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ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部第2章 幕間
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幕間 ふたりで選ぶもの

 授業のない午後、テンカはエリシアと2人で学園都市の商業区を歩いていた。


 大通りの両側には、学生向けの衣料品店や書店、魔導具を扱う工房が並んでいる。店先には色鮮やかな布地や鞄が飾られ、通りを行き交う学生たちの声に、呼び込みの声が重なっていた。


「それで、今日は何を買うのじゃ?」


 テンカが尋ねても、エリシアは足を止めなかった。


「着いてからのお楽しみですわ」

「そなたが誘ったのであろう。目的くらい教えてもよかろうに」

「先に教えたら、テンカは必要ないと言って断りますもの」

「必要のない物ならば、買わずともよいではないか」

「もう、その返事が答えになっていますわ」


 エリシアは涼やかに言い切り、通りの一角にある店へ入っていった。


 看板には、糸巻きと小さな宝石を組み合わせた意匠が描かれている。


 店内へ足を踏み入れると、壁際の棚に髪留めやリボン、腕飾りが並んでいた。貴族向けの宝飾品ほど華美ではなく、学生でも普段使いできる品が中心らしい。


「髪飾りか」

「ええ。テンカは、いつも同じ紐で髪をまとめていますでしょう?」

「使えるものを替える理由はなかろう」

「それは武具の話ですわ」


 エリシアは棚から淡い水色のリボンを取り、テンカの黒髪へ近づけた。


「悪くありませんわね」

「わらわには少し可愛らしすぎぬか?」

「まだ13歳なのですから、少しくらい可愛らしいものを選んでもよいでしょう?」

「年齢の問題ではない。わらわには似合わぬと言うておる」

「似合うかどうかは、身につけてから決めればよいのですわ」


 にべもなく切り捨てられた。


 テンカは水色のリボンを横目で見た。悪くはない。黒髪にもよく映えるだろう。


 だからといって、エリシアに言われるまま選ぶのも癪だった。


「エリーも選ぶのであろうな」

「わたくしは、すでに十分持っていますわ」

「ならば、わらわも要らぬ」

「なぜそうなりますの?」

「わらわだけ着飾らせようというのが気に入らぬ。選ぶならば2人分じゃ」


 エリシアは水色のリボンを手にしたまま、わずかに目を見開いた。


 すぐに口元を緩める。


「それでは、お互いに似合う物を選びましょう」

「自分の物は自分で選べばよいではないか」

「それでは普通の買い物ですわ」

「今しておるのは、普通ではない買い物なのか?」

「テンカと来ている時点で、普通に終わるとは思っていませんもの」

「どういう意味じゃ」


 問い返しても、エリシアはすでに別の棚へ向かっていた。


 テンカも店内を見回す。


 銀白色の髪に似合う色ならば、青や白が無難だろう。普段のエリシアが身につけている物も、その2色が多い。


 無難な物を渡しても面白くない。


 テンカは細いリボンが並ぶ棚の前で足を止めた。


 深い緋色の布地に、細い銀糸で蔦の模様が刺繍されている。派手すぎず、それでいて銀白色の髪へ結べば、はっきりと色が映えるはずだ。


「これじゃな」


 リボンを手に取ったところで、エリシアが戻ってきた。


 彼女の手には、細い銀の髪留めがある。端に添えられた小さな淡青色の石が、店内の光を受けて澄んだ輝きを返していた。


「決まりましたの?」

「うむ。そなたには、これがよい」

「緋色ですのね」


 エリシアは渡されたリボンを指先で持ち上げた。


「わたくしが普段選ぶ色ではありませんわ」

「ゆえに、わらわが選んだのじゃ」

「似合わなければ、どうしますの?」

「わらわの目を疑うのか?」

「まさか」


 エリシアは鏡の前へ立ち、銀白色の髪へリボンを重ねた。


 緋色が鮮やかに浮かび上がる。北方の雪景色に、一輪だけ花が咲いたようにも見えた。


「やはり似合うではないか」

「そういうことは、ご自分の品を見てから言ってくださいませ」


 エリシアが銀の髪留めを差し出した。


「わらわに、青を選んだのか」

「ええ。緋色も白も、テンカは普段から身につけていますもの。わたくしが選ぶなら、少し違う色がよいでしょう?」

「わらわと同じことを考えておったのか」

「それは不本意ですわね」

「なぜじゃ」


 テンカは髪留めを受け取り、鏡の前で黒髪の横へ添えてみた。


 細い銀の飾りは目立ちすぎず、淡青色の石だけが黒髪の上で小さく光っている。


 確かに、自分では選ばない色だった。


「悪くない」

「そこは、似合うと言うところですわ」

「自分で言うものではなかろう」

「では、わたくしが申し上げます。よく似合っていますわ、テンカ」

「……うむ」


 正面から言われると、少しだけ居心地が悪い。


 テンカは鏡から顔をそらし、店員へ2つの品を差し出した。


「こちらを頼む」

「お待ちくださいませ」


 エリシアも同時に手を伸ばす。


「テンカの髪留めは、わたくしが選んだ物ですわ」

「エリーのリボンは、わらわが選んだ物じゃ」

「でしたら、それぞれ相手の分を買うのが自然でしょう?」

「む……」


 理屈は通っている。


 テンカが言葉を探している間に、エリシアは店員へ代金を渡してしまった。


「そなた、最初からそのつもりであったな」

「何のことでしょう」


 澄ました顔をしているが、目元には満足そうな色がある。


 テンカも緋色のリボンの代金を支払い、その場でエリシアへ押しつけた。


「すぐにつけよ」

「テンカもですわ」

「わらわだけにつけさせる気ではなかろうな」

「お互い様ですわね」


 店の鏡を借り、2人は選んだ品を髪へ飾った。


 淡青色の石を留めた黒髪と、緋色のリボンを結んだ銀白色の髪。


 並んで鏡へ映ると、普段とは少し違って見える。


「これで満足か?」

「ひとまずは」

「ひとまず?」

「次のお店もありますもの」

「まだ買うつもりか!」


 テンカの声に、エリシアは楽しそうに笑った。


 ◇  ◇  ◇


 その後も何軒かの店を回り、買い物を終えた2人は、大通りから少し外れた場所にあるカフェへ入った。


 窓際の席へ案内され、テンカは木苺のタルトを、エリシアは白葡萄を使った冷菓を注文する。卓上へ菓子が運ばれてくる頃には、歩き回った疲れも心地よいものへ変わっていた。


「そなた、本当に冷たい物が好きじゃな」

「北方育ちですもの」

「北方の者が皆、冷菓を好むわけではあるまい」

「では、わたくしが好きということにしておきますわ」

「最初からそう言えばよかろう」


 テンカはタルトへフォークを入れた。


 木苺の酸味と、甘いクリームが口の中で混ざる。朝から鍛錬していた身体には、少し濃いくらいの甘さがちょうどよかった。


 向かいでは、エリシアが白葡萄の冷菓を一口ずつ静かに食べている。銀白色の髪には、先ほど選んだ緋色のリボンが揺れていた。


「気になりますの?」


 視線に気づいたエリシアが尋ねる。


「似合うと思っただけじゃ」

「それは先ほども聞きましたわ」

「似合うものは、何度見ても似合う」

「まあ」


 エリシアの目元が、わずかに和らいだ。


「テンカも、その髪留めを気に入ったようで安心しましたわ」

「気に入っておらぬとは言うておらぬ」

「悪くない、としか聞いていませんけれど」

「わらわの悪くないは、かなりよいという意味じゃ」

「初めて知りましたわ。今後は書き留めておきます」

「報告書にでもするつもりか」


 エリシアが笑う。


 その笑顔を見ながら、テンカはふと思った。


 最近は、ミナやフィアナ、レオンと行動することが増えた。教室でも、共同実習でも、迷宮でも、誰かしらが隣にいる。


 それは楽しい。


 知らなかったものを知り、違う考えを持つ者と力を合わせるために、テンカは学園へ来た。望んだとおりの日々を過ごしている。


 エリシアと2人だけで街を歩いたのは、いつ以来だっただろう。


「どうしましたの?」


 エリシアがスプーンを置いた。


「いや。今日は珍しく、2人きりじゃと思ってな」

「ようやく気づきましたの?」

「最初から気づいておったわ」

「でしたら、もう少し早く触れてくださってもよいでしょう」


 エリシアは拗ねた様子も見せず、冷菓へ視線を落とした。


「学園へ来てから、友人が増えましたわね」

「うむ。エリーも楽しそうではないか」

「ええ。ミナがエリー様と呼んだ時など、たいへん嬉しゅうございました」

「やはり嬉しかったのではないか」

「否定はしていませんわ」


 エリシアは涼しい顔で答えた。


「フィアナも、少しずつ自分の言葉を口にするようになりました。レオンも、最初の頃より周囲を見るようになっていますわ」

「皆、変わり始めておる」

「テンカもですわ」

「わらわもか?」

「以前より、人を待つようになりましたもの」


 テンカはフォークを止めた。


「前のわらわは、待っておらなんだか」

「必要ならば待っていましたわ。ただ、以前はご自分で道を切り開き、皆が追いつくのを待っていたのでしょう」


 エリシアは淡い青の瞳をテンカへ向けた。


「今は、一緒に進むために立ち止まれるようになりました」

「……そなたは、時折よく見ておるのう」

「友人ですもの」


 さらりと答えられ、テンカは小さく笑った。


「ならば、わらわからも一つ言うておこう」

「何ですの?」

「友が増えたからといって、そなたと過ごす時間が要らなくなったわけではないぞ」


 エリシアの目が、わずかに見開かれた。


「今日はそなたが誘った。次は、わらわが誘えばよい」

「また買い物ですの?」

「それでもよい。食べ歩きでも、鍛錬でも構わぬ」

「鍛錬は買い物と同列ではありませんわ」

「どちらも楽しいではないか」

「テンカにとっては、でしょう?」


 呆れた声だったが、エリシアの口元には笑みが戻っていた。


「では、次はテンカに選んでいただきますわ」

「何をじゃ?」

「行き先です。今日の品物と同じように、わたくしが普段は選ばない場所をお願いします」

「承知した。任せておけ」

「少し不安ですわね」

「任せよと言うておる」


 窓の外では、午後の日差しが大通りを明るく照らしている。


 カフェを出た2人は、寮区へ続く道を並んで歩いた。


 エリシアの銀白色の髪には、テンカが選んだ緋色のリボン。テンカの黒髪には、エリシアが選んだ淡青色の髪留めがある。


 互いに選んだ色を髪へ留めたまま、2人の足音は同じ速さで続いていた。

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