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ハヅキ辺境伯家の五行姫  作者: あの夏と勇者
第2部 第1章 学び舎に咲く天の華
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第一演習場②

 アリアの声で、学生たちは魔術測定用の標的が並ぶ区画へ移動した。


 標的柱は、人の背丈ほどの白い石柱だった。表面には細かな術式の線が刻まれ、魔力を受けると強さや揺らぎを測れるようになっているらしい。


 ミナが、標的柱を見た瞬間に目を輝かせた。


「すごい……」

「そなた、顔が変わったぞ」

「あっ、すみません。でも、この標的柱、思っていたより術式が細かくて。たぶん、出力だけではなく、流れの揺れも見ているんだと思います」


 ミナは、標的柱の刻印を瞬きも忘れたように見つめていた。


 魔力光が走るたび、紙束を抱えた指がわずかに動く。まるで頭の中で、刻印の線を一つずつなぞっているようだった。


「触れては駄目ですわよ」


 エリシアが静かに言った。


「わ、分かっています」


 ミナは慌てて手を引っ込めた。


 魔力制御の確認は、順番に行われた。


 魔術師志望の学生たちは、掌や杖から魔力光を出し、標的柱へ向ける。強い光を出す者もいれば、細く安定した線を保つ者もいる。


 アリアたちは出力だけでなく、揺れや暴発の有無を確認していた。


「エリシア=フロストレイン」

「はい」


 エリシアが前へ出る。


「氷術の制御確認を行います。標的柱の表面のみを凍結させてください。隣の柱へ影響を出してはいけません」

「承知しましたわ」


 エリシアは標的柱の前に立ち、右手を軽く上げた。


 冷気が生まれる。


 音はなかった。


 ただ、標的柱の表面に薄い白が走り、石の上だけを覆っていく。氷は柱の縁でぴたりと止まり、隣に立つ標的には一切触れなかった。


 薄く、均一で、美しい氷だった。


「範囲制御、良好。出力も安定しています」


 アリアが筆記帳へ目を落とす。


「強く凍らせるだけでなく、止める位置が正確ですね」

「ありがとうございます」


 エリシアは静かに一礼した。


 戻ってきた彼女を、ミナが食い入るように見つめていた。


「フロストレイン様、今の氷の広がり方なんですが、中心から均等に広げたのではなく、先に外周を決めてから内側を満たしましたか?」


 エリシアが少しだけ目を丸くした。


「よく分かりましたわね」

「標的柱の縁で、魔力光が一瞬だけ強くなったので。たぶん、範囲を固定するための流れかなと」

「その通りですわ」


 ミナの表情がぱっと明るくなる。


「やっぱり。魔導回路の安定式にも、似た考え方があるんです。先に流れの枠を作ると、内側の出力が暴れにくくて」

「興味深いですわね。あとで詳しく聞かせてください」

「はい!」


 ミナの声が弾んだ。


 テンカはそのやり取りを見て、口元を緩めた。


 魔導工学の話になると、ミナは本当に前へ出る。


 続いて、ミナ自身の番になった。


「ミナ=アーレン」

「はい」


 ミナは標的柱の前に立ち、深く息を吸った。


 掌に淡い魔力光が灯る。


 その光は強くない。


 標的柱へ届くまでに、少しだけ揺れた。途中で細くなり、柱に触れた瞬間、刻印の一部が淡く明滅する。


 ミナは唇を結んで、必死に流れを保とうとしていた。


「そこで止めてください」


 アリアの声で、ミナは手を下ろした。


「出力は弱めですが、途中で途切れずに届いています。基礎の維持はできていますね」

「はい……ありがとうございます」


 ミナは頭を下げた。


 だが、戻る途中で、ふと足を止める。


「あの」


 ミナが小さく声を上げた。


 アリアが視線を向ける。


「どうしました」

「その、違っていたらすみません。今の標的柱、右下の補助刻印だけ、反応が少し遅れているように見えました」


 周囲の学生が、きょとんとした顔をした。


 アリアも一瞬だけ沈黙し、それから実技担当の教師へ視線を送る。


「確認を」

「はい」


 実技担当の教師が標的柱へ近づき、刻印に指をかざす。


 淡い光が走った。


 右下の刻印だけが、半拍遅れて明滅する。


「確かに、反応が遅れています。測定に大きな影響はありませんが、補助刻印の一部が弱っていますね」


 教師の声に、小さなどよめきが起こった。


 ミナは慌てて頭を下げる。


「す、すみません。勝手なことを」

「いいえ」


 アリアが静かに言った。


「よく気づきました。観察力も実技の一部です。ミナ=アーレン、記録しておきます」

「はい!」


 ミナの顔が、耳まで赤くなった。


 エリシアが小さく頷く。


「見事ですわ」

「そなたらしい働きじゃな」


 テンカも言うと、ミナは今度こそ言葉を失った。


 次に、テンカの名が呼ばれた。


「テンカ=ハヅキ」

「うむ」


 返事をしてから、テンカは一拍遅れてアリアを見た。


「……はい」


 教室の時のことを思い出したのだろう。


 周囲から、小さな笑いが漏れた。


 アリアは表情を変えずに頷く。


「今回は、五行の基礎制御を見せてください。出力ではなく、安定性を確認します」

「承知した」


 テンカは標的柱の前に立った。


 腰には《継火》がある。


 だが、手は柄へ伸ばさない。今から見せるのは、斬るための五行ではなく、巡らせ、保つための五行だ。

 テンカは右手を前へ出し、息を整えた。胸の奥へ意識を沈めると、木、火、土、金、水、五つの気配が静かに在る。

 その中から、水の流れを拾い上げる。押し出さず、掴まず、ただ道を作る。


 掌の上に、小さな水の輪が生まれた。


 細い水の流れが円を描き、ゆっくりと巡る。大きくも、派手でもない。だが、その流れは澄み、乱れず、途切れなかった。


 かつては水滴一つを保つだけで息を切らしていた。今も簡単ではないが、水はテンカの掌で静かに巡り続けている。


 アリアの目が細くなった。


「そのまま、標的柱へ触れさせてください」

「うむ」


 テンカは水の輪から、細い流れを伸ばした。


 水は標的柱の表面に触れ、刻印の線に沿って静かに巡る。強く叩きつけるのではなく、石の上をなぞるように流れていった。


 標的柱の魔力光が、淡く一定に灯る。


 揺れは少ない。


「十分です」


 アリアの声で、テンカは水の流れを消した。


 掌に残った冷たさが、すっと消えていく。


「出力を抑えた状態で、流れを保てています。特に、標的柱へ触れた後も乱れが少ない」


 アリアは筆記帳へ何かを書き込んだ。


「よく鍛えていますね」

「母と師に、叩き込まれたゆえ」

「それは良い師をお持ちです」

「うむ。とても厳しいがな」


 テンカが答えると、アリアはほんのわずかに口元を緩めた。


 周囲の学生たちは、今の水の輪をどう見るべきか測りかねているようだった。


 派手な術ではない。

 氷が広がったわけでも、炎が上がったわけでもない。

 ただ、小さな水が巡っただけだ。


 だが、魔力制御を少しでも学んだ者なら分かる。


 細い流れを乱さず保ち、標的に触れても崩さないことは、簡単ではない。


「五行というのは、ああいうものなのか」

「水魔術とは違うのか?」

「出力は大きくないのに、妙に安定していたな」


 小さな声が、砂地の上を渡っていく。


 テンカが元の場所へ戻ると、ミナと目が合った。


 ミナは紙束を抱えたまま、真剣な顔をしている。


「テンカ様」

「少し近くなったのう」

「あっ」


 ミナは顔を赤くした。


「す、すみません。えっと、今の水の流れなんですが、標的柱の刻印に合わせて形を変えていましたか?」

「少しな。石の上を無理に押すより、刻まれた道に沿わせた方が乱れぬと思った」

「やっぱり……」


 ミナの目が輝く。


「五行も、魔導回路の流れと比べてみると、面白いかもしれません」

「そなたは何でも魔導工学につなげるのう」

「す、すみません」

「謝るところではない。よい癖じゃ」


 ミナは困ったように笑った。


 その後も測定は続いた。


 武器を扱う者、魔術を扱う者、身体能力に自信のある者、まだ自分の得意が分からない者。1年1組の学生たちは、それぞれの形で自分の今を晒していく。


 良い結果に頬を緩める者もいれば、思うようにいかず唇を噛む者もいた。


 だが、アリアはそのどちらにも同じように記録をつけていった。


 よくできた者には理由を告げ、崩れた者には、どこで崩れたかを示す。

 叱るためではなく、測るために。


 その姿を見て、テンカは昨日の言葉を思い出していた。


 ――家名は背負いなさい。だが、家名の陰に隠れて座ることは許さない。


 この演習場では、まさにその通りだった。どれほど立派な家の者でも、走れば息が乱れる。魔力を流せば揺らぎが出る。武器を持てば、構えの癖が見える。


 家名では隠せないものが、砂地の上には出る。


 測定が一通り終わる頃には、学生たちの緊張も少し変わっていた。ただ怖がっている者は減り、代わりに、周囲を見る目が増えている。


 誰が速いのか。

 誰が魔力制御に優れているのか。

 誰が何を得意としているのか。


 教室で名を聞くだけでは分からなかったものが、少しずつ見え始めていた。


「本日の確認は、ここまでです」


 アリアが告げる。


「最後に、希望者がいれば、教師立ち会いのもとで短い自由手合わせを行います。武器を用いる場合は訓練武器のみ。術式は基礎術式に限ります。相手への実打は禁止です。必ず寸止めとし、制御を失った時点で中止します」


 その言葉に、演習場の空気が揺れた。


 手合わせ。


 その響きを聞いただけで、何人かの学生の目が変わる。


 テンカは腕を組み、静かに様子を見ていた。


 その時だった。


「テンカ=ハヅキ様」


 声をかけてきたのは、灰色の髪をした男子学生だった。


 腰に訓練用の剣を佩いている。


 騎士家の出だろう。立ち姿に無駄が少なく、礼の角度も崩れていない。挑発するような笑みも、侮るような視線もなかった。


 ただ、まっすぐにこちらを見ている。


「この後の自由手合わせで、差し支えなければ一手、お相手願えませんか」


 周囲の視線が、再びテンカへ集まった。


 エリシアが淡い青の瞳を細める。

 ミナは紙束を抱えたまま、息を呑んだ。

 見学区画では、キリカが静かにこちらを見ている。


 テンカは、目の前の男子学生を観察した。


 足幅、肩の力、腰の位置。

 そして、剣に置かれた手の静かさ。


 悪くない。


 少なくとも、ただ名のある相手に挑みたいだけの者ではない。

 剣を学ぶ者が、剣を学ぶ者へ向ける、まっすぐな関心だった。


 テンカは口元をわずかに緩めた。


「よかろう」


 男子学生の目が、少しだけ明るくなる。


「よかろう。ただし、アリア先生の定めた範囲を外れるつもりはないぞ」


 男子学生の目が、少しだけ明るくなる。


 砂地の上に、静かな緊張が落ちた。


 皇国学園での最初の実技演習は、どうやら測られるだけでは終わらないらしい。

人物紹介とか混じっていますが、ちょうどこの話がEP100です。

感慨深さがあります。


評価やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになりますのでよろしくお願いいたします!

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