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ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部第2章 白い手袋と迷宮の灯
115/127

全部、自分で①

 フィアナは筆記帳に記した役割を、改めて3人へ示した。


「ハヅキ様とフロストレイン様には、箱の運搬をお願いします。アーレンさんは経路の確認と時間の記録。私は魔力の維持と、障害への対処を担当します」

「そなたの仕事だけ、二つあるではないか」


 テンカが指摘しても、フィアナの表情は変わらなかった。


「火と水の2属性を扱える私が、障害へ対応するのが最も効率的です。箱の魔石へ一定量の魔力を流しながらでも、基礎術式であれば問題ありません」

「『問題ない』という言葉は便利じゃな」

「事実を申し上げただけです」


 白い手袋に覆われた指が、筆記帳の上で止まる。


「制限時間は15分です。役割を細かく分け直すより、各自の得意分野へ集中するべきだと考えます」


 理屈は通っている。


 箱の左右にある持ち手は、テンカとエリシアが担う。障害の仕組みを見るなら、魔導工学に詳しいミナが適任だろう。


 フィアナの仕事だけが多いことを除けば、無理のある分担ではない。


「エリー、どう思う」

「実際に試してみなければ、分かりませんわね」


 エリシアが木箱の片側へ回り、持ち手へ指をかけた。


「オルフィスさんが本当に2つの役割を果たせるのであれば、問題はありませんわ」

「わたくしめが見事に務めてみせます、とは言わぬのじゃな」

「そこまで華やかな言葉遣いをする性格には見えませんもの」


 フィアナは2人のやり取りを静かに聞いていたが、反論はしなかった。


 ミナも筆記帳を覗き込み、障害区画へ目を向ける。


「経路の確認は、任せてください。ただ、魔導式の障害は近くで見ないと仕組みが分からないと思います」

「必要な時は、情報を伝えてください」


 フィアナが答える。


 相談というより、すでに決めた手順を確認しているような口調だった。


「よかろう」


 テンカは木箱の反対側へ立った。


「まずは、そなたの考えた役割で進んでみる。合わぬと思えば、その場で変えるぞ」

「承知しました」


 アリアの合図を待ち、4人は開始線へ並んだ。


 テンカが箱の右側、エリシアが左側の持ち手を握る。


 箱の金属枠には、左右の持ち手から蓋の魔石へ続く細い導線が刻まれていた。持ち手を握った者でも、魔力を送れる構造らしい。


 2人が箱を持ち上げると、見た目以上の重さが腕へかかった。


 中身を守るために厚い木材が使われ、外側には金属の枠まで取りつけられている。箱の重さだけなら問題ないものの、左右で高さがずれれば、中の硝子容器がぶつかるだろう。


「テンカ、わたくしに合わせられますの?」

「誰に言うておる。そなたこそ、わらわの歩幅から遅れるでないぞ」

「でしたら、最初から同じ歩幅で進めばよいだけですわ」

「む。それもそうじゃな」


 エリシアが小さく息を吐く。


 フィアナは箱の横へ立ち、蓋の中央に埋め込まれた魔石へ右手を添えた。


 白い手袋を通して魔力が流れると、無色だった魔石の内側に淡い光が灯る。強くも弱くもなく、揺れのない光だった。


 ミナが入口の脇にある砂時計を確かめ、筆記帳を開く。


「準備できました」

「第6班、開始してください」


 アリアの声とともに、砂時計が返された。


 最初の区画は、床の石板が順番に上下する通路だった。


 左右の壁に刻まれた術式が明滅するたび、石板が持ち上がり、少し遅れて元の高さへ沈む。箱を持ったまま足を取られれば、大きく傾くことになる。


「止まってください」


 フィアナが先に声を上げた。


 魔石へ手を添えたまま、床の動きを見つめる。


「手前から3枚目と6枚目が、同時に沈みます。その後、右側の石板から順に持ち上がります。私が合図しますので、同時に進んでください」


 石板が上下する音が、一定の間隔で続いている。


「今です」


 テンカとエリシアが足を踏み出した。


 一歩。


 箱を水平に保ったまま、沈んだ石板の上へ足を置く。


「次は右です。2歩進んで、止まってください」


 フィアナの指示は正確だった。


 テンカたちは箱の高さを崩さず、上下する床の間を抜けていく。最後の石板を越えた時も、蓋の魔石は変わらぬ明るさを保っていた。


「よく見えておるな」

「動きに規則性があります。確認すれば、難しくはありません」


 褒められたというより、結果を報告されたような返答だった。


 それでも最初の障害は、予定どおりに突破できた。


 次の区画には、鉄格子が下りていた。


 格子の横には4つの魔石が埋め込まれ、その間を細い術式の線が複雑に結んでいる。光の流れる順番を正しく合わせなければ、扉は開かない仕組みらしい。


「これは……」


 ミナが格子へ近づこうとする。


「私が確認します」


 フィアナが先に動いた。


 右手で箱の魔石への供給を続けたまま、左手を格子脇の術式へかざす。指先から細い魔力が伸び、埋め込まれた魔石の一つへ触れた。


 青い光が灯る。


 続いて、隣の魔石へ光が移った。


 しかし、3つ目へ届く前に術式全体が暗くなり、最初の状態へ戻った。


「順番が違います」


 フィアナは声色を変えず、再び魔力を流す。


「オルフィス様」


 ミナが術式の中央を指した。


「その線は、途中で2つに分かれています。左端からではなく、中央の魔石から流した方がよいと思います」

「確認しています」


 フィアナはもう一度、左端の魔石へ魔力を触れさせた。


 光が2つ目まで進み、再び消える。


 箱を持つテンカの腕に重さが溜まってきた。


 隣を見ると、エリシアもまだ余裕はあるものの、持ち手を握る指へ少し力を込めている。


「オルフィス、ミナに見せてはどうじゃ」

「あと一度で開けます」

「先ほども似たような顔をしておったぞ」

「顔は変えていません」

「そういう話ではない」


 3度目。


 フィアナは中央の魔石へ魔力を流した。


 そこから左右へ分かれた光が術式を巡り、4つの魔石が順番に灯る。鉄格子が低い音を立てながら持ち上がった。


「開きました」

「ミナの言うた通りではないか」

「提案を参考にしました」


 ミナは何か言いかけたが、結局、小さく頷いただけだった。


「先へ進みましょう。予定より時間を使いました」


 フィアナはすでに次の区画を見ている。


 謝るでも誤魔化すでもなく、自分で処理し終えた以上、問題は解決したと考えているらしい。


 テンカは胸に残る小さな引っかかりを抱えたまま、エリシアと歩調を合わせた。


 3つ目の区画では、太い木製の柱が天井から吊り下げられていた。


 柱は左右へ大きく振れ、細い通路を交互に塞いでいる。先ほどの床より動きは単純だが、箱を抱えたまま避けるには通路が狭い。


「私が動きを鈍らせます」


 フィアナが箱の魔石へ魔力を流したまま、左手を持ち上げた。


「待て。まずミナに仕組みを見せるのではなかったか」

「水術で速度を落とした方が確実です」


 フィアナの手元に、小さな水球が生まれた。


 水球は細い帯へ変わり、最も手前にある柱の軸へ絡みつく。水の抵抗を受けた柱が、目に見えて速度を落とした。


「進んでください」


 テンカとエリシアが通路へ入る。


 最初の柱を越える。


 続く柱も、水の帯を受けて揺れが鈍くなっていた。


 フィアナは箱の横を歩きながら、右手で魔力を維持し、左手で水を操っている。さらに柱の動きを見て、進む時機まで指示していた。


「次は、エリシア様の側へ寄ってください」


 テンカは箱を左へ押し、エリシアと歩調を合わせた。


 2本目を抜ける。


「そのまま進んでください。次の柱が戻る前に通れます」


 声が飛んだ。


 わずかに遅かった。


 エリシアが足を出した先で、床の石板がわずかに持ち上がる。


「っ」


 靴の先が引っかかった。


 エリシアの身体が傾き、箱の左側が沈む。


 中で硝子の容器が触れ合う、硬い音がした。


 テンカは腰を落とし、右の持ち手を押し下げた。傾いた箱が、寸前で水平へ戻る。

 エリシアもすぐに体勢を戻した。


 箱の揺れが止まる。


 硝子の割れる音はしなかった。


 テンカは箱を支えたまま、足を止めた。


「止まれ」

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