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ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部第3章 万象接脈《オムニア・グラフト》
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エピローグ 動き出す者たち

 ハヅキ辺境伯家の執務室。


 コトネの前には、学園都市から届いた2通の書状が並べられていた。


 1通は学園長アルディオン=グランディスから。もう1通は、レイナが学園で知り得た状況をまとめたものだった。


 机を囲むのは、コトネとアルバート。そして滅魔旅団団長のクレハと、副長のトウマである。


「学園長からの書状と、レイナの報告に大きな食い違いはありません」


 トウマが手元の書状を確認する。


「フィアナ=オルフィス嬢に届けられていた薬が、火と水の魔力へ反応して黒紫色に変質した。その際に生じた分析物は何者かに奪われ、こちらへ向かった使者も襲撃されています」

「薬そのものの成分は?」

「学園で行われた通常の分析では、異常は見つからなかったそうです。ただし、魔力を与えた後の変化について、学園長は過去に見た《澱み》に汚染された魔物との類似を疑っています」


 コトネは書状へ視線を落とした。


 《澱み》。


 その言葉を、ハヅキ家が軽く扱うことはできない。


「フィアナという子の父親は、オルフィス子爵だったね」


 アルバートが口を開いた。


「ええ」


 コトネは頷いた。


「学園長も、現時点では薬と《澱み》の関係を断定していません。ですが、分析物を奪うために学園へ侵入した者がいる以上、偶然で片づけるわけにはいかないでしょう」

「使者まで襲っていますからね」


 クレハの穏やかな表情から、いつもの柔らかさが消えていた。


「学園側だけに任せるには、少々きな臭すぎます」

「同感です」


 トウマが銀縁の眼鏡を押し上げる。


「《澱み》が関わる可能性を考えるなら、こちらから調査に適した人員を送るべきでしょう」


 クレハがすぐに名前を挙げた。


「マリエラさんですね」

「はい。元は魔導協会の研究者です。魔物の変異や瘴気の調査にも慣れています。学園側の研究者とは違った視点から薬を調べられるかと」


 コトネも同じ人物を考えていた。


 マリエラ=ヴェルナー。


 未知の現象を前にすると少々前のめりになるところはあるが、今回必要なのは、まさに未知を調べる者だった。


「問題は護衛だね」


 アルバートが書状の一節を指で示した。


「学園の分析室へ侵入できる相手だ。マリエラを1人で向かわせるわけにはいかない」

「道中には護衛を付けましょう」


 コトネは続けた。


「学園都市へ到着した後は、第二討伐隊にそのまま現地へ残ってもらいます。ローディスには、マリエラの護衛と周辺の警戒を任せましょう」

「承知しました、コトネ様」


 クレハが頷く。


「トウマ。マリエラへ事情を伝え、出立の準備を。学園長にも、こちらから調査員を派遣すると返書を送ってください」

「直ちに」


 トウマが書状をまとめて立ち上がった。


 クレハも席を立つ。


 コトネは机上に残されたレイナの書状へ、もう一度目を落とした。


 学園へ送り出した2人の娘。そのすぐ近くで、何かが起きている。

 ならば、こちらも動くまでだった。


 ◇  ◇  ◇


 学園長室の机には、新たな記録が置かれていた。


 フィアナから聞き取った《万象接脈(オムニア・グラフト)》についてまとめたものだった。


 他者の属性を持つ魔脈を身体へ接ぎ、後天的に扱える属性を増やしていく研究。その先に、あらゆる属性へ至ることを目指しているという。


 そして、その研究にオルフィス子爵家が関わっている。


 アルディオンは記録の最後まで目を通すと、机の脇に置いていた便箋を引き寄せた。


 もはや、学園の中だけで調べてよい問題ではなかった。

 貴族家が関与する人体への処置。《澱み》との関連が疑われる薬。学園への侵入と分析物の強奪。


 アルディオンは2通の書状を書き終えると、それぞれを封筒へ収めて封をした。


 ちょうどその時、扉が叩かれた。


「どうぞ」


 入ってきたのは、先日の襲撃で負傷し、職務へ復帰した補佐だった。


「お呼びでしょうか」

「ええ。こちらをお願いします」


 アルディオンは2通の書状を差し出した。


「1通は宰相へ。もう1通は皇帝陛下へ届けてください」

「承知しました」


 補佐が書状を受け取る。


「オルフィス子爵家の名が出た以上、こちらだけで動くわけにはいきません。宰相とも陛下とも古い付き合いですし、早いうちにお二人へお伝えしておいた方がよいでしょう」

「手配いたします」


 補佐は一礼したものの、すぐには部屋を出なかった。


「学園長?」

「……はい?」

「先ほどから、何か気にされているようですが」


 アルディオンは机の上へ視線を戻した。


 指先が、フィアナから聞き取った記録の一節をなぞった。


「魔脈を接ぐ研究……」


 その言葉には、引っかかるものがあった。


「以前、どこかで聞いた覚えがあるのですが、どうにも思い出せません」

「いつ頃でしょうか」

「それすら出てこないのですよ」


 アルディオンは困ったように眉を下げた。


「私も、もう歳ですね」

「ご冗談を」


 アルディオンは苦笑し、もう一度机の上の記録へ目を落とした。


 「魔脈を接ぐ研究」という言葉だけは、妙に頭から離れなかった。

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