第4話:お宝だらけの骨董品店と、無自覚な目利き
翌朝。
小鳥のさえずりと、香ばしいスープの匂いでアルトは目を覚ました。
「おはようございます、マスター。朝食の用意が整っております」
エプロン姿のアイリスが、完璧なタイミングで部屋に入ってきた。
テーブルの上には、昨夜ギルドの帰りに買った干し肉と地元の野菜を使ったシチュー、そしてふっくらと焼き上がったパンが並んでいる。
「おはよう、アイリス。……うん、すごく美味しい!」
「お褒めに預かり光栄です。マスターの健康維持は、当機の最優先プロトコルに組み込まれています」
無表情ながらも、アイリスの背後の空間がどことなく満足げに緩んでいる気がする。
白金貨100枚という大金を手に入れたアルトは、急いで働く必要もない。今日からは、この最果ての街で念願の「のんびり隠居生活」を送る予定だった。
「よし、午前中は街の市場に行って、生活雑貨や家具を買い揃えようか」
「了解しました。マスターの警護任務に移行します」
◇◇◇
活気あふれるエンドルの市場。
アルトが歩いていると、すれ違う冒険者たちが「おい、あいつが昨日『神封の扉』を……」「隣の美少女が例の戦略兵器か……」とヒソヒソ噂しているが、本人は全く気にしていない。
「お、そこのお兄さん! 掘り出し物があるよ、見ていかないかい?」
声をかけてきたのは、怪しげなガラクタを並べた骨董品店の店主、恰幅の良いドワーフの男だった。
「掘り出し物、ですか?」
「おうよ! 特にこれなんかどうだ? 曰く付きの『開かずの魔鉄箱』だ!」
店主が指差したのは、赤黒い錆と不気味な魔力の紋様がこびりついた、頑丈な鉄の箱だった。
「何百年も前に滅んだ古代王国の遺跡から出土したんだがな。どんな大魔術師が呪文を唱えても、強力な酸をぶっかけても、傷一つ付かねえ。中に何が入ってるかも分からねえから、ただの重い置物になっちまっててな。……もし引き取ってくれるなら、大銀貨3枚でいいぜ?」
店主は厄介払いをしたいと言わんばかりに苦笑いした。
アルトはその箱をじっと見つめた。
(あぁ……なるほど。これ、呪われてるんじゃなくて、鍵の構造が『裏返し』になってるんだ。外から力を加えるほど、中のロックが強固になる仕組みだね)
【万能開錠】を持つアルトの目には、箱の設計思想が手に取るように分かった。
「じゃあ、大銀貨3枚で買います」
「毎度あり! っと、おいおい、そんな重いもん身一つで……」
アルトは購入した箱を受け取ると、その場で懐からピッキングツールを取り出した。
「ちょっと失礼」
鍵穴すらない、魔力の結合部にツールの先端をちょんと触れさせ、魔力を逆方向に一瞬だけ流し込む。
カチッ。
「え?」と店主が声を漏らした瞬間。
パカッ、と何百年も誰も開けられなかった『魔鉄箱』の蓋が、あっけなく跳ね上がった。
中から溢れ出してきたのは、凄まじい密度の純粋な魔力。
そして、眩い輝きを放つ3つのアイテムだった。
「な、なんだってえええええ!?」
店主の目玉が飛び出そうになる。
箱の中に収められていたのは――
・触れるだけでどんな料理も最高級の味になる『豊穣の神銀包丁』
・中に入れた食材の時間が完全に停止する、無限容量の『常冬の空間袋』
・そして、世界に数粒しか現存しないと言われる、万病を治す伝説の果実『世界樹の種』
どれ一つとっても、大国が国庫を傾けてでも欲しがるような、神話級のアーティファクト(遺物)だった。
「お、おいおいおい! 嘘だろ!? 中身、そんなとんでもねえお宝だったのかよ!?」
店主がガタガタと震え出す。市場の通行人たちも、その神々しい輝きに足を止め、騒然となり始めた。
しかし、アルトの感想は違った。
「わあ、すごい! この包丁、ちょうど欲しかったんだ。それにこの袋があれば、買い溜めした食材が腐らなくて済むね。いい買い物をしたなぁ」
「マスター、この『世界樹の種』、自宅の庭に植えれば、極上の家庭菜園が作れると推測されます」
「いいねアイリス。帰ったらさっそく植えよう!」
「家庭菜園に世界樹を植えるなぁぁぁ!!」
店主のツッコミを背に受けながら、アルトはホクホク顔で箱を閉め、スローライフ道具(国宝級)を抱えて歩き去っていった。
◇◇◇
その頃、王都。
かつてアルトが所属していた勇者パーティ『栄光の夜明け』の拠点は、完全に差し押さえられていた。
鍵が開かないため、レオンたちは自分たちの荷物や財産を一切取り出すことができず、実質的に破産したのだ。
「クソッ、クソがぁ!! なんで俺がこんな目に……!」
ボロボロの衣服を纏い、王都の路地裏で泥水をすすっていたレオンは、怒りに震えていた。
隣には、魔力が枯渇して髪がボサボサになったミーナが、虚ろな目で地面を見つめている。
「レオン……ギルドから、通達が来たわ……。私たちの冒険者ランク、最下級の『F』に降格だって……。未払いの違約金も、まだ金貨500枚残ってる……」
「うるさい! 全部あのアルトってゴミのせいだ! あいつが黙って出て行ったから、俺たちの歯車が狂ったんだ!」
レオンは壁を殴りつけた。
自分たちがアルトを追い出したことなど、彼の脳内からは完全に消去されていた。
「おい、レオン……。冒険者ギルドの噂で聞いたんだけど……」
ミーナが、カサカサの声で言った。
「アルトに似た男が、最果ての街『エンドル』で、伝説のダンジョンの扉を開けて大金を手に入れたって……」
「何だと……!?」
レオンの濁った瞳に、邪悪な光が戻った。
「そうか……あいつ、俺たちに黙ってそんなお宝の情報を独り占めしてやがったんだな! 許せねえ、絶対に許さねえぞ!」
レオンは立ち上がり、壊れた聖剣を握りしめた。
「エンドルだな……。行くぞ、ミーナ! 捕まえて、俺たちの奴隷に戻してやる! 宝も、その開錠スキルも、全部俺たちのものだ! 勇者であるこの俺が、直々に命令してやれば、あいつだって泣いて従うに決まってる!」
「そうよ……そうよレオン! 私たちの家を開けさせて、また奴隷みたいに働かせましょう!」
完全に現実逃避し、歪んだ希望を抱いた元勇者たちは、アルトの後を追って辺境へと向かう馬車(一番安い家畜用)に飛び乗るのだった。
もちろん、彼らが向かう先には、世界最強の自動人形と、神話級のセキュリティハウスが待ち受けていることなど、知る由もなかった。




