幕間 ふたりで選ぶもの
授業のない午後、テンカはエリシアと2人で学園都市の商業区を歩いていた。
大通りの両側には、学生向けの衣料品店や書店、魔導具を扱う工房が並んでいる。店先には色鮮やかな布地や鞄が飾られ、通りを行き交う学生たちの声に、呼び込みの声が重なっていた。
「それで、今日は何を買うのじゃ?」
テンカが尋ねても、エリシアは足を止めなかった。
「着いてからのお楽しみですわ」
「そなたが誘ったのであろう。目的くらい教えてもよかろうに」
「先に教えたら、テンカは必要ないと言って断りますもの」
「必要のない物ならば、買わずともよいではないか」
「もう、その返事が答えになっていますわ」
エリシアは涼やかに言い切り、通りの一角にある店へ入っていった。
看板には、糸巻きと小さな宝石を組み合わせた意匠が描かれている。
店内へ足を踏み入れると、壁際の棚に髪留めやリボン、腕飾りが並んでいた。貴族向けの宝飾品ほど華美ではなく、学生でも普段使いできる品が中心らしい。
「髪飾りか」
「ええ。テンカは、いつも同じ紐で髪をまとめていますでしょう?」
「使えるものを替える理由はなかろう」
「それは武具の話ですわ」
エリシアは棚から淡い水色のリボンを取り、テンカの黒髪へ近づけた。
「悪くありませんわね」
「わらわには少し可愛らしすぎぬか?」
「まだ13歳なのですから、少しくらい可愛らしいものを選んでもよいでしょう?」
「年齢の問題ではない。わらわには似合わぬと言うておる」
「似合うかどうかは、身につけてから決めればよいのですわ」
にべもなく切り捨てられた。
テンカは水色のリボンを横目で見た。悪くはない。黒髪にもよく映えるだろう。
だからといって、エリシアに言われるまま選ぶのも癪だった。
「エリーも選ぶのであろうな」
「わたくしは、すでに十分持っていますわ」
「ならば、わらわも要らぬ」
「なぜそうなりますの?」
「わらわだけ着飾らせようというのが気に入らぬ。選ぶならば2人分じゃ」
エリシアは水色のリボンを手にしたまま、わずかに目を見開いた。
すぐに口元を緩める。
「それでは、お互いに似合う物を選びましょう」
「自分の物は自分で選べばよいではないか」
「それでは普通の買い物ですわ」
「今しておるのは、普通ではない買い物なのか?」
「テンカと来ている時点で、普通に終わるとは思っていませんもの」
「どういう意味じゃ」
問い返しても、エリシアはすでに別の棚へ向かっていた。
テンカも店内を見回す。
銀白色の髪に似合う色ならば、青や白が無難だろう。普段のエリシアが身につけている物も、その2色が多い。
無難な物を渡しても面白くない。
テンカは細いリボンが並ぶ棚の前で足を止めた。
深い緋色の布地に、細い銀糸で蔦の模様が刺繍されている。派手すぎず、それでいて銀白色の髪へ結べば、はっきりと色が映えるはずだ。
「これじゃな」
リボンを手に取ったところで、エリシアが戻ってきた。
彼女の手には、細い銀の髪留めがある。端に添えられた小さな淡青色の石が、店内の光を受けて澄んだ輝きを返していた。
「決まりましたの?」
「うむ。そなたには、これがよい」
「緋色ですのね」
エリシアは渡されたリボンを指先で持ち上げた。
「わたくしが普段選ぶ色ではありませんわ」
「ゆえに、わらわが選んだのじゃ」
「似合わなければ、どうしますの?」
「わらわの目を疑うのか?」
「まさか」
エリシアは鏡の前へ立ち、銀白色の髪へリボンを重ねた。
緋色が鮮やかに浮かび上がる。北方の雪景色に、一輪だけ花が咲いたようにも見えた。
「やはり似合うではないか」
「そういうことは、ご自分の品を見てから言ってくださいませ」
エリシアが銀の髪留めを差し出した。
「わらわに、青を選んだのか」
「ええ。緋色も白も、テンカは普段から身につけていますもの。わたくしが選ぶなら、少し違う色がよいでしょう?」
「わらわと同じことを考えておったのか」
「それは不本意ですわね」
「なぜじゃ」
テンカは髪留めを受け取り、鏡の前で黒髪の横へ添えてみた。
細い銀の飾りは目立ちすぎず、淡青色の石だけが黒髪の上で小さく光っている。
確かに、自分では選ばない色だった。
「悪くない」
「そこは、似合うと言うところですわ」
「自分で言うものではなかろう」
「では、わたくしが申し上げます。よく似合っていますわ、テンカ」
「……うむ」
正面から言われると、少しだけ居心地が悪い。
テンカは鏡から顔をそらし、店員へ2つの品を差し出した。
「こちらを頼む」
「お待ちくださいませ」
エリシアも同時に手を伸ばす。
「テンカの髪留めは、わたくしが選んだ物ですわ」
「エリーのリボンは、わらわが選んだ物じゃ」
「でしたら、それぞれ相手の分を買うのが自然でしょう?」
「む……」
理屈は通っている。
テンカが言葉を探している間に、エリシアは店員へ代金を渡してしまった。
「そなた、最初からそのつもりであったな」
「何のことでしょう」
澄ました顔をしているが、目元には満足そうな色がある。
テンカも緋色のリボンの代金を支払い、その場でエリシアへ押しつけた。
「すぐにつけよ」
「テンカもですわ」
「わらわだけにつけさせる気ではなかろうな」
「お互い様ですわね」
店の鏡を借り、2人は選んだ品を髪へ飾った。
淡青色の石を留めた黒髪と、緋色のリボンを結んだ銀白色の髪。
並んで鏡へ映ると、普段とは少し違って見える。
「これで満足か?」
「ひとまずは」
「ひとまず?」
「次のお店もありますもの」
「まだ買うつもりか!」
テンカの声に、エリシアは楽しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
その後も何軒かの店を回り、買い物を終えた2人は、大通りから少し外れた場所にあるカフェへ入った。
窓際の席へ案内され、テンカは木苺のタルトを、エリシアは白葡萄を使った冷菓を注文する。卓上へ菓子が運ばれてくる頃には、歩き回った疲れも心地よいものへ変わっていた。
「そなた、本当に冷たい物が好きじゃな」
「北方育ちですもの」
「北方の者が皆、冷菓を好むわけではあるまい」
「では、わたくしが好きということにしておきますわ」
「最初からそう言えばよかろう」
テンカはタルトへフォークを入れた。
木苺の酸味と、甘いクリームが口の中で混ざる。朝から鍛錬していた身体には、少し濃いくらいの甘さがちょうどよかった。
向かいでは、エリシアが白葡萄の冷菓を一口ずつ静かに食べている。銀白色の髪には、先ほど選んだ緋色のリボンが揺れていた。
「気になりますの?」
視線に気づいたエリシアが尋ねる。
「似合うと思っただけじゃ」
「それは先ほども聞きましたわ」
「似合うものは、何度見ても似合う」
「まあ」
エリシアの目元が、わずかに和らいだ。
「テンカも、その髪留めを気に入ったようで安心しましたわ」
「気に入っておらぬとは言うておらぬ」
「悪くない、としか聞いていませんけれど」
「わらわの悪くないは、かなりよいという意味じゃ」
「初めて知りましたわ。今後は書き留めておきます」
「報告書にでもするつもりか」
エリシアが笑う。
その笑顔を見ながら、テンカはふと思った。
最近は、ミナやフィアナ、レオンと行動することが増えた。教室でも、共同実習でも、迷宮でも、誰かしらが隣にいる。
それは楽しい。
知らなかったものを知り、違う考えを持つ者と力を合わせるために、テンカは学園へ来た。望んだとおりの日々を過ごしている。
エリシアと2人だけで街を歩いたのは、いつ以来だっただろう。
「どうしましたの?」
エリシアがスプーンを置いた。
「いや。今日は珍しく、2人きりじゃと思ってな」
「ようやく気づきましたの?」
「最初から気づいておったわ」
「でしたら、もう少し早く触れてくださってもよいでしょう」
エリシアは拗ねた様子も見せず、冷菓へ視線を落とした。
「学園へ来てから、友人が増えましたわね」
「うむ。エリーも楽しそうではないか」
「ええ。ミナがエリー様と呼んだ時など、たいへん嬉しゅうございました」
「やはり嬉しかったのではないか」
「否定はしていませんわ」
エリシアは涼しい顔で答えた。
「フィアナも、少しずつ自分の言葉を口にするようになりました。レオンも、最初の頃より周囲を見るようになっていますわ」
「皆、変わり始めておる」
「テンカもですわ」
「わらわもか?」
「以前より、人を待つようになりましたもの」
テンカはフォークを止めた。
「前のわらわは、待っておらなんだか」
「必要ならば待っていましたわ。ただ、以前はご自分で道を切り開き、皆が追いつくのを待っていたのでしょう」
エリシアは淡い青の瞳をテンカへ向けた。
「今は、一緒に進むために立ち止まれるようになりました」
「……そなたは、時折よく見ておるのう」
「友人ですもの」
さらりと答えられ、テンカは小さく笑った。
「ならば、わらわからも一つ言うておこう」
「何ですの?」
「友が増えたからといって、そなたと過ごす時間が要らなくなったわけではないぞ」
エリシアの目が、わずかに見開かれた。
「今日はそなたが誘った。次は、わらわが誘えばよい」
「また買い物ですの?」
「それでもよい。食べ歩きでも、鍛錬でも構わぬ」
「鍛錬は買い物と同列ではありませんわ」
「どちらも楽しいではないか」
「テンカにとっては、でしょう?」
呆れた声だったが、エリシアの口元には笑みが戻っていた。
「では、次はテンカに選んでいただきますわ」
「何をじゃ?」
「行き先です。今日の品物と同じように、わたくしが普段は選ばない場所をお願いします」
「承知した。任せておけ」
「少し不安ですわね」
「任せよと言うておる」
窓の外では、午後の日差しが大通りを明るく照らしている。
カフェを出た2人は、寮区へ続く道を並んで歩いた。
エリシアの銀白色の髪には、テンカが選んだ緋色のリボン。テンカの黒髪には、エリシアが選んだ淡青色の髪留めがある。
互いに選んだ色を髪へ留めたまま、2人の足音は同じ速さで続いていた。
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