全部、自分で①
フィアナは筆記帳に記した役割を、改めて3人へ示した。
「ハヅキ様とフロストレイン様には、箱の運搬をお願いします。アーレンさんは経路の確認と時間の記録。私は魔力の維持と、障害への対処を担当します」
「そなたの仕事だけ、二つあるではないか」
テンカが指摘しても、フィアナの表情は変わらなかった。
「火と水の2属性を扱える私が、障害へ対応するのが最も効率的です。箱の魔石へ一定量の魔力を流しながらでも、基礎術式であれば問題ありません」
「『問題ない』という言葉は便利じゃな」
「事実を申し上げただけです」
白い手袋に覆われた指が、筆記帳の上で止まる。
「制限時間は15分です。役割を細かく分け直すより、各自の得意分野へ集中するべきだと考えます」
理屈は通っている。
箱の左右にある持ち手は、テンカとエリシアが担う。障害の仕組みを見るなら、魔導工学に詳しいミナが適任だろう。
フィアナの仕事だけが多いことを除けば、無理のある分担ではない。
「エリー、どう思う」
「実際に試してみなければ、分かりませんわね」
エリシアが木箱の片側へ回り、持ち手へ指をかけた。
「オルフィスさんが本当に2つの役割を果たせるのであれば、問題はありませんわ」
「わたくしめが見事に務めてみせます、とは言わぬのじゃな」
「そこまで華やかな言葉遣いをする性格には見えませんもの」
フィアナは2人のやり取りを静かに聞いていたが、反論はしなかった。
ミナも筆記帳を覗き込み、障害区画へ目を向ける。
「経路の確認は、任せてください。ただ、魔導式の障害は近くで見ないと仕組みが分からないと思います」
「必要な時は、情報を伝えてください」
フィアナが答える。
相談というより、すでに決めた手順を確認しているような口調だった。
「よかろう」
テンカは木箱の反対側へ立った。
「まずは、そなたの考えた役割で進んでみる。合わぬと思えば、その場で変えるぞ」
「承知しました」
アリアの合図を待ち、4人は開始線へ並んだ。
テンカが箱の右側、エリシアが左側の持ち手を握る。
箱の金属枠には、左右の持ち手から蓋の魔石へ続く細い導線が刻まれていた。持ち手を握った者でも、魔力を送れる構造らしい。
2人が箱を持ち上げると、見た目以上の重さが腕へかかった。
中身を守るために厚い木材が使われ、外側には金属の枠まで取りつけられている。箱の重さだけなら問題ないものの、左右で高さがずれれば、中の硝子容器がぶつかるだろう。
「テンカ、わたくしに合わせられますの?」
「誰に言うておる。そなたこそ、わらわの歩幅から遅れるでないぞ」
「でしたら、最初から同じ歩幅で進めばよいだけですわ」
「む。それもそうじゃな」
エリシアが小さく息を吐く。
フィアナは箱の横へ立ち、蓋の中央に埋め込まれた魔石へ右手を添えた。
白い手袋を通して魔力が流れると、無色だった魔石の内側に淡い光が灯る。強くも弱くもなく、揺れのない光だった。
ミナが入口の脇にある砂時計を確かめ、筆記帳を開く。
「準備できました」
「第6班、開始してください」
アリアの声とともに、砂時計が返された。
最初の区画は、床の石板が順番に上下する通路だった。
左右の壁に刻まれた術式が明滅するたび、石板が持ち上がり、少し遅れて元の高さへ沈む。箱を持ったまま足を取られれば、大きく傾くことになる。
「止まってください」
フィアナが先に声を上げた。
魔石へ手を添えたまま、床の動きを見つめる。
「手前から3枚目と6枚目が、同時に沈みます。その後、右側の石板から順に持ち上がります。私が合図しますので、同時に進んでください」
石板が上下する音が、一定の間隔で続いている。
「今です」
テンカとエリシアが足を踏み出した。
一歩。
箱を水平に保ったまま、沈んだ石板の上へ足を置く。
「次は右です。2歩進んで、止まってください」
フィアナの指示は正確だった。
テンカたちは箱の高さを崩さず、上下する床の間を抜けていく。最後の石板を越えた時も、蓋の魔石は変わらぬ明るさを保っていた。
「よく見えておるな」
「動きに規則性があります。確認すれば、難しくはありません」
褒められたというより、結果を報告されたような返答だった。
それでも最初の障害は、予定どおりに突破できた。
次の区画には、鉄格子が下りていた。
格子の横には4つの魔石が埋め込まれ、その間を細い術式の線が複雑に結んでいる。光の流れる順番を正しく合わせなければ、扉は開かない仕組みらしい。
「これは……」
ミナが格子へ近づこうとする。
「私が確認します」
フィアナが先に動いた。
右手で箱の魔石への供給を続けたまま、左手を格子脇の術式へかざす。指先から細い魔力が伸び、埋め込まれた魔石の一つへ触れた。
青い光が灯る。
続いて、隣の魔石へ光が移った。
しかし、3つ目へ届く前に術式全体が暗くなり、最初の状態へ戻った。
「順番が違います」
フィアナは声色を変えず、再び魔力を流す。
「オルフィス様」
ミナが術式の中央を指した。
「その線は、途中で2つに分かれています。左端からではなく、中央の魔石から流した方がよいと思います」
「確認しています」
フィアナはもう一度、左端の魔石へ魔力を触れさせた。
光が2つ目まで進み、再び消える。
箱を持つテンカの腕に重さが溜まってきた。
隣を見ると、エリシアもまだ余裕はあるものの、持ち手を握る指へ少し力を込めている。
「オルフィス、ミナに見せてはどうじゃ」
「あと一度で開けます」
「先ほども似たような顔をしておったぞ」
「顔は変えていません」
「そういう話ではない」
3度目。
フィアナは中央の魔石へ魔力を流した。
そこから左右へ分かれた光が術式を巡り、4つの魔石が順番に灯る。鉄格子が低い音を立てながら持ち上がった。
「開きました」
「ミナの言うた通りではないか」
「提案を参考にしました」
ミナは何か言いかけたが、結局、小さく頷いただけだった。
「先へ進みましょう。予定より時間を使いました」
フィアナはすでに次の区画を見ている。
謝るでも誤魔化すでもなく、自分で処理し終えた以上、問題は解決したと考えているらしい。
テンカは胸に残る小さな引っかかりを抱えたまま、エリシアと歩調を合わせた。
3つ目の区画では、太い木製の柱が天井から吊り下げられていた。
柱は左右へ大きく振れ、細い通路を交互に塞いでいる。先ほどの床より動きは単純だが、箱を抱えたまま避けるには通路が狭い。
「私が動きを鈍らせます」
フィアナが箱の魔石へ魔力を流したまま、左手を持ち上げた。
「待て。まずミナに仕組みを見せるのではなかったか」
「水術で速度を落とした方が確実です」
フィアナの手元に、小さな水球が生まれた。
水球は細い帯へ変わり、最も手前にある柱の軸へ絡みつく。水の抵抗を受けた柱が、目に見えて速度を落とした。
「進んでください」
テンカとエリシアが通路へ入る。
最初の柱を越える。
続く柱も、水の帯を受けて揺れが鈍くなっていた。
フィアナは箱の横を歩きながら、右手で魔力を維持し、左手で水を操っている。さらに柱の動きを見て、進む時機まで指示していた。
「次は、エリシア様の側へ寄ってください」
テンカは箱を左へ押し、エリシアと歩調を合わせた。
2本目を抜ける。
「そのまま進んでください。次の柱が戻る前に通れます」
声が飛んだ。
わずかに遅かった。
エリシアが足を出した先で、床の石板がわずかに持ち上がる。
「っ」
靴の先が引っかかった。
エリシアの身体が傾き、箱の左側が沈む。
中で硝子の容器が触れ合う、硬い音がした。
テンカは腰を落とし、右の持ち手を押し下げた。傾いた箱が、寸前で水平へ戻る。
エリシアもすぐに体勢を戻した。
箱の揺れが止まる。
硝子の割れる音はしなかった。
テンカは箱を支えたまま、足を止めた。
「止まれ」
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