全部、自分で②
「申し訳ありません。次は足場も確認してから指示します」
フィアナが水の帯を維持したまま言った。
「次の話ではない。今の話じゃ」
「容器は割れていません。魔石への供給も維持しています。続行できます」
「そなたが何をしておるのか、わらわたちには見えておらぬ」
テンカは箱を支えたまま、フィアナを見た。
「柱を止め、魔力を流し、進む時機まで決める。そなた1人がすべて分かっていても、残る3人は声を待つことしかできぬ。それでは、4人では動けまい」
フィアナの灰紫色の瞳が、わずかに揺れた。
「私が正確に指示すれば、問題はありません」
「先ほど、正確ではありませんでしたわ」
エリシアが箱を持ち直す。
「わたくしが足を取られたのは、わたくし自身の不注意でもあります。ですが、あなたがすべてを抱えず、ミナに足場を見てもらっていれば、避けられた可能性はありますわ」
「……申し訳ありません」
「謝罪を求めているのではありませんの」
エリシアの声は冷静だった。
「次も自分だけで何とかするつもりなら、同じことが起きると言っていますわ」
フィアナは答えなかった。
水の帯が解け、柱が元の速さへ戻っていく。
「あの」
ミナが遠慮がちに口を開いた。
「この柱は、止めなくても通れると思います」
3人の視線が集まる。
ミナは通路の床を指した。
石板の端に細い術式が刻まれている。光は弱いが、柱が左右へ振れるたび、順番に明滅していた。
「床の光と、柱の動きが同じ周期になっています。光が奥へ3つ進んだ時に歩き始めれば、止まらずに通り抜けられるはずです」
「分かるのか?」
「はい。先ほどから同じ順番で動いています」
ミナは筆記帳へ記した時間を見せた。
柱が通路の中央を横切った時刻と、床の術式が明滅した間隔が並べて書かれている。
「水術で遅くすると周期がずれるので、記録どおりには進めません。でも、元の速さなら合わせられます」
テンカはフィアナへ顔を向けた。
「どうじゃ」
「理屈は通っています」
「ならば、ミナに任せよう」
フィアナの唇が、わずかに引き結ばれた。
「箱の魔石は、私が維持します」
「それでよい。今は、それだけを頼む」
テンカはエリシアと箱の高さを合わせ直した。
「ミナ、合図を頼む」
「はい」
柱が揺れる。
床の術式が、手前から奥へ光っていく。
「まだです」
1つ。
2つ。
「次の光で進んでください」
3つ目が灯る。
「今です!」
テンカとエリシアが同時に踏み出した。
柱が目の前を通り過ぎる。
その背後へ入り、歩調を崩さず進む。次の柱が戻ってくる前に通り抜け、奥の空間へ滑り込んだ。
フィアナも魔石への供給を保ちながら後に続く。
「止まらず、そのままです!」
最後の柱が背後を横切った時、4人は区画の先へ抜けていた。
箱は揺れていない。
中の硝子容器も、静かなままだった。
「できました……!」
ミナの声が明るくなる。
「うむ。見事じゃ」
「ありがとうございます」
ミナは嬉しそうに答え、すぐに筆記帳へ通過時刻を書き込んだ。
フィアナは床の術式とミナの記録を見比べている。
「水術を使わない方が、通過に必要な時間も短いのですね」
「はい。たぶん、この障害は術で止めるより、動きを観察することが目的なのだと思います」
「そうですか」
フィアナは短く答えた。
否定はしなかった。
その先には、細い足場と金属製の扉が待っていた。
扉の中央には赤い魔石が埋め込まれ、左右の留め具へ細い術式が伸びている。
「熱を加えることで、留め具が外れる仕組みだと思います」
ミナが扉を調べながら言った。
「私が開けます」
フィアナが左手を上げかける。
右手は、まだ箱の魔石へ添えられている。
「エリー」
テンカが呼ぶ。
「分かっていますわ」
エリシアは箱の持ち手を握ったまま、魔力を流した。
金属の枠に刻まれた細い導線を通じて、淡い青の光が蓋の魔石へ届く。フィアナの魔力と重なり、光の強さが一瞬だけ増した。
「オルフィスさん。こちらで維持しますわ」
「ですが、運搬と同時では負担が」
「この程度の制御なら問題ありません」
エリシアの口元が、ほんの少しだけ上がる。
「あなたの便利な言葉を、お借りしましたわ」
フィアナはエリシアを見つめた。
すぐには手を離さない。
「オルフィス」
テンカが呼ぶ。
「役割は、一度受け持ったら最後まで抱えておくものではなかろう。必要な時に渡し、終われば受け取ればよい」
蓋の魔石には、エリシアの魔力が安定して流れている。
光に乱れはない。
「……お願いします」
フィアナが右手を下ろした。
箱の魔石から離れ、金属の扉へ向き直る。
白い手袋に包まれた指先へ、赤い光が集まった。
炎を放つのではなく、小さな熱を術式へ沿わせていく。赤い魔石が輝き、左右の留め具が乾いた音を立てて外れた。
扉が開く。
「開きました」
「うむ。次はわらわたちの仕事じゃな」
テンカとエリシアが箱を運び入れる。
フィアナは一歩遅れて続き、ミナが残り時間を確かめながら最後尾へ入った。
終点までの道には、もう大きな障害はなかった。
ミナが足場を読み、進む位置を伝える。
テンカが歩幅を決め、エリシアが箱の高さを合わせる。
フィアナは周囲を確認しながら、必要な時だけ短い言葉を添えた。
4人の足音が、少しずつ揃っていく。
「第6班、到達しました」
終点の線を越え、テンカとエリシアが指定された台へ箱を置く。
アリアが蓋を開き、中の容器を確認した。
割れたものはない。
魔石の光も、最後まで消えなかった。
「課題は合格です」
ミナが安堵の息を漏らす。
フィアナは姿勢を崩さなかったが、白い手袋に覆われた指から、ゆっくりと力が抜けるのが見えた。
「ただし」
アリアが4人を見渡した。
「前半のあなた方は、4人の班とは呼べません」
フィアナが一歩前へ出る。
「私の役割分担に問題がありました」
「あなた1人だけの問題ではありません」
アリアの言葉に、フィアナが顔を上げた。
「オルフィスさんは、自分に仕事を集めすぎました。残る3人も、その役割を受け入れ、任せきりにしています」
テンカは腕を組み、黙って聞いた。
最初に引っかかりを覚えながら、フィアナの案を試すことにしたのは自分だ。実際に危険が生じるまで、役割を変えなかった責任はある。
「役割分担とは、仕事を別々に抱えることではありません。誰が何を見ているのかを共有し、必要に応じて渡し合うことです」
アリアは、無事に運ばれた箱へ目を向ける。
「後半は、それができていました。今回の経験を、次の実習へ生かしてください」
「はい」
4人の声が重なった。
実習を終えて教室へ戻る支度を始めると、フィアナが配布用紙と筆記帳へ再び両手を伸ばした。
その直前、ミナが筆記帳を抱えた。
「筆記帳は、私が持ちます」
「ですが」
「先ほど、役割は渡してよいと教わりました」
フィアナは、ミナと筆記帳を交互に見た。
拒む理由を探しているようにも見えたが、やがて伸ばしていた手を下ろす。
「……お願いします」
「はい」
ミナが笑顔で頷いた。
フィアナの腕には、配布用紙だけが残った。
教室へ戻る4人の足取りは、演習場へ来た時よりも、ほんの少しだけ揃っていた。




