表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部第2章 白い手袋と迷宮の灯
116/127

全部、自分で②

「申し訳ありません。次は足場も確認してから指示します」


 フィアナが水の帯を維持したまま言った。


「次の話ではない。今の話じゃ」

「容器は割れていません。魔石への供給も維持しています。続行できます」

「そなたが何をしておるのか、わらわたちには見えておらぬ」


 テンカは箱を支えたまま、フィアナを見た。


「柱を止め、魔力を流し、進む時機まで決める。そなた1人がすべて分かっていても、残る3人は声を待つことしかできぬ。それでは、4人では動けまい」


 フィアナの灰紫色の瞳が、わずかに揺れた。


「私が正確に指示すれば、問題はありません」

「先ほど、正確ではありませんでしたわ」


 エリシアが箱を持ち直す。


「わたくしが足を取られたのは、わたくし自身の不注意でもあります。ですが、あなたがすべてを抱えず、ミナに足場を見てもらっていれば、避けられた可能性はありますわ」

「……申し訳ありません」

「謝罪を求めているのではありませんの」


 エリシアの声は冷静だった。


「次も自分だけで何とかするつもりなら、同じことが起きると言っていますわ」


 フィアナは答えなかった。


 水の帯が解け、柱が元の速さへ戻っていく。


「あの」


 ミナが遠慮がちに口を開いた。


「この柱は、止めなくても通れると思います」


 3人の視線が集まる。


 ミナは通路の床を指した。


 石板の端に細い術式が刻まれている。光は弱いが、柱が左右へ振れるたび、順番に明滅していた。


「床の光と、柱の動きが同じ周期になっています。光が奥へ3つ進んだ時に歩き始めれば、止まらずに通り抜けられるはずです」

「分かるのか?」

「はい。先ほどから同じ順番で動いています」


 ミナは筆記帳へ記した時間を見せた。


 柱が通路の中央を横切った時刻と、床の術式が明滅した間隔が並べて書かれている。


「水術で遅くすると周期がずれるので、記録どおりには進めません。でも、元の速さなら合わせられます」


 テンカはフィアナへ顔を向けた。


「どうじゃ」

「理屈は通っています」

「ならば、ミナに任せよう」


 フィアナの唇が、わずかに引き結ばれた。


「箱の魔石は、私が維持します」

「それでよい。今は、それだけを頼む」


 テンカはエリシアと箱の高さを合わせ直した。


「ミナ、合図を頼む」

「はい」


 柱が揺れる。


 床の術式が、手前から奥へ光っていく。


「まだです」


 1つ。

 2つ。


「次の光で進んでください」


 3つ目が灯る。


「今です!」


 テンカとエリシアが同時に踏み出した。


 柱が目の前を通り過ぎる。


 その背後へ入り、歩調を崩さず進む。次の柱が戻ってくる前に通り抜け、奥の空間へ滑り込んだ。


 フィアナも魔石への供給を保ちながら後に続く。


「止まらず、そのままです!」


 最後の柱が背後を横切った時、4人は区画の先へ抜けていた。


 箱は揺れていない。


 中の硝子容器も、静かなままだった。


「できました……!」


 ミナの声が明るくなる。


「うむ。見事じゃ」

「ありがとうございます」


 ミナは嬉しそうに答え、すぐに筆記帳へ通過時刻を書き込んだ。


 フィアナは床の術式とミナの記録を見比べている。


「水術を使わない方が、通過に必要な時間も短いのですね」

「はい。たぶん、この障害は術で止めるより、動きを観察することが目的なのだと思います」

「そうですか」


 フィアナは短く答えた。


 否定はしなかった。


 その先には、細い足場と金属製の扉が待っていた。


 扉の中央には赤い魔石が埋め込まれ、左右の留め具へ細い術式が伸びている。


「熱を加えることで、留め具が外れる仕組みだと思います」


 ミナが扉を調べながら言った。


「私が開けます」


 フィアナが左手を上げかける。


 右手は、まだ箱の魔石へ添えられている。


「エリー」


 テンカが呼ぶ。


「分かっていますわ」


 エリシアは箱の持ち手を握ったまま、魔力を流した。


 金属の枠に刻まれた細い導線を通じて、淡い青の光が蓋の魔石へ届く。フィアナの魔力と重なり、光の強さが一瞬だけ増した。


「オルフィスさん。こちらで維持しますわ」

「ですが、運搬と同時では負担が」

「この程度の制御なら問題ありません」


 エリシアの口元が、ほんの少しだけ上がる。


「あなたの便利な言葉を、お借りしましたわ」


 フィアナはエリシアを見つめた。


 すぐには手を離さない。


「オルフィス」


 テンカが呼ぶ。


「役割は、一度受け持ったら最後まで抱えておくものではなかろう。必要な時に渡し、終われば受け取ればよい」


 蓋の魔石には、エリシアの魔力が安定して流れている。


 光に乱れはない。


「……お願いします」


 フィアナが右手を下ろした。


 箱の魔石から離れ、金属の扉へ向き直る。


 白い手袋に包まれた指先へ、赤い光が集まった。


 炎を放つのではなく、小さな熱を術式へ沿わせていく。赤い魔石が輝き、左右の留め具が乾いた音を立てて外れた。


 扉が開く。


「開きました」

「うむ。次はわらわたちの仕事じゃな」


 テンカとエリシアが箱を運び入れる。


 フィアナは一歩遅れて続き、ミナが残り時間を確かめながら最後尾へ入った。


 終点までの道には、もう大きな障害はなかった。


 ミナが足場を読み、進む位置を伝える。

 テンカが歩幅を決め、エリシアが箱の高さを合わせる。


 フィアナは周囲を確認しながら、必要な時だけ短い言葉を添えた。


 4人の足音が、少しずつ揃っていく。


「第6班、到達しました」


 終点の線を越え、テンカとエリシアが指定された台へ箱を置く。


 アリアが蓋を開き、中の容器を確認した。


 割れたものはない。


 魔石の光も、最後まで消えなかった。


「課題は合格です」


 ミナが安堵の息を漏らす。


 フィアナは姿勢を崩さなかったが、白い手袋に覆われた指から、ゆっくりと力が抜けるのが見えた。


「ただし」


 アリアが4人を見渡した。


「前半のあなた方は、4人の班とは呼べません」


 フィアナが一歩前へ出る。


「私の役割分担に問題がありました」

「あなた1人だけの問題ではありません」


 アリアの言葉に、フィアナが顔を上げた。


「オルフィスさんは、自分に仕事を集めすぎました。残る3人も、その役割を受け入れ、任せきりにしています」


 テンカは腕を組み、黙って聞いた。


 最初に引っかかりを覚えながら、フィアナの案を試すことにしたのは自分だ。実際に危険が生じるまで、役割を変えなかった責任はある。


「役割分担とは、仕事を別々に抱えることではありません。誰が何を見ているのかを共有し、必要に応じて渡し合うことです」


 アリアは、無事に運ばれた箱へ目を向ける。


「後半は、それができていました。今回の経験を、次の実習へ生かしてください」

「はい」


 4人の声が重なった。


 実習を終えて教室へ戻る支度を始めると、フィアナが配布用紙と筆記帳へ再び両手を伸ばした。


 その直前、ミナが筆記帳を抱えた。


「筆記帳は、私が持ちます」

「ですが」

「先ほど、役割は渡してよいと教わりました」


 フィアナは、ミナと筆記帳を交互に見た。


 拒む理由を探しているようにも見えたが、やがて伸ばしていた手を下ろす。


「……お願いします」

「はい」


 ミナが笑顔で頷いた。


 フィアナの腕には、配布用紙だけが残った。


 教室へ戻る4人の足取りは、演習場へ来た時よりも、ほんの少しだけ揃っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ