白い手袋と迷宮の灯
曲がり角を抜けると、青い光の正体が見えた。
通路の先は、天井の高い円形の空間へつながっている。中央には石造りの台座があり、その上に据えられた青い魔石が、弱い光を明滅させていた。
「あれは、到達確認灯です」
ミナが声を抑えながら言った。
「指定訓練区画の終点に設置されています。台座の認証盤へ全員の札を触れさせれば、管理側へ到達記録が送られます」
「ようやく終点か」
「まだです」
フィアナの声に、テンカは足を止めた。
青い光の届かない場所へ目を凝らす。
「空間の中に魔力反応が5つあります。床に4つ、天井に1つです」
「動いておりますの?」
「今は止まっています。ただ、こちらには気づいていると思います」
淡い青明かりの下で、岩のように見えていたものが動いた。
灰褐色の甲殻が持ち上がり、その下から節のある脚が現れる。到達確認灯を囲むように、4体の岩甲虫が石床へ張りついていた。
天井にいる1体は、まだ姿が見えない。
「確認灯へ近づくには、あれを退けねばならぬな」
「広い魔術は避けた方がよいです」
ミナが台座へ目を向ける。
「魔石だけでなく、石床の下にも認証用の導線があるはずです。壊すと到達記録を送れなくなるかもしれません」
「ならば、灯を傷つけずに片づける」
テンカは《継火》を抜いた。
「エリー、確認灯の左へ氷壁を出せ。床の4体を分けるぞ」
「承知しましたわ」
「レオンは右の2体を抑えよ。ミナの前を空けるでない」
「はい」
「ミナはここで待て。確認灯へ向かうのは、周囲を片づけてからじゃ」
「分かりました」
「オルフィスは反応を見ておれ。水術は使うな」
「承知しています」
テンカが一歩踏み出すと、岩甲虫の脚が一斉に石床を掻いた。
「アイスウォール!」
エリシアが右手を振る。
到達確認灯の左脇から氷壁がせり上がり、4体の岩甲虫を左右に分断した。左側の2体がテンカへ向きを変え、甲殻へ脚を畳み込む。
丸まった身体が、石床を削りながら転がってきた。
テンカは正面から受けず、右へ身をかわす。
岩甲虫が脇を通り過ぎる瞬間、甲殻の下から柔らかな腹部が覗いた。《継火》を斜めに振り下ろし、脚の付け根から胴を斬り裂く。
甲殻が床を打ち、岩甲虫の身体が横転した。
残る1体は転がらず、壁を這ってテンカの頭上へ回ろうとする。
「テンカ、上ですわ!」
エリシアの声と同時に、岩甲虫が壁を蹴った。
テンカは半歩下がり、落下してきた甲殻へ刀の峰を当てる。勢いを横へ流された岩甲虫が、腹を上にして石床へ転がった。
起き上がる前に踏み込み、露出した腹部へ《継火》を突き立てる。
右側では、レオンが転がってきた1体へ剣を斜めに構えていた。
正面から止めようとはせず、甲殻へ刃を沿わせて軌道を外す。岩甲虫の身体が右へ逸れ、壁へぶつかった。
レオンはすぐに追い、甲殻の隙間へ剣先を差し込む。
もう1体が、その背後を抜けた。
岩甲虫の進む先には、ミナがいる。
フィアナの右手が胸元まで上がり、白い手袋に覆われた指が開きかけたところで止まった。
「グランツさん、右後方です!」
フィアナの声とほぼ同時に、レオンが振り返った。
先ほどの戦闘とは違い、目の前の1体だけを追ってはいない。
ミナへ向かう岩甲虫の前へ踏み込み、甲殻の下へ剣を滑り込ませる。腕と腰を使って刃を跳ね上げると、岩甲虫の身体が半回転した。
「腹部の継ぎ目です!」
フィアナの声が続く。
レオンは露出した腹部へ剣を突き下ろした。
岩甲虫の脚が石床を掻き、やがて動かなくなる。
「ミナさん、怪我は?」
「ありません。ありがとうございます」
「まだ終わっていません!」
フィアナが天井を見上げた。
「上の1体が動きます!」
青い光の外から、灰褐色の塊が落下した。
狙いは到達確認灯だった。
岩甲虫の甲殻が台座へぶつかれば、内部の導線まで壊れるかもしれない。
「フロストバインド!」
エリシアの氷が、落下する岩甲虫の脚へ絡みついた。
身体を完全には止められない。それでも落下の向きが変わり、岩甲虫は台座の手前へ背中から落ちた。
石床が鈍く鳴る。
「レオン、右を押さえよ!」
「はい!」
先ほど壁へ逸らした岩甲虫が、再び脚を動かしていた。
レオンがその進路へ入り、ミナと確認灯を背にして剣を構える。
テンカは落下した岩甲虫へ走った。
甲殻の端が持ち上がり、脚が石床を捉えようとする。起き上がる前に刀の切っ先を腹部の継ぎ目へ差し込み、そのまま横へ斬り払った。
黒い体液が石床へ散る。
振り返ると、レオンが最後の1体を壁際へ追い込んでいた。
「左へ追え!」
テンカの声に、レオンが剣の角度を変える。
岩甲虫は刃を避けて左へ向きを変えた。その先には、エリシアが残した氷壁がある。
甲殻が氷へぶつかり、動きが止まった。
テンカは横から踏み込み、甲殻と腹部の境目へ《継火》を走らせる。
岩甲虫の身体が氷壁の前へ崩れ落ちた。
空間に残ったのは、到達確認灯の低い駆動音だけだった。
「オルフィス、ほかに反応は?」
「ありません。先ほどの5体だけです」
「手の状態は?」
「痛み、痺れ、強張りはありません。水術も使用していません」
「うむ」
フィアナの右手は、すでに身体の前へ戻っていた。
テンカはそれ以上触れず、《継火》についた体液を払う。
岩甲虫の身体が石床へ吸収され始めると、ミナが残された魔石を拾い集めた。
「5つ、回収しました。到達確認灯にも、大きな傷はありません」
「動かせそうか?」
「確認します」
ミナは台座へ近づき、青い魔石の下へ埋め込まれた認証盤を覗き込んだ。
細い導線が盤面から床へ伸び、空間の外へ続いている。魔石の光は弱いものの、途切れてはいなかった。
「使えます。認証札を1枚ずつ触れさせてください」
ミナが自分の札を盤面へ重ねる。
小さな青い光が札の表面を走り、到達確認灯の中へ吸い込まれた。
続いてレオン、エリシア、フィアナが認証を行い、最後にテンカが札を触れさせると、台座の内部から低い音が響いた。
弱く明滅していた魔石へ、5本の青い光が下から流れ込む。
光は魔石の中心で一つに重なり、円形の空間を青く照らし出した。
「到達記録が送られました」
ミナが認証盤を確かめ、筆記帳を開く。
「指定訓練区画の終点、到達です」
「帰還までの時間は?」
「余裕があります。ただ、ここで長く留まる必要はありません」
「うむ。魔石を収め、帰る支度をせよ」
レオンは剣の刃を確認し、エリシアは氷壁を解除する。
フィアナは一度だけ右手を開閉してから、通路の奥と背後へ視線を巡らせた。
「周囲に魔力反応はありません」
「ならば、5人で戻るぞ」
誰か1人でも欠けていれば、この光を同じようには見られなかっただろう。
青く灯った魔石が、石床へ5つの影を長く伸ばしていた。
評価やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになりますのでよろしくお願いいたします!




