表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部第2章 白い手袋と迷宮の灯
126/130

フィアナ

 迷宮探索を終えた5人は、共同実習の時間にアリアの前へ並んでいた。


 教卓には、ミナがまとめた探索報告書が広げられている。経路、遭遇した魔物、使用した術、休憩を取った場所、到達確認灯を作動させた時刻まで、順を追って記されていた。


 アリアは最後の頁まで目を通し、顔を上げた。


「管理側でも、5人分の到達記録を確認しています。まずは、指定訓練区画の終点到達を認めます」


 ミナが小さく息を吐いた。


 隣に立つレオンも、わずかに肩の力を抜いている。


「ただし、確認するべきことは到達結果だけではありません」


 アリアの視線が、フィアナへ向けられた。


「探索中、右手に強張りが出ていますね」

「はい。水術を使用した後、人差し指と中指にわずかな強張りが生じました」

「最初に気づいたのは誰ですか?」

「私です」

「休憩を求めたのは?」

「……私です」


 フィアナの声は小さくならなかった。


「症状を確認した時点で水術の使用を停止しました。砂に覆われた坂を下り、安全を確認できる場所へ移動した後、私から休息を申告しました」

「その後は?」

「強張りが消えるまで待機しました。探索を再開してからは水術を使用せず、魔力感知と後方警戒のみを担当しています」

「再開の判断も、あなたが決めたのですか?」

「私だけではありません。症状が消えたことを報告し、残る4人にも確認していただきました」


 アリアは報告書へ視線を戻した。


「適切な判断です」


 フィアナの灰紫色の瞳が、わずかに揺れる。


「異常を報告する。必要な休憩を求める。役割を変更し、続行できるかを全員で確認する。終点へ到達したことだけでなく、その過程も評価の対象になります」


 アリアは報告書の一箇所を指で示した。


「ただし、ここは書き足してください。休憩後に誰がどの役割を引き継いだのか、記録が不足しています」

「はい。私が修正します」


 ミナが答える。


「休憩中も、左右の通路を2人で警戒できました」


 レオンが続けた。


「俺が加わったことで、誰か1人が休んでも警戒を維持できました」

「オルフィスさんの感知も必要でしたわ」


 エリシアが腕を組む。


「最後の戦闘でも、天井の岩甲虫を見つけたのは彼女ですもの。水術を使わずとも、十分に役割を果たしていますわ」

「私は、経路と到達確認灯の状態を見ていただけです」


 ミナがそう言うと、テンカは頷いた。


「それでよいのじゃ」


 今度はフィアナへ顔を向けた。


「すべてを自分の手で片づける必要はない。そなたが見つけたものを伝え、動ける者が動く。それで5人の仕事になる」

「……はい」


 アリアは5人を順に見渡した。


「今回の探索では、増員の目的も果たせています。共同実習の第6班はこれまでどおり4人ですが、今後も迷宮へ入る際は、必要に応じて同行者を申請してください」


 レオンが姿勢を正した。


「次も同行してよいのでしょうか」

「次の探索申請は、今回の報告書と、オルフィスさんに対する医務室の判断を確認してからです」


 アリアはレオンへ目を向けた。


「少なくとも、あなたが前衛として同行したことに問題はありません」

「分かりました」


 アリアが次の班を呼び、5人は教室後方の卓へ戻った。


 ミナはすぐに筆記帳を開き、休憩中の役割分担を書き加えていく。レオンは隣から記録を確認し、フィアナは書かれた内容を黙って目で追っていた。


「ところで、ひとつ決めておきたいことがある」


 テンカが言うと、ミナの筆記具が止まった。


「報告書の修正でしょうか」

「違う。呼び方じゃ」


 エリシアが楽しそうに目を細める。


「ようやくですのね」

「共に迷宮へ入り、5人で戻ったのじゃ。いつまでも長い家名で呼び合うこともあるまい」


 テンカはミナへ向き直った。


「まず、エリーをフロストレイン様と呼ぶのは長すぎる」

「ですが、侯爵家のご令嬢ですし……」

「わたくしは、ずっと距離を置かれているようで寂しかったですわ」


 エリシアが目元へ手を添え、大げさに顔を伏せる。


「そ、そうだったのですか?」

「ええ。これからはエリーと呼んでくださいませ」

「エリシア様では駄目でしょうか」

「エリーですわ」

「エ、エリー……様」

「及第点ですわね」


 エリシアは満足げに頷いた。


 テンカは次にフィアナへ目を向ける。


「わらわも、これからはそなたをフィアナと呼ぶ。そなたも、わらわをテンカと呼べばよい」

「ハヅキ様を、ですか?」

「うむ」

「……テンカ様」

「それでよい」


 エリシアも椅子から身を乗り出した。


「わたくしも家名は不要ですわ」

「では、エリシア様と」

「エリーでも構いませんのよ?」

「それは……もう少し時間をいただけますか」

「仕方ありませんわね」


 フィアナは白い手袋に覆われた両手を膝の上で重ねた。


「私のことも、フィアナと呼んでください」

「では、フィアナ様とお呼びします」


 ミナがすぐに答える。


「わたくしはフィアナですわね」


 最後に、テンカが頷いた。


「うむ。フィアナじゃ」


 自分の名を呼ばれたフィアナは、一拍遅れて顔を上げた。


「はい」


 テンカは腕を組んだまま、満足げに何度も頷いた。


「なぜテンカが一番偉そうなのです?」


 エリシアが呆れたように尋ねる。


「わらわが言い出したからじゃ」

「理屈になっておりませんわ」

「細かいことを気にするでない」


 テンカはレオンへ顔を向けた。


「そなたも同じ5人なのじゃからな」

「俺もですか?」

「当然じゃ。わらわはすでにレオンと呼んでおる」

「では、俺もエリシア様、ミナさん、フィアナさんと呼ばせていただきます。テンカ様は、これまでどおりで」

「はい。私はレオン様とお呼びします」

「私は、レオンさんと」

「わたくしもレオンですわね」


 教室の隅で交わされる呼び声が、先ほどまでより少しだけ短くなった。


 ◇  ◇  ◇


 寮の自室へ戻ったフィアナは、机の上へ新しい便箋を広げた。


 オルフィス子爵家へ送る、迷宮再探索についての定期報告だった。


 フィアナは筆記具を取り、最初の行から順に事実を書いていく。


『再探索には、迷宮利用の申請を行った5名で参加しました』


『医務室の指示により、火属性は使用していません。水属性は2度使用し、いずれも意図した現象を発生させました』


『2度目の使用後、右手の人差し指と中指に軽度の強張りを確認しました。属性の切り替えは行っていません』


 フィアナの筆記具が止まった。


 以前なら、その下へ管理不足を詫びる言葉を書いていた。


 今回は書かなかった。


 休息を求めたことで、探索を断念したわけではない。症状を隠さず、必要な時間だけ立ち止まったからこそ、その先へ進めた。


 フィアナは次の行へ筆記具を移した。


『私から休息を申告し、症状が消失するまで待機しました。探索再開後は水術を使用せず、魔力感知と後方警戒を担当しました』


『テンカ=ハヅキは今回の探索で五行を発動していません。異なる行への移行および連続使用後の状態について、新たな観察結果はありません』


『前衛2名、魔術支援、経路確認、後方警戒の役割を分担し、指定訓練区画の終点へ到達しました』


 最後に、到達確認灯の作動と、管理側へ記録が送られたことを書き加える。


 父が目を留めるのは、終点へ到達したという一文かもしれない。


 フィアナは、


『私から休息を申告しました』


 と記した行を消さずに、便箋を折り畳んだ。

評価やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになりますのでよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ