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ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部第2章 白い手袋と迷宮の灯
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白い手袋の4人目

 共同実習の班分けが告げられた朝、1年1組の教室には、普段よりも落ち着かない空気が漂っていた。


 学生たちは近くの者と小声を交わし、教壇の横に掲げられた名簿へ視線を送っている。


「共同実習では、原則として4人で一つの班を組みます」


 教壇に立つアリアが、筆記帳を片手に告げた。


「一人の能力だけで課題を突破することが目的ではありません。異なる得意分野を持つ者と、どのように役割を分け、協力するかを見ます」


 教室のざわめきが静まっていく。


「班は学園側で、得意分野が偏らないように編成しました。異なる武器や術を扱う者と協力することも、今回の実習の目的です」


 テンカは背筋を伸ばしたまま、掲示された名簿を見上げた。


 共同実習が始まることは、先日の授業で告げられている。誰と組むのかまでは知らされていなかったが、学園側がどのような組み合わせを選んだのかには興味があった。


 アリアが筆記帳へ視線を落とす。


「第6班。テンカ=ハヅキさん、エリシア=フロストレインさん、ミナ=アーレンさん、フィアナ=オルフィスさん」


 エリシアとミナが、ほとんど同時にテンカを見た。


 その少し後、教室の中央付近で椅子が静かに引かれる。


 立ち上がった少女は、灰色を薄く混ぜた淡い亜麻色の髪を肩甲骨まで伸ばしていた。両脇から細く編んだ髪を後頭部でまとめ、煙水晶を思わせる灰紫色の瞳を、まっすぐ教壇へ向けている。


 襟元から袖口まで、制服に乱れはない。


 両手は、白い手袋で覆われていた。


「班ごとに席を移動し、顔合わせを行ってください」


 アリアの指示を受け、フィアナは筆記具を手にテンカたちの席へ近づいてきた。


「フィアナ=オルフィスです」


 フィアナは3人の前で丁寧に一礼する。


「よろしくお願いいたします」

「うむ。テンカ=ハヅキじゃ」

「エリシア=フロストレインですわ」

「ミナです。よろしくお願いします、オルフィス様」


 挨拶を終えると、ミナが再びテンカへ視線を向けた。エリシアも何も言わず、わずかに眉を上げている。


「先に言うておくが、わらわが班長と決まったわけではないぞ」


 テンカが釘を刺すと、エリシアの目元がわずかに和らいだ。


「誰もまだ、何も言っていませんわ」

「ですが、私もテンカ様を見てしまいました」

「ミナまで当然のように見るでない」


 フィアナは3人のやり取りを、表情を変えずに見ていた。


「役割は、課題の内容を確認してから決めるべきだと思います」

「それが正しいですわね」


 エリシアが頷く。


 テンカにも異論はない。名前や家格だけで役割を決めてしまえば、先日の課題で書いた答えが、早くも紙切れになってしまう。


「オルフィス様は、どのような魔術を扱うのですか?」


 ミナが尋ねた。


「火と水です」


 短い答えに、ミナが目を瞬かせる。


「2属性を扱えるのですか?」

「はい。どちらも基礎術式の範囲であれば、問題なく使用できます」


 フィアナの白い手袋が、身体の前で静かに重なった。


「火と水とは、また正反対の組み合わせですわね」


 エリシアの声に、探るような響きはない。術者として、純粋に興味を向けているようだった。


「切り替える時に、魔力が乱れることはありませんの?」

「制御を誤れば、互いに干渉します。出力と順序を守れば、実用上の問題はありません」

「なるほどのう」


 テンカはフィアナの手元を見た。


 言葉は淀みなく、声にも揺れはない。それでも、重ねられた白い手袋の指先に、一度だけ力が入ったように見えた。


 すぐに元へ戻ったため、見間違いかもしれない。


「ハヅキ様は、共同実習でも五行を使われるのですか?」


 今度はフィアナが尋ねてきた。


「課題次第じゃな。斬る必要がなければ、刀も抜かぬ」

「五行は、刀がなくても扱えるのですか?」

「うむ。刀は五行を斬撃へ乗せるための媒介じゃ。巡らせ、保つだけならば、必ずしも刀は要らぬ」


 フィアナの灰紫色の瞳が、ほんのわずかに見開かれた。


「では、異なる行へ切り替える際にも、刀は必要ないと?」

「必要はない。ただし、雑に切り替えれば巡りは乱れる。今ある力を止め、別の力を押し込むのではない。巡りの中で、次の行へ移ろわせるのじゃ」

「次の行へ、移ろわせる……」


 フィアナは、その言葉を確かめるように繰り返した。


「随分と熱心ですわね」


 エリシアが横から言う。


「ハヅキ家の五行は、皇国の属性魔術とは異なる術理です。共同実習で同じ班になる以上、できることを確認しておく必要があります」

「もっともですわ」


 エリシアはそれ以上追及せず、銀白の髪を肩の後ろへ払った。


「班ごとの顔合わせはそこまでです」


 アリアが手を打つ。


「課題は共同演習場で説明します。筆記具と筆記帳を持って移動してください」


 学生たちが一斉に立ち上がった。


 ミナが机の上の配布用紙をまとめようとすると、フィアナが先に手を伸ばす。


「それは、私が持ちます」

「では、私は筆記帳を」

「それも私が持ちます」

「ですが……」

「問題ありません」


 フィアナは用紙と筆記帳を重ね、両腕で抱えた。


 持ち切れない量ではない。手を貸すほどでもないと言われれば、その通りだった。


 それでもミナは、差し出しかけた手を行き場なく下ろした。


「オルフィス」


 テンカが呼ぶと、フィアナが振り返る。


「何でしょうか」


 テンカは、フィアナが抱えた紙と筆記帳へ目を向けた。


「いや。役割を決めてからでよい」

「承知しました」


 フィアナは小さく頭を下げると、そのまま教室を出ていった。


 テンカも立ち上がり、《継火》の位置を確かめて後を追った。


◇  ◇  ◇


 共同演習場は、講義棟の裏手にある広い石造りの施設だった。


 床には起伏のある石板が敷かれ、低い壁や細い足場、振り子のように揺れる木製の障害物が並んでいる。奥には、魔力を流すことで開閉するらしい格子扉も見えた。


「ずいぶんと、いろいろ置かれておるな」

「武術だけで抜けられるようには作られていませんわね」


 エリシアが演習場を見渡す。


 ミナはすでに床や壁へ視線を巡らせ、刻まれた術式を追っていた。


「障害物の一部は魔導式です。たぶん、力ずくで動かそうとすると止まる仕組みになっています」

「よく分かるのう」

「まだ予想です。近くで見ないと断定はできません」


 フィアナは用紙と筆記帳を抱えたまま、入口から終点まで視線を走らせていた。


 やがて、各班の前へ金属の枠で補強された木箱が運ばれてきた。


 箱の左右には持ち手があり、蓋の中央には無色の魔石が埋め込まれている。


「これが、今回あなた方に運んでもらう荷です」


 アリアが蓋を開く。


 中には細長い硝子の容器が何本も並べられていた。容器同士がぶつからないよう布で仕切られているものの、大きく傾ければ割れるだろう。


「箱を障害区画の終点まで運んでください。条件は4つです」


 アリアが指を立てる。


「箱を地面へ置かないこと。中の容器を割らないこと。蓋の魔石へ常に一定量の魔力を流すこと。そして、4人全員が終点へ到達すること」


「速さも評価されますの?」


 エリシアが尋ねた。


「制限時間は15分です。その範囲であれば、速さそのものは評価しません」


 アリアの視線が、学生たちを順に巡った。


「誰か1人が無理をして終点へ着いても、共同実習の合格にはなりません。どのように役割を分け、状況に応じて組み替えられるかを見ます」


 テンカは箱と障害区画を見比べた。


 箱を持つ者。魔力を流す者。道を確認する者。障害へ対処する者。


 必要な役割はいくつもある。最初から最後まで、同じ者が同じ仕事を続けられるとも限らない。


「役割を決める時間を10分与えます」


 アリアが告げた。


「相談を始めてください」

「承知しました」


 フィアナはすぐに筆記帳を開いた。


「ハヅキ様とフロストレイン様が箱を運び、アーレンさんが経路と時間を記録してください。魔力の維持と障害への対処は、私が担当します」


「そなた、もう全部決めたのか」

「時間は限られています。私が火と水を使い分ければ、多くの障害へ対応できます」


 白い手袋に覆われた指が、迷いなく筆記帳の上を走っていく。


 テンカはその速さを眺めながら、わずかに眉を上げた。


 フィアナが書いた役割の中で、彼女自身にだけ2つの仕事が重なっていた。

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