↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部第3章 幕間
146/159

幕間 ふたりのメイド

 ある日の午後、キリカには珍しく予定がなかった。


 テンカはエリシアやミナと一緒に、寮区の談話室で課題に取り組んでいる。最初はいつものように控えているつもりだったが、テンカ本人から「わらわは勉強をするだけじゃ。たまにはそなたも好きに過ごしてこい」と追い出されてしまった。


 もちろん、何かあればすぐに戻れるようにはしてある。


 それでも、姫さまの側を離れて自由に過ごせと言われても、何をすればよいのか分からなかった。


 東棟を出たところで、キリカは見覚えのある姿を見つけた。


「キリカさん」


 声をかけてきたのは、エリシアに仕える専属メイドだった。


 名はセシル。艶のある深い赤茶色の髪を低い位置でまとめ、琥珀色の瞳をした少女である。キリカより1つ年上で、学園ではエリシアの登録随行者として付き添っていた。


「セシルさん。こちらにいらしたのですね」

「はい。エリシア様から、しばらく休んでくるようにと言われまして」

「……わたしも、ほとんど同じことを言われました」


 2人は顔を見合わせた。


「でしたら、学園都市の中を少し散策しませんか?」

「散策、ですか?」

「ええ。せっかく時間ができたのですから」


 キリカは返事に詰まった。


 特に用事もなく、街を歩く。


 姫さまの買い物でも、護衛でも、屋敷から頼まれた用事でもない。そんな時間を最後に過ごしたのがいつだったか、すぐには思い出せなかった。


「……そうですね。ご一緒します」


 2人は並んで寮区を出た。


 学園の周辺には、学生向けの店が多い。書店や文具店だけでなく、衣服や日用品を扱う店、軽食を売る屋台も並んでいる。


 通りには制服姿の学生が行き交い、その間を荷車や乗合馬車がゆっくりと進んでいた。


「思っていたより人が多いですね」


 キリカは通りを眺めた。


 視線は自然と人の流れを追い、路地の位置や交差点までの距離を確認してしまう。向かい側には警備の詰所があり、その先には馬車の通れる大通りが続いていた。


「キリカさん」

「はい?」

「先ほどから、路地や警備の詰所ばかり見ていませんか?」

「念のため、周囲を確認していました」


 セシルが口元を緩めた。


「せっかくの散策なのですから、お店や景色も見ませんか?」

「……そうですね」


 言われて正面へ視線を戻したキリカは、すぐに気づいた。


「セシルさんも、先ほど詰所にいた人の数を数えていましたよね」

「癖です」

「わたしもです」

「では、お互い様ですね」


 今度はキリカも笑った。


 歩いているうちに、セシルが日用品を扱う店の前で立ち止まった。


「少しだけよろしいですか?」

「もちろんです」


 店へ入ると、セシルは迷うことなく棚の間を進んだ。手に取ったのは髪を整えるための油と、白い布を束ねた包みだった。


「エリシア様がお使いになるものですか?」

「ええ。こちらへ来てから、髪油の減りが早くて」

「気候が違うからでしょうか」

「それもありますけれど、最近は外へ出ることが増えて、風に当たる時間も長くなりましたので」


 セシルは商品を確かめながら、穏やかに続けた。


「以前は、ご自分から街へ出たいなどとはあまり仰らなかったのです」

「そうなのですか?」

「ええ。必要があれば出かけますし、興味を持った場所へは迷わず向かわれます。ただ、誰かと遊びに行くというのは珍しくて」


 キリカの頭に、テンカと並んで寮を出ていくエリシアの姿が浮かんだ。


「姫さまも、楽しそうです」

「エリシア様もです」


 セシルが即答した。


 その声が少し嬉しそうに聞こえて、キリカは目元を和らげた。


 買い物を終えて店を出ると、今度はキリカが足を止めた。店先に並んでいたのは、様々な色の髪紐だった。


「姫さまの髪に使えそうですね」


 黒髪には何色が似合うだろう。


 深紅もよい。淡い金色なら、普段とは違った印象になるかもしれない。


「キリカさん」

「はい」

「ご自分の物は見ないのですか?」

「わたしの、ですか?」


 思ってもいなかったことを聞かれた。


「ええ。せっかくですから」

「ですが、特に必要なものはありません」

「必要かどうかで選ばなくてもよいのでは?」


 キリカは髪紐の並ぶ棚へ目を戻した。


「セシルさんは、ご自分の物を買われたのですか?」

「……まだです」

「では、お互い様ですね」

「一本取られました」


 セシルが笑った。


 結局、2人とも髪紐を1本ずつ買うことになった。


 キリカが選んだのは淡い紅色。セシルは深い青色だった。


 店を出た頃には、散策を始めてからそれなりに時間が経っていた。


「少し休みませんか?」


 セシルが指した先には、小さな喫茶店があった。


 窓際の席へ向かい合って座り、温かい紅茶と焼き菓子を頼む。


 キリカは運ばれてきた菓子を見た瞬間、無意識に考えていた。


 姫さまも好きそうだ。


「今、テンカ様のお顔を思い浮かべませんでしたか?」

「……分かりますか?」

「わたしも、エリシア様にお持ち帰りできるか考えていました」


 また同じだった。


 キリカは焼き菓子を1つ口へ運んだ。ほどよい甘さと、香ばしい木の実の味が広がる。


「セシルさんは、エリシア様に長く仕えているのですか?」

「幼い頃からです。正式に専属となったのは後ですが、ずっとお側にはいました」


 セシルは紅茶の器を置いた。


「キリカさんも、テンカ様とは長いのでしょう?」

「はい。姫さまが幼い頃からお仕えしています」

「護衛もされるとか」

「まだまだ未熟です。姫さまの方が、ずっとお強くなられましたから」


 それは嬉しくもあり、時々困ることでもあった。


「強い方ほど、止めるのが大変ではありませんか?」

「……分かりますか?」

「とても」


 セシルの返事には迷いがなかった。


「エリシア様は、興味を持たれるとすぐに確かめたがります。危険だからお止めすると、『確認するだけですわ』と」

「姫さまは『案ずるな』と仰います」

「その後は?」

「大抵、案じることになります」

「同じですね」


 2人はしばらく顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。


 こんなふうに姫さまのことを話したのは、初めてだった。


 ハヅキ家には同じ仕事をする者もいる。それでも、テンカだけに仕えるキリカの立場を、そのまま分かち合える相手はいなかった。


 学園へ来てからは、その感覚がさらに強くなっている。


「少し、不思議なんです」


 気づけば、キリカは口にしていた。


「何がですか?」

「学園へ来てから、姫さまのお側にいない時間が増えました」


 授業には入れない。試験にも手を出せない。学生同士のことへ、自分の判断だけで割って入ることもできない。


「最初は落ち着きませんでした。今でも、心配ではあります」

「それでも、ここへ来てよかったと思っているのですね」


 キリカはセシルを見た。


「顔に出ていましたか?」

「少しだけ」


 セシルは穏やかに笑っていた。


 キリカは紅茶へ視線を落とした。


「姫さまには、姫さまの世界がありますから」


 エリシアがいる。ミナがいる。フィアナがいる。


 自分の知らない授業を受け、自分のいない場所で友人たちと話し、自分で考えて選んでいる。


「わたしがずっと手を引いていては、いけないのでしょうね」

「分かります」


 セシルは静かに頷いた。


「わたしも、エリシア様が誰かと出かけるたびに、少し寂しく思うことがあります」

「セシルさんも?」

「もちろんです。専属メイドですから」


 さらりと言ってから、セシルは焼き菓子を一口食べた。


「ですが、戻ってきたエリシア様が楽しそうにお話しになるので、それなら悪くないと思えるんです」

「……そうですね」


 キリカにも覚えがあった。


 テンカは出かけた先で見たものを話してくれる。


 珍しい店があった。ミナが変わったものに夢中になっていた。エリーとこんな話をした。


 その時の姫さまは、いつも楽しそうだった。


「キリカさん」

「はい」

「今日は、誘ってよかったです」

「わたしもです」

「では、またご一緒していただけますか?」

「もちろんです」

「次は、今日とは違う通りも見てみましょう」

「はい。わたしも行ってみたい場所を探しておきます」


 店を出る前に、2人は焼き菓子を包んでもらった。


 キリカの分はテンカへ。セシルの分はエリシアへ。


「結局、最後まで主人のことを考えてしまいましたね」

「仕方ありません。喜ぶ顔が見たいですから」


 セシルの言葉に、キリカは頷いた。


 学園都市の通りへ戻り、2人は寮区へ向かって並んで歩き出した。


 行きと同じ道なのに、帰り道は少しだけ短く感じられた。

学園編入ってから、影が薄くなったキリカを…たまにでいいから思い出してください……


評価やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになりますのでよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。