をしている。制服はいつもどおり隙なく整えられ、両手も白い手袋に覆われていた。


「おお、フィアナ」


 声をかけると、フィアナが顔を上げた。


「おはようございます、テンカ様」

「もう授業へ出てもよいのか?」

「はい。今朝も医務室で状態を確認していただきました。授業を受ける分には問題ないそうです」

「そうか」


 テンカはフィアナの右手へ一度目を向けた。


「痛みは?」

「ありません。指も問題なく動きます。ただ、属性魔術の使用はまだ許可されていません」

「ならば、言いつけは守るのじゃぞ」

「分かっています」


 少し遅れてエリシアとミナもやってきた。


「フィアナ。戻ってきましたのね」

「はい。ご心配をおかけしました」

「おはようございます、フィアナ様。体調は大丈夫なんですか?」

「今のところは問題ありません。ありがとうございます」


 ミナがほっとしたように笑った。


 以前なら、ここでフィアナはすぐに授業の準備へ戻っていただろう。今はミナと少し言葉を交わし、エリシアにも昨日の授業について尋ねている。


 教室へ入ってきた教師の姿に気づき、4人はそれぞれの席へ戻った。


 午前の授業が始まった。


 ◇  ◇  ◇


 昼になると、テンカたちは大食堂のいつもの席に集まった。


 フィアナが加わるのも久しぶりだったが、以前と同じようにミナが向かいへ座り、エリシアがその隣へ腰を下ろす。


「やはり4人揃うと落ち着くのう」


 テンカが肉料理を切り分けながら言うと、エリシアが眉を上げた。


「テンカの場合、食事が始まれば大抵落ち着いているでしょう」

「食事は大事じゃ」

「否定はいたしませんけれど」


 フィアナの口元がわずかに緩んだ。


「フィアナ、今笑ったじゃろ」

「少しだけです」

「エリーならともかく、そなたまでわらわを笑うようになったか」

「楽しそうで何よりですわ」


 エリシアが涼しい顔で紅茶を口へ運ぶ。


「そういえば、フィアナ様はご存じなんですか?」


 ミナが何かを思い出したように尋ねた。


「何をでしょうか?」

「テンカ様のファンクラブです」

「ミナ!」


 止める間もなかった。


 フィアナが瞬きをして、テンカを見る。


「ファンクラブ……ですか?」

「知らなくてよい!」

「もう聞いてしまいました」

「忘れよ」

「難しいと思います」


 フィアナは真面目な顔で答えた。


「ほら、やっぱり予想どおりの反応ですわ」


 エリシアまで楽しそうに口元を緩めている。


「何が予想どおりじゃ!」

「テンカ様は、女子学生の方々からとても人気なんです」


 ミナが説明を続けた。


「先日の模擬戦でも、たくさん応援されていました」

「模擬戦……」


 フィアナが納得したように頷く。


「確かに、テンカ様が剣を使っているところは格好いいと思います」

「フィアナまで!?」

「それに、普段との違いもあるのではありませんか?」


 思わぬところから追撃が飛んできた。


「そなたまで、あやつらと同じことを言うのか……」


 テンカは肩を落とした。


 正面でミナが吹き出し、エリシアも笑いを隠していない。フィアナまで小さく笑っている。


 妙な話題ではあるが、こうして笑っている姿を見ると悪い気はしなかった。


 食事が進み、話題が次の授業へ移った頃だった。


「あの、皆さん」


 フィアナが3人を見渡した。


「どうしたのじゃ?」


 フィアナはすぐには答えず、膝の上に置いていた鞄へ手を伸ばした。中から取り出したのは、紺色の小さな筆記帳だった。


 テンカにも見覚えがある。以前、4人で買い物へ出かけた時に、フィアナが自分で選んだものだ。


 フィアナは表紙に手を添えたまま、一度テンカたちを見た。


「今度のお休みに、皆さんの予定は空いていますか?」

「わらわは特にないぞ」

「わたくしも今のところ予定はありませんわ」

「私も大丈夫です」


 3人の返事を聞いて、フィアナが小さく頷いた。


「体調に問題がなければ、今度のお休みに皆さんと行きたいお店があります」

「店?」

「はい。焼き菓子のお店です」


 テンカは思わず身を乗り出した。


「決めたのか!」

「はい。いくつか調べて、その中から1軒選びました」

「何があるのじゃ?」

「テンカ」


 エリシアに名前を呼ばれた。


「なんじゃ」

「フィアナがまだ話していますわ」

「……続けよ」


 フィアナがわずかに笑う。


「焼き菓子の種類が多くて、店内でも食べられるそうです。皆さんがよければ、一緒に行きたいと思って」


 そこで言葉を切り、紺色の筆記帳へ目を落とした。


「今度は、私からお誘いしたかったので」


 テンカは笑った。


「うむ。行こう」

「もちろんですわ」

「私も行きたいです」


 フィアナが顔を上げる。


「ありがとうございます」

「礼などいらぬ。それよりフィアナ、その店にはどれくらい菓子があるのじゃ?」

「まだそこを気にしていますの?」

「重要じゃろう」

「テンカ様なら、全部食べてしまいそうですね」

「ミナまで何を言う!」


 フィアナがまた笑った。


 以前よりも、ずっと自然な笑い方だった。


「では、行き方と待ち合わせの時間を決めておきます」

「うむ。任せたぞ」

「はい」


 フィアナは紺色の筆記帳を開き、何かを書き加えた。


 テンカからは、その文字までは見えない。


 それでも、今度は父親へ送る報告ではないことだけは分かった。

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