フィアナの誘い
1年1組の教室へ入ったテンカは、見慣れた淡い亜麻色の髪に気づいた。
フィアナが自分の席に座り、授業の準備をしている。制服はいつもどおり隙なく整えられ、両手も白い手袋に覆われていた。
「おお、フィアナ」
声をかけると、フィアナが顔を上げた。
「おはようございます、テンカ様」
「もう授業へ出てもよいのか?」
「はい。今朝も医務室で状態を確認していただきました。授業を受ける分には問題ないそうです」
「そうか」
テンカはフィアナの右手へ一度目を向けた。
「痛みは?」
「ありません。指も問題なく動きます。ただ、属性魔術の使用はまだ許可されていません」
「ならば、言いつけは守るのじゃぞ」
「分かっています」
少し遅れてエリシアとミナもやってきた。
「フィアナ。戻ってきましたのね」
「はい。ご心配をおかけしました」
「おはようございます、フィアナ様。体調は大丈夫なんですか?」
「今のところは問題ありません。ありがとうございます」
ミナがほっとしたように笑った。
以前なら、ここでフィアナはすぐに授業の準備へ戻っていただろう。今はミナと少し言葉を交わし、エリシアにも昨日の授業について尋ねている。
教室へ入ってきた教師の姿に気づき、4人はそれぞれの席へ戻った。
午前の授業が始まった。
◇ ◇ ◇
昼になると、テンカたちは大食堂のいつもの席に集まった。
フィアナが加わるのも久しぶりだったが、以前と同じようにミナが向かいへ座り、エリシアがその隣へ腰を下ろす。
「やはり4人揃うと落ち着くのう」
テンカが肉料理を切り分けながら言うと、エリシアが眉を上げた。
「テンカの場合、食事が始まれば大抵落ち着いているでしょう」
「食事は大事じゃ」
「否定はいたしませんけれど」
フィアナの口元がわずかに緩んだ。
「フィアナ、今笑ったじゃろ」
「少しだけです」
「エリーならともかく、そなたまでわらわを笑うようになったか」
「楽しそうで何よりですわ」
エリシアが涼しい顔で紅茶を口へ運ぶ。
「そういえば、フィアナ様はご存じなんですか?」
ミナが何かを思い出したように尋ねた。
「何をでしょうか?」
「テンカ様のファンクラブです」
「ミナ!」
止める間もなかった。
フィアナが瞬きをして、テンカを見る。
「ファンクラブ……ですか?」
「知らなくてよい!」
「もう聞いてしまいました」
「忘れよ」
「難しいと思います」
フィアナは真面目な顔で答えた。
「ほら、やっぱり予想どおりの反応ですわ」
エリシアまで楽しそうに口元を緩めている。
「何が予想どおりじゃ!」
「テンカ様は、女子学生の方々からとても人気なんです」
ミナが説明を続けた。
「先日の模擬戦でも、たくさん応援されていました」
「模擬戦……」
フィアナが納得したように頷く。
「確かに、テンカ様が剣を使っているところは格好いいと思います」
「フィアナまで!?」
「それに、普段との違いもあるのではありませんか?」
思わぬところから追撃が飛んできた。
「そなたまで、あやつらと同じことを言うのか……」
テンカは肩を落とした。
正面でミナが吹き出し、エリシアも笑いを隠していない。フィアナまで小さく笑っている。
妙な話題ではあるが、こうして笑っている姿を見ると悪い気はしなかった。
食事が進み、話題が次の授業へ移った頃だった。
「あの、皆さん」
フィアナが3人を見渡した。
「どうしたのじゃ?」
フィアナはすぐには答えず、膝の上に置いていた鞄へ手を伸ばした。中から取り出したのは、紺色の小さな筆記帳だった。
テンカにも見覚えがある。以前、4人で買い物へ出かけた時に、フィアナが自分で選んだものだ。
フィアナは表紙に手を添えたまま、一度テンカたちを見た。
「今度のお休みに、皆さんの予定は空いていますか?」
「わらわは特にないぞ」
「わたくしも今のところ予定はありませんわ」
「私も大丈夫です」
3人の返事を聞いて、フィアナが小さく頷いた。
「体調に問題がなければ、今度のお休みに皆さんと行きたいお店があります」
「店?」
「はい。焼き菓子のお店です」
テンカは思わず身を乗り出した。
「決めたのか!」
「はい。いくつか調べて、その中から1軒選びました」
「何があるのじゃ?」
「テンカ」
エリシアに名前を呼ばれた。
「なんじゃ」
「フィアナがまだ話していますわ」
「……続けよ」
フィアナがわずかに笑う。
「焼き菓子の種類が多くて、店内でも食べられるそうです。皆さんがよければ、一緒に行きたいと思って」
そこで言葉を切り、紺色の筆記帳へ目を落とした。
「今度は、私からお誘いしたかったので」
テンカは笑った。
「うむ。行こう」
「もちろんですわ」
「私も行きたいです」
フィアナが顔を上げる。
「ありがとうございます」
「礼などいらぬ。それよりフィアナ、その店にはどれくらい菓子があるのじゃ?」
「まだそこを気にしていますの?」
「重要じゃろう」
「テンカ様なら、全部食べてしまいそうですね」
「ミナまで何を言う!」
フィアナがまた笑った。
以前よりも、ずっと自然な笑い方だった。
「では、行き方と待ち合わせの時間を決めておきます」
「うむ。任せたぞ」
「はい」
フィアナは紺色の筆記帳を開き、何かを書き加えた。
テンカからは、その文字までは見えない。
それでも、今度は父親へ送る報告ではないことだけは分かった。
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