姫さまのファンクラブ
予約日時ミスってました…
学園の演習場に、木製の訓練剣が打ち合う乾いた音が響いた。2本の剣が離れ、テンカとレオンがそれぞれ間合いを取り直した。
「よいぞ、レオン」
「ありがとうございます。ですが、まだ1本も取れていません」
「取らせるつもりもないからのう」
レオンが苦笑し、訓練剣を構え直した。
最初に手合わせをした時とは違う。以前のレオンは基礎に忠実である反面、踏み込んだ先まで動きを決めすぎていた。テンカはそこを利用し、進む場所を先に奪って肩口を取った。
今は剣を交えるたびに間合いを取り直し、テンカが位置を変えても無理には追わず、次の動きを見てから足を運ぶようになっていた。
「続けます。双方、構えてください」
武術修習班を担当するアリアの声に、テンカは訓練剣を右手へ持ち直した。
その時だった。
「テンカ様ー!」
「……ん?」
「頑張ってくださーい!」
「テンカ様、素敵です!」
「なんじゃ!?」
思わず声の方を見ると、見学していた女子学生の一角で、数人がこちらへ大きく手を振っていた。しかも、声を上げているのは1か所だけではない。
「ハヅキさん」
「は、はい」
「模擬戦中です」
「分かっておる!」
「『はい』です」
「……はい」
以前にも似たやり取りをしたような気がする。正面へ向き直ると、レオンが口元を押さえていた。
「レオン。笑ったか?」
「いえ」
「今、笑ったじゃろ」
「気のせいです」
随分と言うようになったものだ。テンカが構え直すと、レオンの表情からも笑みが消えた。
「始め!」
アリアの合図と同時に、レオンが踏み込み、剣先はまっすぐテンカの肩口へ向かった。
テンカが訓練剣を合わせようとすると、木の刃が触れる寸前でレオンは踏み込みを浅くし、前回のようにそのまま間合いを詰めてはこなかった。
テンカが半歩前へ出ると、レオンの剣が横へ走った。身体を沈めてかわし、そのまま懐へ踏み込むが、レオンはすぐに剣を引いて後ろへ下がり、テンカの剣先が届く前に間合いを取り直した。
「ほう」
前なら、そのまま追ってきたところだった。
「もう一度参ります」
「来い」
レオンが再び距離を詰め、テンカは右から訓練剣を振り下ろした。レオンが受けに回った瞬間、テンカは手首を返して刃筋を肩から脇へ変えたが、レオンもすぐに剣を下げて軌道を塞いだ。
木の刃が打ち合い、乾いた音が響いた。テンカは押し込まずに横へ抜け、レオンも身体の向きを変えて剣先を外さなかった。
テンカが半歩下がった位置は、最初の手合わせでレオンから踏み込む場所を奪った時とよく似ていた。レオンの右足が前へ出かけたものの、すぐに止まり、そのまま横へ動いた。
「む」
視線が合った。
「同じ手には乗りません」
「言うようになったではないか」
テンカの口元が緩んだ。迷宮でもそうだったが、レオンは一度教わったことをそのままにはしておかない。
ならば、今度は別の手を見せればいい。
テンカが先に踏み込み、上段から訓練剣を振り下ろした。レオンが正面で受けると、木の刃がぶつかった瞬間、テンカは力を抜いてレオンの剣を横へ流した。
レオンは崩れず、足を運びながら剣を返してテンカの肩口へ打ち込んできた。テンカが身をかわすと、木の刃が肩先すれすれを通り過ぎる。
「おおっ!」
周囲から声が上がった。
レオンは振り切った剣をすぐに戻して続けて前へ出た。テンカは2歩下がりながら連撃を受け流した。以前なら、ここまで攻めを続けられることはなかった。
最後の一撃を外へ流し、テンカは大きく左へ踏み出した。レオンもすぐに身体を向け、その視線がテンカの足を追った。
テンカは左へ運びかけた足を止めると身体を低く沈め、右へ一気に抜けた。
「っ!」
レオンが振り向いた時には、テンカはすでにその横を抜けていた。返した訓練剣の切っ先が、レオンの首筋へ触れる寸前で止まった。
「そこまで!」
アリアの声が響き、テンカは剣を引いた。レオンも一度息を吐いて構えを解く。
「……参りました」
「うむ」
「最後は、俺がテンカ様の動きを追うことまで読まれていたんですね」
「そなたが前より、よく見るようになったからのう」
レオンが顔を上げた。
「見るようになったから?」
「見ておる者なら、見せたいものを置いてやればよい」
テンカは、先ほど左へ踏み出しかけた足元へ視線を向けた。
「前のそなたなら、あれを見る前に踏み込んできた。今は相手を見て動けるようになった。ならば次は、見えたものが本当に相手の狙いなのかを考えることじゃな」
「……なるほど」
レオンは自分の訓練剣へ目を落とし、しばらく考えてから頷いた。
「ありがとうございます。次は、そこまで考えてみます」
「うむ。次が楽しみじゃな」
そこで、演習場の端から高い声が飛んできた。
「キャー! テンカ様ー!」
「今の見ました!?」
「格好いいです!」
「勝ったあとの笑顔も素敵!」
「な、なんじゃー!?」
先ほどより明らかに声が増えていた。テンカは訓練剣を持ったまま固まり、女子学生たちの方へ顔を向ける。
戦っている間は気にしている暇がなかったが、改めて見れば思っていた以上に人数が多かった。同じ武術修習班だけではなく、実技を終えたらしい別班の学生まで、演習場の外からこちらを見ていた。
「なんなのじゃ、あれは……」
レオンもそちらへ視線を向けた。
「ああ」
「ああ、ではない。そなた、知っておるのか?」
「最近よく見かけますので」
「最近?」
どうやら、テンカだけが知らないらしかった。
◇ ◇ ◇
実技を終えたテンカは、エリシアとミナと一緒に校舎へ戻っていた。
「つまりじゃ。あれは何なのじゃ?」
問いかけると、ミナが少し困ったように笑った。
「テンカ様、ご存じなかったのですか?」
「知っておったら聞かぬ」
「テンカ様のファンクラブができたみたいです」
テンカの歩みがわずかに鈍った。
「……ふぁんくらぶ?」
聞き覚えのある言葉だった。前世にも、人気のある芸能人や選手を応援する集まりはあった。それが、なぜ自分につながるのか。
「誰の?」
「テンカ様のです」
「なぜじゃ!?」
ミナが目を丸くし、隣ではエリシアが肩を揺らしていた。
「エリー。笑うでない」
「申し訳ありません。あまりにも予想どおりの反応でしたので」
「そなたは知っておったのか?」
「ええ。少し前から」
「教えよ!」
「聞かれませんでしたもの」
それはそうかもしれないが、納得はしたくなかった。
「なんでも、実技でのテンカ様を見た女子学生の方たちが中心だそうです」
ミナが説明を続けた。
「剣を使っている時が格好いいとか、普段との違いが素敵だとか。黒髪も綺麗だと話していました」
「黒髪は剣と関係ないじゃろ」
「それと、見た目がとても可愛いのにお強いところも人気みたいです」
「むむ……」
どう返せばいいのか分からない。強さを褒められるのは悪い気はしないし、剣を認められるのも嬉しい。可愛いと言われることには、いまだに前世の感覚が邪魔をする。
テンカは少し前を歩くレオンの背中を見た。整った顔立ちで身体もよく鍛えられており、騎士家の出身で礼儀正しく、剣の腕も悪くない。
こういう時に人気になるのは、普通はこちらではないのか。
「こういうものは、普通レオンのような者にできるのではないかのう」
名前を呼ばれたレオンが振り返った。
「俺ですか?」
「うむ。騎士家の男子で、剣もなかなかじゃ。わらわより分かりやすいと思うのじゃが」
「あら」
エリシアが口元へ手を添えた。
「レオンにもありますわよ」
「あるのか!?」
今度はレオンが困った顔をした。
「あるらしいです」
「本人も知らぬのか」
「友人に教えられました」
ミナが小さく頷いた。
「レオンさんは女子学生から人気がありますけど、テンカ様の場合は少し違うんです。格好いいとか、可愛いとか……憧れている方が多いみたいで」
「なぜわらわだけ、そのような方向になるのじゃ」
「さあ……」
ミナにもそこまでは分からないらしく、エリシアだけが妙に納得した顔をしていた。
「よいではありませんの。学園生活を楽しんでいる証拠ですわ」
「応援されておるのは、わらわの方なのじゃが」
「ですから、楽しませていただいております」
「エリー!」
エリシアが涼しい顔で歩いていく。テンカが頬を膨らませてその背を追っていると、回廊の向こうから歩いてきた女子学生3人がこちらに気づき、揃って顔を明るくした。
「テンカ様!」
「先ほどの模擬戦、拝見しました!」
「とても素敵でした!」
「う、うむ……ありがとう」
咄嗟に返した声は、いつもの半分ほどしか出なかった。
女子学生たちは嬉しそうに頭を下げ、そのまま通り過ぎていった。テンカはしばらく、その後ろ姿を見送った。
魔物に囲まれても、これほど困ったことはない。
「……学園というところは、難しいのう」
隣で、とうとうミナまで吹き出した。
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