第5話:元勇者、最強のセキュリティハウスに突撃して消し飛びかける
「ふぅ、これでよし、と」
アルトは実家の広い庭の真ん中で、ポンポンと土を叩いた。
骨董品店で手に入れた『世界樹の種』を植え、仕上げに魔力を少しだけ流し込んで「万能開錠」の要領で種の成長制限を解除したのだ。
すると、植えたばかりの地面がボコボコと盛り上がり、一瞬にして天高くそびえ立つ、黄金の果実を実らせた大樹へと成長した。
「……マスター。庭のキャパシティに対して、明らかにスケールが逸脱しています。周囲の魔素濃度が通常の400倍に跳ね上がりました」
「あはは、ちょっとロックを外しすぎちゃったかな。でも、これで毎日美味しい果物が食べ放題だね」
アルトがのんびりそんな会話をしていると、ピピピ、とアイリスの瞳が赤く明滅した。
「マスター、警告です。当拠点の外周結界に、極めて不快なノイズを放つ生命体が接近中。……個体識別。王都の登録名『レオン』および『ミーナ』と一致。敵対意思を感知しました」
「え? レオンたちが? どうしてこんな辺境に……」
アルトが首を傾げた、その時だった。
バンッ!!! と、実家の頑丈な木製の門扉(アルトの結界付き)を、外から乱暴に叩く音が響いた。
「おい!!! アルトォォォ!!! 中にいるのは分かってんだよ! 早く出てきてこの門を開けろ!!!」
門の外には、家畜運搬用の馬車に揺られて糞まみれになり、ボロボロの服を着たレオンとミーナが立っていた。
王都での輝かしい面影は一切なく、ただの浮浪者のような惨めな姿だ。しかし、その目は邪悪な欲望と逆恨みでギラギラと輝いていた。
アルトが庭から門のほうへ歩いていくと、隙間からレオンの顔が見えた。
「あ、本当にレオンたちだ。王都で何があったか知らないけど、ずいぶん汚れて……」
「うるせえ! 誰のせいでこんな目に遭ったと思ってんだ! お前が黙って消えたせいで、俺たちの拠点の鍵が開かなくなったんだよ!」
レオンは門の隙間からアルトを指差し、昔のように偉そうに怒鳴り散らした。
「今すぐ王都に戻って俺たちの家を開けろ! あと、お前がこの街で手に入れたっていう白金貨と、その隣にいる女も差し出せ! 勇者である俺の奴隷に戻れるんだ、光栄に思えよ!」
隣でミーナも、ボサボサの髪を振り乱しながらキンキン声で叫ぶ。
「そうよ! あんたみたいな地味職人、私たちの盾になって戦うくらいしか価値がないのよ! 逆らうなら、レオンの聖剣でこの家ごと真っ二つにしてあげるわ!」
二人のあまりの身勝手な言い分に、アルトは呆れてため息をついた。
「いや、断るよ。僕をクビにしたのは君たちだし、もう僕の実家の鍵は掛け替えちゃったからさ。これ以上騒ぐなら、ギルドに通報するよ?」
「ハッ! 舐めるなよ無能が! こんな安っぽい木の門、俺の聖剣(※ボロボロに欠けている)でぶち壊してやるわぁぁ!」
レオンはアルトの言葉を無視し、大上段に剣を構えると、全力で実家の門扉へと叩きつけた。
「死ねぇぇぇ!!」
ガキィィィィィン!!!
凄まじい金属音が響き渡り――次の瞬間、レオンの持っていた聖剣が、根本から粉々に砕け散った。
「ぶふぇっ!?」
それだけではない。
アルトが施していた【万能施錠】の神話級カウンター結界が発動。門に触れたレオンの物理エネルギーを100倍にして弾き返したのだ。
ドゴォォォォン!!!
「ぎゃああああああああああーーーっ!?」
レオンは凄まじい勢いで遥か後方へと吹き飛び、街道の向こうの泥沼へと頭から突っ込んでいった。
「れ、レオン!? 嘘、ただの木の門なのに、何この結界……っ!?」
ミーナが恐怖に顔を青ざめさせ、ガタガタと震え出す。
そこへ、アルトの後ろから静かにアイリスが一歩前に出た。
彼女の瞳は、冷徹な殺意を孕んだ真紅に染まっている。
「マスターに対する度重なる不敬、および拠点への武力侵入を確認。……『デコピン(出力0.001%)』による、対象の完全分子分解(排除)を開始します」
アイリスが右手をすっと掲げ、中指を親指に掛けた。その指先には、空間が歪むほどの超高密度のエネルギーが収束していく。
「ひ、ひえぇぇぇぇ!! 助けてぇぇぇぇ!!」
生命の危機を本能で察したミーナは、泥沼から這い上がろうとしているレオンを置き去りにして、一目散に王都の方角へと脱兎のごとく逃げ出していった。
「あ、待てミーナ! 俺を置いて行くな! ……ひっ、あ、アルト、悪かった! 俺が悪かったからその指を下げさせてくれぇぇ!」
泥まみれの勇者が、地面に這いつくばってガタガタと震えながら命乞いを始める。
「アイリス、ストップ。デコピンはやめておこう。街が半分消し飛んじゃうからね」
アルトが苦笑いして止めると、アイリスは「了解しました」と、すっと指を下ろした。
アルトは門の隙間から、哀れな元勇者を冷ややかに見下ろした。
「レオン。もう僕の心の鍵も、この家の鍵も、君たちに対しては永遠に閉まってるんだ。二度とここへは来ないでくれ」
そう言い残し、アルトはアイリスと共に、世界樹の木陰でお茶を飲むために背を向けた。
辺境の街『エンドル』の冷たい風の中、武器を失い、仲間に見捨てられ、ただの泥人間に成り下がった元勇者の絶望の慟哭が、いつまでも虚しく響き渡るのだった。
(鍵師アルトの、規格外だけどのんびりとした辺境スローライフは、ここから本格的に始まっていく――)




