第7話:魔王の宝箱と、やっぱり無自覚な鍵師
「うむ! この『せかいじゅ』の日陰は最高じゃな!」
アルトの実家の庭。
次期魔王であるはずの竜魔族の少女・イヴは、世界樹の根元に作られた特等席(アルトが端材で作った木製ベンチ)に寝転がり、尻尾をパタパタと振っていた。
その手には、完全に好物となった世界樹の果実がしっかりと握られている。
「すっかり馴染んじゃったね、イヴ」
アルトが苦笑いしながら麦茶を運んでくると、イヴはガバッと起き上がり、ふんすと胸を張った。
「当然じゃ! 居候枠として、我もただタダ飯を食っているわけではないぞ? ほれ、先ほども門の外をうろついていた不審な巨大怪鳥を、我の魔眼で一瞥してチキンステーキにしておいたわ!」
「それは助かるよ。今日の晩御飯のおかずにしよう」
「……マスター。あのトカゲ、獲物の解体時に庭の芝生を焦がしました。やはり一度、出力を0.0001%に絞ったデコピンで、社会のルールを学習させるべきかと」
「アイリス、だからデコピンの構えをやめなさいって。芝生は僕の魔法(鍵師の応用)で直すから」
アルトが庭の焦げた部分に手をかざし、大地の治癒能力の「ロックを外す」と、一瞬で青々とした芝生が再生した。
それを見たイヴは、お茶を吹き出しそうになりながら目を見開く。
「な、なんなのじゃお主のそのスキルは!? 万物の境界線を弄っておるではないか! ……あ、そうじゃ。アルト、お主ほどの鍵師なら、ひょっとして『これ』も開けられたりするかの?」
イヴは空間から、ドサリと一つの「小さな箱」を取り出した。
それは、禍々しい紫色のオーラを放つ、ドクロの装飾が施された骨製の箱だった。見るからに呪われており、触るだけで命が吸い取られそうな気配を放っている。
「これは、我が魔界を出奔する際に、前魔王である親父から受け継いだ『魔帝の試練箱』じゃ。中に何が入っているかは我も知らん。歴代の魔王が誰も開けられず、これを開けた者こそが真の『絶対魔王』として世界を統べる資格を得ると言われておるが……」
イヴは少し寂しげに箱を見つめた。
「親父は『お前には無理だ』と言ってこれを我に押し付けたのじゃ。我の強力な魔王砲でも傷一つ付かぬ。……まぁ、人間のお主に開けろと言うのは酷じゃな。呪われて死んでも困るし――」
「どれどれ? ちょっと見せて」
アルトはイヴの手から、あっさりとその呪いの箱を受け取った。
「あ、馬鹿者! 生身で触ると呪いが――」
「うーん、なるほど。これ、呪いっていうか、鍵の術式が『意地悪ななぞなぞ』になってるんだね」
アルトの【万能開錠】は、箱に込められた数千年前の初代魔王の思考を瞬時に読み解いていた。
「魔力を右に3回、左に5回、最後に『ごめんなさい』って気持ちを込めながら魔力を流すと開く仕組みだよ。ほら、初代魔王って意外と寂しがり屋だったんじゃないかな?」
「は? なぞなぞ? ごめんなさい……? 何を馬鹿なことを――」
カチリ。
静かな庭に、小気味いい金属音が響いた。
パカッ。
「…………え?」
イヴの思考が完全に停止した。
数千年間、誰も、歴代の最強魔王たちすら開けられなかった『魔界の最高機密』が、人間の青年によって、ピッキングツールすら使われず指先一つで開かれたのだ。
箱の中から、まばゆい紫黒色の光と共に、一本の禍々しい、しかし神々しい王笏が姿を現した。
――魔界の全魔族を絶対服従させる伝説の神器『終焉の王笏』。
それが現れた瞬間、空の色が一瞬だけ反転し、世界の理が「新たな魔王の誕生」を告げる鐘の音を脳内に響かせた。
「開いたよイヴ。中身、かっこいい杖だね。肩叩きにちょうど良さそう」
「肩叩きに使うなぁぁぁぁぁ!!! それ、魔界を統べる絶対魔王の証じゃぞ!!」
イヴは頭を抱えて叫んだ。
信じられない。この人間は、一体どこまで規格外なのか。
彼がその気になれば、魔界どころか世界中のあらゆる封印や概念を「開錠」して、世界を滅ぼすことも、救うことも思いのままだ。
「アルト、お主……本当に何者なのじゃ……?」
怯えるように尋ねるイヴに、アルトはいつも通りのんびりと微笑んだ。
「だから、ただの隠居中のお調子者な鍵師だよ。さ、お茶が冷めないうちに飲んじゃおう」
「……う、うむ。お主がそう言うなら、そういうことにしておくのじゃ……」
イヴは心の中で、【この男には絶対に逆らわない、そして一生この家にしがみつく】と、魔王の名にかけて固く誓うのだった。
◇◇◇
その頃、最果ての街『エンドル』の入り口――。
「ハァ……ハァ……やっと、やっと着いたぞ……!」
裸にボロ布を巻き付け、全身傷だらけで家畜のフンにまみれた元勇者レオンと、髪の毛が完全に逆立ったミーナが、這うようにして街の門をくぐっていた。
途中で野生の魔物に襲われ、全財産も身ぐるみも剥がされ、地獄のような行軍を経てようやく辿り着いたのだ。
「待っていろアルト……! 俺たちをこんな目に遭わせた罪は重いぞ……! お前を奴隷にして、あの美味そうな果実(世界樹)の利権も、あの生意気な人形女も、全部俺のものにしてやる……!」
レオンは、道行くエンドルの住民たちに不審者として通報されそうになりながらも、歪んだ執念だけでアルトの実家へと歩みを進める。
しかし、彼らはまだ知らない。
アルトの家には、すでに『戦略兵器の自動人形』だけでなく、『伝説の神器を手に入れた絶対魔王(胃袋を掴まれている)』までが、お茶を飲みながらくつろいでいるという悪夢のような事実を。




