白い手袋の4人目
共同実習の班分けが告げられた朝、1年1組の教室には、普段よりも落ち着かない空気が漂っていた。
学生たちは近くの者と小声を交わし、教壇の横に掲げられた名簿へ視線を送っている。
「共同実習では、原則として4人で一つの班を組みます」
教壇に立つアリアが、筆記帳を片手に告げた。
「一人の能力だけで課題を突破することが目的ではありません。異なる得意分野を持つ者と、どのように役割を分け、協力するかを見ます」
教室のざわめきが静まっていく。
「班は学園側で、得意分野が偏らないように編成しました。異なる武器や術を扱う者と協力することも、今回の実習の目的です」
テンカは背筋を伸ばしたまま、掲示された名簿を見上げた。
共同実習が始まることは、先日の授業で告げられている。誰と組むのかまでは知らされていなかったが、学園側がどのような組み合わせを選んだのかには興味があった。
アリアが筆記帳へ視線を落とす。
「第6班。テンカ=ハヅキさん、エリシア=フロストレインさん、ミナ=アーレンさん、フィアナ=オルフィスさん」
エリシアとミナが、ほとんど同時にテンカを見た。
その少し後、教室の中央付近で椅子が静かに引かれる。
立ち上がった少女は、灰色を薄く混ぜた淡い亜麻色の髪を肩甲骨まで伸ばしていた。両脇から細く編んだ髪を後頭部でまとめ、煙水晶を思わせる灰紫色の瞳を、まっすぐ教壇へ向けている。
襟元から袖口まで、制服に乱れはない。
両手は、白い手袋で覆われていた。
「班ごとに席を移動し、顔合わせを行ってください」
アリアの指示を受け、フィアナは筆記具を手にテンカたちの席へ近づいてきた。
「フィアナ=オルフィスです」
フィアナは3人の前で丁寧に一礼する。
「よろしくお願いいたします」
「うむ。テンカ=ハヅキじゃ」
「エリシア=フロストレインですわ」
「ミナです。よろしくお願いします、オルフィス様」
挨拶を終えると、ミナが再びテンカへ視線を向けた。エリシアも何も言わず、わずかに眉を上げている。
「先に言うておくが、わらわが班長と決まったわけではないぞ」
テンカが釘を刺すと、エリシアの目元がわずかに和らいだ。
「誰もまだ、何も言っていませんわ」
「ですが、私もテンカ様を見てしまいました」
「ミナまで当然のように見るでない」
フィアナは3人のやり取りを、表情を変えずに見ていた。
「役割は、課題の内容を確認してから決めるべきだと思います」
「それが正しいですわね」
エリシアが頷く。
テンカにも異論はない。名前や家格だけで役割を決めてしまえば、先日の課題で書いた答えが、早くも紙切れになってしまう。
「オルフィス様は、どのような魔術を扱うのですか?」
ミナが尋ねた。
「火と水です」
短い答えに、ミナが目を瞬かせる。
「2属性を扱えるのですか?」
「はい。どちらも基礎術式の範囲であれば、問題なく使用できます」
フィアナの白い手袋が、身体の前で静かに重なった。
「火と水とは、また正反対の組み合わせですわね」
エリシアの声に、探るような響きはない。術者として、純粋に興味を向けているようだった。
「切り替える時に、魔力が乱れることはありませんの?」
「制御を誤れば、互いに干渉します。出力と順序を守れば、実用上の問題はありません」
「なるほどのう」
テンカはフィアナの手元を見た。
言葉は淀みなく、声にも揺れはない。それでも、重ねられた白い手袋の指先に、一度だけ力が入ったように見えた。
すぐに元へ戻ったため、見間違いかもしれない。
「ハヅキ様は、共同実習でも五行を使われるのですか?」
今度はフィアナが尋ねてきた。
「課題次第じゃな。斬る必要がなければ、刀も抜かぬ」
「五行は、刀がなくても扱えるのですか?」
「うむ。刀は五行を斬撃へ乗せるための媒介じゃ。巡らせ、保つだけならば、必ずしも刀は要らぬ」
フィアナの灰紫色の瞳が、ほんのわずかに見開かれた。
「では、異なる行へ切り替える際にも、刀は必要ないと?」
「必要はない。ただし、雑に切り替えれば巡りは乱れる。今ある力を止め、別の力を押し込むのではない。巡りの中で、次の行へ移ろわせるのじゃ」
「次の行へ、移ろわせる……」
フィアナは、その言葉を確かめるように繰り返した。
「随分と熱心ですわね」
エリシアが横から言う。
「ハヅキ家の五行は、皇国の属性魔術とは異なる術理です。共同実習で同じ班になる以上、できることを確認しておく必要があります」
「もっともですわ」
エリシアはそれ以上追及せず、銀白の髪を肩の後ろへ払った。
「班ごとの顔合わせはそこまでです」
アリアが手を打つ。
「課題は共同演習場で説明します。筆記具と筆記帳を持って移動してください」
学生たちが一斉に立ち上がった。
ミナが机の上の配布用紙をまとめようとすると、フィアナが先に手を伸ばす。
「それは、私が持ちます」
「では、私は筆記帳を」
「それも私が持ちます」
「ですが……」
「問題ありません」
フィアナは用紙と筆記帳を重ね、両腕で抱えた。
持ち切れない量ではない。手を貸すほどでもないと言われれば、その通りだった。
それでもミナは、差し出しかけた手を行き場なく下ろした。
「オルフィス」
テンカが呼ぶと、フィアナが振り返る。
「何でしょうか」
テンカは、フィアナが抱えた紙と筆記帳へ目を向けた。
「いや。役割を決めてからでよい」
「承知しました」
フィアナは小さく頭を下げると、そのまま教室を出ていった。
テンカも立ち上がり、《継火》の位置を確かめて後を追った。
◇ ◇ ◇
共同演習場は、講義棟の裏手にある広い石造りの施設だった。
床には起伏のある石板が敷かれ、低い壁や細い足場、振り子のように揺れる木製の障害物が並んでいる。奥には、魔力を流すことで開閉するらしい格子扉も見えた。
「ずいぶんと、いろいろ置かれておるな」
「武術だけで抜けられるようには作られていませんわね」
エリシアが演習場を見渡す。
ミナはすでに床や壁へ視線を巡らせ、刻まれた術式を追っていた。
「障害物の一部は魔導式です。たぶん、力ずくで動かそうとすると止まる仕組みになっています」
「よく分かるのう」
「まだ予想です。近くで見ないと断定はできません」
フィアナは用紙と筆記帳を抱えたまま、入口から終点まで視線を走らせていた。
やがて、各班の前へ金属の枠で補強された木箱が運ばれてきた。
箱の左右には持ち手があり、蓋の中央には無色の魔石が埋め込まれている。
「これが、今回あなた方に運んでもらう荷です」
アリアが蓋を開く。
中には細長い硝子の容器が何本も並べられていた。容器同士がぶつからないよう布で仕切られているものの、大きく傾ければ割れるだろう。
「箱を障害区画の終点まで運んでください。条件は4つです」
アリアが指を立てる。
「箱を地面へ置かないこと。中の容器を割らないこと。蓋の魔石へ常に一定量の魔力を流すこと。そして、4人全員が終点へ到達すること」
「速さも評価されますの?」
エリシアが尋ねた。
「制限時間は15分です。その範囲であれば、速さそのものは評価しません」
アリアの視線が、学生たちを順に巡った。
「誰か1人が無理をして終点へ着いても、共同実習の合格にはなりません。どのように役割を分け、状況に応じて組み替えられるかを見ます」
テンカは箱と障害区画を見比べた。
箱を持つ者。魔力を流す者。道を確認する者。障害へ対処する者。
必要な役割はいくつもある。最初から最後まで、同じ者が同じ仕事を続けられるとも限らない。
「役割を決める時間を10分与えます」
アリアが告げた。
「相談を始めてください」
「承知しました」
フィアナはすぐに筆記帳を開いた。
「ハヅキ様とフロストレイン様が箱を運び、アーレンさんが経路と時間を記録してください。魔力の維持と障害への対処は、私が担当します」
「そなた、もう全部決めたのか」
「時間は限られています。私が火と水を使い分ければ、多くの障害へ対応できます」
白い手袋に覆われた指が、迷いなく筆記帳の上を走っていく。
テンカはその速さを眺めながら、わずかに眉を上げた。
フィアナが書いた役割の中で、彼女自身にだけ2つの仕事が重なっていた。
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