第2話:世界の終わりを告げる少女と、のんびり街へ帰ろう
「あの、マスター? 次なる『殲滅対象』のご指示をいただけますでしょうか」
首を傾げながら、銀髪の少女――アイリスは、至極当然のように物騒なことを口にした。
彼女の背中にある機械仕掛けの翼が、カシャカシャと小気味いい音を立てて形を変えていく。
「いや、殲滅対象なんていないから。落ち着いて、一旦その翼をしまおうか」
「了解しました。主が平穏を望まれるのであれば、世界への武力介入を一時停止します」
すう、とアイリスの背中の翼が光の粒子となって消え、彼女の纏う威圧感が嘘のように消え去った。
見た目だけなら、少し風変わりで、とんでもなく美形な人間の少女にしか見えない。
「……君は、一体何者なんだい?」
アルトが恐る恐る尋ねると、アイリスは胸に手を当てて一礼した。
「当機は、古代超文明の遺物――終焉型自動人形『アイリス』。かつて一国を一夜にして消滅させた、自律型戦略兵器にございます」
「戦略兵器……」
とんでもないものを引き当ててしまった。
数千年前の人間が、必死になって重厳な封印を施した理由が今になってよく分かる。
「そんな凄い子が、どうして僕を主人に?」
「当機の封印は、神代の魔術と超科学が融合した『絶対不可侵の鍵』。これを純粋な技術で開錠できる存在など、理論上存在し得ません。それを成し遂げたアルト様は、我が創造主を超える至高の存在。よって、絶対の忠誠を捧げます」
どうやら、アルトの【万能開錠】が凄すぎて、アイリスの主としての登録条件を強制的に書き換えてしまったらしい。
「まぁ……開いちゃったものは仕方ないか。とりあえず、こんな暗いところにずっといてもアレだし、僕が泊まっている街へ行こう。美味しいものでも食べにさ」
「食事……。エネルギー補給ですね。了解しました。マスターの赴くままに」
アイリスは無表情ながらも、どこか嬉しそうにアルトの半歩後ろをついて歩き始めた。
◇◇◇
ダンジョンを出て、最果ての街『エンドル』へ続く街道を歩いていた時のことだ。
「グルルルル……ッ!」
草むらから、並の冒険者なら数人がかりで挑むレベルの魔獣『フォレストベア』が3頭、獰猛な牙を剥いて飛び出してきた。
「おっと、魔物か」
アルトが護身用の短剣を構えようとした、その瞬間。
「マスターの歩みを遮る不届き者――『排除』します」
アイリスの瞳が、冷徹な赤に輝いた。
彼女がそっと右手を前に突き出し、親指と中指をパチン、と鳴らす。
ドォン!!!
一瞬だった。
閃光が走ったかと思うと、3頭の巨大な魔獣は影も形も残さず消し飛び、その背後にあった小高い丘が、文字通り消滅していた。
吹き抜ける風が、えぐれた大地の土煙を運んでいく。
「……え?」
アルトは、構えかけた短剣を持ったまま固まった。
「障害の排除を完了しました。周囲に敵対反応なし。……マスター、何か問題が?」
アイリスは小首を傾げ、何事もなかったかのようにアルトの顔を見上げてくる。
「いや、問題っていうか……うん、凄まじいね。というか、手加減とかってできる?」
「可能ですが、必要でしょうか?」
「うん、めちゃくちゃ必要。次からは『デコピンで気絶させる』くらいにしてくれると、僕の心臓が助かるな」
「了解しました。次回の戦闘からは出力を『0.001%』に固定します」
(0.001%でも、普通の魔法使いの最大火力を超えてそうだな……)
アルトは冷や汗を流しつつも、この頼もしすぎる(?)相棒と共に、街へと戻るのだった。
◇◇◇
その頃。王都の近くにある『黄昏の迷宮』――。
「ぎゃあああああああああ!! 目が、俺の目がぁぁぁ!!」
「レオン! しっかりしてレオン! 回復魔法――ああっ、罠の呪いのせいで魔力が拒絶される!?」
勇者レオンと魔導師ミーナは、文字通り地獄絵図の中にいた。
アルトを追い出した後、彼らは予定通り「可愛い聖女ちゃん」を加えて意気揚々とダンジョンに潜ったのだ。
そこで見つけた、きらびやかな『黄金の宝箱』。
レオンは「鍵師なんていなくても、俺の聖剣で叩き割ればいい!」と、宝箱を力任せに一刀両断した。
その結果――宝箱に仕掛けられていた古代の目潰しトラップと、超高濃度の『魔力呪毒ガス』が炸裂したのだ。
本来なら、アルトが【万能開錠】で罠の術式だけを綺麗に抜き取り、安全に中身(中身はただの腐ったミイラだった)を確認するはずだった代物である。
「レオン様! ミーナ様! 早く脱出を……って、後ろの扉が閉まったわ!? 開かない! びくともしないわ!」
新入りの聖女が、泣き叫びながらダンジョンの鉄格子の扉を叩く。
「くそっ、ミーナ! 大魔法でこの扉を吹き飛ばせ!」
「無理よ! さっきから言ってるでしょ、このエリア全体に『魔法禁止』の罠が発動しちゃってるのよ! 物理的な鍵でしか開かないわ!」
「なんだと!? 鍵……? 鍵なら……あ、アルトは……!?」
そこで初めて、レオンは気づいた。
自分たちがどれほど愚かなことをしたのか。
これまで自分たちが無傷で宝を持ち帰れていたのは、自分たちの実力ではなく、すべてあの地味な鍵師が、裏で完璧に危険を排除していたからだったのだと。
「アルトを……アルトを呼べぇぇぇ!!」
「もう遅いわよ! どこに行ったかも分からないのよ!?」
暗闇のダンジョンの中、勇者たちの絶望の悲鳴が虚しく響き渡るのだった。
◇◇◇
一方、そんなこととは露知らず。
最果ての街『エンドル』の冒険者ギルドに、アルトとアイリスが到着していた。
「あ、アルトさん! おかえりなさい!」
受付嬢のミリーが笑顔で迎えてくれる。
「ただいま、ミリーさん。あの、依頼にあった『神封の扉』の件なんだけど……」
「ああ、あれですね! どうでした? やっぱり無理でしたよね。伝説のシーフでも傷一つつけられなかったんですから、腕試しにはちょうどよかったでしょ?」
ミリーはクスクスと笑いながら言った。
「いや、それがね……」
アルトは頭を掻きながら、隣に立つ銀髪の美少女を手のひらで示した。
「普通にカチッと回したら開いちゃって。中からこの子が。……一応、依頼達成でいいのかな?」
「………………は?」
ミリーの笑顔がピキリと凍りついた。
ギルド内の喧騒が、一瞬にして静まり返る。
「主を疑う不敬者。……デコピン、行きますか?」
「アイリス、待って! 待ってお願いだから!!」
アルトの辺境での無自覚無双スローライフは、まだ始まったばかりである。




