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ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部第3章 万象接脈《オムニア・グラフト》
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夜色の薬

 授業を終えて皇国学園寮区へ戻ると、フィアナの部屋に郵便室からの受取札が届いていた。差出人はオルフィス子爵家だった。


 フィアナは筆記帳を机へ置き、そのまま中央棟の郵便室へ向かった。


 窓口で受け取ったのは、両手に収まるほどの細長い木箱だった。蓋にはオルフィス家の紋章が焼き印で刻まれ、荷札には見慣れた文字で「定期薬」と記されている。


 これまでにも、同じ形の箱が何度か届いていた。受取簿へ署名し、木箱を抱えて東棟の自室へ戻った。


 扉を閉め、机の上へ箱を置く。留め具を外すと、黒い布の上に小さな薬瓶が並んでいた。瓶の数も、大きさも以前と変わらない。中の薬液だけが、少し濃く見えた。


 これまでの薬は、光へ透かせば赤紫色に近かった。新しく届いたものは、瓶の底へ夜色が沈んでいるような暗い紫色をしている。


 箱の内側には、2つ折りの便箋が収められていた。


 封を開き、書かれた文字を目で追う。


『前回の報告は確認した』

『右手の症状を踏まえ、定期薬の調整を行った。服用方法は従来と同じとする』

『効果と術使用後の状態を、次回の報告に記載せよ』

『テンカ=ハヅキの五行についても、引き続き観察すること』


 迷宮の終点へ到達したことにも、自分から休息を申告したことにも触れられていない。短い文面には、父が必要としている事柄だけが並んでいた。


 火と水を扱った結果と、テンカの五行に関する記録。それ以外は報告に必要な事実であっても、成果とは見なされないのだろう。それでも、右手の症状に合わせて薬が調整された。前回の報告は、少なくとも読まれている。


 フィアナは右手を持ち上げた。白い手袋の下で、人差し指と中指をゆっくり曲げる。


 迷宮から戻った後、強張りは消えていた。医務室からは、当面は火属性を使わず、水属性も必要な場面に限るよう指示されている。次の確認で同じ症状が出れば、迷宮探索への参加も見送られるかもしれない。


 それは学園の判断として当然のことだと、フィアナにも分かっていた。


 けれど、テンカたちは次の探索でも自分を数に入れてくれていた。魔術を使えなくても役割はあると、そう言ってくれた。


 すべてを自分の手で片づける必要はない。


 テンカの言葉を疑ってはいない。同時に、できることが多い方がよいとも思う。


 水の流れを探り、火で暗がりを照らし、後方から仲間を支える。自分の持つ力を問題なく使えるなら、その方が5人で進める道は増える。


 薬瓶を1つ取り出したものの、夕刻の服用時刻まではまだ少し早い。机に筆記帳を広げて授業の復習を進め、定められた時刻になると瓶の栓を外した。


 薬液から、かすかな金属の匂いが立つ。以前の薬にも似た匂いはあったため、濃く調整された分だけ強く感じるのかもしれない。


 フィアナは瓶を口元へ運び、薬を飲み下した。


 苦みが舌に残り、胸の奥へ冷たいものが落ちていく。


「……っ」


 右腕の内側が熱を持った。


 手首から肘へ、肘から肩へ。細い筋をなぞるような熱が走り、右腕へ接がれた魔脈を内側から押し広げていく。


 左手で右腕を押さえ、椅子へ腰を下ろした。これまでの薬でも服用直後に接脈部が熱を持つことはあったが、今回はそれより強い。


 呼吸を整えながら、右手の指を開く。


 一度。

 もう一度。


 指は引っかからずに動いた。


 熱はほどなく薄れ、代わりに右腕が軽くなる。皮膚の下へ張りついていた硬い糸が、緩んでいくような感覚だった。


 机の端に置いた筆記具へ手を伸ばし、指先でつまみ上げる。握る力を緩めても落ちることはなく、力を戻す動きにも引っかかりはない。


 試しに便箋の余白へ今日の日付を書く。筆記具の先は滑らかに動き、最後まで指が止まることはなかった。


 薬の色が濃く、服用直後の熱も強かったのは、接がれた魔脈へ薬を行き渡らせるために調整されたからだろう。実際、今は以前より滑らかに指が動き、痛みも強張りもない。


 これなら、次の授業で水術を使えるかもしれない。教師と医務室の許可が下りれば、火属性についても状態を確認できる。


 必要な時には休息を申し出る。その考えを変えるつもりはなかった。それでも、最初から役割を減らさずに済むなら、その方がよい。


 残る薬瓶を箱へ戻し、便箋とともに机の引き出しへ収める。右手を胸元まで持ち上げてゆっくりと握ると、指は思いどおりに動いた。


 その夜、痛みも強張りも戻らなかった。


 フィアナはそれを、新しい定期薬が自分に合っている証だと受け取った。

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